吉井恵斗の場合
「Ⅰ、次の仕事だが」
ボスが私の格好を見て笑う。
「狂が脅したんですよ」
誰が好き好んで猫耳付のロリータ着なきゃいけないのよ。
この前の奴で銃を2個もおじゃんにしたから怒られたのよ。
「似合ってんのにな」
狂に回し蹴りをする。
全く、狂はわかってないな。似合ってるとかの問題じゃないの。
「普通の格好で十分だわ」
ボスに仕事について聞く。
「次は、サラリーマン…ね」
依頼者は奥さん。理由は、愛人についてか。
でも、実子もいるんだね。
「行ってきまーす」
その前に猫耳付のロリータからいつものスーツに着替えないとね。
さて、これから殺すわけだが。
ちなみに殺すのは吉井恵斗。愛人関係からだと時間が掛かりそうだな。
取引相手にしようかな?いや、1日で終わらせたいよな。
「そうだ、」
子供に近付くとするか。
塾の勧誘でも家庭教師でも良い。よし、やるか。
「すみません、家庭教師派遣──」
家庭教師の斡旋を装って恵斗の家へと乗り込んだ。
ちなみに妻である玲子もわからないだろう。そもそも会っていないしね。
トントン拍子に話が進んで行って娘の怜奈の家庭教師をつける話になっ た。
「─明後日にこちらに鈴鹿りのさんを向かわせますね」
鈴鹿りのは、私のことである。変装すると全くの別人になるからね。
だから、色々な人を演じることが出来る。
「はじめまして、鈴鹿りのです。」
勧誘しに行ったときは、黒髪のロング。そして今日は、茶髪のふんわりショート。
髪形、アクセサリー、メイク。そんなので女は変わるものよ。
「始めまして鈴鹿先生」
依頼者の子供は、よくいそうな子だ。いたって普通のなにも知らなそうな子だ。
これから父親を殺しに行くのだが。
「よろしくお願いたします」
取り合えずここではこの子に勉強を教えないといけないね。
ボスに頭が良いのかって聞かれたけど中学生のだったら大丈夫でしょう。
「ここは──」
さて、家のなかに潜り込めたのは良いけれど。あんまり父親はいないのね。
まぁ、良い。部屋に潜り込んで色々と物色出来たから。
「先生、教育とは平凡への矯正と言いませんか?」
今日の授業が終わったあと玲奈が言った。
「…矯正?」
この子は突然何を言い出すのやら。
「えぇ、矯正です。」
玲奈の瞳は、そこら辺にいる子の輝きではなかった。
その時、始めて気付いたのだ。この子は私と同じ人間だと。
別に殺人者だと言っているわけではない。ただ、普通の子ではないだけだ。
「先生だから、言えるんですよ」
「そう。まぁ、確 かに矯正なのかもね。」
間違っていてもそれを貫き通すのが教育であり。それを常識だと教え込むのだから。
普通であることを強要する。
「じゃあ、明日ね」
そう言いこの家を出て行った。
「バレたかも」
狂に電話した。
「どうすんだよ」
電話越しの狂は、何だか怒り口調で話している。
「まぁ、大丈夫だとは思うけど」
直感的だから、否定しているかもしれないし。
父親の部屋に潜り込んでいるときは玲奈は帰ってきていない。それに音がしたら即座に会いに行っていたから。
バレる要素はない。
先生だから、言えるんですよ。その言葉は、私は、普通ではないことを知っている素振りだった。
だけどそれはきっと直感だ。
「これ以上長引かせるのは不味いから今日行く」
殺しに行く。
毒殺するかとかも考えていたけど、まだ玲奈が私を普通の人でない。そう判断しているときなら今しかない。
この時間に何処に恵斗が居るのかなんてわかってる。
愛人のいる雑居ビル。そこの非常階段。
古いタイプの所だから監視カメラがないのよね。恵斗達もそれを狙ってるから。
「笹野と申します」
恵斗の愛人に電話を掛けた。少しだけその場を離れるように仕向けた。
そして、愛人は忘れっぽい所があるから恵斗には電話はしないだろう。それにすぐ終わると思い込んでるだろう。
雑居ビルに行く途中に雨が降り始めた。急がないとびしょびしょになる。
「ねぇ、お父さん」
どうして、ここにいるの?玲奈は…。
玲奈は、私の姿を見ると一瞬微笑んだ。
「貴方はさんざん私の事を変だと罵ったよね」
あぁ、この子は変だと言われ続けたせいか。だから、この子は、私にあんなことを言ったんだ。
玲奈は、普通に見えて普通じゃなかった。
普通であることを求めている人だったんだ。
「私は、普通になったよ。」
だけどまだ足りないと玲奈は言う。
「愛人を作っている父親なんて普通じゃないでしょ」
玲奈の手にはナイフが握られていた 。
「なっ、何をする…」
逃げようとする恵斗の首もとを掴んで下に投げた。
「これは私の仕事よ」
非常階段は雨ざらしになっている。足跡なんてわからない。
「おいで」
3階連絡通路。誰も使わないらしい。そこから出ていけばバレることなんてない。
狂に車を回してもらった。
「どうすんだよ」
「あら、この子はなにも言わないはずよ」
そう言えば玲奈は頷いた。
「まさか、殺し屋に殺されたなんて知られたら普通じゃないでしょう。」
それなら事故死の方が普通だから。と言った。
「私が普通であるためにこの事は忘れます」
そう言ったときの玲奈の顔は、普通の子の顔だった。
「ここで良いか?」
狂が玲奈に聞く。
「はい、ここで大丈夫です。」
玲奈が車から降りた。それと同時に私も降りる。
「先生?」
「貴女は、普通になれたのだから」
もう、私と関わっちゃいけないよ。そう言った。今日のことも忘れなさい。そう言った。
たぶん、恵斗は事故死になるから。だから、これでやっと普通になれたんだよ。
「貴女は、玲奈は普通に生きてね」
すると玲奈は寂しげに微笑んだ。
「そうですね」
やっと願っていたものになれました。でも、少し残念です。と玲奈が言う。
それは何故かと玲奈に問う。
「折角、先生に会えたのに会えなくなるのは寂しいです。」
そう言った。
確かに玲奈はやっと自分と同じ人間に会えたのだ。少し、寂しいのだろう。
でも、駄目だ。彼女は殺し屋にして良いような人じゃないから。ここで別れないと。
「そっか。でも仕方ないよ」
狂がまだかと私に言った。
「もう、時間だわ。バイバイ」
「はい、さようなら」
そうして車に乗り込んだ。