わたしも手伝う!
一回戦が終了する二日前、人々の関心は既に二回戦に向けられていた。そこに、二回戦から運営委員会主催の賭博、公式トトカルチョが始まる事が発表される。公式トトカルチョの発表は、『今日の運命祭』、携帯黒板、掲示板で大々的に行われた。
人々の話題は二回戦一色となった。外を歩けば、どこでも二回戦と公式トトカルチョの話題が聞こえてくる。
携帯黒板も公式トトカルチョ一色となっていた。そのお陰で利用回数が増え、販売時の赤字は順調に回収されている。今のペースならば、二回戦中頃までには黒字に転換できる見込みだ。
順調な滑り出しであるが、ルマガズン青のエリア本店、その休憩所は暗い雰囲気で満たされていた。
太陽がまだ姿を見せていない早朝、店員の居ない店内でシュラと店長、そしてセバスが顔を突き合わせていた。テーブルの上には大きな3Dの地図が浮かび上がり、所々水色とオレンジで塗られている。水色の倍ぐらいオレンジの範囲があった。
セバスの指先が円を描き、地図内のカーソルが同じ奇跡を描き水色の箇所を囲む。
「水色が、こちらで確認できた範囲です。そして、オレンジがまだ確認できていない範囲です」
「やっぱり、結構範囲が広い」
シュラがオレンジの範囲を睨む。セバスの協力を取り付けてからの進展は目覚しいものがあった。それでも二回戦までの準備期間に、残りの捜索範囲を網羅するには広すぎた。
「この地図に、うちのデータを重ねると、大体、残りは三分の一位だね」
オレンジに塗られた箇所の内、約三分の二が水色に変る。オレンジの範囲はかなり狭まったが、まだ多い。居住区だけでも一〇〇世帯以上あると思われる。
「今のペースじゃ、二回戦に間に合わない」
シュラが悲壮な顔で地図を睨みつける。幾ら睨みつけても、地図がカラの居場所を教えてくれる事はなかった。
「いえ、まだ勝機はあります」
シュラと店長がセバスを見る。セバスはひげを撫でながら続ける。
「今日から二日間、二回戦進出者の一斉移動が予定されております」
二回戦中、対戦相手と顔を合わせないようにする為に、参加者は青と赤のエリアに再分配される。その移動期間だ。
シュラとセバスは、青のエリアに留まる事になったので、移動やその準備が必要ない。カラの捜索に注力できる。
「この間、誘拐の依頼者が、青のエリアに残るにしても、赤のエリアに移動するにしても、必ず何らかの連絡を取り合うはずです」
セバスが断言する。ああ、と店長が手を叩いた。
「連絡がなければ、誘拐犯が依頼人に裏切られた、と思うかもしれないからね? 一回戦が終わったのに、二回戦中の指示はないのか、て」
セバスが頷く。シュラは要領が飲み込めず、首を捻った。
「今回の誘拐は、事前に計画されていたものではありません。また身内を使うにはリスクが高すぎます。仮に誘拐犯が捕まれば、その身内は確実に疑いの目を向けられます。よって、依頼人は第三者に依頼したはずです。
二回戦のエリア分けは昨日まで不明でした。二回戦中、どうするのか連絡を取り合えるのはこれからです。
依頼人は誘拐犯に接触するでしょう。その時、何か痕跡が残るはずです。些細なものかもしれませんが、絶対に誘拐犯の尻尾を捕まえて見せます」
セバスが力強く断言した。カラの捜索に多くのリソースを割いている。これで、カラが見つからなかったから、三回戦を妨害する約束はなし、と言われるわけにはかなかった。セバスは例えカラが死んでいても二回戦会場に届けるつもりだ。
シュラが眉間にしわを寄せて、反論した。
「セバスさんの話だと、糸紡ぎの一族が誘拐を依頼した事になってるけど、それって本当なの? わたし達のやってる事が邪魔になった他の一族がやった可能性もあるじゃない」
「それはありえません。その証拠に、誘拐犯から何の要求もありません」
仮にシュラ達の掲示板や携帯黒板が邪魔ならば、それらを止めるような要求がある。要求がないのは、カラの誘拐が手段でなく、目的である事を示している。
カラを誘拐しただけで、利益を得るのは糸紡ぎの一族しか居ない。目的はシュラの三回戦進出阻止だろう。それ以外でわざわざ誘拐だけする理由がない。
「言われてみれば、そうよね」
シュラが納得した事を確認したセバスが、再度、宣言する。
「この二日で必ず、カラ様を見つけ出してみましょう」
「分かった。うちの人員も使って良いから、必ず見つけ出して。その方が効率いいわ」
