つまり旅立ち
~「ボク」の視点~
どーゆーこと?
そう思うことがいろいろありすぎて、倒れそうだ。
(まずは深呼吸してみろ。落ち着いたら、ゆっくりと記憶をたどれ)
ボクがルスタと呼んでいる別人格の言葉が聞こえてきた。
ルスタが表に出ているとき、ボクは眠っていて言葉を届けられない。
だけど、ボクが表のときはだいたいルスタも起きてるので、こうやって言葉が飛んでくるのだ。
すーはー。
ボクは眠っていた間のことを思い出す。
五感で感じたことはどちらが表でも共有されているけど、実体験ではないので、必要があればこうやって後から記憶をなぞる作業をしなければならない。
ルスタが出てきたときはたいてい嫌なことがあったときなので、あんまり思い出したくないのだけれど、今回の青い炎の件はボクの勘違いだったので安心した。
ルスタが魔法で出してた炎は熱かったし、あんなの知らなかったんだもん。びっくりしたってしょうがないよね?
それ以降はまあ、ふーんって感じだった。
自分の体がしたことでも、なんでそんなことをしたのかがわからないと、他人事みたいに感じるものだ。
(よし、次は現状の把握だ)
ボクはまわりを見渡してみる。
眩しい。ダンジョンの壁が発するあの淡い光はなくて、それどころか壁も天井もなくて、頭の上にはどんなにジャンプしても届きそうにない青に二つの強い光、足の下には蹴ったら壊れそうな柔らかい地面がある。近くには背の低い植物が規則正しく並び、遠くにはボクの5倍くらいはある植物がたくさん生えていて、あれが森というやつかと気づいた。そしてあそこに見えるのが山というわけか。想像してたより大きいな。
知識として知っていただけの、いろいろな「初めて見る物」で忙しいのだけど、要するにボクはついにダンジョンの外に出てしまったのだ。
ボクという存在がつくられて8年。外に出るなんて諦めていたけど、憧れを持たなかったわけじゃない。
だから、嬉しくはあるのだけど。
外の世界は怖いという気持ちもあった。
逃げ出したい衝動に駆られ、心臓が不自然なほど速く動き始める。冷や汗も出てきた。
(まあ、待て。危険なことなんてない。とりあえずは、な。ほら、もう一度深呼吸だ)
すーはー。よし、と。
でもでも、怖いのはしょうがないじゃん。ダンジョンに外からやってくる人はみんなボクを退治しようとしたんだから。
ダンジョンの魔獣はボクを襲わなかったけど、外の魔獣は違うっぽいし。
(そうは言っても、これからは外でうまくやってかないと。で、考えたけど、つーか、村に向かう前からうっすら考えてたけど、あの勇者見習い一行に面倒見てもらおう)
あの3人か……。
アズセナという人は挨拶を返してくれたしいい人そう。
ベアトという人はちょっと怖い。いきなり燃やされたから。
でも、結果的にはなんともなかったし、ぎりぎりセーフかな。
あと一人の女の人はもっと怖い。そういえば名前も知らないや。
次に会うときもまた殴られそうになったらどうしよう。そうでなくても、仲良くなるのは難しそうだ。
やだなあ……。
「そもそも、さっき会ったばかりのボクの面倒なんて見てくれるのかな?」
(オレの深い人生経験を元に推測するに、あのタイプは頼めば断れないタイプだね。間違いない)
ホントかなあ。とりあえず、深い人生経験ってのは嘘だよね。
(まあ、あいつらがダメだとしても誰かしらの協力は必須だぜ。なにせ、お前はなーんにもできない小娘なんだからな)
「そんなことないよ! ……たぶん」
バカにされたくはないけど、自信があるわけでもない。
だって、外の世界は初めてのことで溢れているのだ。
経験のないことを、できると言い切れるほどボクは自信家じゃない。
(そうそう。未知というものほど手ごわいもんはない。先導者がいるなら利用するに越したことは無いぜ。
先頭に立っているわけでもないのに、手さぐりにこだわるのはただの道楽だよ。
ま、そんなわけで、さっそくやつらを探しに行こうか。まずは宿屋だな。そこの道をしばらくまっすぐだ。さあ! 足を動かせ! ゴーゴゴー!)
ルスタに急かされて、ボクは一歩目を踏み出した。
ルスタの道案内のおかげで宿屋には簡単に到着した。
コメンツァ村は観光スポットの無いただの田舎なので、宿は少ないらしい。
今、目の前に建っている宿屋はそのなかでも中ランクぐらいらしい。
ボクには見分けがつかないけどね。
「おじゃましまーす……」
ボクは恐る恐る玄関の戸を開けた。宿屋の利用というものはこんな感じであってるのかな?
受付に居たのは無愛想な顔をしたおじさんだった。
「いらっしゃい。ん? おまえ1人か? 親はどうした? 迷子になったのか?」
「え、えっと。ちがくて、その……」
困ったよぅ……。ただでさえ人と話すことに慣れていないのに、この人ちょっと威圧感があって言葉が出てこない。逃げたい……。
(もしかして、もうオレの出番か? これくらい自分でなんとかしろ!)
「あ、俺がその子の保護者です」
しどろもどろになっていると、後ろから若い男の声がした。
振り向いた所にいたのはちょうど探していた人物、勇者見習いベアト・アフェレーだった。
その後ろには彼のパーティメンバーの二人も立っていた。
「知り合いの子なんですけど、ちょっとお守りを任されちゃって。元気な子なんで走って先に行っちゃたんです。もう、だめだぞー。ルスタちゃん」
ベアトは全然事実と違うことをいって、ボクの方を向いて片目を閉じた。
「何言って……」
(おいおい、助け船を出してもらってんだよ! せっかくクサい芝居してるんだから、上手くあわせてやれよ。ほら、ごめんなさいお兄ちゃんとか言っとけ!)
