そんなわけで、もう詰んでいます
シュラが砂時計を壊してから数秒後、携帯黒板に一つのメッセージが現れた。
『馬鹿現る。フレデリカ対シュラが面白い』
そのメッセージから数秒後、沢山の意見が携帯黒板に寄せられた。始めは数十の、その次は数百の、そして数分後には数千のメッセージが寄せられる。
『なにこれ?』
『これシュラの反則負けだろう』
『と言うか、何で砂時計使ったんだよ、運営委員』
『シュラ頑張れ! 意地でも通せ、俺はお前に賭けたんだ』
『認められたー』
『運営委員、懐が深すぎる』
『こ、れ、は、想定外や。なんで認めるん、運営委員のアホンダラ!』
『無限交渉時間、はいりまーす』
『つーか、これ、どうやって勝負が決まるの?』
『どっちかが飽きたら終わんじゃね』
『いや、きっとシュラがフレデリカの英雄を色仕掛けで落とすんだ』
『フレデリカの英雄はロリか。ロリなのか』
『幼女の色仕掛けと聞いてやってきたら、一二歳のおばさんだったんですど』
『幼女で思い出したが、リアル幼女アイドル、ミーちゃん七歳手作り泥饅頭喰った奴居る? 俺買えなかったから、感想欲しい』
『そう言う話題は、そとでやれよ。今はシュラ対フレデリカだろ』
『これだから、空気の読めない奴は困るな。で、なんだその素敵饅頭は、詳しい情報の開示を所望する』
『シュラがおやつの準備してる。最初から、これ狙いだったのか』
『すっごく泥でした』
『あの鞄の中には一万と二千の食料があるわけですね』
……エトセトラ、エトセトラ
携帯黒板に寄せられた意見は、右へ左へと蛇行し、どんどん話題だけが広がっていき収集が付かなくなる。注目度だけは高く、次から次へと実況が入る。携帯黒板を購入した者の十人中九人は、シュラとフレデリカの交渉を見た、もしくは見ているだろう。
一時間経過した。未だ決着が付かないシュラとフレデリカの交渉に携帯黒板の使用率が落ちてきた。皆、動きのない交渉に、飽きてきたのだ。
熱狂が冷めてくると、次第にシュラのやり方に対する不満の声が増えてきた。シュラを応援するもの達も居たが勢いがなく劣勢に立たされた。
その時、ポツンと一つのメッセージが追加された。
『シュラの方法は仕様がないと思う。
英雄が誘拐されたんだから、勝つには他に方法がないと思われる。
やり方はかなりえげつないけど。
寧ろ、英雄が誘拐された時点で、運営委員がなんか対策を取ってれば、こんな事にならなかったんじゃね?
もしくは、シュラが言う通り、砂時計なんて使わなけりゃ良かったんだよ。そうしたらこんな面倒くさい事にはなってなかった』
このメッセージを皮切りに、運営委員の不手際を非難する声が大きくなる。始めは小さな第三勢力だったが、次第に勢いを増し、一時間後には最大勢力になっていた。それだけ運営委員に対する不満が溜まっていた。
元々、参加可能な糸紡ぎの一族全員を戦わせて王を決める、と言うコンセプトに無理があるのだ。どれだけ計画しても不備は起こる。一つ一つは小さくとも一ヶ月以上かけて溜められた不満は、シュラの行為の比ではない。
未だ砂時計を壊したシュラに対する批判や非難の声はあったが、すぐに押しつぶされてしまう。こうして、シュラの行為は半ば黙認という形に集約されようとする。
携帯黒板の中で行われる騒ぎを観察しながら、カラは口を三日月形にする。
「こういう情報の発信所があると、扇動が楽でいいですねー。これで最低限の民意は手に入れました。後はシュラさん次第です」
カラは、携帯黒板から顔を上げ、ディスプレイの方を見る。ディスプレイには睨みあうシュラとフレデリカが映っていた。二人は三時間近く睨みあっている。場は完全に硬直しており、何か均衡破るきっかけがなければ、何時間でもそのままだろう。
ディスプレイから視線を外したカラは、更なる扇動材料を携帯黒板に投入しようとした時、乱暴にドアが開けられた。
「「カラァァァァッ!」」
二重になった怒声にカラが振り返ると、鬼気迫る様子の店長とセバスが仁王立ちしていた。後ろに数十人の団体を引き連れている。全員、肩をいからせ、鼻息が荒い。血走った眼が、カラの顔を収めていた。
「お早いおつきですねー。取り敢えず、椅子に座りませんか? 肩で息してますよー」
