つまり魔法について学ぼう
~ボクの視点~
ガタガタと地面が揺れている。
目を覚ましたボクは、寝ぼけた頭でなぜ揺れているのかを考えた。
そして考える間もなく、馬車に乗っているからだと思い出した。
布団代わりのマントから這い出る。
起きていたのはアズセナだけでベアトとドラクガルはまだ眠っていた。
「あら、おはようございます」
「あ、……おはようございます」
ぎこちなくだけど、ちゃんと朝の挨拶ができたことにほっとした。
初めて言ったものだから、どういうものかよくわかっていなかったのだ。
よし、次からはもっと自信を持って言おっと。
「ずいぶん元気なようですね。体内時計がしっかりしてるのはちょっと意外です」
「うん。いつもこの時間にルスタに起こされてたら、自然と目が覚めるようになったの」
(まあ、オレの教育の賜物ですな)
ボクが元気自慢をする一方で、アズセナは顔色が優れない様子だった。
「えっと、アズセナは大丈夫? 元気無いの?」
「まあまだ昨日の今日ですからね……」
彼女は自虐的な笑みを浮かべて言った。
ボクは乾いた笑いで返すことしかできなかった。
昨日、ボクが彼女らについていくことが決まった後のこと。
ベアトの発言から少しドタバタが始まった。
「じゃあ今すぐこの村を出ようか」
「ええ!? まだ二日目ですよ!? しかも今日は丸一日ダンジョン探索だったじゃないですか。休息が必要なんです! あなたたちにはなくてもわたしには!」
「でも、この子が生きていると知られたら危険だし、早めに離れるに越したことは無い。アズセナには無理をいってすまないと思うけどさ」
「せ、せめて、今晩ぐらいは……」
「人間、諦めが大事にゃ」
ドラクガルに肩をポンっと叩かれ、アズセナが折れた。
そういうわけで、その日に村を立つ行商人を探して、その荷台の隙間に乗せてもらい一晩を過ごしたのだった。
「さて、元気を出すために朝ごはんでも食べましょうかね。……ミルヴさんも食べます?」
「どうせ黒パンでしょ。ボク、それ嫌いだからいらない」
3人は昨日も黒パンを食べていた。冒険者が持ち歩く食糧としてはメジャーなものらしい。
昔、襲ってきた冒険者をルスタが返り討ちにしたときに、そいつの鞄のなかに入っていたのを食べたことがある。
硬くて、もそもそしているのが気に入らなくて、昨日も食べるようにと勧められたのだが断った。
そもそも、ボクは普通の人より食べなくても死なない体質らしく毎日食事をする必要がないのだ。ルスタが言うにはチートその2の副産物とかなんとか。
「私はこの硬いのが好きなんですけどねー。でも、確かに冒険者でもなければそのまま食べることの方が稀ですよね。というわけで、はい、この馬車の商人さんからバター買っちゃいました」
アズセナは薄黄色の固形物の入った瓶をボクに仰々しく見せた。
これがバターなのはわかったけどだからなに? って感じだ。
「それっておいしいの?」
「私もまだ食べてないですけど、一応コメンツァ村の出来立てみたいですし口に合うんじゃないですか?」
(出来立てのバターとか絶対美味しいじゃん。食っとけって)
故郷の味とかは関係ないだろうと思ったけど、ルスタが言うのでとりあえずうなずいた。
アズセナは手際よくバターを黒パンの切り口に塗り付けて、ボクに渡してくれた。
「……いただきます」
まずはガリッと一口。相も変わらず堅いが、口の中の水分を持ってかれる感じは緩和されている。単調だと思っていた黒パンの味も、口の中でバターと混じることで酸味が際立って良い感じだ。自然と次の一口をかぶりついていた。
「どうです? どうです?」
「うん……これなら食べれる。ありがとう」
「どういたしまして。どれどれ、私も塗ってみましょうかね」
アズセナは自分のパンにもバターを塗って食べ始めた。
そのまま二人で向かい合って食べていると、アズセナの顔が視界に入ってくる。彼女はニコニコと嬉しそうな顔でパンを頬張っていた。
「そんなに元気出た? アズセナって食いしん坊なの?」
「食いしん坊って……。まあ、それもあるんですけどね。こうやって、一緒に食事をしていると、ミルヴとちょっぴり仲良くなれた気がして。それが嬉しいんです」
照れ笑いを浮かべながらアズセナはそう言った。
そんなことを言われるとこっちもはずかしい。でもちょっと嬉しかったので、この黒パンよりもいつだったかに食べた干し肉の方が美味しかったと思ったのは言わないでおくことにした。
代わりに照れ隠しの言葉がボクの口からこぼれた。
「ボクなんかと仲良くなって嬉しいの?」
「はい。これから一緒に旅をしていく仲間ですから。ミルヴの方は思ってたより普通の人みたいで安心しました。それと私、前は先生をしていたのもあって、子供とふれあっていると落ち着くんです」
(んー? 今さりげなくディスられた気がするけど。それより先生やってたって? これはラッキーだな)
そういえば先生か図書館かを探そうって考えてたんだっけ。
ルスタの先生……やってくれるかな?
