確実な方法をとったつもりですが、問題ありましたか?
大広間でシュラが自分の思いを宣言して五日過ぎた。シュラ周囲に大きな変化はない。誰かが協力を申し出る事も、誰かから妨害を受ける事もなく、忙しいが平穏な日々が続いた。変化があるとすれば、時折、客から激励の言葉をかけられるようになった事位だ。
シュラはカラと店長を伴って再び中央会館に来ていた。係の女性に連れられ、中央会館最上階の廊下を歩いている。
廊下は金縁の真っ赤な絨毯が敷かれ、木製の壁には唐草模様が彫られている。薄手のカーテンが日差しを和らげ、防音装置を使っているのだろう外界の音が一切聞こえない。高級感が漂う。
シュラ達の格好も雰囲気に合わせたようにフォーマルなものになっている。シュラは先日の発表で着たレースのついた白いドレスに、絹でできた手袋、鏡のように磨かれたローファーを身に着け、頬と唇に軽い化粧をしている。金糸と見間違えるほど丁寧に梳かれた髪は、揺れる度に甘い匂いを振りまく。今日の為に、シュラと店長、そしてルマガズンの女性店員が選びぬいた一品である。
その後ろを歩く店長は、普段は結いまとめている髪を下ろし、糊の利いたグレーのスーツを身に纏っている。唇は桜色に色付けし、薄めのアイシャドーを目元に乗せ理知的な雰囲気を演出していた。主役のシュラを喰ってしまわないよう、全体的に地味な印象だが、普段の健康的な姿とは一八〇度違う装いである。
先頭を歩くカラも普段着て着る背広ではなく、新しいものの封を切っている。デザインが変らない為大きな変化はないが、袖のほつれやボタンの傷がない背広はそれだけで、品を一段階押し上げていた。
完全武装した三人であるが、まったく意味がなかった。シュラと店長は明らかに気後れし、腰が引けている。恐る恐る歩くさまは不恰好で、服装とまるであっていない。カラは気後れなどしていなかったが、子供のように口を上げて右へ左へ首を振る事に忙しい。田舎から出てきたおのぼりさんそのものである。
「こちらになります」
係りの女性が木製の扉の前で立ち止まる。よく磨かれた真鍮製のノブが付いているだけで飾り気のない扉だが、どれだけ目を凝らしてもつなぎ目が見えない。巨木から扉一枚を切り出したのだろう。
「失礼します。お客様がいらっしゃいました」
「ああ、入って貰ってくれ」
扉越しに野太い男の声が聞こえ、係りの女が扉を開けた。
貴賓室は小さな部屋が二つ、三つ入りそうな大きさで、壁に旗を持った乙女の絵画が飾られ、中央にテーブルが置かれている。テーブルは巨大な木をそのまま輪切りにして脚をつけたもので、扉の手前側と奥側に木製の椅子が三脚づつ置かれている。この椅子もつなぎ目はなく、一つの木材から削りだされたものだ。
シュラと店長は扉をくぐった所で脚を止める。刺すような視線と、張り詰めた空気が二人の体を絡めとった。
扉の奥側、上座に位置する椅子に座った三人が張り詰めた空気の原因である。左から、ゴスロリ服を着た老女、巨体をスーツに包んだ角刈りの中年男、後ろに三人のメイドを控えさせた少女。三者一様に鋭い視線でシュラ達を迎え入れた。
異様な空気に戸惑うシュラと店長の脇を抜けて、カラは一番扉に近い左端の席に座った。シュラと店長に手招きをする。
「シュラさん、店長さん、早く座りましょう。話はそれからですよー」
カラの気の抜けた声に、シュラと店長の体から強張りが取れる。中央の席にシュラ、右端の席に店長が腰を下ろした。
間を置かずカラが立ち上がる。
「初めまして皆様。本日はお忙しい中お時間を割いて頂き、ありがとございます。
本日の進行を勤めさせて頂くカラです。未熟者ですが、よろしくお願いします。
こちらは、私達のリーダーとなるシュラ」
「よ、よろしく、お願いします」
シュラが立ち上がって頭を下げる。緊張しているのか表情は硬かった。
「その隣が、私達に協力して頂いてる方々の代表、シチエです」
「ルマガズン店長のシチエ・ジンフクです。若輩者ですが、よろしくお願いします」
