ルール自体が欠陥品じゃない
シュラは木製の扉の前でカラを待っていた。この先で二回戦ルールを決める交渉が行われる。ここに来るのは二回目だ。前回は二人で、今回は一人と鞄一つで、だ。
シュラは瞳を閉じて、これから始まる交渉のルールを反芻する。
ルールその一、勝負方法はこの場で決めなくてはいけない。
ルールその二、制限時間は砂時計の砂が落ちきるまでの、約十分間。
ルールその三、勝負方法は双方が了解しなくてはいけない。
ルールその四、ただし、片方が勝負方法を提案し、片方が拒否し続けた場合は、拒否し続けたペアが失格となる。
ルールその五、双方が勝負方法を提案し、時間切れとなった場合、陪審員が提案された勝負方法を加味しながら勝負方法を決定する。陪審員は失格となった選手で構成される。ただし、補欠として大会運営委員が不足分の人数を補う。
「やっぱり、英雄がいなきゃ、勝てないルールね」
シュラは苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。
時計を見ると、交渉開始一分前になっていた。その隣にあるディスプレイでは、シュラとフレデリカのトトカルチョの倍率が表示されている。一〇〇〇対一・〇〇一、馬鹿みたいな倍率である。これでは、フレデリカに賭けたものは全く儲からない。
シュラはその倍率を見てクスクス笑うと、自分の胸に手を置いた。紙が擦れる音がする。ただ一人、シュラに忠誠を誓ってくれた人がシュラの為に作ってくれたものがそこにある。
「カラ、わたしは諦めないからね」
シュラは、自分が来た道を振り返った。シュラさん、すみません、遅刻しました、と言って、にやけ面でカラが登場する事はなかった。
シュラは寂しそうに笑うと、木製の扉を開いた。真っ白な光とサラサラと落ちる砂の音が飛び込んでくる。眩しさに目が慣れると、周囲の情景が見えてきた。
小さな部屋の中央に木製のテーブルが置かれ、部屋の隅にナマコの着ぐるみを来た男がいる。ここまでは一回戦と変らなかった。違いは唯一つ、既に座っている相手が、いじめっ子ではなく派手な髪型をした女だという事だ。
紺色に黄色のストラップが入ったシャツを押し上げる胸、少したれ目の瞳はサファイアのように輝き、高い形の良い鼻と真っ赤な唇、どのパーツも自己主張が激しい。その中で一等目立つのが、腰まで届いている髪だ。ポニーテールにした髪を結んだ根元から九つに分け、それぞれにカールをかけている。横から見れば、肉付きの良い体よりカールした髪の方が面積をとっているかも知れない。
その傍らに立つ男も一回戦とは違い線の細い優男だ。顔立ちは整っており、手に持った紅茶に口をつける仕草が様になっている。ハリネズミを操っていた英雄は、使用する兵器の凶悪さに反して、蝶よ花よ、と育てられたお坊ちゃんのような男だ。
シュラは鞄を放り出し、椅子に座った。ナマコ男がテーブルに近づいてくる。
「お一人ですが、英雄はどうされました」
「誘拐された。だから、今日はわたし一人よ」
シュラが人差し指だけ伸ばし、人数を語る。すると、カールの女、フレデリカが口元に手の甲を当てて笑い出す。
「オーーーホホホホホホッ。貴女一人、それでどうやって勝つつもりですの? 片腹痛いですわ」
既に勝利を確信しているのだろう、フレデリカの笑い顔に緊張感はなく、後ろに居る英雄は目を閉じて紅茶を味わっていた。
シュラが砂時計を横目で確認する。既に砂は落ちていた。交渉は始まっている。
「そんなの簡単よ」
シュラは持ってきた鞄を、中が相手に見えないよう慎重に開けて必要なものを取り出す。
「勝負は英雄同士のデータでやればいいわ。わたしの提案する勝負方法は、この英雄名鑑に載っているカラとそっちの英雄の身長の数値が大きいほうが勝ち、て勝負よ」
シュラは鞄から出した英雄名鑑をテーブルの上に置く。
英雄名鑑のデータでは、カラの身長が相手の身長を超えていた。この勝負をフレデリカが受ければ、カラがその場に居なくても勝つ事が可能だ。英雄同士が身長で競い合っているので、ルール違反ではない。
一回戦が終了してから二日間、カラが見つからなかった場合に備え、シュラが考えに考え抜いて見つけた勝負方法だ。英雄がいなくても戦える画期的な方法だが、大きな問題点が一つあった。
フレデリカはぽかんとした表情を作り、すぐに大口を開けて笑い出した。
「オーーーホホホホホホッ。馬鹿な子ですわね。そんな勝負乗る馬鹿なんていませんわ」
「ええ、その通りよ」
腹を抱えて笑うフレデリカに、シュラも同意する。
シュラの考えた勝負方法の問題点。それはやる前から勝ち負けが決まっているので、相手が同意しない事だ。そして、陪審員もこのような勝負方法は認めないだろう。
「でも、貴女は絶対同意してくれるはず」
シュラが確信を持って言い切った。
「だって」
シュラの手がテーブル上を凪ぐ、何かが割れる音がした。シュラ以外の全員が音源を見て、呆然とする。シュラが不敵な笑みを浮かべる。
