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その先へ  作者: 桜 織音
プロローグ
1/11

開幕

 ネイサンド・カッサは、カッサ家の特徴とも言うべき真っ赤な髪が、汗でベッタリとくっついているのを不快に思いながら、脱いだ兜を従者に手渡した。

 身につけている白い鎧には、剣と盾が重なった紋章が刻まれている。ネイサンドの故郷、ナタスターシャ国の紋章だ。彼はナタスターシャ国騎士団の騎士団長である。

 同じ鎧を着た騎士が広場で整列しているのを確認し、彼は城内へ入っていった。


 北の国ラーダトスにある王都ダターナ。ここはその中心にそびえるラーダトス城の中である。古い歴史を持つこの城は、聖石という青い石で造られており常に青く輝いている。幻想的で美しい城だ。


 ネイサンドは、ナタスターシャ国から援軍としておよそ300人の兵を率いてこの国へやってきた。

 彼が騎士団長として一隊を任されたのは、今回が初めてである。責任の重さと、内向的なラーダトス国との協議の難しさに、若き騎士の顔には常に疲れが見られた。

 だが、今日の彼の表情は今まで以上に悲愴感が漂っている。顔は青白く、切れ長の目の下にクマができ、頬がこけて顎が尖ったように見える。

 それは、先ほど騎士団を進軍させたが、何の成果も出せぬまま城に戻ることになったというのが原因ではなかった。進軍した先でネイサンドが目にしたことが、あまりにも衝撃的だったのである。


 ネイサンドが城内の大広間に通されると、そこには見慣れた顔の男が立っていた。

「カッサ殿。ご苦労だったな」

 青い鎧を身に纏った男の名はバルザッハ。角張った顔でがっしりとした体つきの、いかにも強靭そうな男だが、心の優しさが顔にでているのか、柔らかい印象を与える顔だちである。

 胸には2枚の葉とその中心に星というラーダトスの紋章が刻まれている。彼はラーダトスの騎士団長の1人だ。外国人に心を開かないこの国の中で、ネイサンドが気さくに話し合うことのできる貴重な存在である。

 彼もまた騎士団を従え、ネイサンドと共に進軍していた。


「バルザッハ殿もな。まさかこのような事になるとは……。我が軍がいながら、何の役目を果たすこともできず申し訳ない」

「こればかりは仕方がないさ。本命が来てしまったのだからな。国を護ることができただけで充分だ」

 そう言うとバルザッハは悲しい顔をした。

「大きな犠牲の上に、我々は生かされていることを忘れてはならんな」


 ネイサンドはバルザッハの背後に置かれた荷物を見た。床に布が敷いてあり、その上にまた布を被せて何かが置いてある。

「そこにあるのが、例の? 」

 ネイサンドが聞くと、バルザッハは無言で頷いた。バルザッハが従者に合図をすると、掛けられていた布がめくり取られた。その途端に強烈な焦げた肉の臭いがした。

「うっ! 」

 ネイサンドは手で鼻を覆った。広間の中には我慢できずに吐き気をもよおす者もいた。


 布の上には焼け焦げた黒い塊が2つ置いてあった。塊だけではそれが何かわからないが、ネイサンドはこれが人間だと知っている。

 この2人は、ネイサンドが見ている前で無残に焼き尽くされていった。

 生前の2人の笑顔が眼に浮かぶ。何もできなかった自分への悔しさがこみ上げた。ネイサンドは目を閉じ黒い塊に祈りを捧げた。

「魔王の再来……か」

 バルザッハが独り言のようにつぶやいた。


 かつてこの世を地獄と化した魔王が再び現れた。外交に積極的ではないラーダトスに、隣国のナタスターシャから援軍がやってきたのはこのためである。

 ナタスターシャは軍事力で世界一を誇る大国であり、ラーダトスと共に戦うことを約束したのである。


「私は陛下に事の次第を伝えてくる。すまんが貴殿はこの2人を丁重に葬ってくれないだろうか。外国人である貴殿に頼むのもおかしいのだが、恐らく我が国はこの事を『なかったこと』にするだろう。そうなればこの2人はどこかの山にゴミと同じように捨てられてしまう。私もこの国の騎士ゆえ、命に逆らうことはできない」

 バルザッハがネイサンドを見つめる瞳には、深い悲しみの色が見られた。彼が心からこの2人の死に心を痛めているのがわかる。

「わかった。彼らはこちらで引き取ろう」

 ネイサンドがそう言うと、バルザッハは少し笑顔を見せた。


 部屋を後にするバルザッハにネイサンドが問う。

「王にはどのように報告されるのだ? 」

「そのまま伝えるさ」

 バルザッハは振り返りもせずそう答えた。

「我々の希望は、一瞬で消えてしまった」

 そう言い残して、彼は部屋を去っていった。


 バンバンバン!! と空に花火が打ち上げられた。

 城下のダターナの街では、今もまだ民衆達による祝賀ムードが続いていた。

 つい2時間程前に、魔王打倒を誓い、国の希望を背負って勇者がこの王都から旅立った。その喜びに民衆が酔いしれている。


 ネイサンドは窓から外を眺めた。

 夕陽が顔を照らす。

 賑わう街中の頭上では、透き通る空の夕焼けが全てを朱色に染めていく。鳥が家路に向かって優雅に飛んでいく。

 青い城ですら、朱色に染まるこの美しい景色を見ていると、平和が永遠に続くのだという錯覚に陥る。


 先ほどネイサンドは魔王を見た。

 部下でもなく雑魚兵でもなく、正真正銘、本物の魔王そのものが現れた。

 城を出てすぐのことだ。

 ネイサンドの前で勇者は殺された。

 世界の中で経験を重ねてより強くなる前に、魔王はひよこの勇者を握りつぶしていった。

 弱いうちに敵を叩く。最も正しいやり方だ。


「あの魔王は手強い」

 ネイサンドは視線を部屋の中に戻した。従者に2人の遺体を運ぶよう命じると、踵を返し、広間から出て行った。彼は現実をしっかりと受け止め、これから始まる厳しい戦いの日々に向けて覚悟を決めたのであった。




さて、この物語は勇者亡き後に魔王と戦う人々の長い長いお話である。

それを語るにあたって、まずは3年前の話から始めるとしよう。

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