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運命祭  作者: AAA
二回戦
6/22

お客さん、髪型はスキンヘッドと丸坊主と完全脱毛のどれがいいですか

 壁に備え付けられたディスプレイの電源を入れると、丁度、『今日の運命祭』が放送されていた。

 目に痛い黄色いデスクに座っている二人の女性がディスプレイに映される。


「さて、次は本日の試合について、見ていきましょう。ちなみにここでは十三区の試合のみ放映となります。その他の地区の試合は、図書館にて確認して下さいね」


「ぶっちゃけ見所ないけどね」


「にゅあーーーーー、ミミルちゃんそんなこと言っちゃ駄目えぇぇぇぇぇ」


「大体、図書館で見れるなら、こんな事しなくて良いて言うかー。ぶっちゃけだるいしー」


 暫くお待ちください。

 画面が真っ青になる。

 五分後、にこやかに笑う女性と、その隣に頬を真っ赤に晴らしたミミルが、映った。


「それじゃミミルちゃん、今日あった三十二試合、見ようね」


 笑いかけられたミミルは顔を激しく上下に振る。


「は、はい、了解であります」


「良い返事で、親友の私も嬉しいな」


「光栄であります」


 敬礼するミミルの姿に、自称親友は華のような笑顔を浮かべる。


「それではまず今日の第一試合は、ハンク君対シュラちゃん、です。

 二人はクラスメートと言う事で、お互いやりづらかったのか、勝負方法を決める前に時間切れ。

 結局、勝負方法はボクシングのルールを基にした決闘、となりました」


「今大会、初の時間切れ、それ以外はあんまり言うことないかな。勝負方法にルールが加味されている所が珍しいけどー、肉だるまとゴキブリ男の対戦なら、当然でしょ」


「んー、そうですね。この二人が他の試合のようにルール無用で戦っていたら、勝敗は逆転してたでしょうから、勝負方法を工夫するのは当然ですね」


「うん、実際、ボクシングのルールでも、ゴキブリは殆ど負けっぱなしで、ダサかったからなー」


 映像が切り替わり、ゴキブリファッションのカラが吹き飛ばされる様子が画面に映る。ちょうど、両手を挙げて、焼き鳥定食、と叫んでいる場面だ。


「この後はー、一方的に殴られてるだけのサンドバックゥ」


 映像が進み、カラがロックマンの拳でフェンスに埋め込まれていく姿が映し出される。


「うぁ、一方的だね。でも、ミミルちゃん、勝ったのはこの殴られている人だよね?」


「勝ったのはー、ゴキブリだけどさー。ぶっちゃけ、運だよー」


「運?」


「ていうか、偶然? ま、見れば分かるっしょ」


 フェンスから飛び出したカラがロングフックを打つ。それに対してカウンターを狙ったのだろう、ロックマンがまったく同じタイミングで拳を打ち出していた。

 二つの拳が交差する瞬間、突如カラの姿勢が崩れる。

 突如目標を見失ったロックマンの拳が空を切る。

 対してカラは、拳の勢いに流され、コマのように回りながら倒れる。その時、振り回されている拳がロックマンの顎を掠めた。

 そこで、映像が止まる。


「簡単に説明するけどー、ゴキブリのフックに肉だるまがカウンターで殴ろうしたんだけどさ。ダサい事に、ゴキブリが自分の勢いを踏ん張れなくて、コケたんだよねー。さらにダサい事に、ゴキブリがコケた所為でー、目標を見失った肉だるまのカウンターも失敗。

 んで、コマみたいに回りながらコケていくゴキブリの拳が、たまたま、カウンター気味に肉だるまの顎を掠めたんですー。ホント、マジダサイ」


「偶然の勝利だね」


「だろ、肉だるまの意識の外から、カウンター気味に顎を殴らなきゃ、あそこまでうまくはいかないからなー。どんだけ強運なんだよ、ケッ」


 ミミルが唾を吐くところで、シュラはディスプレイの電源を切った。シュラはベッドの縁に腰掛けていた。その足元には、包帯や濡れタオルが散乱している。カラを看護しようとシュラが用意したものだ。

