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運命祭  作者: AAA
二回戦
14/22

つまり、わたし達が信用できないんですね

 運営本部、貴賓室に入ると壁に旗を持った乙女の絵画が視界の端に飛び込んでくる。中央に置かれた巨大なテーブルにはカラの血痕が残り、絨毯にも赤黒いシミが点在していた。テーブルを挟んだ対面に、シトロン、ハイス、プランデの順に椅子に座っており、プランデの後ろにはメイドが三人控えている。

 前回を焼き増したような光景であったが、二点違うところがある。部屋に入ってきた人数が二人、シュラと店長だけである事と、用意されている椅子も二脚しかない事だ。

 カラが誘拐されてから既に二日経過しているが、状況は芳しくない。大量にあった手がかりは全てダミーで、どの手がかりを調べても、途中で行き詰った。今日、現場の調査からやり直しているが、外は激しい雨が降っている。初動で見つけられない僅かな痕跡を雨が洗い流してしまう可能性が高かった。

 カラが居ない所為か、ハイス達の顔には余裕が見られ、逆に店長の顔には苛立ちが見え隠れしていた。シュラと店長は空いている席に座る。

 店長が営業スマイルを作り、頭を下げる。


「本日もお時間を割いて頂き、ありがとうございます。カラは所用で欠席となりますが、ご了承下さい」


「カラは誘拐されました」


 シュラは自分の隣に空いたスペースを一瞥して言った。前回カラが居た場所だ。


「これはチャンスです」


 ハイス達が顔を見合わせる。言葉の意味を探ろうと、シュラと店長の間を視線が行ったり来たりする。


「あの馬鹿に妙なまねをされずにすみます。脅しのない対等なお話ができるようになりました」


 シュラの淡々とした喋り方が、シトロンとハイスの表情を余裕を持ったものから探るようなものに変えさせる。プランデは口元を袖で隠し、メイドの一人となにやら相談を始めた。

 緩んでいた空気が張り詰めて来た。

 店長が唾を飲む。真っ直ぐ前を見つめたシュラの横顔を、畏怖を持って見つめる。


「だから、単刀直入に教えて下さい。携帯黒板と賭け事する場所を作るのに、そちらが欲しい物は何ですか?」


 シュラがシトロン、ハイス、プランデの順に顔を動かす。シトロンは正面から見つめ返し笑い、ハイスは探るように目を細め、プランデは居住まいを正した。


「わたしの望みは前に言った通りです。皆の運命祭ができればいいんです。

 店長の望みは、もっとお店が儲かる事です。これが成立したら、沢山お金が入るから、問題ありません」


「その通りです」


 店長がシュラの言葉を肯定する。前回はカラと店長に連れられてきたように見えたシュラだが、今は逆に店長を従えているように見える。


「だから、そちらの望みを教えて下さい。できる限り望みを入れた内容にします」


 シュラが迷いなく言い切った。前回突きつけられた無茶苦茶な条件なんてなかったように振る舞っている。

 シトロン、ハイス、プランデの視線が交錯する。お互いの腹を探り合う時間が過ぎ、最年長のシトロンが口を開いた。


「シュラさんや。何でそこまでこちらにへりくだるんだい?」


「何で、とは?」


 シトロンが目元の皺を増やす。玩具を見つけた子供みたいに目が輝いている。


「カラの坊やの事にしても、交渉条件にしても、黙っとりゃ良かったんだよ。そしたら、そこから何か貰えるかもしれないだろう?」


 シュラは静かに首を横に振った。


「それをしていたカラはあなた達の信頼を手に入れられませんでした」


 シュラは何かを反芻するように目を閉じる。そしてゆっくりと瞼を開いた。

 瞼の裏に現れるのはカラ。出会ってから誘拐されるまでの一挙一足が思い出される。


「きっと、カラは皆を信じてないんです。だから、あんな事をした。でも、わたしのやりたい事はカラのやり方じゃ駄目なんです。だから、わたしは皆を信じます」


「信じる?」


 プランデが漏らした疑問に、シュラは頷く。


「皆もこの運命祭を楽しみたい、て信じます。楽しみ方は人それぞれかもしれないけど、でも出来レースなんか面白くない、て思ってくれると信じます」


 シュラは深く息を吐き、間を取る。誰も声を上げようとしない。


「わたしは味方が欲しいんです。信頼してくれる味方が必要なんです。だから、この程度のことは隠しません。だって、皆、知ってる事でしょう」


 シュラは前回カラがいた空間を指差した。そこに必要なはずの椅子が一脚ない。シュラも、店長も、この場に来る人数を連絡していない。カラが誘拐された事を知らなければ、不可解な対応である。


