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予言の到来

 ~ある百姓、ヴァゾン・フェングセンの視点~


 僕って幸せだなとふと思う。

 コメンツァ村のような田舎にずっといるのは嫌だなんて言って、王都に行ってしまったり、冒険者になったりした友達はたくさんいる。

 そんな人生も悪くないのかもしれないけど、僕にはこの村でずっと暮らしているのが一番合っている。

 汗水たらして農業をしたり、時には狩りをしたりして働き、家族の待つ家に帰る。

 これのなんと素晴らしいことか。

 かわいい幼馴染とめでたく結婚できただけで、充分勝ち組だと思うし、今年は娘も生まれた。

 これがまたかわいくて、かわいくてしょうがない。

 おとなしい子なのだが、僕が話しかけると生き生きとした反応をするのがこれまたかわいい。

 嫌なことがあっても、この家に帰ればすぐ忘れてしまうほどに癒された。


 豊かな土地のおかげで、作物も一級品だ。この村で造られた麦酒はとても美味しい。

 僕はその夜、村の酒場でその麦酒を飲んでいた。

 子供ができてから、あまり酒場には行かなくなっていたが、たまには付き合えと百姓仲間に誘われたのだった。


「で、子供の様子はどうなんだい?」

「もうかわいくてしょうがなくて、今すぐ家に帰って顔を見たいぐらいだよ」

「ハハハ! まあそう言うなって。たまには息抜きも必要だぜ」


 酒場はこの村一番の娯楽施設と言っても過言ではない。

 それは酒を飲むことしか楽しみがないクソ田舎という意味ではなくて、酒場にはいろんな人たちの話を聞くことができるからだ。

 村の人たちはもちろんのこと、他にも冒険者や行商人、旅人、吟遊詩人も大抵は酒場に立ち寄る。

 村外の人が話す武勇伝だったり世界の情勢だったりは、この村の農民にとって、とても刺激的なものだった。

 村民だけの時も、冗談を言ったり愚痴をこぼしたりしているうちに気分が盛り上がってきて、歌い始めたり踊りだしたりして愉快なものだ。


「心配なのもわかるがな。5歳ぐらいまではちょっとした病気が命取りになることもあるしなあ」

「おいおい! 縁起でもないことを言うんじゃないよ。うちのミルヴはおとなしい子だがすこぶる健康なんだからな。驚くぐらい何の異常もないぞ。あー、でも太ももにちょっと痣ができてたな」

「痣? どっかぶつけたのか?」

「うーん。僕もシエロも割れ物を扱うようにしているから、そんなはずはないと思うんだけど」


 バンッ、と酒場の扉を乱暴に開ける音がした。

 僕らは思わず話を中断して、入り口の方を見た。

 入ってきたのは目に深いしわを刻んだ爺さんと、その後ろに若い男(と言っても僕よりは年上だろう)が2人だ。

 3人は外套を纏ったままで、店内に入ってきた。なにやら、ひどく慌てているような様子だ。

 今日は村に旅人が来た話は聞いていない。もしかしたら、今さっき到着したばかりなのかもしれない。

 爺さんは酒場の店主に何かを言った。すると店主は店内を見渡し、僕を見つけると手招きをした。


「おーい、ヴァゾン。おまえの娘が生まれたのって、今年のネージュの月だったよな?」

「そうですけど……それがどうかしたんですか?」


 僕はちらりと爺さんの様子を窺う。こんな怪しい黒魔導師みたいなやつに娘の個人情報を聞かれるのは抵抗があった。

 僕を警戒を察したのか、彼は身分を明かした。


「すみません。私はレゴイ魔法協会のバストノ・リアルーミと申します」


 バストノは外套の下に着た深緑のローブを見せた。どうやらこのローブが魔法協会の制服みたいなものらしい。

 そう言われると威厳のある風貌にも見えてきた。

 僕は魔法協会のことなんてよく知らないので、店主に目で問いかけた。


「この人は本当に魔法協会の人だぜ。このまえ手紙が来ててな」

「ふーん。それで魔法協会の人が僕の娘のことを聞いてどうするんですか」

「あまり事を広めたくないので、詳しくは言えません。一つだけ教えてください。あなたの娘が生まれたのは、ネージュの月の12日ですか?」


 ミルヴの誕生日をぴったりと言われてドキッとしたので、僕は素直に頷いてしまった。

 その返事にバストノは緊張した面持ちになる。目のしわがさらに深くなって、迫力が増した。


「その娘を私たちに見せてもらえませんか」


 