 その看護の相手はベッドの上でミイラ男になっていた。口と目以外、全身に包帯を巻かれている。


「すごく運が良かったみたいですねー。アハハハハハーーーーーーーーー」


「と言うか、今見ても、信じられない」


 快活に笑うミイラ男を背に、シュラが真っ黒いディスプレを見続ける。先ほどの映像が脳内をリフレインしている。


「ねぇ、カラ、一つ聞いても良い?」


 唐突にシュラが尋ねる。ミイラ男は首を傾げながらも頷いた。


「はい、なんでしょう」


「それじゃ、言うわね」


 シュラは大きく息を吸い込むと、振り向きながら叫ぶ。


「なんで、アレだけ殴られて無傷なの? と言うかその包帯は何? 何? 僕、怪我しちゃいましたってアピール? あんた無傷でしょうが! それより何より、無事なら、寝たふりなんてするんじゃないわよっ! ドンだけ心配したと思ってんのよ、馬鹿ラ! うがががーーーーーーーーー」


 鬼が出現した。眉がつり上がり、目が怒り一緒に染め上げられている。


「無傷なのは、服の中に仕込んだプロテクターのお陰です。シュラさんの必殺飛び膝蹴りをも防いだ業物ですよー。包帯はシュラさんがわざわざして下さったのですから、一日ぐらいはミイラを体験したいぜ、て感じです。寝た振りしたのは、疲れたので歩くのが面倒くさかったからです。勝者は他人の足で帰るものですからねー。アハハーーーーーー」


「よし、殴るわ」


「今日はもう拳を沢山食らって、お腹一杯です。これ以上は堪忍して下さい。もう限界なんですよー」


 シュラが笑顔で拳を振り上げると、カラはベッドに頭を突き刺し土下座する。シュラの反応はない。カラが恐る恐る顔を上げると、口元しか笑っていないシュラが親指を立てた拳を下に突き刺していた。


「鬼です。シュラさん、鬼ですよー」


「黙ってわたしの心労分、殴られろっ」


「待って下さい。待って下さい。話せば分かります」


「問答無用!」


 シュラがカラの襟首を締め上げ、包帯の巻かれた顔面に自分の拳を突き刺そうとした時、ノックが響いた。二人の動きが止まる。お互い顔を見合わせ、現状を確認した。乱れた衣服、荒々しい息遣い、ベッドの上でマウント、いけない事の後にも見える。

 シュラはアタフタとカラの上から下りる。


「シュラ様、カラ様、わたくしは糸紡ぎの一族のセバスと申します。お二人にお願いがあってまいりました。開けて頂けませんか」


 再度、ドアを叩く音が響き、少々歳のいった声が続いた。


「ちょ、ちょっと待って下さい。すぐに開けます」


 シュラは返事をしながら、突然の訪問に首をひねる。両親は赤のエリアにおり離れ離れになっているので、大人が自分を訪ねてくる心当たりがなかった。

 シュラとカラは運命祭用に作られた寮に住んでいる。寮は複数あり、年齢や性別で入居者が選別されている。この寮にはシュラと同世代の子供とその英雄しか居ない。特別な用事がない限りは、大人が来るはずがないのだ。


「カラ、取りあえず、ベッドで寝てなさい。あんたが居ると話がややこしくなるからね」


「はーい」


 カラは大人しくベッドの中に潜り込んだ。

 シュラが扉を開けると、燕尾服に身を包んだ老人が立っていた。体に一本の棒を突き刺したように、足先から頭の先までまっすぐに伸びている。口髭は髪と同じ白で、先端が黒いネクタイに触れる程長い。幾つもの年輪を重ねた顔は、彼の人生が決して平坦でなかった事を物語っていた。