「なるほど、それが理由か。羨ましい程、真っ直ぐだな」


「リスクの排除ですか。シュラさんはなかなか肝が太いですわね」


 ハイスとプランデがそれぞれの感想を述べる。シトロンは口を開かず、目じりを下げた。


「こちらからは、先ほどシュラが述べた二点のみです。そちらの条件を仰って下さい」


 店長はシュラの後押しをする事に決めた。カラを誘拐されて、それでもこの場に立つ事を選んだ女の子を、できる限り応援する。

 ハイスがテーブルを指で叩くと、空中にスクリーンが現れた。既に三つの大一族の間では調整が済んでいた。テーブルの上を滑る指先に合わせて、スクリーンが拡大されていく。


「既にこちらの調整は終了している。こちらからの条件は、スクリーンに書いてある通りだ。大まかには一〇項目になる。一つ一つ説明しよう」


 ハイスが野太い声で、各条件を丁寧に読み上げていった。時折、具体例を追加しながらの語り口は聞くものを飽きさせず、解りやすいものだった。専門知識のないシュラを気遣っての事だろう。


「……と言う事になる。」


 ハイスの話が終わると、すかさず店長が口を開く。その顔は厳しいものだった。


「利益、費用に関しては概ね問題ありません。携帯黒板と掲示板の連動による利益の取り分は、こちら側にも必要利益がありますので、後で摺り合わせ願います」


「ああ、かまわない」


「わたくしも、それで良いですわ」


 携帯黒板に関わる二人が了承する。ここまでは規定路線、店長も予想していた展開だ。順当な条件と摺り合わせ、真っ当な取引である。

 店長は下腹に力を込める、。本番はこれからだった。この先は妥協できない条件しかない。


「そんな事より」


 店長より先に、シュラが他の条件について言及する。


「賭博場からわたし達を締め出した理由を教えて下さい」


 シュラがスクリーンの後方を指差す。そこには、賭博場は運命祭運営委員会で運営する、と明記されていた。


「そして、その前の項目についても、ご説明願います」


 語気を強め、強調する。最期に言及した条件が、最大の問題だ。

 シュラが予選大会中に敗退した場合、それによって生じる損失をシュラが補填しなくてはならない。損失はハイス、シトロン、プランデが算出する、とされていた。

 シュラが負けたらシュラはハイス達が預かる、と言う宣言に他ならない。少なくとも、携帯黒板が赤字のうちに負ければ、その赤字を全てシュラに背負わせるつもりだろう。

 店長が譲歩できる範囲を逸脱している。


「それじゃ、説明させてもらうかね」


 それまで黙っていたシトロンの口が開いた。


「まず賭博場だね。これはいいアイディアだ。うん、あの坊やを褒めて上げてもいい。

 だがね、これはあたしらだけじゃできないよ。関わる一族の数が多すぎるんだよねぇ。運営委員会で運営しなけりゃ、どう間違っても、通らない」


「では、こちらには一切利益を寄越さないと?」


 店長の冷え冷えとした声が、場の温度を下げる。冷風を直接受けているはずのシトロンは、眉一つ動かさず応えた。


「ま、アイディア料はくれてやるから、それで我慢しな」


 店長は悔しそうに奥歯を食いしばる。シトロン、ハイス、プランデは涼しい顔だ。絶対的有利な状況から来る余裕だろう。

 実際、店長とシュラがどれだけ頑張っても、大規模な賭博場は作れない。この件に関しては、目の前にいる大一族が主導権を握っているのだ。


「店長、落ち着いて、賭博場はそうしないと絶対開催できないんですね?」


 シュラが店長の手を、自分の手で包み込む。その手は震えていた。店長が横を見ると、顔を真っ赤にして悔しがっているシュラが居た。


「無理だね。

 あたしらだって、内輪でやれりゃあそれが一番だよ。それが一番おいしいからね。

 だがね。あたしらが始めれば、規模が大きすぎて、他の大一族から総スカンを食らうわけさ。ま、一週間もしない内に、賭博場は閉鎖になるだろうね」


「分かったわ。それならアイディア料だけでいいです。その代わり、そちらは弾んで頂きます」


 シュラが最期の足掻きを行うが、シトロンは鷹揚に笑うだけだ。この話を打ち切るように、ハイスが残りの点について理由を述べる。


「後は、リスク回避の為だ」


 店長の頭に血が上り、怒りに任せて机を叩く。


「一二歳の女の子の人生を生贄にする事が、リスク回避程度で許されるわけがないでしょう!」


「リスク回避程度と言うが、私達の下には何百と言う一族が居るんだ。かすり傷程度でも、誰かの人生が狂う。私達は彼らを守る義務がある。リスク回避は必須事項だよ」


