もう、カラでなくちゃ、駄目だから
シュラと店長が空に拳を突き上げてから三日後、携帯黒板の販売が開始された。
賭博場についてはまだ、開催日が決まっていない。運営委員会での協議が長引いているのだ。携帯黒板販売までの日程が無茶なだけで、別段賭博場が遅いわけではない。
携帯黒板は既存の生産ラインで作っている製品を流用する事で何とかなった。しかし、専用のアプリケーション製作期間が短い。デバックに一日、製品搭載に一日かかる為、アプリケーション製作期間は正味一二時間程度だ。これも既存のものを改造する事で対応したが、それでも他の仕事が一時全停止させなければ対応できなかった。
準備期間中、シュラも店長も殆ど寝ていない。店員も夜通し販売スペースの確保やチラシ、のぼり製作等に追われた。その甲斐あって、最低限の体裁を保つ事ができた。
準備は店側だけでなく、客側にもあった。三日前の夜遅く、『今日の運命祭』にて、突如、携帯黒板が宣伝されたのだ。人々はその情報収集にやっきになった。携帯黒板は、掲示板の跡継ぎ、とみなされ、今後、掲示板がどうなるのかも含めて、詳細を知りたいものが山程いた。端末や通信機器の使用を禁じられた糸紡ぎの一族は、情報がすぐ手に入らない事に飢えを感じていた。
この三日間で最も注目された事は、運命祭の動向ではなく、携帯黒板である。その注目度に見合うだけの客が、携帯黒板を求めに集まっていた。何処の店舗も満員を超え、処理能力超過気味の盛況だ。昨日までに用意していた分が売り切れ、本日でき上がったばかりのものを売っている状況である。
店の外に目を向けると、あらゆる場所で携帯黒板を使用している姿が見られた。
「やった! これで、彼女と好きなだけ連絡が取れる」
「ああ、これで朝から掲示板前に並ばなくてすむ」
「これなら、うちのばあちゃんも楽できらぁ」
携帯黒板の発売を喜ぶ声が後を絶たない。
どこもかしこも明るい空気で満たされている中、ルマガズン青のエリア本店の一角、休憩室の空気は重かった。
シュラが頭を抱え、店長が厳しい顔でペンの尻を齧っている。二人は休憩室のディスプレイに映し出された携帯黒板の販売状況を見ている。十分毎に更新される各店舗の販売実績は、どれも予想以上の伸びを見せ、在庫が厳しくなっていた。
「まさか糸紡ぎの一族以外が買うなんて、予想外だったわ」
「こっちも考えが足りなかった。
今考えれば、他の一族が買うのも当然だわ。糸紡ぎの一族のニーズを知るにも、何か宣伝するにも、携帯黒板があったほうが有利だもの」
予想以上の売れ行きは、端末の使用を禁止されている糸紡ぎの一族だけでなく、他の一族も携帯黒板を買いに来ているからだ。
運命祭前までは、端末で調査できた糸紡ぎの一族のニーズが、今は調査できない。その為、糸紡ぎの一族を無視したマーケティングか、顔の見える客の情報だけでやりくりしなくてはいけなかった。それは、目隠しをされて戦うようなものだ。
そこに登場した掲示板は、商売をやるものにとって正に天の助けとなった。糸紡ぎの一族の何気ない、素の言葉が聞けるのだ。目敏いものはそこからニーズを読み取り、利益を上げっていた。
例えば、『最近肌寒いけど、体には気をつけてね』という内容があるとする。ここから、暖房器具や暖かい衣類の販売時期を延ばそう、と考えるものがいる。体に良い料理をメニューに加える店が生まれる。風邪薬や喉薬の仕入れを増やすものも居るだろう。実際はもっと複雑だが、他の一族は、こうやって糸紡ぎの一族のニーズを伺っていた。しかし、今はそれが出来ない。端末が使用禁止となっているからだ。
そこに携帯黒板の発売が発表された。リアルタイムで、より多くの情報を手に入れられる道具の発売を見逃す経営者はいない。単価が安い事もあり、試しで購入しよう、という考えが、糸紡ぎの一族以外の一族の経営者を中心に広がっていた。
「せめてもの救いは、皆が沢山使ってくれている事よね」
シュラが自信なさそうに首を傾げた。
「今のペースで購入者の七割が使ってくれれば、二回戦中には何とか黒字化する……と思う」
店長も自信なさそうに頷く。シュラが目を輝かせた。
「え、そんなに早くなったの。最初は三回戦だったのに!」
「うん、購入者数が予想より多くなった分、総利用料が予想を超えてたわ。お陰で、早く回収できそう。その代わり、現時点での負債も大きいわ」
最期の一言でシュラは渋面を作る。
「そうすると、何が何でも二回戦を勝たないと、借金地獄になるわけね」
「負債が全部こっち持ちになるからね。うち、借金は勘弁願いたいけど、その二回戦が問題だね」
店長は大きなため息を吐いた。休憩室の空気が先ほどより、暗く重いものに変わる。
「カラはまだ見つからないのよね?」
シュラが疲れを感じさせる顔で確認する。店長は申し訳なさそうに、まなじりを下げた。