「夜分遅くに失礼します。わたくしは、糸紡ぎの一族のセバス・フレレと申します」


 老人、セバスは深々と頭を下げた。真っ白い髪に覆われた後頭部が、シュラの前に現れる。


「あ、わ、わたしは糸紡ぎの一族のシュラ・シンクです。初めまして」


 シュラも慌てて、頭を下げる。同時に先ほどから抱いている疑問が大きくなった。こんな身分の高そうな人は知り合いに居ない。


「警戒しないで下さい。わたくしは怪しいものではありません。アンゴルソン家に仕える執事です」


「アンゴルソン家?」


「耳慣れない名前かもしれませんが、それなりに由緒ある家なのです」


 聞いたことのない名前に戸惑うシュラに、セバスが安心させるように表情を緩める。


「え、いや、わたし、そんなつもりじゃぁ」


 内心を見透かされたシュラは顔を真っ赤にして否定するが、語調はどんどん弱くなっていく。失敗した、と思うが、今更挽回できない。


「気にしないで下さい。実際、小さな家です。シュラ様のお年であれば、ご存じなくて当然でしょう」


 セバスはシュラの失態を許すように、顔を皺くちゃにして笑う。


「早速、本題に入らせていただきたいのですが、シュラ様とカラ様にお願いがあって参りました。どうか、わたくし達にご協力願えませんか」


 セバスが再度腰を折る。そのまま土下座までしそうなセバスの様子に、シュラの頭の中がこんがらがる。


「え、えっと、取り敢えず、ここじゃなんなので、中に入って下さい。話はその後で聞きます」


 何故、何なの、と『何』で頭の中が満杯になったシュラは、セバスを部屋の中に招き入れた。

 シュラが部屋の壁に手を伸ばす。指先が壁に触ると、軽い電子音と共に壁から板が三枚出て来た。シュラの胸位の高さに一枚、腰位の位置に二枚、それぞれテーブルと椅子になる。

 未だにベッドの中で丸まっているカラを無視して、シュラは椅子の一方に座る。セバスがシュラの対面に座った。


「あの、それで、お願い、て何ですか?」


 シュラが恐る恐る尋ねる。


「はい、お願いと言うのは、なんとしても二回戦を勝って頂きたいのです」


「はい?」


 予想外な話に、シュラは目を丸くする。なんで二回戦負ける気なのを知っているのか、シュラは自分達の心情を読まれ、動揺する。


「驚かれるのも無理はありません。二回戦の勝利、当たり前の目標でしょう。しかし、特殊な事情がありまして、どうしてもシュラ様には勝って頂きたいのです」


 いい方向に勘違いしたセバスに、シュラは曖昧な笑みを浮かべた。


「勝つ、てどうしてですか? と言うか、うちのカラじゃあ、絶対負けます。だって、すっごく弱いもの。今日勝てたのだって奇跡です、奇跡」


 シュラがベットで大人しくしているカラを指差し、無理無理と手を顔の前で振る。


「御安心下さい。微力ながら我々も協力します。一回戦のような試合にはなりません。ご協力頂ければ、お礼は弾みます。どうか、お力を貸して下さい」


 セバスが額を机につけて懇願する。シュラがカラに助けを求めるが、カラはベッドの中で言いつけどおり大人しくしていた。


「ちょ、ちょっと顔を上げて下さい」


 シュラがセバスの顔を上げさせようとする。能天気な声がシュラの行為を止める。


「そのまま顔を下げていてくださいねー。散髪屋カラの出番です。お客さん、髪型はスキンヘッドと丸坊主と完全脱毛のどれがいいですか。どれでも使う道具は変りませんけどねー。アハハハハハハハハハーーーーーーーーーーーーー」


 両手に毛抜き張りを持ったカラが、シュラの背後に立っていた。セバスは怯えたように跳ね起きると、頭を両手で守った。


「わ、わたくしの毛根ちゃんに、わたくしが毎日手入れして、順調に育毛している髪の毛に、何をするつもりですか!?」


 必死の形相で叫ぶセバスに、カラは両手で毛抜き張りを開閉させながら迫る。


「ちょっと、毛根を絶滅させるだけです。痛いだけですからねー。大人しくしてくださっ」


 カラのにやけ顔が苦悶に変わり、テーブルの上に轟沈する。シュラがカラの腹部から拳を引き抜いた。


「話が進まないから出てくるな」


「ううぅぅぅぅ、シュラさん、突っ込みが激しすぎます。これではお腹が持ちません」


「で?」


 カラは毛抜き張りを後ろに放り、大人しくシュラの隣に座った。


「何でもありません。話を続けて下さい」


 毛根を根絶する魔の道具の退場で、セバスは平静を取り戻す。


「貴方が英雄のカラ様ですね。毛根ちゃんを狙うとは恐ろしい方です」


 先ほどの恐怖が蘇ったのか、セバスが青い顔で自身の髪を撫でる。


「取りあえず、セバスさんの毛根ちゃんの生殺与奪の話は後にして、私達にそこまでして勝って欲しい理由を話して下さい。これだけの好条件、裏があるんでしょう?」


「一回戦の戦いぶりに感激して、では納得して頂けませんか。特にシュラ様の交渉術は、堂々としたもので、とても一二歳とは思えません。王を決める運命祭において、優秀な方を応援したいと思うのは普通ではないでしょうか」


