森の魔女 3
サアザ村は、冬ともなると家の2階まで雪で埋まってしまうことがある。そのためほとんどの家は、円錐の形をした3階建ての石造りとなっている。屋根はとんがり帽子のような形で、聖石と呼ばれる青い石で装飾されている。
アルトナイの家も例外なくその通りの家だ。1つ違う点は、入り口のドアが母親の好みでピンク色に塗られていることだった。
学校から真っ直ぐに帰る気分になれず、遠回りをしている途中でマダラの修行をこっそり眺めてきたアルトナイは、陽が西に傾きかける頃ようやく家の前まで帰ってきた。
気持ちは落ち着いたが、落ち込んでいることに変わりはない。アルトナイはこのことを親に知られたくなかった。特に母親には心配をかけたくない。家の中でいつもと変わりない様子でいられるか心配だった。
「ここに立っていても仕方がない。よし! 」
気合いを入れてピンク色のドアを開く。
「アルちゃんおかえり。遅かったのね」
ピンクのエプロン姿にピンクのミトンをはめた母ソプラがにっこりとして出迎えた。大人の女性としては背が小さく、アルトナイと同じ深い緑色の瞳をしている。髪をピンクのリボンで後ろにまとめ、胸元にはピンクの石の入ったネックレスが揺れている。ピンクが大好きなママだ。
「だ、た、だだいま!!! 」
アルトナイがガチガチに固くなって言うと、
「お友達がずっとあなたを待ってたわよ」
とソプラが言った。
「お友達?」
アルトナイが部屋の奥を見る。テーブルで野いちごジュースを飲んでいるパルトスとユッキの2人が手を振った。
「アルトおそ〜い!! 待ちすぎて、もうジュース3杯目よ」
ユッキは唇を尖らせながら、肩までかかる薄茶色のふわふわの髪を指に絡ませた。睫毛が長く少し垂れ目なのが小動物を思わせる女の子だ。
隣にいる金色の短い髪をツンと立てた男の子、パルトスが、細い目をさらに細くして言った。
「どうせヤナン先生に居残りさせられてたんだろ」
ニヤッと笑うと犬歯が目立つ。
2人ともアルトナイと同じ12歳で幼い頃からの仲良しだ。そして特別な誓いを立てた仲でもある。
2人は学校の剣の授業でアルトナイが足を痛めた時に、他の子供たちと一緒に先に帰っていた。
アルトナイがムッとした表情をしてテーブルに向かうと、パルトスは「その通りらしいぜ」と皆に聞こえるようにユッキに囁いた。
「居残りねぇ……」
背後からのソプラの声にアルトナイがビクッと反応した。ソプラは「どっこいしょ」と言いながら皿に乗せた木の実のクッキーと、温かい林果ティーのセットをテーブルに置いた。皿もティーカップもポットも、お揃いのピンクのリボンの柄がついている。
ソプラのお腹はぷっくりと膨らんでいた。新しい命が宿っているのだ。
「む、無理するなよ、母さん。重い物は俺が持つってば! 」
アルトナイがそう言うと、ソプラはにっこりと笑った。
「このくらい大丈夫よ。はい、おやつ。夕飯のお時間が近いから少なめにしてあるわよ」
「ありがとうございます! 」
「私、おば様の作ったお菓子大好き!」
パルトスとユッキがお行儀良く笑顔を作ると、ソプラは「楽しんでいってね」と手を振り、部屋を出てゆっくりと2階に上がっていった。
アルトナイがホッとため息をついて、2人を見ると、2人は先ほどの笑顔とはうって変わって真剣な顔つきになっていた。
「アルト、早く座れよ」
パルトスが自分の向かいの椅子を指差した。
アルトナイは名前が呼びにくいので、多くの人に『アルト』と呼ばれている。
アルトナイは友人たちと話す気分ではなかったが、しぶしぶ椅子に腰をかけた。
「何だよ」
「パルトスが見つけちゃったの! 」
パルトスの隣の席に座っているユッキがテーブルに身を乗り出してきた。その瞳がキラキラと輝いている。
「見つけたって、何を? 」
「例のあれよ! ね、パルトス」
ユッキがもったいぶるので、アルトナイはイライラした。