「ええ、少しづつ範囲は狭まってきているけど、それでもまだきちんとした場所は分からない」
現在、カラの捜索は店長主導で進められている。店長が店を経営する傍ら、指揮をとっている。店長は有志のものを募り、それでも足りない分は、人を雇って捜索している。
本来、大通りでの犯罪は木陰ナマケモノの一族が捜査する事になっている。しかし、運命祭の為だけに存在する英雄の為に、いつまでも貴重な人員を浪費するわけにはいかない、と言って彼らは捜査を打ち切った。現場の人間は悔しそうな顔をしているものも居たが、上からの命令に背く事はできなかった。
「でも、二回戦までには必ず見つけ出すから、信じて」
「うん、期待してる。もう、カラでなくちゃ、駄目だから」
シュラはテーブルの上に置かれたトラブルシューティングを優しく撫でる。そして、やさぐれた顔で笑った。
「誘拐じゃ英雄の交代ができないなんて、予想外すぎて笑えないわ」
シュラは、携帯黒板と英雄製の品物の販売準備で忙しい中、時間を無理矢理ねじこんで中央会館に行った。それは、カラに代わる英雄を呼び出す為だ。不正な事ではない。ルールで、英雄が死亡もしくは再起不能となった場合、新しい英雄への交代を認める、と明記されている。
カラの捜索を諦めたわけではない。
カラを助けて、あの馬鹿がどれだけ馬鹿をやったか、しこたま殴って分からせる。これはシュラの中で決定事項であり、絶対に譲れない一線だ。
しかし、木陰ナマケモノの一族の協力を得られず、素人による捜索しか出来ない。これでは二回戦までに見つかるか分からない。シュラの英雄をカラにしておくにはリスクが高すぎた。そして、新しい英雄と馴染むには時間は多ければ多い方が良い。
そのような判断から、シュラは断腸の思いで、英雄の交代を願い出た。
シュラの傍らに英雄がいない事を見ても分かるように、シュラの申請は却下された。運営委員会が死亡を確認しておらず、医師からの診断書もないからだ。
英雄の体内には、あらかじめ医療器機が埋め込まれている。英雄が死んだ場合、この医療器機が信号を出すので、死亡の確認ができるようになっている。
プライバシー保護の為、生存中はまったく感知できないようになっており、この医療器機を使ってカラの捜索はできない。可能ならば、もっと捜索はスムーズに進んでいた。
この処置は、糸紡ぎの一族が自分の選んだ英雄を好き勝手に交換する事を防ぐ為だ。確実に運命祭へ参加不能と判明するまで、英雄の交代は認められない。カラは誘拐され、捜索届けも提出しているが、それが自作自演でない証拠をシュラ達はそろえる事ができなかった。
「愚痴っても仕様がないよ。それより、そろそろ『今日の運命祭』が始まるし、見ない?」
「うん、確か今日はわたしとカラの相手が決まる日よね」
店長がディスプレイ上に窓を表示させる。ディスプレイの右隅、四分の一ほどのスペースに今日の運命祭が現れる。ディスプレイの中では、おなじみの二人がいつものやり取りをしていた。
「というわけで、次はフレデリカさん対ジェエテさん、です」
丁度、二回戦でシュラが戦う相手の試合が、始まるところだ。
「あー、説明すんのメンドイからこれ見れ」
ミミルちゃーん、と言う悲鳴をBGMに画像が切り替わる。青空と緑の木々が目に飛び込む。どこか林の中であろうか、木々が点々と立ち、雑草がうっそうと茂っている。
「取りあえず、ダルダル説明するとー、ルールは何でもありで、死ぬか降参した方が負け。で、場所は、灰色エリアのふれあい決闘広場ぁ」
画面の端から一人やってきた。全身鎧を着込み、手には剣と弓、そして八本足の機械に跨っている。八本足は首のない馬のような形状をしており、全身鎧の下半身をしっかり固定していた。
「ダルイけど、解説してやんよー。重力時代の武装をー、今風にしたものだってー。特殊金属、機械補助、そのほかなんでもありのマジキチ仕様だぜ」
いえー、と棒読み歓声が続いた。
「こ、これって、良いの? なんだかもの凄く、とんでもない装備じゃない? あいての人虐殺、みたいな」
「あー、大丈夫、だーじょぶ。相手は真性だからよー」
反対の画面の端から、大音声を鳴らしてそれがやってきた。異常に巨大化した前腕、背中から生える無数の筒、足は太く短いが足裏についたキャタピラが機動力を補っている。体長五メートル、体重一トン弱、特殊装甲と流体動力を武器とした金属の化け物がいた。
「「「巨大ロボットーーーーーーッ!」」」
ディプレイの中と外で叫び声が一致する。
「なによ、これっーーーー」
シュラがディスプレイに齧りついた。とんでもない代物の登場に動揺を隠せない。
「無重力時代の突入武装、型式は……ぴーえすぜろぜろろくはちいーでぃー、通称ハリネズミだってさー。ゴリラみたいな外見の癖にハリネズミかよ、ダッセー」
