新レゴイ暦456年プーラの月の24日 コメンツァ村にて――探索準備
~パーティの僧侶役、アズセナ・フィットセントの視点~
到着したその村はあまり豊かには見えませんでした。
この村――プリンテン王国の西部に位置するコメンツァ村は、国の食糧自給率に少なからず貢献している農村です。
確かに畑は広くてしっかりとしているように見えるのですが。
「なーんか陰気くさい村だな。すれ違うやつら、死人みたいな顔してやがる」
私が思っていたのと同じことを口に出したのは、旅の仲間のドラクガルでした。
獣人族の女戦士である彼女は私より3つほど年下で顔は童顔、体はピチピチでムキムキです。露出の多い服からのぞく肌がきれいで羨ましいです。
この村よりも秘境の田舎の出身で、だからなのか、たまに空気が読めてないことがある気がします。
とりあえず、悪口を言うのならもう少し声を抑えるべきということを学びましょう。
向こうにいる村人さん、ムッとした目でこっち見てるんですけど。
「確かに、元気はなさそうだ。俺にできることがあればいいが」
淡々とそう言ったのは、パーティのリーダーであるベアト・アフェレーです。
彼は代々勇者の役目に就いてきたアフェレー家の次男で、勇者見習いとして修行の旅をしています。
ドラクガルよりさらに年下の14歳。私よりいくつ下なのかは数えたくありません。
妙に大人びたところがあり、戦闘もめちゃくちゃ強くて、すでに歴戦の勇者のようにも見えます。
アフェレー家では子供にどのような修行をさせているのでしょうか。
私とベアトとドラクガルの3人は昔からの知り合いというわけでもなく、ちょっとした縁があってそれぞれに別の目的を持って旅をしています。
私としては、弟と妹ができたみたいで楽しい旅です。
私たち3人のパーティはまっすぐ宿屋に行き宿泊手続きをしました。
歩き旅は私には少しつらいです。もうへとへとで、早くベットに寝っころがりたい。
しかし、2人はまだまだ元気な様子。
「それじゃ、俺はギルドハウスに行ってクエストの受注をしてくるから」
「えっ、今からですか? 明日でもいいでしょうに」
「村の状況が結構ひどいみたいだから、できるかぎり早めに対処できればと思ってさ。アズセナはここで休んでればいい」
「あ! あたしは付いてくぞ。アズセナと違ってあたしは強いからな!」
はあ、そうですか。私は強くなくていいです。休みたいです。
二人を軽く見送って部屋に行き、『清浄』の魔法で服の汚れを落としてからベットに倒れこみました。
目が覚めると、朝でした。どんだけ疲れてたんだ私は。
体にはちゃんと毛布がかけられていました。
ベアトがやってくれたのでしょうか。彼には紳士なところがあります。もう少し年が近ければ唾を付けておくところなのですが、弟のような子にやられるとただただ恥ずかしい。
そのベアトとドラクガルは部屋に居ませんでした。たぶん、朝の修行でしょう。元気なものです。
私は宿屋を出て、彼らを探します。
そして、宿屋の裏手で模擬戦闘をしているのを発見しました。
ドタバタしていてうるさいのですぐ見つかります。
二人がどんな動きをしているか、私には説明できません。
動きが速すぎて目が追い切れないのです。木刀を打ち合っていることはわかるのですが。
なんとなしに眺めていると、ふわっとドラクガルの体が浮き地面に倒れました。
今朝の勝負はベアトの勝ちのようです。決まり手はよくわからないけど、たぶん投げ技でした。
きりがついたようなので二人に声をかけます。
「おはようございます。毛布、ありがとうございました」
「おはよう。毛布をかけるなんて、パーティなら当然の気遣いだ。それより、昨日請け負ってきたクエストについて話したいんだけどいいか?」
「あ、はい。でもその前に、朝食を食べませんか?」
私たちは宿屋に戻り、朝食の席に着きました。
成長期の彼らはバクバクとたくさん食べるので、私だけ先に食べ終わってしまいます。普段なら食後のお茶でも楽しむところですが、今のうちにクエストの確認をしておきましょうか。
