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その先へ  作者: 桜 織音
第1章 森の魔女
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森の魔女 5

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待てよ」

 アルトナイは動揺のあまり声が裏返った。

「俺たちだけで森の魔女をやっつけるなんて無理だよ! 」

「何? 」

 パルトスとユッキは大変驚いた。アルトナイがそんな事を言うとは微塵も思ってもいなかったからだ。あまりの展開に2人は言い返す言葉が思いつかなかった。

 しばらくの沈黙の後、パルトスは当たり前過ぎることを尋ねた。

「アルト。俺たちは約束したはずだ。マダラが旅立つ時、俺たちも仲間としてついていくってな。そうだろ? 」

 アルトナイは黙って下を向いた。

 ユッキは心に不安と苛立ちが芽生えた。

「魔王はもっともっと強いのだから、森の魔女くらい倒さなくちゃ! 」


 アルトナイの頭の中では警笛が鳴り響いていた。今朝までの自分なら、パルトスやユッキのように自分がどのくらい強くなっているか試したいと思っただろう。魔女退治に乗り気だったに違いない。

 だが……


『お前には剣の才能がない』


 ヤナンの言葉が蘇る。

 アルトナイはつい先ほど思い知ったばかりなのだ。

 マダラとシーマの剣の打ち合いを見て、今の自分が何の役にもたたないということを。


 パルトスには剣の才能がある。

 ユッキは魔法を使うことができる。

 でも自分にはそのどちらの才能もない!!


 二人に「行こう」と言えるはずもなかった。しかしその理由を説明することはもっと嫌だった。説明してしまえば、自分が今まで見てきた夢を諦めなくてはならない。

 それはたまらなく怖いことだった。

「突然すぎるよ。もう少しよく考えてからやろうよ」

 これが今のアルトナイにとって精一杯の回答だった。


 バンッ!と大きな音がした。

 パルトスがテーブルを叩いて立ち上がったのだ。その顔は誰が見ても怒っているのが明らかなほど、真っ赤になっていた。

「今夜、大人たちは森の魔女をどうするか、話し合うはずだ。大人は慎重だから、明日すぐに魔女の棲家へ行くことはないだろう。だが近いうちに必ず討伐隊ができるはずだ。そうなると、大人たちは村に見張りを立てるようになる。俺たちが大人に邪魔されることなく魔女の棲家へ行くには、明日行動するしかないんだよ!! 」

 パルトスが感情をギリギリ抑えている言葉を、アルトナイは聞くことしかできなかった。

「アルト、どうしたの? 私たち、マダラについていくために、誰よりも強くなろうと今までずっと努力してきたじゃないの」

 ユッキが悲しそうに言うのを、パルトスは止めた。

「もういい、ユッキ。こいつ、ここに来て臆病風に吹かれたらしい。話したって無駄だ。帰るぞ」


 パルトスがピンクの扉までドスドスドスと大きな足音を立てて歩いていく。ユッキはしばらくアルトナイの様子を見ていたが、アルトナイに変化がないことがわかると、ため息をついてパルトスに続いた。

 ピンクの扉が開き、壊れそうなほど力強く閉められる音を耳にした後、アルトナイは樫の木のテーブルに崩れ落ちるように覆いかぶさった。


 涙が溢れ出てくる。

 できることなら頭から引き裂いてしまいたいほど、自分に腹が立った。

「俺、サイテーだ」

 悔しさと、親友たちへの申し訳なさで心がいっぱいになった。

 そこへ、ソプラが二階から降りてくる気配を感じた。慌てたアルトナイは逃げるように家の外へ飛び出した。



 春になったとはいえ、夜はまだ肌寒い。冷たい風が頬に触れ、涙に濡れた部分がスッとした。

 太陽は山の中に沈み、藍色の夜空が広がっている。白い絵の具を吹き付けたように、たくさんの星が瞬き始めた。

 アルトナイは家より少し離れた高台にある岩の上で、膝を抱えてうずくまった。

 泣いて火照った体には、冷たい風と岩肌が心地よい。気持ちも幾分か落ち着いた。


 マダラ。

 勇者になる男。


 村の者たちにとって彼は特別な存在だ。

 子供たちは畏れ多さから、マダラに近づくことがほとんどない。世界を救う勇者は、同じ村に暮らしていても遠い存在だった。

 アルトナイも初めはそうであった。


 幼い頃、パルトスとユッキと森で遊んでいて迷子になったことがあった。

 右も左も同じ景色に見え、村へ戻る道がどちらだったのかさっぱりわからなくなった。親しい遊び場が、一変して見知らぬ姿になった時の恐怖は、小さい子供に耐えられるものではなかった。

 3人はがむしゃらに走り続けた。そして疲れて歩くこともできなくなり、座ったまま泣き叫んでいた。

『助けて!! 誰か助けて!!! 』


 そこに自分たちと同じ小さな男の子が現れた。マダラだった。


 マダラは全身傷だらけだった。

 自分たちより酷い有様のマダラを見て、3人は泣き止んだ。

 今思えば、森の中で稽古の最中だったに違いない。

 遠くからしか眺めたことのないマダラは、アルトナイが想像していたより小さくて弱々しく感じられた。


 マダラはにっこり笑った。

『ボク、帰る道わかるよ。さあ、行こう! 』

 その時の彼の神々しさを、アルトナイは今も忘れていない。これが勇者なんだと小さいながらに感じた。


 無事に村に帰ることができた3人は、その日に心から誓い合った。


 命の恩人を助けよう。

 マダラが勇者として旅立つ時は、自分たちが仲間となりマダラを支えよう。


 この誓いは3人にとって、重く固い絆となった。そして遠い存在の勇者が、追いかける目標へと変わった瞬間でもあった。


 このことがあったからこそ、アルトナイは一心に、今日まで剣の稽古に励んできた。誰にも負けない強さが欲しかった。

 だが、自分には剣の才能がない。

 それがわかってしまった。


「俺は……」


 このままでは、マダラの仲間としてついていくことができない。パルトスやユッキを裏切ってしまう。


「どうしたらいいんだ……」


「どうかしたのか?」


 後ろから声が聞こえた。

 アルトナイは驚いて勢いよく振り返った。

 そこにはアルトナイがよく知っている人影があった。


「マダラ……」


 月あかりがマダラの顔を照らした。

 青い瞳が穏やかにアルトナイを見つめていた。


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