「今でも、お願いしたら先生やってくれたりする?」
「私なんかでよければ、なんでも教えますよ。いやー、しかし学習意欲があるというのはいいですねぇ。ミルヴは何について知りたいのですか?」
「え? いや、ボクじゃなくて……」
(いいじゃねえか、ミルヴの先生ってことで。オレが学んでミルヴに教えるのも2度手間だしな)
確かにそうだけど。でも、知りたいことと言われても、知らないことの方が多くて、何を聞いたらいいかを教えて欲しいくらいだ。
アズセナが期待のこもった目でボクを見ている。とりあえず何か言わなきゃ。
「えーっと、そうだ。アズセナが魔法を使った時、変な呪文を唱えてたけどあれって何? ルスタが使っているのとは違うみたいだけど」
「あれは送奉言語による詠唱です。私の専門は調和魔法ですので一般的にはこの詠唱が不可欠なんです。ルスタが使っているのはたぶん想像魔法でしょう。……というか、ルスタはどうやって魔法を覚えたんですか? 魔法の分類は基礎知識になりますが」
(当然、前世の知識なわけだけどねぇ。それをこの世界の法則に当てはめてみただけだから、用語なんてさっぱりわからんぞ。って説明するのめんどいから、オレは何も教えてくれないってことにしといて)
「よくわかんないけど、ルスタが秘密だって」
「そうですか……では、だいぶ初歩的な所からやりましょうかね」
そう言って、アズセナは鞄から手のひらサイズの本を取り出した。
表紙には「調和する記憶~一般向け訳~」と書かれている。
「文字は読めますか?」
「うん。絵本しか読んだことないけど、たぶん大丈夫だと思うよ」
「それじゃあ、これを教科書にしましょう」
ボクは手渡されたその本を開けてみた。
文字がびっしりと並んでいて、うわぁと圧倒される。とりあえず、一ページ目から文字を追ってみることにした。
・序文
遥か昔、世界は完全なる調和が保たれ、全てが矛盾なくつり合い、整っていた。しかし、私たちの住む星、リガルヅが創られた時、その均衡は崩れてしまった。リガルヅに芽生えた生命は意思を持っていた。ただ一つ、神の意志により成り立っていた調和が、他の多数の意思により乱され、世界は破綻の危機にさらされた。
神は完全なる調和の世界を諦め、その身を削り、法則、喚起、想像の神を産み出した。4つの神々はそれぞれと似た意思を持つ生命を、その奇跡を分け与えることでまとめることにした。そうして、リガルヅに形而上の調和が――
ボクはパタンと本を閉じた。
「アズセナ先生、ボクにはちょっとこの本は難しすぎるよ」
「そうですか? 私が小さいころはわくわくして読んでましたけど……。まあ、それ大人向けですからね。参考程度に使えればいいです。とりあえず、知ってもらいたかったのは、この世界には調和・法則・喚起・想像の神様がいるってことです。そして、その神様ごとに魔法があるわけです」
「へぇ~。調和の神様が一番偉い神様なのかな?」
「それは良い質問ですね。しかし、答えにくい質問でもあります。そうですね、ざっくり言ってしまえば、私の中では調和の神が主神である、といった感じですね」
ん? ややこしいなあ。
よくわかりませんという気持ちを顔で示していると、アズセナはこほんと咳払いをしてから、詳しく説明をしてくれた。
「あんまりこういうことを言うと怒られちゃうんですけど、神様の上下関係みたいのはたぶんないです。
でも、地域とか種族とかで信仰している神様が違っていて、私の故郷では調和の神が主神だったということです。この本は調和の神の聖書なのでこんな感じですけど、例えば法則の神の聖書だったら、『遥か昔、世界は唯一無二の法則により――』みたいな感じで始まっていましたね」
「うーん、なんとなくだけどわかった。ということは、一人につき一種類の魔法がつかえるんだね!」
「ですね。私なら調和魔法、ドラクガルは喚起魔法、ベアトは……ああ、彼は全部そこそこ使えます」
「え?」
(なんじゃそりゃ!)
