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その先へ  作者: 桜 織音
第1章 森の魔女
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森の魔女 8

 4人が進む道は狩人達が作ったものだ。けもの道に等しいので、進むために生い茂ったシダを剣でなぎ払ったり、横倒しになった木を乗り越えたり、冷たい沢の中に入ったりしなければならなかった。

 ヒルや蚊などにかまれたら、すぐに薬草を塗った。アルトナイの背負っているユッキのリュックには、薬草や包帯もきちんと準備されていた。

 ユッキが木から落ちてくる青虫や毛虫に悲鳴を上げることがしばしばあったが、4人は黙々と歩き続けた。

 大人でも大変な山道を根を上げることなく進んでいったのだ。


 太陽の光はいよいよ強くなり、小鳥たちの声も静かになってきた。そろそろ昼時のようだ。

 アルトナイは背中の荷物がだんだん重く感じるようになった。息が上がり始め、顔も体も汗だくだ。手や腕にはいつできたのかわからない擦り傷がたくさんある。ズボンや靴は水と泥で汚れていた。

「アルト、俺が荷物を持とうか? 」

 背後からマダラが声をかける。彼は汗をうっすら浮かべているものの、出発した時と変わらぬ様子でいる。

 荷物を背負っているとはいえ、アルトナイは自分とマダラの基本的な体の鍛え方が違うことを実感した。それが少し悔しい気分になる。

「大丈夫」

 アルトナイはリュックを背負い直し、気を引き締めて歩き始めた。


 やがて森が開けた。

 遠くに山々の連なりが見え、眼下には延々と森が広がっている。それを見ると、山を登ってきたという達成感があった。

 広く青い空が見えると気分も良くなり、4人は自然と深呼吸をした。しばしその景色に見惚れていたが、やがてパルトスが口を開いた。

「ここで俺たちは昼休憩をしたんだ。そして向かいの山の……あの滝の辺りに魔女の棲家があったんだ」


 アルトナイ達はパルトスが指さした向かいの山を隅々まで見た。パルトスの言う通り大きな滝があった。だが魔女の棲家らしき光るものは見当たらない。

「光、見えないね」

 とユッキが言うと、皆がため息をついた。

「パルトスは運が良かったんだ。魔女だってそう簡単に居場所を教えたりしないだろう。あの辺りに必ず魔女の棲家はあるはずだ」

 マダラがそう言うと、パルトスは笑顔になった。

「とりあえず、ここで昼飯にしようぜ!」

 パルトスの言葉に異論を唱える者はいなかった。


「アルト、良く頑張ったわね! リュックの中が軽くなるわよ」

 ユッキは、アルトナイが肩から降ろしたリュックの中から大きな布を出し、平らで広い場所を探してそれを敷いた。そして次々とリュックから箱を取り出し、蓋を開けて布の上に置く。ベーグルサンド、肉団子、野菜の煮物……美味しそうなお弁当が並ぶ。

