その三!
「君は今狙われてるんだ。殺人犯にね」
殺人犯だって?狙われる理由がない。
「あの、どうしてですか?」
僕が聞きたいことをそのまま名前に訊ねると、名前は妖しくにっこりと笑った。口のまわりの筋肉が断裂してしまわないか僕は密かに心配したが、口裂け女のような名前の口はすぐに元の状態へ戻った。
「ふふ、やっぱり君は面白いね。普通とずれている。会話はよくキャッチボールだとよくいうけれど、君の投げるボールは変化球ばかりだな」
「あの、ちゃんと質問に答えてください。なんで僕が狙われているんですか?」
「さあ?」
名前は首を九十度傾けて、わかりません、と言った。
わかりませんってそりゃないだろう!僕は理由なく狙われているっていうのか?
僕は名前に食ってかかろうとするがそれよりも先に名前が再び話し出した。
「でも君が狙われている理由に近づく手がかりはあります。殺人犯、霧崎下姫はここ何時間かであなたの親戚をあなた以外すべて殺しているんです。それこそ法律上は親戚でない遠い血縁の人たちまでね」
僕の親戚だけを狙った犯行……。つまりは。
「殺人犯、霧崎下姫は僕に何らかの恨みを持っているということですか?」
名前は深くうなずいた。
「それもとても強い恨みだ。何か思い当たることはないのかい?」
「……無い、です」
しかし殺人犯はなぜ僕を真っ先に狙いに来ないのだろう。僕ならすぐさま殺しに行くが。
「そうかい。思い当たることがないのなら仕方がない。理由はわからぬままだね。でもきっと霧崎は君を殺しに来る。だからこの度我々警備課が君を保護しに来たのさ」
なるほど。確かに狙われているのなら仕方がない。保護されるほかないだろう。とりあえず僕は納得した。
「それにしても君はどこまでも噂通りなんだね。今まで噂なんてものは信用性のかけらもないものだと思っていたけれど、そんな考えがこの二十分くらいで吹き飛んでしまったよ」
「噂って、そんなに僕有名なんですか?」
「そうだなぁ、ある限られた人たちの中ではとっても有名だよ。なんて言ったって君は……いや、この話はまだいいや。とにかく君は特別なんだ」
特別。何故だかはわからないけれど僕はとても馬鹿にされたような気がした。
まるで、異常だって言われたようで。
「あの、じゃあ僕の噂ってどんなのなんですか」
「端的に言えば、変人、かな」
僕の一体どこがおかしいというのだ。まぁ確かに昨日からいろいろとおかしいけれど。それでも僕自身はまともだ。
名前姓のほうが遥かに変人だ。絶対に。名前からして。
さてそんなこんなで僕たちがお喋りをしている間も高級車はどんどんと道を進んでいき、およそ三十分後、ついに目的地らしき場所に着いた。日本にまだこんな未開発の場所があったのかというほど見渡す限り木しか見えない深い森の奥、まるでアンコールワットのように大きな建物が存在感たっぷりにあった。そしてその建物に負けず劣らず高い塀が建物を囲んでいて、なんだかアニメで見た極秘の研究所みたいなそんな雰囲気があった。
「ここは、どういう施設なんですか?」
「ここは所謂学校というやつさ。君ほどの変人は居ないが、なかなか変わった奴らがいるよ」
「はぁ」
そういえばさっきから思っていたことなのだけれど、名前の説明は説明になってないような気がする。
「まぁ、とりあえず入ろうか」
僕は二人に連れられて、高い白壁の小さな扉の内側へと入って行った。
建物の中の印象は外側と変わらなかった。色調は白で統一されていて、とても清潔な感じだ。ただ気になるのは入ってすぐの廊下に白衣を着た大人たちしかいないことだ。教室らしき部屋は見当たらない。本当にここは学校なのだろうか。
名前は既に僕の十メートルくらい前を歩いている。僕はあわてて追いかけた。
「あの、ここ本当に学校なんですか? 子供の姿が全く見当たらないんですけど」
「そりゃそうだろうね」
ん?どういうことだ?