店長、このお金を全てシュラさんに賭けましょう
運命祭二回戦初日の朝、シュラは青のエリアと灰色のエリアをつなぐ門の前で佇んでいた。巨大な門は開け放たれており、今日戦う糸紡ぎの一族とその英雄が吸い込まれていく。
シュラの側には自身の身長と同じ大きさの鞄があるだけで、隣に誰も居なかった。
通行人が遠巻きにシュラを見ている。中にはシュラを指差し、何事か話しているもの達も居た。
シュラは周りが何を喋っているのか聞き取る事ができない。しかし、何を話しているのか、大体予想できている。
昨日昼、携帯黒板にカラ誘拐の情報が載ったのだ。公式トトカルチョの予想で盛り上がっていた携帯黒板の中で、その情報は瞬く間に伝わった。夕方にはシュラとカラの顔写真や戦いぶりが載った。また、二回戦対戦相手、フレデリカとその英雄の顔写真や戦いぶりも同時に紹介された。
通行人の何割かは、カラが本当に誘拐されたか確認しに来たのだろう。
公式トトカルチョの倍率も凄い事になっている。倍率はフレデリカ勝利一・〇一倍にたいし、シュラ勝利は一〇〇倍。殆ど賭けが成立してない。それでもまだ、公式トトカルチョ受付では、フレデリカの勝利に賭ける人達が殺到していた。最初の一回は景気よく勝ちたいと思う人達が、こぞってフレデリカに賭けている。
朝の冷えた風に髪を揺らしながら、シュラは門に背を向けて待つ。
カラは見つかっていない。昨日の深夜、漸く見つけた誘拐犯の尻尾をセバスと店長が必死に追っている最中だ。二人は絶対、二回戦前までに見つける、と言っていた。シュラは二人の言葉が真実になるように祈る。
シュラは道路を蹴って、鞄の上に飛び乗った。手近あった時計を見上げると、残り時間は三十分位だった。会場までの移動を考えると、後十分でここを出発しなくてはならない。
「カラ、来るなら早くしなさいよ」
シュラの背後、門の方から賑やかな足音が聞こえてきた。シュラが首を後ろに反らせて見ると、カメラを持った一団が近づいてきていた。『今日の運命祭』のスタッフ達だ。面倒臭そうなミミルと、それを引きずるキークが先頭を陣取っている。
「皆さんこんにちは、今日から始まる運命祭二回戦、対戦者インタビュー、お次は第一クルー最後の一人、シュラ・シンクさんです」
「あー、ダルイんだから、さっさと会場に居ろよなー。お前の所為で、エッチラオッチラ出向かなきゃ行けなくなっただろーが」
キークが背後のカメラに笑顔を向け、うんこ座りしたミミルがシュラにメンチ切る。
「へ?」
戸惑った様子でシュラは、ミミルとキークを交互に見る。キークは真っ赤な顔でミミルのスカートを押さえ、ミミルは真っ赤になったキークを見ている。
「ミミルちゃん、パンツ見えちゃうよ、立って、立って」
「お、やべー、やべー、あんがとなー」
キークとミミルが笑い合う。戸惑うシュラに対してのフォローはない。見かねたスタッフがシュラに近づき、説明する。
「二回戦から公式トトカルチョが始まる事となったので、それに合わせて、試合直前の皆様から簡単なインタビューを頂いているんです。
二回戦前で大変かと思いますが、トトカルチョを成功させる為、御協力お願いします」
スタッフに拝み倒されたシュラは、一度視線を門に続く道に移す。道を行き来する人の中に、あのゴキブリファッションもにやけ顔も見つけられなかった。
「いいわよ。後……五分位したら会場に向かうから、それまでだったら」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
スタッフが何度も頭を下げる。ミミルとキークがシュラの前に立った。シュラは鞄から飛び降りた。
「インタビューに応じて頂き、ありがとうございます」
両手でマイクを持ったキークが花のような笑顔を咲かせた。場の空気が華やぐ。