 思わぬ高評価にシュラの頬が緩んだ。


「そんな優秀だなんて」


「納得できませんねー。戦うのは私です。どうしたって先がない事は分かりきってます」


 頬を赤めたシュラが、恥ずかしそうに頭を掻く。その仕草にセバスの顔が緩むが、カラの言葉で引き締まる。


「大体、私は二回戦で負けるつもりです。こんな事やってられませんよー」


「そっ、それは困ります! せめて二回戦だけは勝って頂かないと……」


 セバスの過剰な反応に、シュラは警戒心を持った。


「どうして、二回戦に拘るのか不思議ですねー。二回戦に何があるんですか?」


「分かりました。身内の恥を晒すようで恥ずかしいのですが、お話しましょう」


 暫くカラとシュラを見ていたセバスだが、観念したように事情を話し出した。


「アンゴルソン家は第七八番地区の管理を任されております。特色のある地区ではありませんが、堅実に運営しておりました。多くの一族が混在しながらも、笑顔が絶えず、街中にはゴミ一つ落ちていない、素晴らしい地区だった、と自負しております」


「だった?」


 シュラの指摘に、セバスは表情を一変させる。眉を逆立て、何かに耐えるように奥歯を強くかみ締めている。


「はい、ご指摘の通り、それは過去の栄光となってしまいました。今では、暮らす人々の顔は下を向き、街はさびれ、暗い空気が充満しております。それと言うのも、隣の区の管理を任されたバルゲンザン家が原因なのです」


 セバスが吐き捨てるようにその名を呼んだ。カラはシュラに知っていますか、とあいコンタクトを取る。シュラは、知らない、と首を横に振った。


「そのバルゲンザン家が何をしたんですか。戦争でも起こしましたか?」


「いえ、それより性質の悪い事をされました。奴らは、わたくし達の地区への移動に税をかけたのです。奴らの地区には物流の動線があり、わたくし達の地区もそこから必要な物が入ってきていました」


 セバスがテーブルを拳で叩く。


「奴らはそこに、通行税をかけたのです、しかも、わたくし達の地区にだけにっ!」


「なるほど、その所為で物価が上がり、人々の生活が苦しくなったわけですねー」


「税金をかけたら、値段が上がるの?」


「はい、そうなります」


 カラが頷くと、へー、とシュラが答えた。あまり良く分かってなさそうだ。


「そしてわたくし達の地区での生活は非常に苦しくなっています」


「隣の地区がセバスさんの地区に喧嘩売っているわけですねー。それが二回戦の勝利とどういう関係があるんでしょう?」


「奴らから一つの提案があったのです。地区対抗で、この運命祭の勝ち星で競おう、と。わたくし達が勝てば税金の低減、負ければ地区計画の変更を求められています」


「それは酷い話です。民衆の階層比が変りますねー。おそらくセバスさんの地区は今まで以上に寂れて、危険になるでしょう」


「その通りです。なんとしても負けるわけにはいかないのです」


 セバスは重々しく頷く。唯一事の重大さが分からないシュラが、カラの袖を引っ張った。


「地区計画の変更、てそんなに大変なことなの?」


「地区計画というは、家でいうならどんな家具を置いたり、どこに台所やトイレ、広間を作ったりするのかと言うものです。趣味の合わない家具を置いたり、食堂の隣にトイレがあったり、お風呂が外にある家には住みたくないでしょう」


「分かった。それは大変ね」


 トイレの匂いがする食堂や、隠すもののない風呂場を想像したシュラが眉をしかめる。


「つまり、私達の二回戦の相手が、相手の地区の方になるから勝って欲しいわけですねー」


「はい、その通りです。少しでも相手の戦力を削ぐ為にお願いできないでしょうか」


 セバスが協力を願うが、シュラは難しい顔でカラを見る。サンドバックのように殴られていたカラが脳裏に浮かんでいた。


「うーん、確かに相手の事は許せないけど……」


 語尾を濁すシュラに対し、カラはさっさと応えた。


「保留とさせて下さい。難しい話ですので、じっくり考えたいんです。特にお礼は何を頂こうか迷ってしまいますからねー。アハハハハハーーーーーー」


「ちょ、カラ」


 シュラが何か言おうとするが、カラが手で押さえて遮る。


「分かりました。わたくしの連絡先です。お決まりになりましたら、連絡願

います。二回戦まで後一月程ありますので、じっくり考えて下さい。色よい返事をお待ちしております」


 セバスは懐からカードを取り出し、シュラとカラに渡すと部屋から出て行った。カードにはセバスの名前と連絡先が載っている。

 カツカツ、と規則正しい足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなったところで、カラはシュラの口から手を離した。