 ハイスの言葉には、その手に乗った人々の価値を表す重さがあった。小さいながらも店を経営する店長には、その重さの一端が分かる。それだけに何も言えなくなってしまう。


「どんなリスクがあるんですか?」


 沈黙した店長の代わりに、シュラが尋ねる。その声には淡々としていて、それだけに中で渦巻く感情の激しさを感じさせる。


「例えば、勝手に掲示板を止めてしまう可能性もある。我々に持ってきた企画は囮で、本命の企画を他の大一族に提案する事で、私達の影響力を削ぐのが目的かも知れない。最低限の担保がなければ、頷けない」


「つまり、わたし達が信用できないんですね」


 シュラはハイスの言いたい事を端的に述べる。


「君達、というより、ここに居ない彼だな」


 ハイスがシュラの隣の何もない空間に目を移す。


「カラにもう、貴方達を脅させたり、騙したりさせません」


「ここに居ない人間を糾弾するとは、やり方が少々下品ではありませんか」


 シュラと店長が抗議するが、ハイスは黙殺する。代わりに応えたのはプランデだ。


「卑怯だとは思います。ですが、一度脅されたわたくし達は、こうでもしないと枕を高くして眠れませんの。ご理解頂けませんか」


 上品な微笑の中に、優越感が見え隠れしていた。他の二人にも同じものが見え隠れする。

 シュラは自嘲する。もう、自分達にはこの流れは変えられない。そのまま条件を呑むか、交渉を破談にするしかない。


「二人の命で入場料か」


 シュラの呟きに、店長が怪訝な顔をする。しかし、問いただす事はせず、店長はハイス達と向き直る。決意を固めた顔で、口を開く。交渉決裂の為だ。利益を考えると惜しいが、シュラを生贄にした金は欲しくなかった。金は真っ当に稼ぐからこそ、美酒となりえるのだ。


「わ」


「分かったわ。そっちの言い分は正しいと思う」


 店長の声に、シュラの声が被さった。驚愕の表情に変わった店長がシュラの方を向く。力の抜けた自然な笑顔があった。


「賭博場の運営にわたし達が手を出すのは無理なのも、わたし達が信用できないのは分かる。どんなに言い訳しても、カラが脅したのは事実だもん」


「じゃあ、この内容でサインするのかい」


 シトロンが残念そうな声色で尋ねた。シュラは首を横に振る。この条件は到底受け入れられるものではない。


「取り敢えず、賭博場、それにわたしが予選を勝ち残れなかった時の項目もそのままでいいわ」


「シュラちゃん!」


 店長が叫び、立ち上がる。その背後で椅子が倒れる音がした。店長はシュラ肩を掴んで体ごと、自分の方を向かせる。


「早まっちゃ駄目。こんな不利な契約したら、後で大変な事になる。わかってる? このままじゃシュラちゃん負けたら、こいつらの玩具になるよ。

 こんな陰険野郎共に、屈しちゃ駄目」


 店長がハイス達を指して言った。既に頭の中から、目の前に居る三人が大一族の長達である事が抜け落ちてしまっているのだろう、凄い量の毒舌が後に続く。


「……カブツで変態で腹黒で趣味悪くてきっと足も臭くて、あと、それから、それから」


「分かってる。大丈夫、店長には迷惑かけないから」


 シュラはやんわりと肩を掴む手を外し、ハイス達と向きなおった。頬を引きつらせた三人を見据える。


「さっき言った条件はそのままで良いわ」


「……そうか」


 ハイスが重々しく頷いた。シトロンとプランデも異論はないのか、口を挟もうとしない。


「それと、予選を勝ち抜いた後も契約は続行よ。

 そうでなくちゃ、今度はこっちのリスクが大きすぎるわ」


 シュラは、いいわね、と視線を強めた。

 メイドがプランデに近寄り、耳打ちをする。プランデは小さく頷いた。


「構いませんわ。但し、予選大会終了以降は利益が出ている間だけ、と言う文面を加えて頂ければ、ですけど」


 シトロンとハイスも、必須項目だ、と頷く。


「ええ、良いわよ」


 シュラはあっさり頷く。この企画を持っていく時、店長とカラから採算性について聞かされている。それに拠れば、予選大会三回戦終了までには黒字に転じるらしい。

 シュラは二人の予測を信じていた。利益が出ないなんて、微塵も考えていない。

 この後、シュラと店長はハイス達と時間が許す限り摺り合わせを行った。時間が勝負の企画である。誰かが同じような企画を出す前に、完璧なものを出さなくてはいけなかった。企画は細部まで徹底的に練りこまれた。