シュラの声に応えるように、ミミルがそれについて解説する。そんな事聞いてない、とシュラが絶叫するが、応えるものはいなかった。
ディスプレイの中で、全身鎧がハリネズミを見上げて固まっていた。そして、左右を見渡し他に誰もいない事を確認すると、再度、ハリネズミを見上げる。全身鎧は自身を指差し、ハリネズミを指差した。ハリネズミが首を上下に動かす。
「こっから先はダサいだけだぜー。この後、すぐ全身鎧が突っ込んで行って……」
ミミルの言葉が合図になったように、全身鎧の下で八本足が沈み、飛び出した。八本の足が生み出す驚異的な推力は地面を爆発させ、一瞬でハリネズミの懐へ全身鎧を連れていった。
全身鎧はハリネズミの頭部を狙って、剣を振り下ろす。剣の刃先が高速で動き出す。剣先を特殊磁性流体にする事で砥石と同じ原理で対象を削り切るようにしているのだ。その為、特殊合金であっても水に刃を通す時となんら代わりない力と速度ですむ。
しかし、どんなに凄い剣も当たらなくては意味がなかった。全身鎧の剣は見えない壁に当ったように、何もない空中で突如停止した。
「ハリネズミの磁力放射で防がれたー」
「磁力放射、て何、ミミルちゃん?」
「それはー、無重力空間での戦闘中、磁力を使ってー、戦艦の外側にくっつく為の道具ぅ? それを応用したんだろー」
全身鎧が三度、あらゆる角度から突撃するが、その刃は全て空中で停止させられてしまう。その次は遠距離から矢を射るが、これも空中で停止させられる。
「なんつうかー、相性悪すぎて見てらんないよなー。さっさと負けれよ、ダッサー」
全身鎧の攻撃の手が止まると、ハリネズミが動いた。背中にあった筒が全て、背後の一点に焦点を集中させる。
全身鎧が焦点から距離を取ろうとするが、一歩も移動する事ができない。それどころか、全身鎧は焦点に引き込まれていった。八本足が必死に地面に足を突き立てるが、地面ごと引き寄せられる。まるで見えない手が、全身鎧を引き込んでいるようだ。終に全身鎧が焦点に静止すると、筒の先端が音もなく光の筋を描き出す。
光の筋が通った後には何も残っていなかった。木々は円形にくり貫かれ、地面には穴が掘られている。当然、焦点には何も残っていない。チリ一つ残さず、全身鎧は消えていた。
「ま、お仕事すっとー、磁力放射で鎧を引き寄せて、背中に積み込まれた集光装置で一撃ひっさーつ。ダサすぎて、つまんない見世物だよなー」
「あ、あははー」
やる気のない解説に、相方のキークは乾いた笑いで応えた。
「勝てるかーーーーーーっ!」
ディスプレイの前でシュラが吼える。店長が天を仰ぐ。
「これは、カラ君が居てもどうしようもなくない?」
「大丈夫、だって戦うのカラだもん。自分が死なない為にきっと、何とかするわよ。ハハ、ハハハ、ハハ」
シュラは腰に手を当てて笑うが、頬が引きつっていた。店長も深刻な顔を作る。
休憩室に静寂が沈殿する。数十秒ほど見詰め合っていただろうか。不意に店長が憑き物の落ちた顔で提案する。
「カラ君が居なくちゃ戦う事も無理だし、考えるのはそれからにしよう」
「そうね、それが先決ね」
二人ともディスプレイから目を背け、必死に頷き合う。
「アレへの対処を考えると、一秒でも早い方良いんだけど」
店長は背後にあるディスプレイを指差す。決してディスプレイを見ようとしない。
少し頭の冷えたシュラが、思いついた対策を口にする。
「冷静に考えれば、ルールでアレを使えないようにするしかないんだけど」
その案を店長は即行で却下する。
「無理だと思う。そんな事したら、もっと不利なルールを押し付けられるよ」
「やっぱり、そうよね」
シュラと店長は乾いた笑みを浮かべる。
「話を戻してカラ君の捜索だけど、人手が足りなすぎるわ。携帯黒板の品物の販売で、かなりの人手を取られているから、あんまり人手が割けないの」
ごめん、と謝る店長に、シュラが仕方ないわ、と応える。
携帯黒板の販売は、店長やシュラだけの仕事ではない。他の多くの一族が関わっている。彼らの利益を守る為、手を抜いて失敗するわけには行かない。特に携帯黒板は今後の運命祭にキーになる。人員を不足させるわけにはいかないのだ。本来なら、カラ捜索の人員も全て、そちらにつぎ込みたい位だった。
「う~ん、どこかにツテがあればいいんだけど」
店長とシュラが腕を組んで唸る。眉を寄せて考え込んでいたシュラの顔が明るくなる。
「あ、あるかも。店長、店長、もしかしたら手伝ってくれるかもしれない人が居る」
「本当! それはロハで?」
「うん、もしかしたらだけど、今日勝ったのがあっちなら協力してくれるかもしれない」
明るくなったシュラが何度も頷いた。興奮で鼻息荒く、その人物の名前を叫んだ。
「セバスさん、て言うの。運命祭の初日夜にわたし達に協力をお願いしに来た人」