「うるさいっ!」
「さっさと連行しますぞ」
店長とセバスが、カラに飛び掛ろうとする。カラは落ち着いた口調で言った。
「今、私が二回戦の会場に行けば、シュラさんが負けます。それでも良いなら、好きにして下さい。ほら、抵抗しませんよー」
その場に居た全員の動きが止まった。カラはゆったりとした動作で店長達の前まで歩き、手に持った携帯黒板を突き出した。
「今、この中では、シュラさんのやり方について色々意見が交わされています。今は目立った非難はありません。しかし、私がシュラさんの所に行って、尚、持久戦を望めば、非難を受けるでしょう」
店長がカラの手から携帯黒板をひったくる。店長の周りに人垣ができる。全員、携帯黒板を食い入るように見つめている。
「私が普通に戦えばよい、と言う話もありますが、それは無理です。何の準備もなしに、あんな化け物と戦えば、一瞬で消し炭になる自信があります。
なので、シュラさんの作戦のお手伝いをする事にしたんですよー」
全員の視線がカラに集中した。店長が疑わしげに尋ねる。
「うち達から逃げる前、カラ君が誘拐されてからの事を簡単に話しただけだよ。
本当に、シュラちゃんの作戦が分かって逃げたの?」
「はい。この作戦のヒントは、全てトラブルシューティングに書きましたからねー。何度も熟読して、死ぬ気で考えれば気付くはずです」
カラはあっさり頷いた。店長はまだ納得していないようで、半眼でカラを睨む。
「本当に? 調子良い事言ってるだけじゃないの? 大体、死ぬ気で考えなければ気付かない作戦なら、シュラちゃんがこの作戦に気付いていない可能性が高いんじゃない。何で、シュラちゃんが砂時計を壊す、て分かったの? 理由がなくちゃ納得できない」
店長の言葉に、周りも一斉に首を縦に振る。
「私が確信したのは、セバスさんが保存されていた映像を見せて頂いた時です」
「わたくしの、この映像の事ですか?」
カラに指差されたセバスが眉を寄せる。空中に映像を投影する。二回戦直前、シュラがインタビューを受けている映像だ。一通り映像を見たが、皆、首を傾げるだけだ。
「シュラさんが持っている大きな鞄です。この鞄を見た時、シュラさんがやろうとしている事に気付きました。砂時計を壊す作戦には、あの鞄が必要不可欠ですからねー」
「鞄が? カラ様、一体どういう事でしょうか? 砂時計を壊す事と大きな鞄、この関連性について、ご説明願います」
セバスが詰め寄ると、カラは一歩下がって笑いながら言った。
「後のお楽しみです。ちゃんと見ていれば、分かります。」
カラはディスプレイを指差す。ディスプレイではシュラとフレデリカが睨みあっている。
「すっきりしないけど、筋は通ってるね。カラ君が逃げた理由は分かった」
「そうですな。非常に納得しがたいですが、カラ様が逃げた理由は分かりました」
セバスと店長は顔を見合わせて頷くと、カラを指差して命令した。
「それじゃ、カラ君を捕まえて、シュラちゃんのところに連れて行くから」
「カラ様を拘束しろ。シュラ様のところへ送り届ける」
捜索員達が戸惑った顔で、店長とセバスを見る。
「店長さん、セバスさん、私の話を聞いていました? 私が行ったら負けるんですよー」
カラが早口で言うと、店長が子供を言い含めるような口調で応えた。
「あのねぇ、シュラちゃんがやってる事はどう考えても、屁理屈でしかないわ。このまま時間が過ぎれば、シュラちゃんの主張は反則だ、て意見がでて、運営委員の判断が覆るかもしれない。そうなる前に勝負をつけなきゃ駄目でしょ」
「それはありえません。ハイスさん達が死ぬ気で、シュラさんの反則負けを阻止しているでしょうからねー」
「え?」
意外な名前が出てきて、店長が驚く。セバスの目を大きく開かれた。捜索員達の間に動揺が広がる。
「たかだが一二歳の女の子がもってきた企画を採用しておいて、失敗したら責任を全部その女の子に被せる。そんな事したら、人がついてきませんよー。一二歳の女の子でコンナ目にあうんです。自分達、大人なら、そう考える人が沢山出てきてしまいます。
トップは責任を取るために居るんです。その信頼関係がなくなったら、誰がトップについていくでしょうか?」