店長は人員リストをセバスに送った。今までセバスと歩調を合わせて調査してきた店長は、セバス達が探偵の真似事に慣れている、と気付いた。二回戦まで残り時間がなくなった今、店長は人員を全てセバスに預け、賭けにでる。
「ええ、必ずや見つけ出して見せましょう」
「ところで、シュラ様の二回戦の日程をお聞かせ願えますかな?」
「あ、見るの忘れてたわ」
シュラはポケットの中から封筒を取り出した。エリアの割り振りや、二回戦日程は個別に手紙にて連絡が来ている。忙しかったシュラは、まだ手紙を見ていなかった。
二回戦は約二週間かけて行われる。運よく二回戦最終日に試合が組まれていれば、二週間も余裕が生まれる。そこまでは望めなくても、一日でも遅ければ遅い程、シュラが有利になる。
カラを助け出して、終わりではない。その後に、二回戦の対策や準備が待っているのだ。時間は幾らあっても足りない。
シュラは祈るように開封する。三つ折になったプリントを少しだけ広げて、覗き込む。
「げ」
シュラは泣きそうな顔で呻いた。無言でプリントを店長とセバスへ突きつける。店長とセバスは顔を寄せて、プリントを見る。
「「げ」」
店長とセバスも呻いた。
プリントには、二回戦第一日目第一クルー、と書かれている。二回戦の初日朝一からの試合だ。残り時間は約四八時間、二日しかない。
セバスが手早く地図を消し立ち上がる。店長もそれに続いた。
「申し訳ありませんが、わたくしは失礼させて頂きます。これは早急に対策を練らねばいけません」
「うちもその人員以外にも手の空いてるやつに呼びかける。まぁ、二週間ぶりの休みを満喫してる奴も居るけど、事情が事情だからね。ケツ叩いてでも連れてくるよ」
早足で部屋を出て行こうとする二人に、シュラは手を上げる。
「わたしも手伝う!」
「いけません」
「駄目」
セバスと店長が一蹴する。
「でも時間がないでしょ。人では多いほうが良いわ」
シュラが切羽詰った顔で訴える。
「この二日間は危険よ。人の出入りが激しいから、運営委員のチェックが甘くなる」
ずい、と店長がシュラに顔を近づける。鬼気迫る迫力にシュラが背を逸らした。
「そして、もし赤のエリアに連れて行かれ、移動期間が終了されれば、失格です」
ずい、と今度はセバスが顔を近づけてくる。瞼の奥から血走った眼を覗かせている。
「ここでシュラちゃんが居なくなったら、もうアウトよ。お願いだからここに居て」
「絶対一人で出歩かない事を約束願います。良いですな?」
焦りや不安だけで闇雲に動いても効果はない。寧ろ二人の言う通り危険だ。シュラは喉からせり上がる焦燥感をグッと飲み込む。
「分かったわ。ここで大人しくしてる。絶対にカラを見つけ出してね」
「ええ、もちろん。うち達を信じて」
「絶対に見つけ出して見せます。ご安心下さい」
店長とセバスは自信に満ちた顔を作る。それが作り顔だとはシュラにも分かっていた。それでも、そう言う顔を見せてくれた気持ちが、シュラの心を軽くする。
「それじゃ、シュラちゃん、朝食は誰かに運ばせるから、ここで待っててね」
店長は足早に休憩室から出て行った。セバスもその後に続く。
二人の姿がドアの奥に消えると、シュラはテーブルの上に突っ伏した。突っ張る必要がなくなったシュラは、歳相応に気持ちをただ漏れさせる。
「これどんだけ不利なのよ」
シュラが苛立ちを押し殺した声で、悲鳴を上げる。
「これで負けられない、て最悪じゃないの、クソッ」
シュラはテーブルの足を蹴る。ガン、と音はするがテーブルは微動だにしなかった。頬を膨らませたシュラは、更に数回、蹴るが結果は変らない。
頑張っている店長や本来敵であるセバスの前では見せられない醜態だった。八つ当たりをしていると分かっていてもシュラは止める事が出来なかった。
ひとしきりテーブルを蹴りつけたシュラは、テーブルに額を叩き付けて拳を振るわせる。
「カラァ、こんなん、どうしろって言うのよ。なんで隣にいないの、馬鹿……」
テーブルに突っ伏したまま肩を震わせる。
シュラはどうしようもなく心細かった。誰かに甘えて、縋って、全部忘れてしまいたい。あれほど嫌だった学校すら、今では天国に思える。
しかしそれは不可能だ。多くの人を扇動し、ハイス達との契約にサインしてしまい、セバスを嵌めた今、全部をなかった事には出来ない。シュラは二度と、昔と同じように何もかも忘れて笑い、泣き、怒る事は出来なくなっていた。
「辛いよ。きついよ。助けてよ、カラァ」
隣からあの能天気な笑い声が聞こえてくる事はなかった。代わりに、シュラの懐で紙が擦れた。