店長がそつなく頭を下げた。堂々とした様子だが、普段より顔に血の気がない。
店長が着席すると、対面に座った三人の内、体格のよい中年男が口を開く。
「丁寧な挨拶をありがとう。私は炭焼きの一族の長、ハイスだ。主に工業関係のとりまとめをやっている。とは言っても、実際は右から聞こえてきた罵倒を綺麗な言葉で左に流すだけの仕事だがね。ハッハッハッハッ」
部屋中が震えるような大声量で笑うハイスだが、目つきは鋭いまま注意深くシュラたちを値踏みしていた。
「座ったままで失礼するよ。あたしゃ、シトロン。水汲みの一族の長だよ。食料関係の相談役みたいなものだね」
次に名乗ったのは、ゴスロリ姿の老女だ。しゃがれた声が粘りつくように這い回る。
最後に残った少女が卒のない笑顔を見せた。着ている白いドレスに負けない純白の笑顔が花咲く。
「はじめまして、わたくしはロクロ回しの一族代表プランデと言います。主に運送関係のとりまとめをしております。とは言っても、まだ十歳ですので、実質的な業務は後ろに居るプランドレ、プランドロン、プランドレントの三人がやってくれています」
後ろに控えるメイド三人が一斉に頭を下げる。わずかなズレもない。
そして、とプランデがシュラの方を見ながら、言葉を重ねた。
「今日はシュラさんに会いたくて来ました」
「わ、わた……わたしにですか?」
自身を指差すシュラにプランデが微笑んだ。笑い方、細かな仕草、着ている服の格、全てが違いすぎる女の子からの突然の指名に、シュラは目を白黒させる。
「はい、掲示板で成功を収めたシュラさんを一目見たかったんです。わたくしより二つしか年上でないのに、お一人で事業を始められるなんて、どんな方だろう、とわくわくしていました。昨日なんて、興奮で眠れなかったぐらいですよ」
プランデの絶賛に、シュラは赤くなった頬を人差し指でかいた。口元が喜びでにやけている。
「まぁ、たわいない」
プランデが口の中で嘲るが、照れているシュラには聞こえなかった。しっかり聞き取っていたカラは、素晴らしい演技だと心の中で賞賛する。
炭焼きの一族の長 ハイス、水汲みの一族の長 シトロン、ロクロ回しの一族代表 プランデ、彼らはそれぞれの担当範囲を取りまとめる、会社で言う社長に近い立場だ。他にも医療福祉、教育、金融等をまとめる一族の長がおり、彼らの一族を大一族と呼んでいる。
この大一族の下に店長の馬乗りの一族や、一回戦審判をしたナマコ男の山猫の一族、開会式で司会をしたアオイ・セイカイの海狩りの一族等、中小一族がいる。基本的には、大一族からの命令に従い商売を行っている。
「それで、話というのは何だね?」
自己紹介が終わったところで、ハイスが早速本題に切り込む。
「私達はこの時間にここに集まって欲しい、と言う招待状しか貰ってないんだよ。下らない話なら、ただでは済まんよ。正直、私の秘書がどうか参加してください、と言わなければ、参加するつもりはなかった位だからね」
ハイスが懐から紹介状を取り出すと、両隣に座るプランデとシトロンの眉間にしわが寄った。
「ええ、承知しています。皆様を呼び出すために、色々と無茶を行いましたので、内心穏やかではないでしょう」
部屋の空気が数度下がった。ハイス達が鋭い視線をカラのにやけた顔に向ける。全員顔色に変化はないが、その瞳には少なからず怒りの色が見て取れる。
「カラ? 何、言ってるの? 招待状を送って、後は運に任せる、て話だったじゃない」
シュラがきょとん、とした目でカラを見上げる。
「それ嘘です。
確実に着て頂く為に、脅迫しました。
ハイス様の秘書には、最近できたお孫さんについて話して、プランデ様にはあなた以上の天才という噂と、後ろに控えるメイドさん達の知人友人について、シトロン様には手紙で思い出話について、ちょっと脅かしてみました。
ハイス様のガードが硬すぎて、直接脅せなかった事が不安材料でしたが、皆さん来て頂けて助かりましたよー。アハハハハハーーーーーーーー」
「カラ! 何考えてるのよ」
顔を真っ青にしたシュラが椅子から立ち上がる。引きつった顔をした店長は視点が覚束なくなっている。