 バストノとそのお供2人をつれて、僕は我が家に帰った。

 会ったばかりの人間に娘を見せるのもどうかと思い一度は断ったのだが、バストノが頭を地につけてまで頼むものだから断りきれなかった。


「今帰ったよー、シエロ。今日はちょっとお客さんがいるんだけど」

「あらあら。うちには客間なんてないものですから、居間の方へどうぞ」


 3人を居間へ通してから、シエロは僕を睨んだ。


「ちょっと、こんな時間にお客なんて連れてこないでよ。ミルヴが寝てるのよ!」

「うう、ごめんよ。魔法協会の人らしいけど、ミルヴを見せてくれってうるさくてさ」

「どうせ話を盛って、『うちの娘はもう本が読めるんですよ~』とか言ったんでしょ」


 シエロは小声で文句を言う。僕はそんなことを言ったりしない。

 むしろ、シエロの方がそんな自慢を言いそうだなと思う。


「とにかく、パッと見せちゃって帰ってもらうからさ。ミルヴは寝室だよね?」


 僕はシエロと一緒にバストノ達を寝室に案内した。

 

 親戚に借りたベビーベットでミルヴは寝ていた。

 足音を立てないように近づいたつもりなのだが、愛しい娘はパチッと目を覚ました。

 ううー、と少し不機嫌そうな声を出したが、性格なのか大きな声で泣いたりはしなかった。起きてしまったので、部屋のランプを灯す。

 バストノ達はぞろぞろとベビーベットに近寄ってミルヴを見た。


「あ、ありました! 右の太ももにうっすらと出てきています!」

「確かにそう見えなくもないな……。失礼、明かりを点けさせていただきます」


 バストノは僕に向かってそう言うと、短く呪文を唱えて、手に光の球を浮かべた。


「間違いないですよ! 途切れてるところもありますが、ディアブロの紋です!」

「そうだな……近くの協会員を集めてくれ。ダンジョンの予定地はこの村の途中にあった丘の辺りで場所を探そう。村長には私が話をつける」


 お供達は頷くと、急いだ様子で家を出て行った。

 僕らはそれをぽかんとした顔で見ていた。何の話をしているのかまるでわからない。


「いったいどういうことなんです? 娘に何があるっていうんですか」

「そうですね、当事者には隠せませんから説明させていただきます。納得できるかは別ですけどね」


 バストノは淡々と語り始めた。哀れみの目で僕らを見ながら。


「先月にある預言者が神託を受けました。信頼のできる一流の預言者です。内容はこうです。

 『新レゴイ暦446年ネージュの月の12日、プリンテン王国の西の村にて、世界を壊し得る者が誕生した。彼の者が力を持つことは避けられない。戦乱が魔王を呼び、魔王は戦乱を必要とする。和は保たれるだろう。世界を侵食する歪んだ楔が、決壊するまでは。』

 未来の魔王が生まれたことを知った私たちは、その赤ん坊を封印するためにプリンテンの村をあちこち探しまわりました。そしてようやく見つけたというわけです」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。封印ってなんだ? 人違いの可能性もあるし、そもそも予言は絶対に当たるものではないと聞いたことがあるぞ!」

「そうですね。でもあなたの娘にはディアブロの紋が出始めています。その紋は俗にいう魔族の証です。もう少し成長して紋がはっきりするころには、普通の人ではありえない膂力を持つようになり、軍か勇者でもないと止められなくなります。見つけてしまったからには、予言の真偽はどうであれ対処しないわけにはいきません。