なんだったんだ、さっきの説明は。
アズセナはいったん頭を抱えてから、説明を続けた。
「まあ、なんにでも例外はあるといいますか、才能さえあればできちゃうんですね。でも、全部使えたからってあんまり意味はないです。私だって、勉強して練習したら他の魔法も使えると思いますけど、ハイリスクローリターンだからやらないだけです。それぞれに得意分野はありますが、大抵のことは一種類の魔法でできますから。得られる結果は同じで、過程が変わるだけです」
「じゃあなんで、この人は全部使うなんてことしてるの?」
ボクは未だにすやすやと寝ているベアトを指差して訊いた。
「聞いた話では、国は調和の神信仰で、喚起魔法は師匠に、想像魔法は留学した貴族学校で、法則魔法は旅先でできた友人に教えてもらったんですって。ちょっと話がそれましたけど、ここまでは大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ、先生」
「では、それぞれの魔法の説明に……行く前に魔力のことについて触れておきましょうか」
魔力、か。ボクの体はすごくたくさん魔力を持ってるんだっけ。
「魔力は、より正しく言えば精霊力というべきものです。なぜ一般には魔力と呼ばれているかは、今日の所はおいといて、魔法とはつまり、精霊が起こす現象なのです。
精霊はあらゆる物体、現象、概念に宿ります。自分が持っているものに宿る精霊の総量がすなわち魔力と呼ばれるものになります。
私を例にしてみましょうか。手の精霊、指の精霊、爪の精霊、小指の第二関節の精霊、と単純に体に宿る精霊だけでも数え切れませんね。女性の精霊、普遍種の精霊、先生の精霊、アズセナ・フィットセントの精霊といったように私の性質、称号などにも精霊は存在します。
ちょっと感覚的には捉え難いことですけど、わかりますかね?」
「うん……理解できてると思うんだけど、それだとボクの魔力が多い理由がわからないよ」
「その理由はこれから考えてみましょう。精霊についてもう一つ重要な性質があります。それは、希少価値の高いものほど精霊が集まりやすいということです。さて、これを考慮すると、さっき私が言った中で一番魔力に寄与しているのが何の精霊かわかりますか?」
「えーっと、アズセナ・フィットセントの精霊かな?」
「正解です。私は世界に1人しかいませんからね。よくできました。ミルヴは呑み込みが早いですねー」
「えへへ」
褒められると素直に嬉しい。勉強するのもけっこう楽しいなぁ。
「そうすると、急な魔力上昇にも説明がつきます。要するに、ルスタの精霊が加わったことが予想外の魔力増加の原因と考えられます。あなたが魔族であることも魔力が高いことの一因ですかね」
ボクの右足に視線が行く。この赤い魔族の証は珍しいものだったはずだ。
(はぁ~、なるほど。それに加えて前世、前々世の経歴もプラスされるわけだ。この世界に日本の高校卒業したやつなんていねーし、常人とは比べようもない魔力になる。故にチートその1が成り立つのか)
どうやら、ルスタの勉強にもなったらしい。一石二鳥だね。
「では、魔法の種類を一つずつ分析して……みたいところなんですが、調和魔法以外はあんまり知らないので、軽く説明します。
想像魔法は自分の思ったままを形にできるのが長所。しかし、人の思考というものは混沌としていて安定しません。その工夫として呪文や魔法陣があるわけですね。制御するのにどうしても自分の魔力が必要になりますから、魔力の大小が重要視される魔法になります。
反対に魔力が無くても使えるのが法則魔法です。うーん、わかりやすく伝えるのは難しいのですが……。ちょっと見ててください」
そう言って、アズセナはさっきの本を手に取り、目線くらいの高さに持ち上げ、手を放した。
本は落下して、床にぶつかりパシンという音をむなしく響かせた。
「……えっと、見てたけど。今のは?」
「今のが、法則魔法でいうところの『物を上から下に移動させる魔法』です」
「ちょっと何言ってるかわからないです」
「そ、そうですよね。まあ、法則魔法が盛んな地域に行けばなんとなくわかると思いますよ」
