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プーラの月の24日 魔王の揺り籠にて――交渉

 ~アズセナの視点~


 それはあっという間の出来事でした。


 ダンジョンの最下層で出迎えてくれたのは、ミルヴと名乗る幼い少女でした。

 あらかわいい、などと思っているとなんやかんやでドラクガルがふっとばされて気絶してしまいました。

 私の防護魔法などはまったく役に立ちませんでした。これでは本当にタダ働きです。

 この状況、私のようなしがないシスターちゃんがちょっと頑張ったくらいじゃどうにもなりません。

 そんなわけで見守りモードに入らせてもらいます。

 あとは若い二人にまかせますかな。


「どうした、やらないのか? 胸を借りるつもりでかかってこいよ。……今、おまえ胸ないじゃんとか思っただろ。これくらいが年相応なんですぅー。そこのおっぱいシスターが異常なんですぅー」


 黙っていると、少女の適当な話の矛先がこちらに向きかかりました。

 このままでは私もふっとばされそう。そう思わせる雰囲気を今の少女は持っています。

 私は助けを求めてベアトに目線を送りました。

 倒れているドラクガルを見て、しまったという顔をしていた彼は、少し思考を巡らしてから口を開きました。


「すみません。ルスタさん、俺の話を聞いてもらえませんか?」


 丁寧な言葉でベアトは話始めました。

 彼は初対面の人には必ず敬語を使います。

 今回のように年端のいかぬ子供にも一律で対応するのが彼らしいところです。

 それを慇懃無礼だと思う人もいますが、目の前の少女には好感触のようでした。


「おお。その名前で呼ばれたのは今世では初めてかも。下手に出てくるのもよろしい。おまえ名前は?」

「ベアト・アフェレー。勇者を目指して修行中の身です」

「そう。オレはルスタだ。まあ、ミルヴと呼んでもらってもまちがいじゃあない。

 で、それではいおーけーって言うと思ってるのかな? オレはさっき君によくわかんない炎を浴びせられて、猫耳痴女に刺されそうになったんだぜ」

「そのことについては失礼しました。お詫びします。ですが、さきほどの炎は人には無害ですし、その戦士の介抱は話が終わるまで遠慮しますので許してもらえませんか」


 そう言ってベアトは頭を下げました。

 放置プレイが確定したドラクガルを私は優しい目で見守ります。そうだね、そのビキニアーマーは機動性を追求した結果で痴女だからじゃないですよね。私はわかってますよ。

 ふーん、とつぶやいてルスタはそんな彼を観察します。


「精神的な暴力うんぬんで文句言ってもいいけど……ま、いっか。オレだって別に話をしたくないわけじゃない。むしろ、話をしたくてたまらないくらいだ。だからオレはオレ自身を2つに分けたんだからな」


 異常な話をよくある話であるかのように彼女は言いました。

 そんなこと、普通できるものでしょうか?


「納得できないか? まあ、オレは自分の記憶を出し入れできたからな。でもやっぱり、オレって普通の人間なんだなって思ったよ。外界と隔絶された環境はたった2年でオレの精神を壊した。イマジナリーフレンドの1つや2つ、作らない方がどうかしてるさ。……ああ、そんな話はどうでもいいか。いけないねぇ、ついつい自分語りをしたくなっちまう。さてさて、オレに聞いてほしいことってなんだい?」


 少女に話を促されて、ベアトは姿勢を正しました。

 澄んだ瞳が迷宮の主を見つめます。

 そういえば私、具体的にどういう交渉をするのか聞いてないんですけど。


「まずは、このダンジョンの近くの村があなたの魔力増加により苦しめられているのはご存知ですか?」

「ああ、知っているとも。そのせいで何人かがオレを殺しに来たからな。当然、オレは正当防衛の権利を行使したわけだが、最近はめったに来なくて寂しかったぞっ☆」

「……それを抑えることはできないのですか?」

「んなことできねえよ。魔力がいくら増えてもダンジョンに吸い取られるだけだし実感がない。そもそも勝手に封印しといて計算間違えたからなんとかしてなんて言われてもね。

 そんなつまらない話をしにきたのか? オレのぶりっこ芸をスルーしておいて言いたいことはそれだけなのか?」


 雲行きがあやしくなってきました。

 しかし、これもベアトの作戦なのでしょうか。

 少なくとも、本気で魔力を抑えてほしいとお願いをしたいわけではないでしょう。

 なぜなら、私は魔力増加の理由について、今までの会話で推測することができました。

 私でも気づけることです。聡明な彼ならきっとわかっていることでしょう。

 ベアトは同情をしている、といった表情を浮かべました。


「そもそも封印というやり方がいけなかったのです。だから、俺が提案することは1つ。

 あなたをダンジョンから解放するので、最深部まで連れていってくれませんか?」

「え? それマジ?」

「いやいや、ちょっと待ちなさい!」


 口を挟まないつもりだったのに、思わず叫んでしまいました。


「アズセナ、どうかしたのか?」

「どうしたもこうしたも、魔族を解放していいと思ってるんですか!?」

「うん。彼女とダンジョンとの繋がりが切れれば、村への影響はなくなる。彼女も外に出たがっているみたいだし、何も問題ないじゃないか」


 そんな単純な話だったでしょうか。反論の言葉はいくつか出てきますが、どれも目の前の少年を止めるのには決定力が欠けていました。

 私は再び心の温度を下げて悟りの境地へ赴こうとしているのに対して、ルスタは上機嫌に笑っています。


「なあ、ベアト君だっけ? そこのねーちゃんはオレが外で暴れまわるんじゃないかと心配してるんだぜ。君は世の中に根っからの悪人はいないとでも思ってるのかい?」

「そんな世の中だったら勇者なんていらないでしょう。俺は選択肢のない人生なんて間違っていると思っているだけです。あなたが悪人だとしても、それを表に出さず普通に暮らす権利があるはずです」