「だから何を見つけたんだよ」
パルトスが一呼吸おいて、言った。
「魔女の棲家さ」
それを聞いて、アルトナイは今までのモヤモヤした気持ちが一気に吹っ飛んだ。
「本当なのか!? パルトス!! 」
その時、ドカッとピンクのドアが勢いよく開いた。3人は心臓が口から飛び出るかというほど驚いた。
アルトナイの父バリドーと祖父のデノルが木こりの仕事から帰ってきたのだ。
「おお、みんな来ていたのか」
背の高いバリドーが、帽子を脱ぎながら笑って言った。金色の髪が頭にぺったりとくっついている。アルトナイとそっくりな顔は、日々の仕事で黒く日焼けしている。
「お、お帰りなさい、父さん。今日は早かったんだね」
心臓が早鐘を打ちながらアルトナイがそう言うと、「お、おじゃましてます」とパルトスたちが小さな声で挨拶をした。バリドーは2人のお客さんに軽く会釈をした。
「村長が急ぎの用があるって、みんなに召集をかけたんだ。仕方がないから仕事を早く切り上げてきたってわけさ」
バリドーが手に持った斧を斧立てに丁寧に収めながら言うと、桶に溜めた水でパシャパシャと顔を洗っていたデノルが顔を上げ「ふんっ」と鼻を鳴らして言った。
「どうせ大したことじゃないんだぞ。あいつは昔っから小さな事を大げさにしよるからなっ」
デノルもまた背が高い。もみ上げから口ひげ、顎まで適度な長さの髭を蓄えている。バリドーと同じように日に焼けた身体は、仕事柄がっしりとして若々しく見えるが、目尻のシワが生きた年月を刻んでいた。
「またすぐに出かけなきゃならない。母さんは上にいるのか? 」
バリドーが言うと、
「うん。呼んでくるよ」とアルトナイは椅子から腰を上げたが、バリドーはアルトナイを止めた。
「いや、必要ない。夕飯までには帰れないかもしれないと伝えてくれ」
そう言ってバリドーとデノルは再び外へ出かけて行った。
しばらく3人はピンクのドアを見つめて呆然としていたが、大事な話をしていたことを思い出して我に返った。
「アルトの父ちゃん達、帰りが早いのは今日だけか? 」
パルトスの言葉にアルトナイは首を振った。
「今日は特別に早かった。でも最近は毎日日暮れ前に帰っているよ。雪解けしたばかりの頃は日が暮れるまで働いていたのにな」
それを聞いてユッキは「やっぱりね」と頷き、
「アルトのパパだけじゃないのよ。うちのお兄ちゃんや、パルトスのパパ達もそうなのよ」
と木の実のクッキーをかじりながら言った。
ユッキには6つ歳が離れた兄が1人おり、狩人の仕事に就いていた。同じくパルトスの父親も狩人で、5人の息子たちも末っ子のパルトスを除いて皆、狩人の職についている。
「狩人の仕事ってね、暖かくなって林果の花が咲く今の時期は遠出をして3、4日泊まるのが普通なの。でもお兄ちゃん、毎日日帰りで帰ってくるのよ。しかも日が暮れる前に!! 」
「遠出をしていないってことか。それは怪しいな」
アルトナイが林果ティーを飲みながら眉間にしわを寄せた。林果ティーが思いのほか熱く、舌を火傷した。
パルトスが身を乗り出し、囁くように話し始めた。
「これは大人たちが話していた噂なんだが、どうやら最近、クマが出るらしいんだ。みんなそれを恐れて夜に森に入らないようにしてるんだ」
アルトナイは「はっ」と鼻で笑った。
「クマなら山にたくさんいるじゃないか。むしろ君らの父さんや兄さんが狩りをする獲物だろ」
パルトスが細い目をさらに細くする。
「普通のクマじゃないんだよ。どうやら特大サイズらしいんだ」
「あ……」
アルトナイは口を開けたまま動きが止まった。
「それは…つまり……」
「だからさっき言っただろ」
パルトスがにやりと笑う。犬歯がキラリと光る。
「俺が魔女の棲家を発見したってな!! 」
パルトスが自慢げに胸を張る。アルトナイはずっと開いた口を塞ぐことができなかった。