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その先へ  作者: 桜 織音
第1章 森の魔女
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森の魔女 2

 樫の切り株に座りながらヤナンとファリアが話をしている頃より、時は少し前の話である。


 サアザ村のあちらこちらで林果りんかの木の花が咲いている。花びらの丸い白い花は、やがて紅く甘酸っぱい果実となり、パイやジャムに姿を変えてサアザ村の春の風物詩として食卓に上がる。村の者たちにとって、林果は春の喜びを象徴する花だ。暖かな春の風にやんわりと林果の甘い香りが漂うと、なんとも言えぬ幸せな気分になる。


 そんな中、アルトナイは花を見ることも香を嗅ぐこともなく、ひたすら下ばかり見て歩いていた。彼の心は深く沈んでいた。ヤナンの言葉がアルトナイの心に突き刺さっていた。

『お前には剣の才能がない』

 その言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。


 アルトナイは自分に剣の才能が無いことを薄々感じていた。

 剣を振ることも型の動きもわかっているのに、実際に剣を持った者と対峙すると、相手や自分の剣の長さがわからなくなってしまうのだ。

 剣を受けるつもりなのに、相手の懐に入りすぎて頭に叩きつけられたり、逆に離れすぎていて相手に剣が届かず空振りしたり……

 木刀でなければ、アルトナイは何十回も天に召されているだろう。対峙をすると相手との間合いがとれなくなるのを、アルトナイはどうしても直すことができなかった。

 しかしそれは、人の何倍も努力すればやがては克服できるものと信じていた。

「なのに、ヤナン先生……ひどいよ……」

 アルトナイの深い緑色の瞳から、涙がポトリポトリとこぼれ落ちた。

 急な上り坂が続く家路。普段なら軽く登り切ることができるのに、今はやけに長く感じる。


 その時、村の東側にある森の中から金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。

 アルトナイは顔を上げた。

「マダラだ! 」

 涙を手で擦りながら、アルトナイは森の中へ駆け出した。

 金属の音が次第に大きくなる。アルトナイは立ち止まり、木の間から音のする方をこっそり覗き込んだ。


 森の少し開けた陽だまりの中で、短い金髪の少年と、黒髪を三つ編みに束ねた壮年の男が剣を打ち合っていた。

『マダラとシーマ先生の稽古だ!! 』

 滅多に見ることのできない光景に、アルトナイはヤナンの言葉を一時忘れた。


「はあっっっ!!! 」

 シーマが剣を振り上げる。張りのある筋肉がついた腕から凄まじい勢いで剣が振り下ろされる。

 マダラがそれを受け止めた。

 ガキンと鋭い音がし、剣から火花が散る。

 間を置かずにシーマは立て続けに剣を打ち込んだ。

「くっ!! 」

 剣先がマダラの髪や頬、肩や腕をかすっていく。マダラは剣をなぎ払い、ギリギリのところで回避していたが、シーマにわずかな隙が生じたのを見逃すことなく攻撃に入った。

 剣と剣がキィィィィンと火花を散らしてぶつかり合う。

 アルトナイはその勢いある音を聴いているだけで、自分の手が痺れる気がした。あんな剣をまともに受けたら、しばらく剣を握ることはできないだろう。


 マダラはそれほど背が大きくないが、腕の筋肉の盛り上がり方や青い瞳から放たれる眼光の鋭さは、アルトナイと同じ12歳には見えなかった。


 100年前、新たなる魔王の誕生を知った人々は、ただ指をくわえて待つつもりはなかった。魔王討伐に備えて勇者を育てることにしたのである。

 世界最大の聖地、パライヤの神殿に祀られる全知全能の神『アース』の力を借りて、未来の勇者は選ばれた。


 それがマダラである。


 マダラは生まれる前から勇者になることを運命付けられていた。

 彼が成長し、魔王と戦うために必要なものが100年前から考え出され、100年かけて用意された。

 マダラの指導にはその道のスペシャリストが世界各地からサアザ村にやってきた。剣豪のシーマもその1人だ。


 マダラはアルトナイの何十倍も何百倍も稽古に励み、戦ってきたのだろう。

 アルトナイが稽古と関係のない時間……友達と遊んだり、家族と過ごしている間も、ずっと勇者として訓練をしていたに違いない。

 そうでなければ、12歳という若さでシーマと対等に剣を構えることはできないはずだ。


『ヤナン先生の言う通りだ……』

 アルトナイは素直に納得できた。

 たとえ自分が今の5倍、剣の稽古をしたとしても、マダラのようにはなれない。苦手なものを努力でカバーするような中途半端な力ではマダラに近づくこともできない。

 アルトナイはヤナンの気持ちを心から納得できたのであった。


『他の道を探さなくてはいけないのか……』

 納得できてしまうと、自分の進む道が見えなくなった。勇者と共に魔王討伐の旅に出ることがアルトナイの夢であり、そのために剣の訓練に励んできたのだ。

 道を探さなくてはいけないという大きな問題を解決するような勇気が、まだアルトナイには湧いてこなかった。心はより深く落ち込んでいく。


 ふとアルトナイは気がついた。

『マダラは道を選ぶことすらできないじゃないか』

 勇者となることは、世界を救う大義のために否応なしに定められたことであり、マダラの意志ではない。だが嫌だからといって魔王と戦うことから目を背けることは許されない。

 大人ですら、可能な限り逃げようとすることから逃れられない。


『マダラは……運命から逃げ出したいとは思わないのだろうか』

 アルトナイはそんなことを考えながら、一心にシーマと剣を打ち合うマダラをしばらく見つめていた。

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