 だから、まだ力の無い今のうちに封印するしかないのですよ」


 でも、でも、と反論の言葉を探しても何も出てこなかった。

 他人の話なら納得しただろう。

 しかし、これは愛する我が娘の話なのだ。それなのに自分が何もできないことを受け入れられない。

 黙っていたシエロが口を開いた。


「封印って具体的にはどうするんですか?」

「私たちの計画では、迷宮封印を行う予定です。本来は討伐が不可能な魔物を封印する手法なのですが、封印する生物をダンジョンの主とすることで、ダンジョンの維持に力を使わせて弱体化させると同時に最深部から出られないようにします」

「ということは、ミルヴはダンジョンの中で生きることはできるんですね」

「ええ。それが死ぬことより幸せかどうか想像もできませんが」


 シエロはそれ以外には何も言わず俯いてしまった。


「明日には封印を行います。今日は家族で過ごしてください。くれぐれも変な気は起こさぬようお願いします」


 バストノは去り際に、静かにしかしはっきりとそう言った。


 僕はシエロをベットに座らしてから、ミルヴを抱き上げて隣に座った。

 ミルヴは話の内容もわからないだろうに、神妙な顔をしている。その頬を軽く撫でた。

 つるっとしたその肌に触れられるのが明日で最後だなんて、考えられなかった。

 おもむろにシエロが立ち上がって叫んだ。


「ヴァゾン、今からベットを買いに行くわよ!」

「ええ! どうしたんだよ! ちょっと落ち着いて」

「どうしたもこうしたも、ダンジョンの中で不自由しないように生活用品を準備しなきゃ! そりゃあ、ヴァゾンが魔法協会を叩き潰したりできるなら、今すぐミルヴを連れて逃げるわ。でも無理だってわかってるから、それならどうしたらミルヴが少しでも助かるかを考えなきゃしょうがないじゃない。私はこの子の親なんだから」


 シエロは一気にまくし立てた。

 その目が赤くなってることは見なくたってわかった。



 翌日、ミルヴの封印は滞りなく行われた。

 村の近くの丘に十数人の魔導師が集まり準備がされる。

 結局、ベットはすぐに用意できなかったので僕のベットをあげることにした。

 ベットを魔法陣の上に乗せて、その上にミルヴを寝かせる。

 ベットの上には子供服や食器などミルヴが使っていたものをできる限り乗せた。

 彼女のために描いた絵本を乗せていると、まるで柩に遺留品を詰めているみたいだなと思った。

 無意識に流れ出した涙をぬぐいながら、ごめんとつぶやいた。


「おまえのせいじゃねーよ。こちらこそ、すまんな」


 ハッとして、ミルヴの顔を見た。

 すやすやと気持ちよさそうに眠っている。幻聴が聞こえるなんて、そうとう参っているらしい。


「そろそろ始めますので、申し訳ありませんが下がって貰えませんか」


 バストノが杖を持って待っていた。

 魔導師たちは六芒星の頂点に杖を突き刺す。バストノが合図をすると魔導師全員で呪文を唱え始めた。


「ルテーグ。Ni migi. Srivena peegamecop,ni ipzivas pip am viu mapfo. Pup,lopvtawtvatanve ma ltibo fe ma sol-tomifo. Viujn imi zomat etvat namnumva. Ruplvo am mipio, mipio am ma tuskaco, ma tuskaco ep tlavomo. Ĝi tinrme kmuat liem am.(私は縛る。強大な力は天秤を傾け、我らをあの地へ誘う。今、対抗するは盤石の危機。望むものはほんの少しだけ。点を線に、線を面に、面を箱に。それはただ流れるように。)ファープロプ!」


 地面が揺れた。六芒星の線の部分から地面が隆起する。


「これは……予想以上に巨大なダンジョンができます! 走ってください!」


 壁に飲み込まれていく娘との別れに打ちひしがれる余裕もなく、僕はシエロの手を引いて走った。

 丘から少し離れた場所まで来て、ようやく振り返る。

 丘の上には、この土地には似合わない異質さを持ち、なのにずっと昔からあったかのような石造りの大きな建物ができあがっていた。

 あれが、僕の娘が眠るダンジョン。



 魔王の揺り籠と名付けられたダンジョンが誰にも攻略に成功されないまま10年が過ぎた。

アルファベットの上に日本語ルビを振りたかったのに上手くいかない

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