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その先へ  作者: 桜 織音
第1章 森の魔女
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森の魔女 4

 かつてサアザ村の周辺では、あちらこちらで鉱石が採掘されていた。

 青い聖石、虹色の水晶、金色のダイヤモンド、紅い炎の石など様々な種類の鉱石が採掘され、その純度は高く、ラーダトス国内でも1位2位を争う質の良さを誇っていた。


 ところが100年ほど前に突然、全く鉱石が採れなくなった。今まで掘れば鉱石が出ていた場所で、出てくるのは価値のない岩ばかりになってしまったのだ。

 同じ頃、凶暴化したクマが山中を徘徊するようになった。そのクマは恐ろしく巨大で、村の坑夫が何人も巨大クマの手にかかって亡くなった。後に巨大クマは『闇クマ』と呼ばれるようになった。

 当時は魔王バックロイアが力を奮っていた頃だ。サアザ村の村人たちは、これは魔王の仕業に違いないと考えた。


 鉱石の1つ『聖石』は、魔を払う力を秘めた魔石で、世界でもラーダトス国でしか採ることができない。特にサアザ村は聖石の採掘量が多かった。ラーダトス国では聖石を装飾した鎧を作り、戦いの折にはこの鎧に身を固め、魔族の力をはね返し魔王軍討伐に大いに活躍した。

 聖石の青い鎧に身を固めた騎士を聖騎士と呼び、「ラーダトスに聖騎士あり」と彼らの活躍は世界に期待され、魔王軍を追い詰めていた。

 そんな聖石の存在は魔王にとって喜ばしいものではない。そのため魔王が何らかの方法でサアザ村の鉱山から全ての鉱石を隠したに違いない。

 サアザ村の村人たちはそう結論付けた。


 鉱石は村の生活の糧である。

 たとえ魔王の仕業であるにしても、失った鉱石を取り返さなければならなかった。村人たちは調査隊を結成し、武器を片手に村周辺の調査にでかけた。


 数日後、闇クマの後をつけた調査隊が、山中の深い森で宝石に囲まれた魔女の棲家を発見した。闇クマはその魔女の番犬のような存在だとわかった。

 村人たちはこの魔女を『森の魔女』と呼んだ。

 森の魔女は、大量の鉱石を大きな洞穴の棲家に集めていた。中央にはあらゆる鉱石の細くなったものが山積みになっていて、洞穴の壁という壁が全て鉱石で埋め尽くされ、鈍い光から煌めくものまで様々に輝いていた。

 魔女は壁にある鉱石を無造作に掴み取り、口に入れて腹に溜め込み、鉱石の魔力を己の体に吸収していた。そして魔力を失った鉱石が糞として体内から排出された。

 中央にある山は、全て魔女の糞であった。


 このことを発見した調査隊は村へと戻り、森の魔女と闇クマをどうやって倒すべきか話し合った。

 ところが、そうしている間に魔王バックロイアは、勇者シャアロンによって倒され、森の魔女も闇クマも、魔王と共に姿を消してしまったのであった。鉱石は採れないままとなり、サアザ村の村人たちは木こりや狩人などへの転職を余儀なくされたと言われている。


 これは、サアザ村の人々の誰もが知る昔話である。


 ポリポリポリポリ……

 ユッキが木の実のクッキーを噛み砕く音が部屋に響いている。アルトナイの母、ソプラが作るクッキーは、外がカリッ、中がフワッとしたほんのり甘い生地に、香ばしい木の実のほろ苦さがやみつきになる味だ。


 アルトナイの家の中は、ソプラがピンク好きとあって、所々に淡いピンク色の家具が置いてある。壁に飾られた小さな絵の中にもピンク色の花が描かれていた。

 部屋の中央に置かれた樫の木の大きなテーブルを囲んで、ユッキ、パルトス、アルトナイの3人が座っている。テーブルの中央には、木の実のクッキーと林果ティーが入ったティーポット、そして3人分のカップが置かれている。