「それこそ綺麗事だ。もしオレが悪の大魔王になったら君はどうするのかな?」

「その時は俺が倒しに行くよ」


 ベアトは柔らかい少年特有の笑顔でそう言いました。

 その単純な答えは大人の私にはやはり綺麗事にしか聞こえないのでした。


「そうかい。わかったよ。何がわかったって君の言い分のことじゃないよ。君はオレが持ってないものを持っているってわかったんだ。よし、その提案、喜んで乗らせてもらおうじゃん。

 ちなみに聞くけど、この世界の勇者ってのはこんなことをしてもいいものなのか?」

「いえ、そんなことないですけど」


 ベアトは少し恥ずかしそうに言いました。


「俺はまだ勇者見習いですから」




 最深部には簡単に到着しました。

 ダンジョンの主である少女はここの魔獣の天敵らしく、遭遇しても即逃走してくれます。

 治療をしたドラクガルは寝かしたままでベアトがおんぶしていきました。


「ここが最深部だ。つーかオレの部屋だな」


 扉を隔てた部屋はずいぶんと散らかっていました。

 散らかっていると言っても生活感はあまり感じられない部屋です。

 まず真ん中に大きめのベットが1つ。その端には雑多な小物がちょっとだけ。

 端には水路があって、飲み水として使えそうです。

 水路の逆には魔獣の死体を解剖したものが散乱していて少し気持ち悪いです。

 奥の壁には文字が書きなぐられていて、その中には私の知らない言語や数式もありました。


「乙女の部屋をそんなにじろじろ見ないでくれるかな? 問題なのはこいつだろ」


 ルスタが指差したのは床に深々と突き刺さった杖でした。

 彼女の言うとおり、この杖が楔の役割を果たしていることは一目でわかりました。

 私も一応、調和魔法の使い手ですから結界関係には強いのです。


「そうですね。これは興味深い魔法です。このダンジョンの住人にとってこの杖を抜くことは自殺をするのに等しい心理状態にならざるを得ない、故に破壊されないというわけですね。この魔法を行った人物は熟練の魔導師なのでしょうね」

「ふーん、ねーちゃん詳しいんだな。それでこれはどうしたらいいんだ?」

「簡単なことですよ。外から来たものなら苦労せずに引き抜けるはずです。ベアト、やってみてくれませんか」

「わかった」


 ベアトはドラクガルを静かにおろして、両手で杖を持ちます。

 それはさながら聖剣を台座から引き抜こうとする勇者のようでした。

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「ん? 軽く抜けちゃったよ」


 ベアトの言うとおり杖はあっけなく抜けてしまい、その役目を終えたかのようにぼろぼろと崩れ落ちてしまいました。

 ダンジョンの壁の光がすうっと失われていきます。

 それこそ、ルスタとダンジョンのリンクが切れた証左でありました。


「ルテーグ。Lak amzevusi, etreso. Ep muno, ma zoko. Ĝi etvat fe tugiĉa ros am eĉ nia aphumŝvopo fedak muno.(光れ、希望よ。照らせ、道筋を。ささやかな明かりでさえ私のよりどころにするのに十分なのです)。ファープロプ」


 私はすばやく詠唱をして明かりを作りました。こんなところで真っ暗になるなんて怖くて仕方がありませんからね。


「うおおおー! やべー! めっちゃ魔力溢れてくるじゃん。こりゃすごいわ。チートというだけのことはあるじゃん。ありがとうクソ神様!」


 なにやらテンションがあがっている人がいますが、とにかくこれでクエストはクリア。放置して早く帰りましょう。


「しかし、けが人を1人抱えて帰るのは骨が折れそうですね」

「ふっふっふ。ならこの大魔法少女ルスタ様が外への道をばーんと切り開いてやろう!」

「え?」


 ルスタは右手を開いて、手のひらを何もない床に向けます。


「出でよ! ラヴァ・ピラー!」


 ぶわっと、熱気が私の頬を撫でました。

 ルスタの手の指す先の床から、火柱が立ち上ったのです。

 それを火柱というのは間違いかもしれませんが、それはやはり正しく火の柱です。

 大きな建物に使われるような円柱の柱をそのまま高温にしたかのような、その柱が天井を蒸発させて伸び続けて地上にまで通ずる大穴を開けると、するすると地面に戻っていきました。

 こんな魔法は見たことがありません。


「うっし、コントロールも完璧っと。そんじゃ、次は螺旋階段でも作ってみるかな」


 そう言って彼女はなんてことないように、次の魔法を使い始めました。

 じわっと汗が出てきたのは決して部屋が暑くなったからなどではないでしょう。

 もしかすると、今ここに、やがて世界を滅ぼす魔王が解き放たれてしまったのではないでしょうか。

 ふとベアトを見ると、感心したようにルスタの魔法を眺めてました。

 ……。

 私は今回何もやってないんですからね!

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