アズセナはがっくりと肩を落としてしまった。申し訳ない気がするけど、実際わからないからしょうがない。
「次は喚起魔法に行きましょうか。呼びかけることで発動する魔法。活性化と召喚を基本とする魔法です。必殺技の名前を叫んでいる人はだいたいこれですね。呪文は適当でもとにかく伝わればOKみたいですよ? これは、私よりも他の二人に教えてもらう方がいいですかねぇ」
アズセナはドラクガルの耳をふにふにと触り始めた。
気持ちよさそうなので、ボクもさわさわしてみた。これはなかなかに心がやすらぐ。
「って何やってんだ! ……にゃ」
「あら、起きちゃいましたか」
飛び起きたドラクガルが耳にひっついた2つの手を払った。ああ……。
「こんなすりすりされたら、起きるに決まってるにゃ」
「そうですか? いつもは起きないじゃないですか」
「普段から触ってんのかよ! ……にゃあ!」
怒りのせいで語尾が適当だ。尻尾もぶんぶんだった。
というか、ボクの触り方が悪かったせいで起こしちゃったのかもしれない。今後のためにテクニックを磨かねば。
「まあまあ落ち着いて。そしてこれからは、私のことはグランドマスターと呼びなさい」
「グランドマスターってにゃんだよ」
「さっき、私はミルヴの先生をすることに決まりました。つまり、ドラクガルの師匠の先生、故にグランドマスターなのです」
「ぜってー呼ばないにゃ」
「じゃあその代わりにちょっと魔法を使ってみてくれません?」
「そんなんで良いにゃ? それなら楽勝にゃ!」
アズセナがこっそりとこちらに親指を立てた。
ドラクガルは口車に上手く乗せられたことに気づいていないようだった。
腕を前に伸ばして叫ぶ。
「じゃあいくにゃ。――硬化! ふふん。触ってみるといいにゃ」
「それだけでできたの? どれどれ……」
ボクはドラクガルの上腕二頭筋をぺしぺしと触ってみた。おお! 確かに硬い!
「いや、そこが硬いのは鍛えてるからにゃ。そうじゃなくて拳の方にゃ」
「あ、そうなの?」
ボクは改めて、彼女の拳を触ってみる。
獣人種に特有のふわふわの体毛の下に、金属のような拳があった。なるほど、この鉄の拳は鍛えてどうにかなるレべルではない。
ほぉ~、と思わず感嘆の声が漏れた。
「すごいね、すごいね!」
「ふっふーん。あたしの得意魔法にゃ!」
「でも、光ったりしなくて、わかりにくくて、地味だね!」
「あ、うん。そうかもしれないにゃ……」
しまった。また人を傷つけてしまった。
落ち込んでしまったドラクガルとは逆に、アズセナはボクの言葉にうんうんと頷いていた。
「喚起魔法なんてそんなものですよ。感覚重視すぎて、難度の高い魔法が使える人がほとんどいないんです。それに比べて調和魔法は、戒律を守って、詠唱さえ覚えれば誰でも使えます。しかも、どちらもこの本を読めば大丈夫!
調和魔法の原則は神様にお願いして、魔法を使ってもらうことにあります。だから、制御も要らず、魔力も少なめでOK。超お勧めの魔法ですよ!」
立て板に水。突然すらすらと宣伝文句が飛び出したので、ボクは体を竦めてしまう。
「にゃんだ、良いことばかり言って。調和魔法こそ神に愛される才能が必要だろ!? それにあんな長い詠唱じゃ、実戦では遅すぎにゃ」
「それはあなたが戦闘民族だからそう感じるだけでしょう? 生活に使う分には充分ですよ。ミルヴには戦ってもらっては困るんですからなおさらです」
ああ、なぜか言い合いが始まってしまった。どうしよう。
(どの世界でも宗教は戦いの火種なんじゃのう……。ま、ほっとけ。喧嘩するほど仲がいいって言うしな)
そうは言っても、目の前で喧嘩されるのは落ち着かない。
おろおろとしていると、突然、ガタンと音を立てて馬車が揺れ、馬の鳴き声が響いた。
あまりにも騒ぎすぎたせい……ではないだろうけど、とにかく二人の喧嘩は中断された。
「どうやら、非公式の関所のようだな」
いつの間にか、ベアトが目を覚ましていた。しかも、すでに戦闘態勢だ。あんなに騒いでいてもすやすや寝てたくせに。
「魔獣か、山賊か……。とにかく敵襲だ」
そんなあ。怖い。どうしよどうしよどうしよ…………