店長達の顔に理解と納得が広がる。カラは恐らく、と続けた。
「ハイスさん達は、最初に無理難題をつきつけ、それをシュラさんに拒否させます。そこで、さも仕方ない、と言う態度で譲歩する事で優位に立ちたかったのでしょう。
承諾すると思っていなかった条件を全て承諾され、焦ったでしょう。きっと打ち合わせの後、苦々しい顔で頭を抱えたはずですよー。
さすがは私の女王様、思い切りがいいです。お兄さん嬉しいですよー。アハハーーーー」
カラの能天気な笑い声が休憩室に響く。店長がその場にへたり込み、セバスも力なく肩を落とした。捜索員達はあっけに取られた顔で、カラを見つめている。
「そんなわけで、もう詰んでいます。後はゆっくりシュラさんの勝利を見届けましょう」
カラは椅子に座りなおす。余裕綽々とした横顔に、店長が疑問を投げかける。
「あれ? じゃあ、なんであんな事言って逃げたの? 逃げなくても、うちらにあそこで事情を話せばよかったのに?」
「その方が面白そうだったからですよー。皆さんの慌てる顔が見れて満足しました。
人生笑いが重要ですねー。アハハハハーーーーーーーー」
その場の空気が固まる。
「ふざけんなぁぁっ」
怒号と共に店長達がカラに殺到する。カラは何の抵抗もできず、人波に飲み込まれた。
数十分後、興奮が冷めた捜索員達は、休憩室から退出し、各自、カラ救出の後始末に追われていた。セバスは現場でその陣頭指揮に出向いている。
ルマガズン青のエリア本店の休憩室には、カラと店長が残った。
カラが腫れた顔を撫でながらぼやく。
「皆さん酷いですねー。ちょっとした冗談なのに、罵倒、殴打、土下座、これは立派な虐待だと思います」
店長が目を細めて、カラを睨む。冷め切った視線に、カラの口が固まる。
「あそこで逃げるのを現代では冗談とは言わないわ。頭に蛆湧いてるんじゃない?」
「いえ、冗談は逃げた理由だけですよー。あの場面は逃げるしかありませんでした」
「本当にぃ?」
店長が疑わしそうに声を上げる。
「はい。あそこで私が保護されたとします。すると、砂時計を壊して二回戦に勝っても意味がなくなります。英雄が無事なのに、砂時計を壊して勝ったら、卑怯者でしかありませんからねー。
今後、誰もシュラさんの言葉に耳を貸さないでしょう。そうなれば、皆の運命祭もできなくなります。
砂時計を壊す方法は、英雄が不慮の事故でいない時だけ使えるんですよー」
「だったら、事情を話してカラ君が見つかった事を秘密にしてもらったらいいじゃない」
店長の指摘に、カラは笑顔で応える。予想していたのだろう、口調に迷いがない。
「それは下策ですねー。人の口に鍵はかけられません。いつか、どこからか、事実が漏れてしまいます。そして、事がばれれば、信頼なんて全て消えてしまいますよー。
だからあの場では逃げるしかありませんでした。私が逃げれば、事実が伝わっても、傷は小さくなります。英雄に逃げられた女の子が頑張って勝った、と言う事になりますからねー。アハハハハハーーーーーーーーーーーー」
カラが腰に手を当てて笑う。店長が恨みがましい目をカラに向け、尋ねる。
「こっちは睡眠不足の身体で走り回る事になったけどね。他に方法はなかったの?」
「分かりません。あの場では思いつきませんでしたねー。アハハハーーーーー」
「カラ君の捜索で寝不足になって、疲れきっていた皆が必死で探してたの。カラ君は知らないだろうけど、倒れた子もいたよ。
皆に沢山迷惑かけたんだから、そんな風に笑うのは良くないと思う」
店長がカラを見据える。カラはにやけ顔を作った。
「倒れた方がいたとは、ラッキーです」
「カラ君っ」
「それならば、セバスさんによる三回戦妨害まで一日二日、時間ができましたねー」
同意を求めるカラに、店長は呆然とする。
「何言ってるの? 皆、カラ君の為に頑張ったのに、申し訳なくないの」
店長が静かに責める。カラは不愉快そうに眉間にしわを作る。
「店長さんやセバスさんは、私と利益がかち合うから一緒に居るだけです。なぜ、あなた方の都合で助け出されて、申し訳なく思うのでしょうか。冗談は止めてくださいよー」
「じゃあ、何、カラ君はあのまま眠らされたまま死んでも良かったの」