「確実な方法をとったつもりですが、問題ありましたか?」
「大有りでしょ! このバカっ!」
軽い調子のカラをシュラは鈍い音と共に地面に沈めた。腹に二発、脚に一発、更に崩れ落ちてきた顔の鼻面に一発、計四発のパンチが一呼吸で繰り出された。
更に追い討ちで、シュラがカラの後頭部を踏み潰す。ダンッ、と毛深い絨毯の上で聞こえるはずのない音が、部屋中に木霊した。室内を静寂が支配する。
誰も一言も発しようとせず、息を殺して一二歳の少女に注目している。
シュラはゆっくり脚を上げ、躊躇いなく振り下ろす。何度も何度もカラの後頭部を踏み潰す。一切の遠慮がない。
「何考えてるのよッ! これから協力してもらう人たちをっ、脅してどうするのっ! これじゃあ、お願いする前から失敗するに決まってるじゃないのっ」
シュラの体が宙を舞い、両足を一斉に叩き下ろす。絨毯から一際大きい音が鳴り響いた。シュラの足元から呻き声が応える。
「そこはシュラさんの溢れる情熱でカバーです」
「死ね」
シュラは手近にあった椅子を振り上げると、椅子の角をカラの頭に叩きつける。再度振り上げた椅子の角に紅の塗料がついていた。
更に勢いをつけて二度、三度振り下ろす。
「はぁ、はぁ、はぁ」
目標を完全に沈黙させたシュラは頬に付いた赤いものをハンカチでふき取り、ハイス達に頭を下げる。
「皆さん、うちのろくでなしがご迷惑をかけて、ごめんなさい。謝ってすむことじゃないけど、ごめんなさい。もう二度とこんなことができないようにします」
正気に戻った店長が額をテーブルにこすりつける。
「申し訳ありません。申し訳ありません。このバカは確実に矯正させます。
どうか、このバカのした諸行をお許し下さい」
テーブルを挟んで反対側に居る面々の顔色が悪い。全員、青か白色になり顔が引きつっていた。数秒後、カラの呻き声が聞こえてきて、ようやく顔のこわばりが緩まる。
「あ、ああ、まぁ、分かった。どうやら脅迫は、そちらの男の暴走だったようだね。取り敢えず、血が付いた家具を弁償して貰う。残りの賠償は話を聞いてからにさせて貰おう」
ハイスは落ち着いた様子で頷くが、顔色はまだ青い。
「あたしゃ、そこで倒れている坊やのやった脅迫の手口を教えてもらえりゃ、話ぐらいは聞いてやるさね。もっとも、脅された分は他できっちり返してもらうがね」
シトロンは興味深げに痙攣しているカラを眺める。
「お二人ともありがとうございます」
店長がテーブルに頭をこすりつける。目の端には涙が見えた。
「プランデさんは?」
シュラが恐る恐る視線を移すと、プランデは突如その場に直立する。紙のように白くなった顔がぎこちない笑みを作るが、歯の根が合っていない。
「は、はい、依存ありません。シュラ様」
「シュラ様?」
プランデの呼び方にシュラは首を傾げたが、ありがとうございます、と礼を述べるに留まった。取り敢えず三人とも許してくれたようなのでシュラは安堵する。
シュラの緊張感が緩んだ瞬間、プランデの後ろに控えるメイドの一人が一歩前に出た。
「恐れながら、私達の知り合いで脅迫された件につきましては、後で責任と賠償を頂きます。プランデ様、よろしいですね」
メイドは更に一言、二言プランデの耳元で囁く。プランデは目を見開き、すぐさま最初に見せた完璧な微笑を浮かべる。
「そうですわね。シュラ……さん、それでよろしいでしょうか?」
上品な口調であったが、言葉の端が震えていた。
「ええ、問題ないわ。このバカにはしっかり責任を取らせないとね」
シュラは何の感情も読み取れない顔で、再度カラの後頭部を踏み抜く。パン、と小気持ちよい音が鳴った。カラの顔が床板を割り、中に埋め込まれた。
「ちょっとごたごたがありましたけど、わたし達の提案を説明します」
シュラの言葉に合わせて、店長がポケットから取り出したボールを机の上に置いた。ボールから光線が発生し、空中に映像を投影する。
「わたし達の目的は、運命祭における派閥の力の削減です。今の派閥は運命祭のルール自体に干渉して、最初から自分達に有利なルールにしています。