「砂時計が壊れちゃったんだから」
シュラが手に持ったハンマーを投げ捨てる。先ほど、英雄名鑑を取り出した時、こっそり隠し持ったものだ。
シュラの言葉を誰も聞いていなかった。全員、シュラがハンマーで壊した砂時計を呆然と見ていた。意識がどこか遠くに飛んでいる。
いち早く自分を取り戻したのはフレデリカだった。フレデリカの顔が哀れみに変わる。
「貴女、何をしていますの? 砂時計を壊したからと言って、交渉時間の一〇分間が変るわけないでしょう」
「いや、ミス フレデリカ、これはまずいよ」
フレデリカの横に立つ英雄が額を汗で滲ませる。酷く焦った様子だ。
シュラは口元に笑みを貼り付けたまま、悲しそうな声色で主張する。
「制限時間は、部屋に置かれている砂時計の砂が全て落ちきるまでの、約一〇分。でも、砂時計が壊れちゃったら、砂が全て落ちきれないわよね」
英雄がやはり、と呟き、フレデリカもシュラの主張に気づき顔色を変える。
「っ、つまり」
シュラは首肯し、恥ずかしげもなく言い切る。
「約一〇分が、ちょっと普通より長くなっても可笑しくないでしょ。だって、砂時計が壊れちゃったんだもの」
これがシュラの気づいた英雄がいなくても勝てる方法である。ルールブックの隅から隅まで読み込み、数千におよぶ一回戦交渉シーンを閲覧した成果だ。言いがかりか、屁理屈に思えるやり口だが、英雄がいないシュラには、他の方法が見つからなかった。
シュラが小首を傾げ、フレデリカに同意を求めた。
「そ、そんなのありえませんわ」
フレデリカは体中を震わせると、審判に向かって吼えた。
「審判、これは明らかな反則です。即刻、この小娘を失格にしなさいっ!」
「でもルールには、砂時計を壊してはいけない、とは書いてないわ。
それに、本当に壊されたくないなら、砂時計なんて止めて、普通の時計を使えばいいじゃない。時間制限だって一〇分間、てきちんと決めていれば良かったのよ。
わたしはルールの範囲内で、カラが居なくても勝てる方法をやってるだけよ。これが反則なら、誘拐を考慮に入れてなかった事も含めて、ルール自体が欠陥品じゃない」
シュラはできるだけ平静な声で反論する。体中から汗が吹き出て、足は震えていた。それでも、それを悟られないように、余裕のある笑みを浮かべる。
ここが最大の山場だった。運営委員が反則負け、と判断したらそこで終わりだ。仮に、負けにならなかったとしても、審判、陪審員からの印象は最悪である。シュラの主張が一蹴されれば、フレデリカの提案する勝負方法が無条件で通ってしまう。
フレデリカがシュラを睨みつける。ナマコ男が割って入った。
「お二人の主張は良く分かりました。ただ今、本部が対応を協議しておりますので、少々お待ち下さい」
「あんな無茶苦茶な主張、認められるはずがありませんわ」
フレデリカは憮然とした表情でそっぽ向いた。後ろに居る英雄は厳しい表情をシュラの持ってきた鞄に向ける。中のものが何か分かったのだろう。焦燥感がありありと感じられた。
シュラは目を閉じて待つ。すまし顔で座る姿は余裕の現われに見える。しかし、テーブルの下で強く握りすぎて真っ白になった拳が、その心情を如実に表していた。
数分後、ナマコ男が頭を下げる。
「ただいま、協議が終了いたしました」
シュラの喉が鳴り、フレデリカの眼力がナマコ男を指す。
「協議の結果……シュラ様の主張が全面的に認められました」
「な、なんですってーーーーー」
フレデリカが椅子から飛びあがった、
「ありえませんわ。不正ですわ。異常ですわ。狂ってますわ」
ナマコ男は頭を下げるが、ルールですので、と一歩も譲らなかった。
シュラはテーブルの下で小さなガッツポーズを取った。
「キーーーーーーッ」
フレデリカが、スカートのポケットから取り出したハンカチを噛み切る。英雄が静かに紅茶を片付ける。
「はぁはぁはぁ、まぁ、いいですわ」
口をへの字に曲げたフレデリカが、荒々しい動作で椅子に座る。
「時間制限がなくなったとは言え、それだけですもの。
まだ、こちらの有利は覆り……貴女、何やってますの?」
シュラはフレデリカ達に背を向け、鞄の中をまさぐっていた。顔だけ振り向き、応える。
「長期戦の準備よ」
シュラは鞄の中から水と携帯食料を取り出した。固形の携帯食が三つ、水の入った水筒が二本、テーブルの上に並べられた。
「わたしは自分の勝負方法しか認めないわ。だから、貴女が頷いてくれるまで、ずっとここに居るつもりよ。これはその覚悟よ」
「ふん、どれだけ粘っても無駄ですわ。わたくしがあんな勝負方法を認めることは、天地がひっくり返ってもありえませんわ」
フレデリカが鼻で笑う。その顔にはまだ余裕があった。
「これは、まいったな」
英雄が困ったように頭を掻き、どうしようか、とぼやいた。
「貴女は絶対、頷く」
シュラははっきり言い切った。