「いきなり、何するのよっ!」


「すみません。あそこで返事をするわけにはいかなかったんです。事情はお話しますから。グーは止めて下さい。本当に限界ですから、グーだけは止めて下さい」


 拳を固めるシュラに、カラは慌てた様子で弁解する。


「事情? 取り敢えず話して。くだらない話だったら、グーだけじゃすまないけどね」


 凄みを効かせるシュラに、カラは震え上がる。

 その時、再度、ドアがノックされた。


「はじめまして、糸紡ぎの一族のマリーンと申します。バルゲンザン家に仕えるメイドです。お願いしたい事があり、伺いました。どうか、扉を開けて頂けませんか?」


 若い女の声で名乗り上げた。

 シュラが目を丸くして、カラは乾いた笑みを浮かべた。もう一度、今度は強めにノックされ、シュラが観念したようにドアを空ける。メイド服を着た女が、土下座しそうな勢いで頭を下げていた。

 一時間後、シュラは手で顔を覆って俯いていた。その隣でカラは渋い表情をしている。


「と言うわけで、セバスさんとマリーンさんのお二人がやってきたわけですが、ややこしくなりましたねー。アハハハハハーーーーーーーーー」


 シュラが、能天気に笑うカラを睨みつける。


「カラ、これを予想してたから、さっきセバスさんに返事しなかったの?」


「はい。予想していました。予想より早かったんですがねー」


 カラは席を立ち上がり、シュラの対面に座りなおす。


「状況を整理しましょう。

 私達は二つの家から協力を求められてます。セバスさんとマリーンさん、それぞれの家からですねー。彼らの要求する事は二回戦の勝敗についてです。セバスさんの家は二回戦の勝利、マリーンさんの家は二回戦の敗退です。二つの要求はまったく正反対で、同時に叶える事は不可能です」


 シュラが頷く。運命祭は必ず勝敗が決まる。引き分けでお茶を濁す事はできない。


「今のまま二回戦を戦えば、厄介な事になります。勝っても、負けても、要求通りにならなかった家から色々嫌がらせを受けるでしょう。要求通りになった家側から助けてもらえる保証はありません」


「なんで」


 シュラが肩を震わせて呟く。一回戦を勝利し、気持ち良いまま終われる、と思っていた。しかし二人の乱入者がそれを許してくれなかった。


「わたし達みたいな子供に二人とも真剣な顔でお願いしてくるのよ。三回戦で考えれば良いじゃないっ!」


 シュラの金切り声が部屋中を震わせる。カラは、チッチッと指を振る。


「シュラさんは分かっていません。

 この大会はトーナメント戦ですよー。トーナメント戦は、一回戦で参加者の半分が消えます。一回戦勝利は平均以上の能力を持っているという証明です。

 特にシュラさんは、私を勝たせる為にあのツンデロと交渉をしました。戦いではなくチェスと言う頭脳戦を最初に申し込み、その次は相手の不利になるボクシングルールを飲ませる。一二歳の女の子が行った交渉としては、快挙といっても良いでしょう。

 取りあえず唾を付けておきたい、と思われても可笑しくありません」


「そんなの、ただ必死だっただけだし、カラが色々してくれなかったら負けてた」


 シュラは顔を背け、自分だけの所為ではない、と弁明する。実際、カードを用意したのはカラである。シュラだけでは、どんなルールにして良いか分からず負けていただろう。


「しかし、勝ちは勝ちです。それに負けていても、似たような話が来たでしょう。但し、もっと単純なものでしょうがねー」


 カラは口元だけ笑みを作り、シュラの耳元で甘く囁く。


「シュラさん、この大会で必ず勝つ方法を知ってますか? 陪審員を全員自分の味方に付けるか、自分に負けてくれる相手とだけ戦えばいいんです」


 陪審員が全て味方になれば、自分が必ず勝つ方法で戦う事ができる。極端な話、大会一年寄りの英雄が、歳比べを提案して受け入れられれば、誰も勝つことはできない。普通は却下されるルールだが、陪審員が全員味方なら可能である。


