ありがとう、ございます。ありがとうございます
翌日、シュラは自分の部屋でセバスと対面していた。
セバスは、豊かな口ひげと白髪、そして燕尾服、以前と変らない身なりで来た。
対してシュラは、薄緑色のシャツと青色のスカート、靴はスニーカーと言うラフな服装だ。カチューシャをつけておでこを出し、少し大人っぽく見せている。
「今日は来てくれて、ありがとうございます」
シュラは心の中でセバスが来た事に安堵する。セバスは、シュラに協力を要請した事から考えて派閥を使う側である。シュラの掲げる皆の運命祭は、その派閥を無力化するものだ。シュラは、セバスが来る可能性をかなり低い、と思っていた。
「頭を上げて下さい。元々、わたくし達がお願いした事です。二回戦を勝つ為の協力は惜しみません」
「と言う事は、今回勝ったフレデリカさんはバルゲンザン家の人ですか」
シュラは白々しくも尋ねた。ここにセバスが来た時点で、それしかない。バルゲンザン家側が負けていれば、派閥を潰そうとするシュラに、セバスが協力するはずがない。
「ええ、その通りです。正確には今回の為に、バルゲンザン家に雇われたものです」
シュラはセバスに分かるよう、大げさに安堵のため息を吐いた。わざとらしい演技だが、シュラにはどうしてもセバスに自分がセバスの協力を必要としている事を知って貰わなければいけない。
セバスの眉が跳ね上がった。それが演技に気づいた反応かどうか、シュラは分からない。シュラは自分の考えた筋書き通りに進める。
「あ、ごめんなさい。セバスさんにしてみれば、負けて欲しかったはずですよね。わたしにとっては都合が良かったから、つい」
シュラが悪びれもせず笑う。その背中は汗で濡れていたが、おくびも出さない。この運命祭の中で何度も交渉の場についた経験が、シュラを成長させている。
「いえ、お気になさらずに。おっしゃるとおり、わたくしとしては一回戦で一人でも多くのバルゲンザン家のものに負けて欲しかった」
セバスが大きく肩を落とした。心底残念そうな表情に、シュラの胸が痛んだ。
「フレデリカの相手にも色々便宜を図ったので、まさかあそこまで簡単に負けるとは思っていませんでした」
「あのロボットは反則ですよ。あんなのまともにやったら勝てません」
シュラが慰めるように、そして実感を込めて言った。カラとハリネズミが戦って、勝つビジョンをシュラは持っていない。それどころか、ハリネズミと正面から戦って勝てる人間なんて存在しない、と思っている。
「まともにやらなければ勝算があるのですか?」
セバスの眼光が鋭くなる。本当に勝算があるのか探るように、シュラの瞳を覗き込む。
シュラは一拍間をおいてから、確信を持って頷いた。
「ルールであれを使えないようにしてやれば、後はカラが何とかします」
確信に満ちたシュラの様子に、セバスが驚く。
「なるほど、流石、一躍時の人と成られたシュラ様。素晴らしい自信と信頼ですな」
手放しで褒めるセバスに、シュラは笑顔を作るが、目は笑っていない。ここからが本番だった。シュラは罪悪感と嫌悪感が渦巻く胸中を必死で隠す。
「と言っても、肝心のカラが誘拐されているんで、今のままじゃ勝ち目がないんですよね」
「ほう、カラ様が誘拐ですか。それはまた、困った事になっておりますな」
「幸い、少しづつですけど、カラの居るところは絞れてきています。だけど、人手が足りません。このままじゃ、二回戦までにカラが見つからないかもしれないんです」
「なるほど、それでわたくし達に協力を願いたいわけですな」
シュラは首を横に振る。頷くわけにはいかなかった。
シュラは、派閥のない運命際を求めている。何があっても派閥に入るわけにはいかない。そんな隙は店長にさえ見せるわけにはいかなかった。シュラはセバスから頼まれて、仕方なくカラの捜索に協力させてあげる立場をとらなくてはいけない。
