完璧人間と終焉
世の中に、完璧な存在などいるのだろうか?
人はその問いに、『NO』と答える。
本当にそうだろうか?
完全な存在などいないのだろうか?
僕は、完璧な存在は存在すると思う。いや、存在すると信じている。
そうでないと、きっと僕は困ってしまうだろう。
なぜなら、僕がずっと追い求めた『完璧』が、すぐそこまで迫っているのだから。
*
完璧とは一体何だ?
僕は幼い頃からその解を探していた。
その解がきっと、完璧になる為の大きな一歩になるのではないか。
そんな期待を胸に今まで生きてきた。
馬鹿にされても気にしなかったし、努力など惜しまなかった。
必要とあらば誰かを蹴落とし、必要とあらば罪を重ねる。
それでも答えは見つからない。でも妥協などしたくなかった。
そして、いつしか誰もが僕をこう呼ぶようになった。
『完璧に取り憑かれた天才』と。
確かに、周りからはそう見えるだろう。だが、僕は別に称号などに興味はない。
誰が僕のことをどう呼ぼうが知ったことはない。
そんな僕が毎度のように言う言葉。
『僕はただ完璧になりたいんだ』
そんな言葉を口にするうち、だんだん僕の周りから人が遠ざかっていった。
それでも構わない。無駄なギャラリーはむしろ僕の邪魔になる。
そして。
僕はついに解を見つけたんだ。
それを知った僕は、大いに感動し、絶望し、泣き喚き、喘ぎ、苦しみ、喜びに震え、悲鳴を上げて・・・
ごちゃ混ぜになった感情で手にした答え。
それは人の頭では理解できない程あまりにも美しく、そして酷く残酷な解だった。
その時からだろう。
僕が『人間』を辞めたのは。
*
これで僕は完璧な存在になれる。
そう思うと、もう無いはずの胸が踊った。
完璧な存在に身体など必要ないからか、今や、僕の肉体はすでに原子レベルまで分解され、空気の海に漂っている。そして僕はその原子だけでなく、空気を作っている酸素や水素などの一つ一つの動きすらははっきりと見ることができた。
身体が無くても、感覚は存在する。その気になれば身体を再構成することだってできる。
何も不自由は無い。僕はもう人間を超越した。
これ以上満たされようのない意識の中、僕はふと思い浮かべることがあった。その意識は視覚化され、目に見えて形を変えていく。
僕は完璧になって・・・それからどうするっていうんだ?
わからない。
ああそうだ。僕は完璧を求めすぎて、大事なことを忘れてしまったんだ。
だからわからない。
完璧になったら・・・それっきり。
もう何も残されていない?
僕は完璧になって、何がしたかったのだろう?
完璧であることに、意味はあるのだろうか?
その瞬間。
急速に意識が乱れていく。
所詮、完璧というのはこの程度で崩れてしまうのか。
完璧な存在は少しでも迷いがあると完璧でなくなるのか。
完璧な存在でなくなればもうこの世界には必要ないのか。
もう僕にはわからない。
もう知る必要など無い。
僕はまだ完璧ではなかったのだろうか。
それとも、完璧とは、こんなにちっぽけな存在だったのか。
嫌だ・・・
消えるのは嫌だ。
嫌だ。怖い。誰か・・・
ーーー今まで頼ったことすらない他人に今更助けを求めるなんて、虫の良い話だーーー
それはわかってる。でも僕は消えたくない。
僕は人としての存在を取り返さなくちゃいけない。まだ生きていなくちゃいけないんだ!
ーーー人としての存在を捨てたお前が、また人として生きたいと?ーーー
あぁ・・・自分勝手なことはわかってるさ。
でも、僕はたったこれだけのために、全てを費やしたんだ。僕の人生全てを。こんなに僕は頑張ったんだ、もうひとつぐらい望みが叶えられてもいいんじゃないのか?
ーーー人生全てを費やし、願いを叶えてまだ何を望む?お前は自ら進んでその望みを叶えたのだろう。これ以上、何を求める必要がある?ーーー
なんなんだよ・・・お前に僕の何がわかるんだよ!?お前は一体、誰なんだ!!
ーーー我は『終焉』。全ての存在に終焉をもたらす。つまりーーー
僕に、終焉を告げに来た・・・?
ーーーそうだ。お前にはもう、終焉の刻しか残されていない。お前にもう道はないーーー
・・・嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
そうだ!僕は完璧な存在だ!!
終焉なんて来るわけないさ!だって僕は完璧、カンペキなんだもの!
お前なんか怖くないね!僕はカンペキなんだ!!
ーーー愚か者め。自ら意味がないと決めつけたものに今更すがるのか。哀れな小僧、お前に教えてやろう。例えどれだけ完璧であろうが、どれだけ存在を完成させようが・・・我からは、逃れることなどできぬ。我の前では、皆が等しく無へと還る。それが存在の・・・宿命だーーー
・・・は。
アハハハハハハハハハハハハハハッ!!!
愚か者はお前だよ『終焉』!!
僕はカンペキにすがってなどいない!
僕はカンペキをこの体に宿した!!僕の糧とした!!僕がカンペキを支配した!!
カンペキには無なんてものは必要ないんだよ!!だから僕は死なない!終わりなど来ない!!僕は永遠にーーー
ないはず身体に違和感を感じた。
ふと見ると、新たに構成された胴に赤黒い、鎖のようなものが巻き付いている。
・・・血。
直感的にそう感じた直後、それは突如生き物のように増殖し始め、僕の身体に巻き付き、締めつけ出した。
「く・・・っ」
瞬く間に血の鎖は僕の身体をミミズのように這いずり、徐々に絡み付き縛っていく。ぬるぬるとした感触がして気持ち悪い。
「なんだよっ、これ!!」
ーーーお前を終わりに縛り付ける鎖だ。お前の戯れ言など、もう聞き飽きた。これから、お前のような哀れな愚か者が一切生まれないよう・・・せいぜい祈るといい。なに、すぐに楽にしてやる。さあ、永久に眠るがいいーーー
『終焉』の懐で。
ずるずると引きずられていく。何処ともわからぬ、未知の世界へ。
「嫌だ・・・」
それでも止まらない。
もう止まることはない。
目の前に、とても大きな扉が見えた。
白い扉が、轟音をたててゆっくりと開いていく。
きっと、この先が『終焉』なんだろう。
「いやだ・・・」
呟いても、意味はない。
引きずられながら、僕は思う。
いったいどこから僕は道を間違えてしまったのだろう。
今となってはもうどうでもいいことだ。
扉の向こうは、ただ黒い世界。
黒で埋め尽くされた世界。
無の世界。
「ぁ・・・・あ」
もう、死への恐怖しか残されてはいない。
「嫌だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
僕の最期の悲鳴は、誰の耳にも届かなかった。