「はい。元々そのつもりで誘拐されたので、問題ありませんねー」
あっさり頷いたカラに、店長は言葉を失った。カラは立ち上がると、口を開閉だけさせる店長の周りを歩きながら、説明する。
「私が誘拐された事で、シュラさんに対する注目度が上がりました。明らかな不正に立ち向かう健気な女の子という要素が追加され、周囲から同情心を獲得できます。その結果、シュラさんの唱える皆の運命祭に対する潜在的な賛同者を獲得できたはずです。
更に賭博場の開催で、運命祭の勝ち負けの利益を誰でも直接的に得る事ができるようになりました。これは、運命祭に対する注目度を上げます。そして、誰もが自分の利益を考えて運命祭を見るのですから、ある程度公平な進行になります。不正ばかり働いた卑怯者を王にしたい、と考える人は少ないでしょう」
カラは店長の前で立ち止まると、がらんとした目を店長に見せる。
「シュラさんの賛同者を募る。運命祭の注目度を上げる。これが私の考えたシュラさんの望みをかなえる方法です。
誘拐された時点で、全ての種を撒き終えていました。後は精々派手に消えてなくなる位しか、やる事がなかったんです。
私が生きている理由はなくなったんですよー」
「馬鹿言わないでよ。うちも、シュラちゃんも、うちの店員も、皆、カラ君の事心配したんだよ。皆、君が無事帰ってくる事を願ったんだよ」
店長が悲鳴をあげるように吐露する。
「そうでしょうねー。そうでなければ、シュラさんが悲劇のヒロインになれません。狙い通りです。全ては私の意のままに、ですねー。アハハハハハーーーーーーーーーー」
朗らかに笑うカラを見て、店長の肩から力が抜ける。
「は、はははは、成る程ね。今まで疑ってたけど、カラ君、君が悪魔、て呼ばれていた理由が分かったよ。人の心が分かるくせに、平気で踏みにじれる。悪魔以外の何者でもない」
店長が懐から紙片を取り出す。カラが店長を説得する時渡した紙だ。『カラの経歴を調べれば納得できる』と書かれている。
「あ、私の事調べられたんですねー。どうです。極悪人でしょう」
照れくさそうにカラは頬を掻いた。
「全部は調べられなかったけどね。例えば、ある村で村民同士の不信感を煽って、ついには同士討ちまでさせたんでしょ。最期は皆、同じ村の仲間に殺されたんだよね」
「あれは不幸な事故でしたねー」
カラが片手で目を覆った。しかし、口元はにやけたままだった。
「それを信じる、と思う? 同じ事を何度もやったみたいじゃない。他にも三十人居た人質の子供を一人になるまで殺した虐殺交渉。戦争の引き金になった事もある見たいね。後は宗教団体の乗っ取り聖堂の粉砕して、人心の消失をやった聖遺物連続破壊。どれもふざけすぎた内容よね」
「さあ、信じる信じないは店長の勝手です」
カラは肩をすくめて見せる。店長は深々とため息を吐く。
「もういいわ」
諦めた様子の店長に、カラは久々に不快感を持った。
カラは悪人だし、責められる事しかしていない。だからそんな事はどうでもいい。だが、そんな悪人でも死人を蘇らせた事はない。死と言う絶対価値を汚した事はないのだ。死を汚した奴らが、その罪を無視して何を善人ぶるか。
「勝手に蘇らせて、勝手に運明祭に参加させて、こっちは迷惑なんですよー。これ位の意趣返しは当然じゃないですか」
店長は口を開きかけて、止めた。無言のまま店長はカラを見つめ続けた。
「言いたい事はあるけど、言わない。
取り敢えず、うちのスタンスだけ言っとく。
仲間としては信じられないけど、シュラちゃんの事を本気で考えてる事は信じる。やり方は最低最悪でも、シュラちゃんの為に死ぬ気だったんだから、そこだけは信じる」
店長はカラに一歩近づくと、握った拳を振りかぶった。
「ありがとうございます。ところで、拳を握って、今にも打ち出しそうな構えの理由を教えて頂けません」
にやけ顔を引きつらせたカラに、店長が笑顔で応えた。
「これまで心配かけてた分と、死ぬなんて馬鹿な事を考えてた罰」
店長の拳がカラの顔面に突き刺さる。カラは放物線を描きながら吹き飛び、床に倒れる。
「さっきのふざけた話はこれでチャラにしてあげる」
仰向けに倒れて目を回すカラに、店長は胸を張って宣言した。