他人を、それもこちらを頼ってくれた人を騙す不快感。シュラは内臓がかき混ぜられているような気持ち悪さに耐え、必死で笑顔を作る。
「別に、見つからなかったら、見つからないで仕様がない、と思ってます。カラが無事で居てくれれば、それで十分です」
シュラは自分自身に言い聞かせるように頷く。この言葉に嘘はない。セバスの協力が得られなければ、二回戦までにカラを発見する事は絶望的だ。
セバスが目をむき、シュラの顔をマジマジと見つめてきた。
「今日来てもらったのは、謝る為です。ごめんなさい、わたしはセバスさん達の大変さを知ってます。だけど、わたしはセバスさん達の味方になれません」
「皆の運命祭。その為ですか」
セバスが宙を仰ぐ。シュラは沈んだ顔で頷いた。
「はい、勝手な話だけど、それでもわたしは諦めたくないんです。だからセバスさんの味方にはなれないんです。でも、二回戦は勝てるように頑張りますから、安心して下さい」
これでシュラの撃てる弾は全て放たれた。向うもこちらの意図は察しているはずだ。セバスが、シュラ達への協力を申し出なければ、話は終わりだ。二回戦は英雄なし。負けが確定した状態で戦うしかない。
シュラは緊張と不安を腹に為ながら、笑顔でセバスの答えを待つ。掌は汗でびっしょり塗れており、喉はカラカラに渇いていた。眼球の奥が熱く感じられ、針を刺したような痛みがこめかみを襲う。
セバスは天井を見たまま、目を覆う。そして、重々しいため息と共にシュラを見据えた。
「シュラ様、貴女は酷い」
セバスの弱々しい非難がシュラの良心に突き刺さる。
「貴女はわたくし達が協力せざるえない、と知っている。そして、貴女も協力して欲しい、と思っている。本来なら貴女が頭を下げる場面です。しかし貴女は最後の一言をわたくしから言わせようとしている」
「何の事ですか?」
セバスは暫く黙って、シュラの顔を見つめる。シュラはこわばった笑顔を作り続けた。
「……分かりました。わたくし達は勝手にカラ様の捜索を行いましょう。その結果を、勝手にシュラ様達にご連絡します」
シュラの顔が緩む。喜びと申し訳なさが胸を包み込む。
「ありがとうございます」
シュラは勢いよく頭を下げた。額がテーブルと激突し小気持ちよい音がなる。
「ありがとう、ございます。ありがとうございます」
「シュラ様、顔を上げて下さい。わたくしが協力を申し出たのは、何も優しさからではありません」
シュラが真っ赤になった額を上げる。厳しい顔をしたセバスが居た。今までと比べ物にならない重圧を身に纏っている。
「わたくし達としても、あんなものには少しでも早く負けてもらいたい。そしてカラ様の方がまだやりやすい。そう思ったので勝手に協力するだけです。双方の利益に基づいた判断でしかありません」
やり方は気に入れませんがね、とそっけなく付け加えた。
「ごめんなさい。でも、これしか、わたしにはないんです」
「気にされなくて構いません。
ただ協力する以上、何があってもフレデリカの三回戦進出を阻んでいただきます。仮に負けたとしても、あなたの持つ全てを使って、フレデリカを三回戦に進出できないようにして頂きます。いいですね」
シュラの頬を一筋の汗が流れ落ちる。相手の弱みに付け込んだやり方がもたらした結果に、肌が白色に染まる。騙しの持つ、負の取得物がシュラの目の前に転がってきた。
カラが担当してきた事の怖さに気づいた。シュラはずっと理想を語るだけだった。相手に利益を見せ、時には脅してでもシュラの望むように相手を説得していたのはカラだ。
シュラは大きく息を吸い込み、気合を込めていてセバスを見返す。
「はい、分かりました。カラが見つかれば、絶対に二回戦を勝ちます」
「こちらも微力ながらお手伝いしましょう」
セバスが手を出し、シュラが握り締める。熱を持ったセバスの手のひらと、汗で濡れて冷え切ったシュラの手のひらが重なった。