 打ち合わせが終わり、シュラと店長が中央会館から出る。空に星が瞬いていた。既に雨はあがっており、道も乾ききっていた。雨の香りと風に運ばれてくる肌寒い空気だけが残されている。

 シュラは大きく背を伸ばす。ひじや背骨がポキポキと可愛らしい音を奏でる。首を回し、その場で屈伸をし、一通り体を伸ばしたシュラは、店長に小さく頭を下げた。


「店長、儲けが少なくなってごめんね」


「そんな事より、自分の事でしょ。あんな約束して、負けたらどうするの?」


 店長がシュラに非難めいた目を向ける。


「ちょっと怖いけど、大丈夫。わたしの命が掛け金になっただけだもの」


 店長が絶句する。

 シュラは小さな足音をたてて歩き出した。店長が慌ててそれを追う。


「一番最初に、カラが言っていた。わたしのやる事は命がけで、わたしとカラの命を賭けてもようやく、入場料が支払える位とんでもない事だって」


 シュラが空を見上げる。雲ひとつない夜空が広がっている。


「その意味をわたしは知らなかった。お父さんとお母さんが誘拐される、て脅されて、カラが誘拐されて、わたしの残りの人生を賭けて、ようやく分かった」


 両手を大きく広げ、夜風を、星の瞬きを全身で受け止める。白いドレスが淡く光り、金色の髪が輝く。シュラの輪郭を儚げに揺れていた。


「でも、最初に決めちゃったの。カラが何度も何度もわたしを止めようとしてたのに、わたしはやる、て決めちゃったの。

 だから、この程度の事なんでもない」


 シュラが後ろを振り返り、歯を見せて笑った。店長はシュラに向かって手を伸ばした。手のひらが上を向いている。握手ではない。


「分かった。だけど、負けた時の負債は、うちも被るよ。あの場でうちは何にも言えなかった。シュラちゃんに全部決めさせちゃった」


 店長が悔しさを滲ませる。


「だから、シュラちゃんの負担を半分こ、しよ」


 シュラが瞳を潤ませる。


「ありがとう、店長。二人目の味方ができちゃった」


 シュラは店長の手のひらを両手で握り締める。


「だけど、あんまり悲観しなくていいわ」


 無邪気な笑みを人の悪い笑みに変化させた。


「ここまでは予想通りだから」


 シュラの言葉に、店長は目を点にする。シュラは懐から紙束を取り出した。カラ製作トラブルシューティングだ。


「あの馬鹿ラ、今回の打ち合わせで無理難題、言われる事が分かってたみたい。この中に、その対処法とか最低限取り付ける約束の内容が書かれてたわ」


 呆れ顔をしたシュラがトラブルシューティングの表紙を叩く。店長がシュラの手から、紙束をひったくると、乱暴にページを捲った。


「本当だ。カラ君、ここまで予想してたの」


 店長が紙束を開いたまま、呆然としている。


「それで、その次のページに書いてあるんだけど、携帯黒板の販売と賭博場の開設が出来れば、後はどうでも良かったみたい。賭博場はあの三人がやれば、そこにわたし達が食い込む必要はないんだって」


「何で、それじゃ儲からないじゃない。カラ君、お金が要らないの」


 店長は紙束の上を踊る字面を何度も読み返すが、書いてある内容はシュラの言う通りだった。儲けを考えていない方針に、店長は首を捻り続ける。

 シュラが申し訳なさそうに眉を下げる。


「そこは店長に悪い、と思った。けど、わたしの目的は皆の運命祭だから。だから、その為に最低限必要なものが、さっき言った二つ」


「携帯黒板と賭博場」


 店長が独り言のように呟く。シュラは首肯する。


「何でか、て言うとね。

 皆、糸紡ぎの一族や英雄だけじゃなくて、世界中の皆に真剣になって貰うため。少しでもたくさんの人が、運命祭を見続ければ、あからさまな不公平をしづらくなるから。

 これも、そいつの受け売りだけど」


 シュラが紙束を指差した。


「だから、ここまでは予定通り。状況は厳しいけど、まだ勝つ目はあるわ。それに、携帯黒板が上手くいけば、沢山儲かるから、店長の目的も叶うわよ」


 店長は半笑いになった。カラに上手くやり込められた事に、悔しさが広がる。


「はぁ、釈然としないけど、分かった。一緒に頑張ろう」


「うん」


 エイエイオー、とシュラと店長が夜空に向かって、拳を突き上げた。

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