 アルトナイは落ち着かない様子で、椅子の上でお尻をもぞもぞした。

「も……『森の魔女』や『闇クマ』のことは学校で教えてもらったけど……それは村で鉱石が取れなくなった原因がわからないから、昔の人がこじつけた作り話だと習ったぞ」

 ユッキがクッキーを取りながら、

「でも実際、大人たちは何かを警戒してるわ。間違いなく闇クマを警戒してるんだけどね」

 と言った。

「それにパルトスが魔女の棲家を発見したのよ。作り話じゃないわ」

「それだよパルトス、魔女の棲家を発見したってどういう事だよ」

 アルトナイの言葉に、パルトスの細い目はキラキラと光り輝いた。

「いいだろう! 話してやろう!! 」

 パルトスは大威張りの様子でふんぞり返った。


 パルトスは昨日、父と4人の兄たちに初めて狩りに連れて行ってもらった。

 とはいえ、狩りに同行させてもらうのはなかなか簡単ではなかったそうだ。この頃は森が物騒だからという理由で断られていたところ、狩りの同行は以前から約束していたことで、春になったら連れて行くという男の約束を違えるのかと、パルトスが一週間ほどしつこく兄たちに言い寄ったことが功を奏したらしい。パルトスはさらに胸を張っていた。


 狩り行くといっても、実際は兄たちが森の中の危険を確認した後を、父と共に付いていくだけのつまらないものだったという。

「そりゃ……闇クマがいるとなったら、そうなるよ……」

 アルトナイはパルトスの父親や兄たちに少し同情した。


「ところがだよ!! 昼メシを食べている時、見張りの兄貴が……3番目の兄貴な……『あっ』と声を上げたんだ。俺、闇クマが来たのかとビックリして……」

 パルトスは父親の背中によじ登ったそうである。その父親もまた、兄が見ていた方を見て固まっていた。

 パルトスも恐る恐るそちらを見てみると……


「ちょうど見晴らしのいい開けた場所にいたんだが、向かいの山がキラキラ輝いていたんだ。ほら、村からも川を挟んだ向かいの山に滝が見えるだろ? ちょうどあの滝の近くだった」

 パルトスのやんちゃな顔が紅潮し始めた。

「キラキラ輝いていたかと思うと、その付近の森が動いたんだ」

「森が動いた? 」

 アルトナイが言うと、パルトスはテーブルに手をついて立ち上がり体を乗り出した。細い目がアルトナイを真っ直ぐに見つめた。

「森だと思ったけど、森じゃなかった」


 それは……大きな生き物だった。


 アルトナイは背筋がぞくっとした。

「生き物みたいだと思うってのが正しいかな。なんたって、その後の親父たちの行動が素早くてじっくり見ていられなかったんだ。兄貴たちは昼メシ放り出して、親父は俺を背中におぶったまま、ものすごい速さで下山してきたんだ」

 パルトスは腕を組んで椅子に腰かけた。

「俺が見たのは、森の魔女の棲家とそこにいた闇クマだ。親父たちのあの焦り方から見て間違いない。後から親父に問い詰めてみたけど、ゲンコツくらっただけだった」

 と言って頭をさすった。


 アルトナイの心臓がドクドクと音を立ている。パルトスの言うとおり、本当に森の魔女が復活したのだろうか。

 だが今夜大人たちが集会所で話し合う内容がこの事であるのは間違いない。


「それでここからが本題だ。ア・ル・ト・ナ・イ君」

 パルトスが腕を組んだままニヤリと笑った。犬歯がちらっと見える。

「俺たちで森の魔女を退治しにいく」

「な…なんだってぇぇ!? 」

 アルトナイが思い切り立ち上がったので、その振動で林果ティーの入ったカップが倒れた。

「あちちちち!! 」

 アルトナイが慌てると、ユッキがすかさずこぼれたお茶を布巾で拭いた。パルトスは話を続けた。

「親には内緒だ。反対されるのわかってるからな。当然、学校も休む。隣の席のナナシーに、風邪ひいたと適当に理由つけて先生に伝えるよう頼んでおいた」

 ユッキは綺麗に拭き終わったテーブルの隅に布巾を置くと、アルトナイのカップにポットの林果ティーを新しく注いだ。そして自分の林果ティーを飲み干した。皿のクッキーは全て綺麗に無くなっていた。


 アルトナイとパルトスとユッキ。

 この三人は幼い頃から特別な誓いを立てていた。

 魔王が復活した時、勇者マダラの仲間として共に旅立つ、という誓い。

 決して破られることのない、強い誓いだ。


「明日の朝、学校に行くふりをして家を出ろ。森の入り口で集合だ。今夜のうちに食糧と武器を用意しておけよ」

 パルトスがニカッと歯を見せて笑った。犬歯がより目立つ。

「私たちの腕を試すときが来たのよ」

 ユッキがふわふわの髪を指でいじりながら、にっこりと笑った。口の横にクッキーの食べかすがついている。


 アルトナイは2人の笑顔を見ながら、頭の中で警笛が鳴るのを感じていた。

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