わたしはそれに納得できなくて、どうにかしたい、と思いました。店長も、そこの馬鹿、カラもその為に色々協力してもらっています。
運命祭は派閥の人達だけじゃなくて、皆の運命祭です。だから、今の出来レースみたいな運命祭で、派閥以外が優勝できるだけの余地を作りたいんです。
その為には、わたし達だけじゃ駄目なんです。派閥に入っていない人に、ううん、派閥に入っている人にも、わたしの考えを知ってもらわなくちゃ駄目なんです。
お願いします。皆の運命祭の為に協力して下さい」
シュラはカラや店長と共に考えた原稿を、殆ど間違わずに言う事ができた。
「なるほど、君達の理想は分かった。それで、私達に何をしてほしいのかね」
ハイスが単刀直入に尋ねる。淡々とした口調で、シュラの言葉に何も感じてないようだ。
「それは……」
シュラは未だ倒れているカラに視線を落とすと、軽くわき腹を蹴る。床の下から呻き声と悲鳴が聞こえた。
「カラ、あんたが説明する手はずでしょ。
さっさと起きなさい。起きないとスペシャルだからね」
「それでは、説明させて頂きます」
一瞬で立ち上がったカラが血らだけの顔を笑顔に変えて説明を始める。
「皆様にお願いしたい事は、掲示板の事業拡大です」
カラは懐から計画書を取り出し、全員に配った。メイド達を含めた九人、全員分ある。
「詳しい内容はお手元も資料を見て下さい。
簡単に言いますと、掲示板の仕事がパンク寸前です。店舗で受け付けていては需要に供給が間に合いません。そうなれば、他の店が事業に参入し、価格競争になる事が予想されます。実際、そういう話が立ち上がっており、このまま後一週間も過ぎれば、同業者が出てきます。
そこで、価格競争になる前に、新しいオプションを作り、需要の開拓と取り込みに力を入れたいと思います。そして、新規参入が不可能だと思い知らせます」
「ふむ、これはその為の装置か」
ハイスが企画書の中に書かれた四角い箱のような絵を指差す。手書きの絵はお世辞にも上手くなかったが、図に書き込まれた文字と本文のお陰で、どんなものか判別可能である。
「はい、携帯黒板と名づけました。現状、皆さんが使われている端末の機能を制限し、掲示板のみ使用できるようにします。
売りは、いつでも。どこでも掲示板を閲覧でき、自分の伝言を掲載できる事。それも一日の回数制限はありません、無制限に閲覧、掲載ができます。もちろん、その度に料金を頂く予定です」
「つまり、今までより便利になるんですね」
プランデが計画書から目を離さずに言った。
「その通りです。その分、初期費用と維持費が高いので、売れなかった場合は大変です。しかし。現状を見る限り飛ぶように売れるでしょう」
「しかし、この値段では赤字だな」
装置の予定価格を見たハイスが渋面を作る。そこに書かれている値段は、原価ぎりぎりだった。よほど大量に売らなければ、利益は出ないだろう。そして携帯黒板を使えるプラットフォームの維持を考えれば、完全に赤字になる。
「携帯黒板自体は安く、その代わり書き込む時、必要となる料金を割高に設定します。万年筆がどれだけ安くても、インクやペン先が高ければ元は取れる商法です」
「ふん、そんなのはねぇ、基本だよ、基本。手垢の付いた商法だね」
胸を張るカラに、シトロンのしゃがれた声が冷や水を浴びせる。しかし、カラはより一層の確信を瞳に宿した。
「う~ん、私の時代では画期的な商法だったので、もっと驚いて頂ける、と思っていました。これは嬉しい誤算です」
「ヒャッヒャッヒャッヒャッ、嬉しいかい。なかなか頭のいい子だ」
魔女のような笑い声が響き、シトロンの目が細くなる。カラも合わせて笑った。
「ええ、こんな未来にもこの商法が受け継がれている、という事は、それだけ確実性の高い商法になります。私の考えに間違いがなかった証明になりました」
ありがとうございます、と頭を下げるカラに、シトロンが試すように言う。
「なら解せないねぇ。なんでわたしを呼んだんだい?