「その為には沢山の人を味方につけなくてはいけません。恐らく、様々な派閥が大会前から躍起になって、勢力拡大に努めています。必勝法ですからねー」


 派閥がある事は、既に開会式で分かっていた。開会式では固まって行動しているもの達が居た。彼らはそれぞれの派閥で固まっていたのだろう。そして、ルールに関しても知っていたはずだ。だから、ルールに対する驚きは、個々に参加していた壁際から聞こえてきたのだ。

 この事を予想していたカラは、昨日、わざとシュラから離れ、一人、派閥について調べていた。


「既にこの大会は大きく分けて三つの派閥に分かれています。

 今の王様を優勝させたい現王派、新しい王様を擁立したい新王派、その他明確な主張が決まっていない、もしくは情勢次第でどの勢力につくか考えている無派閥です。

 それぞれの派閥、主に現王派と新王派ですが、それらはより大きな派閥になろうとしています。

 予測になりますが、既にある程度の勢力図はできているはずです。後は一回戦中にイレギュラー要素を減らし、自勢力が勝てるように持っていく。大派閥はそのつもりでしょう」


「なんかそんなの変」


 シュラが眉間に皺を寄せて、唇を突き出す。カラは小馬鹿にするように鼻で笑った。


「王様を決めるんです。当然でしょう。人心掌握や派閥作りは基本です。自分が王になる為の純粋な努力ですよー」


 納得していない顔のシュラに、カラは大人の論理を叩きつける。現実と言うものを、一二歳の女の子の骨の髄まで染み込ませるつもりだ。そうしなくては、この先、不幸にしかならない。


「納得されてませんねー。ですが、これは必須項目です。万が一、無派閥の人間が優勝しても、サポートする人間がいなければ政治は回りませんよー。結局、派閥間の調整に追われて、潰れるだけです。何もできない王など要りません」


 ばっさり、高潔なだけの無能は要らない、と切り捨てる。


「私から言わせて頂ければ、無派閥派の方々は、運命祭に参加する資格がありません。王とは何か。どんな王になり、何を行うのか。それを言い表せないのなら、それを行える資質がないのなら、王になるべきではありません。権力闘争とは、その資質を試す場ですからねー。アハハハハハーーーーーーーー」


 カラの言葉の重さにシュラの顔が歪む。それでも納得したくないシュラは訴える。


「皆、楽しみにしてた。皆、どこまで勝てるだろう、て楽しみにしてたのに」


 無責任な言葉にカラは苦笑する。無邪気で可愛らしいが、この場合、毒にしかならない。


「勝てるだろう? そんな覚悟だから、捨て駒にされるんです。シュラさん、気づいてますか? 今日、明日、明後日までに戦う参加者は皆、シュラさん位の幼い方達です。大会の性質を見極める為に、いらない駒を最初に並べた結果なんですよー。恐らく、有力な派閥がトーナメントの順番に手をまわしています」


「そんな!」


 シュラの顔に怒りに染まる。許せなかった。自分の勝利も、皆の気持ちも、全部馬鹿にされたようにシュラは感じていた。


「卑怯だと思いますか? でも、それも努力の一つです。少しでも勝率を上げる為、なんでもやったにすぎません。皆、必死なんですよー。それを卑怯と罵るのは、弱いから、力がないからです。だれも弱者の罵り等聞きません。利用するだけです」


「そんなの、可笑しいわよ」


「可笑しくても、運命祭はそういものなんです」


 悔しさで拳を振るわせるシュラの肩を、カラが優しく包み部屋の外へ誘導する。いつの間にか日付が変っていた。


「今日は色々ありましたし、ゆっくり休んで、明日考えましょう。睡眠不足と悩みは美容の大敵です。シュラさんが一夜で御婆さんになったら困りますからねー。アハハハハーーーーーー」


「うん」


 未だに浮かない顔をしたシュラは小さく頷くと、自分の部屋に戻っていた。その足取りは重く、小さな背中は丸まっていた。

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