「ゴメンナサイオニイチャン」
言われたままの言葉を口に出したら、自分でもびっくりなほど棒読みだった。
だって、悪いことしてないのに謝るのって気が進まないじゃん?
「……そうか、それならまあいいが」
宿屋のおじさんは納得がいかないような顔をしつつも、面倒事に関わりたくないのか、それ以上の追及をしなかった。
ふう、助かった。でも。
ちらりと横目でベアトの顔を伺う。今度はこの人たちの相手をしないといけない。
ボクの目線に気づいたのかベアトが表情を崩した。
「もしかして、おせっかいだったか? ルスタ……じゃなくてミルヴの方かな?」
なんでわかるの。この人すごい。
びっくりして、少しあわあわとしてしまった。
(いやまあ、知ってれば区別はつくだろ。それより、レッツ平伏叩頭タイムだ!)
「あ、えと、おせっかいとかじゃなくて。それでその、ちょっとお話があって……」
取り繕おうと、しどろもどろながらも話始めたとき。
ベアトの後ろのそれを見ておもわずビクッと体が震えた。
(あ? あのにゃん公、めっちゃこっちにらんでね?)
怖い怖い怖い怖い。
名前もしらない獣人種のお姉さんが怖い顔でボクを見ていた。
しかも目、合っちゃたし。
言葉が途切れてしまったボクの方へ彼女が歩み寄ってくる。
それに合わせてボクの足が自然と後ろに動いた。
だんだんと壁に追い込まれ、ついには手を伸ばせば届く距離まで接近されてしまった。
「あたしを……」
ものものしく口を開いた彼女は、自分の額を地面の叩きつけた。
あれ?
「あたしを弟子にしてください!」
「へ?」
えっと、……どうしたらいいの?
場がシーンと静まり返る。
ベアトを見た。困ったような笑みを浮かべている。
宿屋のおじさんを見た。目を逸らされた。
(ぐう! 先手を取られるとは不覚!)
どうしよう、これ。
はいっ、と手が挙がった。
法衣を着た女性、アズセナだ。
「とりあえず、座ってゆっくり順番に話しませんか?」
ボクはこくこくとうなずくしかなかった。
皆がロビーの椅子に座ると、アズセナがこほんとわざとらしく咳をした。
「ではまず……」
「弟子にしてください!」
「ああ……はいはい、どうぞドラクガルから」
アズセナが呆れ顔で獣人種のお姉さんに話を促したことで、ようやく名前を知ることができた。
「さっきの闘い、あたしの完敗だ。あんたはあたしより強い。あたしは強くなりたい。強い人の弟子になればもっと強くなれる。だから弟子にしてください!」
「弟子とか言われても困るし……、それに強いのはボクじゃなくてルスタの方だし……」
「じゃあそっちの弟子にしてください!」
(うーん、どうしよっかなー?)
ルスタが決めかねている間、手持ち無沙汰なボクはやっぱりおろおろするしかなかった。
それを見かねたのかベアトが口を挟んだ。
「彼女の弟子になったらドラクガルは俺の弟子をやめるのか?」
「やめないぞ。ふふん、師匠が多いに越したことはない!」
「と、まあこんな感じであまり考えて言ってるわけじゃないからさ。断ってもいいし、弟子にしたからって特に何かしなきゃってわけじゃない」
それならもう断っちゃおうか、と思ったがルスタの考えは違うようだった。
(よし決めた。今から、オレの言葉をそのまま伝えてくれ)
「あ、うん、わかった。今から言うのはルスタが言ってって言ったことね」
ボクはドラクガルに向かって、無心でルスタの言葉を復唱した。
「(弟子にしてもいいが条件がある)」
「よし、なんでもこい!」
「(まずはオレのことは師匠と呼ぶべし)」
「はい、師匠!」
「(次に、オレの好きな時にもふもふさせるべし)」
「え? は、はい!」
「(最後に、猫耳娘らしく「にゃ」をつけて話すべし)」
「な、なんだとう?」
「(そこは、にゃんだとう? って言えよ)」
あ、やばい。
ドラクガルは歯を食いしばりながら、ぷるぷると震えはじめた。
「あわわわわわ、えーとえーとなんかごめんなさい」
「……わかったにゃん」
顔を真っ赤にしてドラクガルは言った。
やっぱ怒ってるのかな? きっと羞恥心で顔を赤くしてるんだろうな。そうだね、そういうことにしておこう。
「弟子にするということで話がまとまったみたいですね。それでは、えーと、ミルヴさん。
何か私たちに話があったみたいですけど……」
アズセナが落ち着く声で話を促してくれた。
二人はドラクガルを特に気にしている様子はない。慣れているのかな。
(ここからは自分の言葉で伝えてみな。さっきのよりは簡単だろ?)
人と話す練習だ、とルスタはときどきボクに言う。
もしかしたらさっきのもボクの緊張をほぐすためだったのかもしれない。
少し呼吸を整えて、ボクは言った。
「ボクをキミ達の旅に連れていって!」
「いいよ」
あっさりと了承されてしまった。
「まあ、断る言い訳も見つかりませんし」
「あたしの師匠になるんだから当然にゃ」
誰もボクを否定したり、排除したりしなかった。
その時になってやっと、ボクの世界がちょっぴり広がっていたことに気づいたんだ。