「ダルー、ぶっちゃけ英雄いないのマジ?」
両手を力なく下げたミミルが、やる気ない声で聞いた。場の空気が凍る。
「み、み、ミミルちゃぁぁぁん、そう言うことはもっと打ち解けてから聞かなきゃ駄目だよ。そうしないと、口を滑らせてくれないじゃない」
「えー、でもダルイしー、英雄いなそうだしー」
キークがめっ、と怒るが、キークは小指で耳の穴を掃除しながらそっぽ向く。
「うん、本当。カラは誘拐されたわ。それで、今も見つかってない」
シュラの暴露に辺りが騒がしくなる。スタッフだけでなく、近くで聞き耳を立てていた人達もシュラの方を振り向いた。
「そ、そ、それは、英雄抜きで二回戦を戦う、と言う事でしょうか」
「ルールが決まるまでにカラが見つからなければそうなります」
「ダッセー、英雄いないんじゃ、やる意味ないじゃん。さっさと棄権しろよなー。無駄な仕事増やすなよー」
ミミルの言う通り、このままカラが来なければ、シュラが勝てる要素はない。そんな事はシュラも承知だ。何か隠し球があるのではないか。落ち着いたシュラの振る舞いに、誰もがそんな期待と不安を抱かずにいられなかった。
「意味はあるの。負けるしかないとしても、それでも諦めちゃいけない。諦めなければ先がある、となんて思えないけどね。
それでも、わたしは皆に諦めないで欲しい。だから、最後の最後まで諦めない。負ける時は前のめりに負けるわ」
凛とした声でシュラは宣言した。視線はミミルではなくカメラに向けて、この場に居ない全ての糸紡ぎの一族に向けて、自分の思いを言い切る。
これが最期になるかもしれないのだ。最期の最期まで、シュラは自分の思いを伝えたい。
もう二回戦だ。無派閥の人はシュラ以外居ないのかもしれない。それでも、まだ残っている人が居る事を信じて、仕方なく派閥に入った人が居る事を信じて、そんな人たちに優勝を諦めないで、と伝えたかった。
シュラの思いを誰かが手に取ってくれるかもしれない。誰かが受け継いでくれるかもしれない。僅かな可能性かもしれないが信じたいのだ。純粋に優勝を目指す人が自分以外にも居る事を。
「へー、ご立派だけど、英雄いなかったら勝ちようがないじゃん。ダッサー」
「まだ、カラが来ないと決まったわけじゃない。だから、わたしは自分にできる事を最後まで諦めない」
胸を張るシュラに、誰かが拍手を送った。一つの拍手が他の拍手を呼び、いつしか辺りは拍手と歓声で包まれた。シュラは手を大きく上げて、拍手に応える。
「皆、ありがとう。時間だから行くわ」
シュラは沢山の拍手を背に、大きな鞄を引きずって門の中に入る。胸をしっかり張り、視線は真っ直ぐ前だけを見ていた。
シュラの姿が門の奥へ消えた後、ミミルが誰ともなしに尋ねる。
「で、あの大きな鞄、何?」
さあ、と首を捻るキークがディスプレイに写った時、その部屋の鍵が開けられた。セバスがドアの隙間から顔を覗かせる。その後ろには店長とカラ捜索員達がいた。
ここは、とある一族が管理しているアパートの一室だ。管理と言っても、実情はいい加減なものだ。アパートのオーナーから賃借している者が他の者に貸し出し、その者が更に他の者に……と、何重もの又貸しとなっており、実際には誰が住んでいるのか、誰も知らなかった。
玄関を開けた先は部屋になっていた。玄関や炊事場はなく、四角い正方形の空間がセバスの視界に入る。ここに住んでいた者は、先ほど小さなバックだけ持って出て行った。本来なら捕まえたかったが、カラの救出が最優先の為見逃した。
事前情報通り、一人暮らしだったようで。室内には誰も居なかった。
セバスは肩から力を抜く。
「誰も居ないようです」
セバスが後ろ振り返って言うと、空気が和らいだ。
「この奥に、カラ君が居るんだよね」
「はい」
セバスの合図で連れて来た捜索員が室内の探索を始める。狭い室内、一分もしない間に奥の部屋に入った捜索員が声を上げる。