ハイスのハナタレ小僧とロクロ回しのお嬢ちゃんは分かるよ。工業と運送、この二つは必要だ。だがね、わたしゃ食い物関係の相談役でしかない」
「先ほどうちのシュラが掲げた理想に同調して頂けそうな大一族が、皆様しか居ませんでした。他の大一族は既に他の派閥に組み込まれています。少しでも仲間がいませんと、これだけ大きな事業は失敗します」
「なるほどねぇ。あんた、ふざけてんのかい? わたしに旨味はないじゃないか」
シトロンが目を細めて、カラを睨む。
「メリットはありますよー。携帯黒板での宣伝権を一任します」
「宣伝じゃなくて、宣伝権かい」
「はい、その方が嬉しいでしょう? この携帯黒板が販売されれば、運命祭参加者のかなりの人数が購入するでしょう。その掲示板で、商品の宣伝が出来るのは大きなメリットです。宣伝したいと考える小売店は多いのでは?」
「そいつらから、金を取って宣伝させる、と? やだね、そんな嫌われ役は」
シトロンが鼻で笑いそっぽ向く。
「いえ、宣伝権はただで差し上げてください。
その代わり、宣伝を欲する一族に対して、皆さんへの支持をお願いしたらどうでしょう? 一つ一つの支持は小さくとも、数が揃えば、大一族も無視できないのでは? 他の大一族の買占めや需要の絞りに対する牽制になりますよー」
「そんなものいらないねぇ。こっちは今のままでも十分さ」
シトロンの言葉を受けて、カラが嘘を吐くなと薄く笑う。
「現在、医療品、丈夫な布の衣服、鋼材、どれも値上がりしてます。上げ幅は微増ですが、確実に加速度的に値上がりが起こっています」
ハイス、シトロン、プランデ達の顔色を変える。その顔には、何でそこまで知っている、と書かれていた。
「これらは全て、運命祭の現王派もしくは新王派の大一族が仕掛けている戦争です。英雄同士を戦わせる為に必要な物資を、独占しようとしています」
戦争に強いアクセントが置かれた。
「皆さん、この運命祭のルール説明は可笑しかったです。普通なら対戦者同士の英雄が競い合う、で良いところを、戦う、と表現しています。これは恣意的なものでしょう」
カラは誰の疑問も許さぬと断言した。
「更に、思考を誘導しやすい子供達を最初に対戦させる。彼らは、ルール説明で聞かされた戦う、と言う言葉に引きずられ、殴りあうような戦いしか考えなくなります。隣に英雄が居ますが、英雄にしてもよっぽと天邪鬼な性格でなければ、まず戦闘を考えるでしょう。基本、そう言う英雄が優先して呼ばれていますからねー。
無論、時間があれば、別の案が出たかもしれません。しかし、たった二、三日、しかも、皆さんが戦闘ばかりやってる状況では早々思いつけるものではありません。
重要なのは、それにより戦闘と言う形の戦いが増え、医療品や防具、武具に必要な素材が大量に買われ、値上がりしている事です。そして、派閥に協力している大一族が、それにより利益を稼いでいる事です」
「ずいぶん、恣意的な見方だな。戦う、と言われたからって、全員が戦うとは限らない。もし多くの糸紡ぎの一族が戦闘を行わなかったら、まったく無意味な行為だ」
ハイスがカラの反応を探るように、その瞳を覗き込む。カラは顔色一つ変えずに応える、
「いいえ、無意味ではありません。仮に誰も戦闘を行わなければ、それはそれで良いんです。運命祭はそう言う傾向だと分かります。買い占めたものは適正価格で販売したら、たいした損になりません。
手間に比べるとリターンが大きいです。ちょっと言い方を変えるだけですからねー。その場で可笑しさを指摘でいる人間なんていません」
シトロンがしわだらけの顔を皺くちゃにして笑った。模範解答をした生徒に満足する教師のようだ。
「で、それがどうしたって言うんだい。確かにあんたの言う通り、特定のものがちぃとばかし値上がりしてるがそれだけだ」
「シトロン様は人が悪いですねー。
他が値上がりした分、あなたの管轄は利益が減ったでしょう。お金の総量が変らない以上、一部の値上がりで圧迫された家計は他で節約しなくてはいけませんからねー。それは大一族間での発言力に影響しているんじゃないですか?」
シトロンの顔が苦々しく歪む。