「ゆ……ユッキ。こんなにどうしたんだ!? 新年のお祝いでも、こんなに豪華な料理が並ぶのを見たことないぞ」

 アルトナイは目をぱちくりした。

 ユッキは「えへへ」と照れたように笑いながら

「凄いでしょう? 私が作ったの」

 作ったのも凄いが、量も凄い。ユッキの家の食料をありったけ持ってきたんじゃないのかと、アルトナイは心配になった。

『ユッキの家族は今後、飢えることなく暮らせるのだろうか……』

 そんなアルトナイの心配などおかまいなしに、ユッキは満足そうに話している。

「みんなが持ってくる分の食料じゃ足りないと思ったからね。た〜んと作ってきたのよ! 腹が減っては戦はできませんからっ!!! 」

『どおりで重いはずだ…』

 アルトナイは解放された肩をさすった。


 ユッキがブーツを脱ぎ、布の上に座った。

「うわー。白はダメね。汚れが目立つわ」

 白いローブは、厳しい道を歩いてきた証のように、泥や葉で裾から茶色に染められていた。飛沫が点々とし、新しい模様のようだ。

 アルトナイたちも布の上に座った。靴を脱いだ時の爽快さがたまらない。

 だがマダラはブーツを脱がず、足を布から出したまま座っていた。

「マダラは上がらないのか?」

 パルトスが聞くと、

「森の中で油断してはいけない。食べる時は尚更だ。匂いで獣が近づいてくる。靴を脱いだら何かに襲われた時に裸足で逃げることになる」

 とマダラが言うので、なるほど、と3人は再び靴を履き直した。



「では! いっただきっまぁぁあっすっっ!! 」

 パルトスの号令で手を合わせ、4人は弁当を食べ始めた。

 お腹が空いていたので、アルトナイもパルトスも無我夢中でガツガツと勢いよく食べていた。

 すると、

「美味しい。ユッキは料理が上手だな」

 というマダラの声が聞こえたので、アルトナイとパルトスはぴたりと食べる手を止めた。

「ありがとう、マダラ」

 ユッキは頰を紅くする。

 その様子を見て、パルトスがアルトナイの耳元で囁いた。

「マダラって結構、口説き上手かもな」

 アルトナイは大きく頷いた。

 それからユッキの鼻から血がしたたるのを見て、「やれやれだな」と2人は再び弁当を食べ始めた。


 マダラが急に立ち上がった。剣の柄を握り、辺りを見回す。アルトナイたちは突然のことに驚いた。

「どうしたんだ、マダラ」

 アルトナイが声をかけると、

「 静かに!! 何か……来る! 」

 今までの穏やかな瞳が一変し、鋭く光る。

 パルトスも剣の柄を握って立ち上がった。ユッキも杖を構えて立ち上がる。

 アルトナイも木刀を手にゆっくり立ち上がった。だが心の中は不安だった。

『木刀を持ったはいいけど……俺は戦えるのか? 』

 心臓がドクドクと早鐘を打つ。喉の奥がカラカラになった。背中に汗が流れた。


 しばらく静寂が続いた。


 ザッ!! と茂みから大きく葉の擦れる音がした。

「グオオオオオオオオオ!! 」

 目の前に自分たちの2倍の大きさはあろうかという黒い物体が現れた。後ろ足で立ち、手には太く長い爪が見える。口から粘っこいよだれを出しながら、狂ったような赤い瞳でこちらを睨む。

「クマだ!! 」

 パルトスが叫んだ。


 クマは、バキバキと木をなぎ倒し、吠えながら4人に向かって突進してきた。真っ赤な口の中に何百本の鋭い歯がある。

 アルトナイはクマがこちらに向かっているのをじっと待ち受けていた。恐怖に体が固まって動かないのだ。


 ザシュッ!!


 クマの首が体から離れ、血が弾け飛んだ。

 マダラが剣でクマを斬ったのだと、クマの体が地に落ちてから、アルトナイはようやく気がついた。

 それ程にマダラの行動が早かったのだ。

 パルトスもユッキも、マダラの剣さばきを初めて身近に見て驚いたようで、呆然と立っていた。


「油断するな! まだ来る! 」

 マダラが叫ぶと、茂みから新たにクマが現れた。その数5頭!!

 マダラが剣を構えクマに向かって走り出すと、パルトスもユッキも我に返った。

「な、なんだよ! クマが集団で襲ってくるなんて聞いたことねぇ!! 」

 パルトスは黒い鞘から剣を引き抜く。右側から襲いかかってくるクマに剣を構えた。

 ユッキが口で誓約の言葉を唱えると、目の前に魔法陣があらわれた。

「行けっ! 炎の矢!! 」

 杖を振り上げると、激しい炎が数本の矢となって魔法陣から放たれた。

「グギャァア!! 」

 クマの額、肩、脚に炎の矢が突き刺さる。

 熱さと痛みでクマが体を起こしてもがいている隙に、パルトスがクマの喉を一気に掻っ切った。

 ズシンと音をたててクマが地面に横たわり、そのまま動かなくなった。


 パルトスもユッキも、今まで食料として鶏やウサギを手にかけることはあったが、クマのような大きな動物を仕留めるのは生まれて初めてだった。

 命を奪ったショックと興奮で、頭がボーっとし、顔が紅潮していた。

 鼓動はまだドクドクと波打っている。

 物が倒れる音がした。

 パルトスたちが振り返ると、マダラが3頭のクマを倒していた。


「アルトは? 」

 マダラの言葉で2人は、はっとした。

 周囲を見回しても、アルトナイの姿がない。そういえばクマは5頭いた。つまりあと1頭、生きていることになる。


 その時、森の奥から叫び声が聞こえた。

「アルトの声よ!!」

 3人は森の奥へ駆け出した。

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