「いました! この部屋で寝ています」
セバスと店長が飛び込むように部屋へ駆け込む。
室内は中央に集中治療器が横たわっており、他に家具の類は見えない。集中治療器は四角い棺桶のような形で、中に使用者と共に保存用の特殊な液体が注入されている。下部に詰め込まれた循環器と栄養素促培器から、時折放熱フィンの音が聞こえる以外は静かなものである。
「この中に居ます」
捜索員が集中治療器の覗き窓を呼び指し、手招きしている。
本来、意識がある方が危険な患者用に作られた治療機器の中で、カラが目を閉じて横たわっていた。様子はお世辞にも良いとは言えない。肌の色は土色で、目の下が窪み、頬骨が目立ってきていた。本来は透明なはずの液体も、少々白く濁っている。極小エネモードで長時間使用した時に見られる弊害だ。
「カラ君っ」
「カラ様」
セバスが集中治療器を開け、数人がかりでカラを引きずり出した。意識のないカラをタンカに乗せて、外へ運ぶ。
その間、店長が何度もカラに呼びかけた。しかし、カラから何の反応もない。
「カラ君、カラ君、起きて。カラ君、起きて。起きて。起きなさい。起きろ。起きろ、て言ってんでしょうがっ! 起きろぉぉぉぉぉぉっ!」
鼓膜が破れそうな怒号に、カラの体が震え、瞼が開き、何かを掴もうと手を宙に伸ばす。
「だ、駄目です。うどんはちからが最強なん……夢ですか。うん、よく寝ましたねー」
カラは寝転がったまま、背筋を伸ばし、気持ち良さそうに眼を細める。ここ数日、殆ど寝ていない店長とセバスのこめかみに血管が浮かぶ。
「おはよう、カラ君」
「いい夢を見ていらしたようですね」
怒りを押し殺した二人の声で、カラは顔を上げる。セバスを見て、眉が跳ね上がった。カラは素早く視線を外し、周囲を見回す。タンカで運ぶ捜索員達を見て、首を捻る。
「私はなぜ運ばれているのでしょうか? そう言えば、体が妙に重いです」
「誘拐されて、今まで眠らされてたのよ。覚えてない?」
店長が説明する。カラは目を閉じて唸り、だらしなく顔を崩した。
「フライドシューアイスをくれたお姉さんが可愛かったです」
だらしない顔をしたままカラは張り倒された。
「こっちは死ぬ程苦労したのに、それはないんじゃない」
「申し訳ありません。しかし他は何も覚えてないんですよー。フライドシューアイスを一口食べた所までは覚えているのですが、そこから先はさっぱりです。
フライドシューアイスの味すら記憶にありません。役立たずですねー。アハハハハーーーーーーーーー」
「笑い事じゃないわよ。あの後大変だったんだから」
軽い調子で笑うカラに、店長は頬を膨らませる。
そうこうしているとアパートの入り口に到着し、捜索員達がカラを地面に降ろした。
先頭を歩いていたセバスが店長に声をかける。
「それでは、わたくし達は例のものを取ってきます」
「お願いします。さっさとカラ君をシュラちゃんの所に運搬しないといけませんから」
店長は捜索員達を率いて外へ出るセバスを見送る。
カラは、店長の切迫した言い様に眉を寄せる。何を焦っているかが分からない。
この場にセバスがいるという事は、シュラは二回戦を勝ったはずだ。二回戦勝利を手土産にセバスの協力をとったはずだからだ。そうでなければ、セバスがシュラに協力する理由がない。
シュラがどういう手を使ったか。それは後で聞く楽しみだが、二回戦を勝利したのだからシュラの隣には新しい英雄がいるはずだ。今更、カラが必要となる事体はありえない。
店長がカラの前にしゃがんだ。未だに寝ているカラを店長が見下ろす。
「カラ君、取り敢えず現状を教えるから、さっさと起きて」
店長が手を差し出すが、カラは動かなかった。