「このままでは発言力そのままに、現状の価格を是としなくてはいけなくなるでしょう。そうなれば、シトロン様達は売るために値下げしなくてはいけなくなるでしょうねー。しかも、どの派閥が優勝しても、薄利多売が続きます。むしろ、新しい王がそれを奨励するかもしれません。
数は力です。その力を手に入れられるチャンス、これは皆さんにとってメリットになりえませんか?」
カラが、ハイス、シトロン、プランデを順繰り見つめる。どの顔にも、否定的なものはなくなっていた。
長い沈黙の後、シトロンが渋々ながら頷く。
「確かに検討する価値はあるねぇ」
「じゃあ」
シュラが腰を浮かせる。喜色に染まるシュラに、シトロンは意地の悪い顔を向けた。
「でもねぇ。だからこそ、今のままじゃあ協力できないねぇ」
「ああ」
「そうですわね。残念ですけど、ちょっと今のままでは判断できませんわ」
ハイスとプランデもシトロンの言葉に首を縦に振る。先ほどまで、興味深そうに話を聞いていたとは思えない。
シュラが凍りつき、店長が青くなる。今までにやけていたカラの顔が真顔に変った。
長い沈黙の後、カラが搾り出すように問う。
「理由をお聞かせ願いますか?」
ハイスが小馬鹿にした顔で、理由を吐き捨てる。
「ふん、人を脅す男と手を組めるか」
シトロン、プランデもそれに同調し、頷いていた。
「カラの馬鹿ー」
「カラ君の阿呆ー」
シュラと店長が涙目でカラを睨む。カラは頬から一筋の汗を垂らし、顔を引きつらせた。ハイス達は口元を愉悦で歪めながら、カラを観賞する。
「これは困りましたねー。アハハハハハハーーーーーーー」
「アハハハハハハーーーーーーーーーー、じゃないでしょっ! どうすんのよ」
シュラが机を叩いて、怒鳴りつけた。
「どうしましょう。その辺り、必死だった、と言う事で何とかなりませんか。お願いします」
カラがへらへらとした笑みを浮かべ、ハイス達に頭を下げる。まったく誠意が見られない態度だが、ハイス達は鷹揚に笑い、条件を提示する。
「そうですわね。掲示板で得ている利益を少し頂ければ、考えなくもありませんわ」
まず、プランデが切り込んできた。
「プランデ嬢、それは少々欲張りすぎだと思わないか。私はそうだな、携帯黒板をそちらが全て定価買い取れば考えよう」
ハイスが更に追い討ちをかけた。
「あんた達、なかなか酷いね。わたしゃ、もう少し優しいよ。シュラさんがうちの孫と所帯を持ってくれればいい。何、二十ほど歳は離れてちゃいるが、大人しくて、恰幅のいい男だよ」
そして、シトロンが止めを刺した。
三人の無茶な要求に、シュラと店長は息を呑む。へらへら笑っていたカラの目が細くなった。
「勘違いしないで下さい」
カラが冷め切った目でハイス達を見下す。
「私達は自分の責任で私達と一緒に歩いてくれる味方がほしいんです。その為に多少は腰を低くしますし、融通もつけます。
ですが、それが限度です。こちらの利益だけ吸い上げようとする商売相手と手を組む気はありません」
そんな事も分からないのか、とカラは鼻で笑った。ハイスの眉が不愉快そうに歪む。
「だが、その商売相手を味方にしなければ、どうにもならないから、お前達はこの場を設けたのではないか?」
ハイスが店長、シュラと順に目を向けるが、二人は何も言えなかった。
うな垂れるシュラをカラが後ろから抱えあげる。誰よりも高い位置まで持ち上げた。まるでシュラが全員を見下ろしたような格好になる。
「違いますよー。アハハハハハハハーーーーーーーーーーー」
カラが嘲り、笑う。
「取り敢えず、楽なところからお願いしているだけです。私達の目的を達成する方法は幾らでもありますからねー。アハハハハハハハハーーーーーーーーーーーーーー」
カラが胸を張って笑うが、意地を張っている、もしくは、はったりをかましているようにしか見えない。店長がカラを止めようと肩を掴む。しかし、カラの笑い声は止まらなかった。むしろ、より一層強く笑う。
「ふん、何があるっていうんだい」
カラの笑い声が止まった。自信満々の顔を周囲に見せる。
「例えばシュラさんが優勝して、もう一度運命祭をやり直せばいいんです。これがもっともシンプルで確実な方法です。
その時、どれぐらい経済被害が出るか試算される事をお勧めします」