「ベアト。クエストファイルを見せてもらえますか?」
「もぎゅもぎゅ……。はい、どうぞ」
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冒険ギルド クエスト P-K-R448-12
「魔王の揺り籠の力を抑えよ」
・場所:コメンツァ村
・難度:S
「はあぁ!? 難度Sぅ!?」
思わず変な声が出ました。難度Sは平常時に受けるクエストの中で最大難易度になっています。
お茶を飲んでたら、盛大に吹き出すところでしたね。
「もぐくちゃ……。素っ頓狂な声だすなよなー。消化に悪いし、マナー違反だぞ。まっ、難度Sくらい、あたし達ならなんとかなんだろ」
「もぎゅもぎゅ……。ドラクガルほど楽観的に考えているわけじゃないが、挑戦する価値のあるクエストだと俺は思ってる」
はあ、とため息を1つ吐いて小さな反発の意を示してから、気持ちを切り替えます。
ベアトがこの旅で決めた自分へのルールとして、「ギルドのある集落に来たら、そこで自分が達成できる一番難しいクエストを1つ受ける」というものがあります。
真の勇者なら無理難題にも挑むものだが、勇者見習いとしてはそこが妥協点なのだそうです。
私は彼の冷静さを信用しています。
なので、攻略できるかできないかでなく、攻略のため何をするべきかを考えるため、クエストファイルの続きを読み進めました。
・難度:S
・報酬:9万モネロ
・受注者:ベアト・アフェレー(勇者)、ドラクガル(戦士)、アズセナ・フィットセント(僧侶)
・攻略ダンジョン:魔王の揺り籠
・クエスト詳細:
魔族を封印するために造られたダンジョン「魔王の揺り籠」。その力が8年前から想定外の上昇傾向を示し、封印の礎の1つとなっているコメンツァ村にも深刻な悪影響を及ぼしている。手段は問わないので、このダンジョンの力を抑えてきてほしい。
・ダンジョン詳細:
全地下5階だと予想されている。地下4階までは攻略済みなので、地図を添付する。なお、最深部は帰還した冒険者がいないので、詳細は不明。出現する魔獣は、この近辺に現れる種と同じだが、ダンジョンの魔力を得て手ごわくなっている。
・出現する魔獣:カミツキネズミ、サイダンシカ、ウミワリクマ、?ミルヴ・フェングセン(迷宮主)
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うう。手段は問わないだの、帰還した冒険者がいないだの、不安要素が多いなあ。
「こんな大きな問題になっているなら、国が軍なり勇者なりを派遣するべきじゃないですか」
「ギルドで訊いた話では、確かに村としては深刻な問題なんだけど国の視点から見ると、魔王候補と呼ばれている魔族を解放する方が大問題なんだってさ。だから、殺さないで封印したわけだし」
この世界に存在する魔族の数はおおよそ変わらないようになっていて、魔族が死ぬと同じくらいの力をもった魔族が新たに生まれると言い伝えられています。
あくまで伝承ですが、私の持っている聖書にも記されているので、このあたりの大抵の人はそれが真実であると認識しているでしょう。
つまり、国がこの迷宮主を討伐すると国際問題になりかねません。
よって、国家にあまり縛られていない冒険者が勝手にやった、ということにしておきたいわけですね。
「ふむ。だいたい状況はわかりました。で、その魔王候補とやらを倒す策はあるんですか?」
「ないよ」
「は?」
「魔王候補を倒す策はない。でも解決策はある」
いつのまにか朝食を食べ終えていたベアトは、キラキラした目で私を見据えながら言い切ります。
ああ、そういえばこういう時は子供っぽいなと思いますね。
「魔族だって同じ人間だ。俺はこの迷宮の主と交渉をしに行く」
「もぐくちゃ……。よ! さすが勇者になる男!」
選ばれたものにしか言えないきれいごとが言い放たれました。
はあ、これ生きて帰ってこれますかね。