「きつい事言いますねー。体中が重くて、目がかすみ、さっきから頭の中を痛みが脈動しています。もう少し休ませて下さい」
瞼を閉じて休もうとするカラの体を、店長が強引に起こす。そして耳元で怒鳴りつける。
「シュラちゃんが大変な事になってる。休んでる時間なんてない!」
「シュラさんが、ですか?」
カラの瞼が開き、目に光が灯る。
どうも自分の予想とは違う展開になっているようだ、とカラは気付いた。カラの予想では、現在は二回戦終了後、シュラは本気で派閥と戦う決意をして、その準備に奔走している、というものだ。
「面白い、今すぐ話しなさい」
店長はカラが誘拐されてから今日までの出来事を説明する。映像や写真があるものは、ポケットに入れていたボールを使い、空中に映像を投影し手早く情報の共有に努める。
全て聞き終えたカラは、おもむろに懐からカードを取り出す。シュラからフライドシューアイスを買う為に貰ったお金が、全額残っていた。
「店長、このお金を全てシュラさんに賭けましょう」
「はい?」
カラがゆるい笑顔を作り、要領得ていない店長に説明する。
「そんなに凄い倍率なんです。この程度のお金でも、。シュラさんが勝てば大金持ちになれますよー。アハハハハハハーーーーーーーーーー」
「バカーッ、シュラちゃんが勝とうにも、肝心のカラ君が居なくちゃどうしようもないでしょっ!」
店長が頭を抱えて叫んだ。
「大丈夫ですよー、まだ、当日の朝です。時間は十分あります。会場に間に合いますよー。最悪、ルールが決まった後でも、何とかなります」
「その通りですが、余裕はありません」
外から戻ってきたセバスが、カラに残り時間を告げる
「二回戦開始まで後十分を切りました。既にシュラ様は交渉に場の前で待機しているはずです」
「それはピンチですねー」
カラはゆっくり立ち上がる。目に光が溢れており、一切の迷いがない顔をしている。
「セバスさん、シュラさんの今の状況を知る事はできますか」
「いえ、しかし直近のデータでしたら、先ほど録画したものがあります」
セバスはシュラの二回戦直前インタビュー画像を空中に映す。カラは大きな鞄に乗ったシュラを見た瞬間、駆け出した。
突然の事に、誰もカラを止められなかった。慌てて店長とセバスが後を追う。二人がアパートの外へ出る。小指の先程度になったカラの背中があった。
「カラ君、待って」
「カラ様、お待ち下さい」
二人が呼び止めるがカラは止まらない。寧ろ速度を上げたように見える。
カラは振り返る事なく、店長とセバスに対して応える。
「嫌ですよー。あんなの敵うわけないじゃないですかっ!
私は死にたくないんです。今日はもうお部屋に帰って寝るんですよー。アハハハハーーーーーーー」
店長とセバスの顎が外れた。豆粒位小さくなったカラの背中を呆然と見つめる。
次の瞬間、
「待てやこの糞野郎」
「この屑が、殺してでも二回戦会場に連れて行くぞ、ゴラァ」
怒髪天を突いた二人が怒鳴り散らした。二人は先ほどセバスが呼んだ人力車に乗り込む。誘拐されたカラが動けなくなっている可能性を考慮し、セバスが準備したものだ。
「追って、早く」
「急いで下さい」
切羽詰った様子で、店長とセバスは車夫達へ叫んだ。
「追うのは、あの方で?」
車夫の一人が戸惑った様子で、既に黒い点になったカラを指差す。店長が床板を全力で蹴る。車夫達が小さな悲鳴を上げて、すくみ上がる。
「いいから早く。三枚におろされて、食べられたくなかったら全力で追いかけろっ!」
「は、はいぃぃ」
店長の怒声が響く、顔を真っ青にした車夫達が慌てて走り出した。限界を超えた走りに、人力車が悲鳴を上げる。
「こちらセバス、カラ様が臆病風に吹かれて逃げやがった。糞野郎は真っ直ぐ北上中、絶対捕まえろ」
セバスが淡々とした口調で、捜索員達に指示を出す。冷め切った瞳が、カラの逃げた方角見据えていた。