カラ以外の全員がしらけた顔をする。それができれば苦労しない、どの顔にもそう書かれていた。
「ふん、あんた馬鹿かい? それができれば、あんたは頭下げになんて来なかっただろう」
「私の特技は脅迫です。その実力は、皆様が一番ご存知ではないですか」
ハイス、シトロン、プランデの顔が憎憎しげに歪む。三人はカラの言葉を誇張やはったり、と一笑する事ができない。
運命祭が始まってからわずか二週間、たったそれだけの期間で、カラは必要な相手の必要な弱みを的確に握っていた。大昔の英雄が常識も、倫理も、科学も、道徳も、文化も違う現代にたった二週間で適応し、大一族を脅迫したのだ。未だ現代に適応できていない英雄がいる事を考えると、脅威ではある。
仮に、万が一だが、運命祭をやり直す事になれば、その被害は経済だけに留まらない。
この運命祭は王を決める為に、小さすぎる幼子や重病人を除いた全ての糸紡ぎの一族が強制的に参加させられている。その割合は、糸紡ぎの一族全体の約八割になる。糸紡ぎの一族の執政で成り立っている現代において、一回の運命祭でも綿密な準備が必要だった。
二度も連続で運命祭を行えば、政治的空白が長すぎる。その期間に問題がなければ、代行の一族で十分、問題が起きれば、二回も行う計画性のなさ、どちらにしても糸紡ぎの一族は汚名を被る。それは糸紡ぎの一族の能力を疑う毒になるだろう。
最悪、一族毎に社会的な役割を分担する事で成り立っている現代の制度に、疑問を持たせる事になりかねない。そうなれば、常識、文化の破壊が始まる。その先に待つのは、過去の競争主義同様の借金をしてでも政治、経済、文化を加速させ続ける消耗戦だ。
無論、これは最悪のシナリオであり、普通ならそこまで酷い事にはならないはずだ。しかし、シュラの後頭部から覗かせるカラのがらんとした瞳は、その程度の事はやる、と雄弁に語っていた。
可能性の話だ。それも非常に少ない可能性だ。だが、それを無視できるものはこの場にいない。
カラの提示した商売は、ソコソコのリスクとそれなりのリターンが期待できる。少なくとも、無碍にするには惜しいものがあった。
「それは最後の手段ですがねー。私の女王様はそう言う裏道は嫌いなんです。臣下たるものできるだけ、そのお言葉に従わなくてはいけません」
おどけてみせるカラに誰も笑みを向けられなかった。
周囲の異様な空気に、シュラが、え、え、と戸惑う。カラに抱えられていた為、がらんとした瞳を見ていないシュラには、カラの妄言で、異様な空気になった理由が分からなかった。
カラは大一族の三人の顔色を見て、この話を受けるかどうかは五分五分、と予想する。後はメリットにもう少し大目の賭け金を置いてやれば、検討してくれるだろう。
ここまではほぼカラの思い通りに話が進んでいる。シュラには内緒で睡眠時間を限界まで削って調査した結果だ。
更に狙い通り踊ってもらう為、カラは最期の案を出す事を決める。
「とは言え、このままでは皆様が頷けない事も理解できます。
そこで、一つ思いついた事があります」
カラはシュラを椅子に下ろすと、自分も椅子に座り、内緒話のようにこっそり囁く。
「私達で賭博場を作りませんか」
悪戯を計画する子供みたいに弾んだ口調で続ける。
「賭博場はいいですよー。参加者から参加料をせしめて、参加者への配当は賭金だけで支払えば丸儲けです。
特別情報と称して、有料で賭博に有効な情報を出せば、馬鹿は飛びつきます。それを携帯黒板上だけで掲示したら、携帯黒板は飛ぶように売れると思いませんか?
更に、参加者が儲けようが、損しようが、その恨みは賭けの対象に向かい、賭博自体に向かうことはありません」
しかも、と声を一オクターブ高くする。
「今回は運営も簡単です。運命祭の対戦で勝者を当てるだけで十分見ものだからです。観戦も簡単でしょう。あの映像を映す機械を使ったらいいだけですからねー」
最後に声を低くして言った。
「真っ当な取引を行うのでしたら、こちらも誠意を尽くします。ですが、さっきみたいに変な色気だしたら、今度は覚悟して下さいねー」
言葉とは裏腹に、カラはへらへらしたゆるい笑みを浮かべていた。




