2 不可思議な街
「ありえない」
リザはそう言って街の入り口に立ち尽くすことしかできなかった。街に近づくにつれ、建物が見えるにつれてなんだか可笑しいとは思っていた。だが、それは彼女の予想を上回るほど、異様な景色が広がっていた。
建物はどれもカラフルで重力を無視したように逆台形型だったり、積み木のようにブッロクを組み合わせたようなへんてこりんな形をしている。通りの上にはぷかぷかとランタンらしきものが浮遊していた。
街行く人の多くは、先ほど浜辺で出会った男と同じローブを着て歩いている。そして、その頭上には荷物が浮いている者もいた。
入口から真正面奥には立派なお城が建っている。カラフルな街とは対照的に、古く荘厳な雰囲気を醸し出す城は、この島の歴史を感じさせた。
リザは自分の格好がボロボロなのも忘れて、街中を歩きだした。周囲の人々がリザを奇異な目で見つめる。しかし、彼女はそんなことを気にしている余裕なんてなかった。不可思議な現状が彼女の感覚を麻痺させた。
「ねぇ、あなた大丈夫?」
思考を放棄して彷徨っていたリザに、一人の女性が話しかけてきた。
「え?」
「あなた、さっきからふらふらしてるし、その……酷い恰好をしているわよ。どうしたの?」
女性は心配そうに話しかけてくるが、リザは女性の頭上にしか目がいかなかった。その女性の頭には野菜や果物らしきものが入った紙袋が浮いていたからだ。
「あ、いえ、えーっと……、その頭の上に浮いてるのは……?」
「ああ、これ? 今日はおいしそうな野菜が沢山あったからつい買いすぎちゃったのよ」
女性は何でもないと言うように話し始めた。
「もしかして、お腹すいてるの? 確かリンゴ買ってあるから、それ食べる?」
頭上をじろじろ見過ぎたのか、彼女はリザがお腹を空かせていると勘違いしたようだ。実際は紙袋が浮いているのに驚いていただけだが、お腹が空いているのも事実なので黙ることにした。
女性が手を前に差し出すと、頭の上にあった紙袋がゆっくりと女性の手の上に移動した。そして、紙袋の中から、どこか見覚えのあるリンゴを取り出す。
「はい、どうぞ」
そう言って手渡されたリンゴは、先ほどの不審な男性から貰ったリンゴ同様に真っ黒な色をしていた。
「……あの、これってリンゴですか?」
「そうだけど?」
リザの質問の意図が分からないのか、女性は頭をかしげる。まさか、2度も毒リンゴを渡す人がいるとは思えない。もしかして、このリンゴは食べられるのだろうか。目の前で不思議そうにしている女性を前に、リザは黒いリンゴを少し齧った。
「美味しい!」
リンゴは黒い見た目から想像できないほど、みずみずしく甘いものだった。お腹が空いていたこともあって、リザは思わず黒い塊にかぶり付く。
不審な男から貰った毒りんごは普通の立派なリンゴだったのだ。彼からも親切で貰ったのに、悪いことをしたと心の中で謝る。
「変わった色をしたリンゴですね。私、こんな色のリンゴ見たことなかったから、食べられると思いませんでした」
「え? 何言ってるの、リンゴは黒いものでしょ?」
「へ? リンゴは赤いものですよね?」
二人とも顔を見合せながら、頭をかしげる。
まさか、この島には黒いリンゴしかないのだろうか。リザは疑問に思いながらも、この親切な女性に自分の現状を話すことにした。
「実は私、船が難破してこの島に流れ着いたんです。だから、黒いリンゴを見るのは初めてで……」
「……」
リザがそう言った途端、女性の顔が急に険しくなった。先ほどの柔らかな表情は消え、警戒するように一歩二歩と後ろに下がる。
――気をつけて下さい。君がよそ者だとばれないように
リザの脳裏に、浜辺で会った不審な男の言葉が蘇る。この街の異様な光景に、頭の中からすっぽ抜けていたが、彼はよそ者だとばれないようにと言っていた。
黒いリンゴを見たことがないと言った途端の女性の変わりようを見ると、もしかするとこの島はよそ者を受け付けないのかもしれない。
「あ! ごめんなさい。私ちょっと用事を思い出しちゃって……。リンゴ、ありがとうございます。失礼しますね」
少し白々しかったかもしれないが、リザは早くこの場を離れることにした。適当に嘘を吐いて、その場から逃げるように走り去った。
残された女性は疑わしそうにリザが立ち去った方向を見つめていた。