その二!
顔をいつもより時間をかけてゆっくりと洗った僕は、再び病室に戻ってきたのだが、そこにはさっきまで誰もいなかったはずなのに、なぜか二人の人影があった。二人ともビシッとスーツを着ていて、一人は細いサングラスをかけている。二人とも身長が高くて、体格もがっしりとしていて、ちょっと怖い。なんかマフィアの人間みたいだ。
本当なら、いつも通りの僕なら、「僕に何か用ですか?」の一言も言っただろうが、しかし今はこんな状況だ。昨日から、事故にあって夢を見て死神にあって、そして自分の姿も変わってしまった。こんなタイミングで僕を訪ねてきた、スーツを着込んだ怖い二人組に、因果を感じないほうが難しいだろう。
・・・あの二人組は、一体なんなんだよ。もう嫌だよ、嫌だもんね、誰が面倒なものに拘るか。でも、ここでずっと様子を窺っているわけにはいかないだろうし、何とかあの二人組を排除しなくては・・・ッ!
なんて僕がうだうだうじうじ考えている間に二人組のうちの一人、サングラスをかけたほうの男がドアから半分顔を覗かせている僕に気付いたのか、僕の顔をジッと凝視してからこそこそと隣の男、二人組のもう一人に耳打ちした。
どうせ、『見つけましたぜ、親分。あいつが標的の海原優衣ですぜ』なんて言っているに違いない。僕は唇をかみしめた。きっとこのままでは捕まって殺されてしまう。こんなところで、こんなところで人生終えてたまるかよ!
・・・いや、ちょっと待てよ?僕は今、(見た目は)美少女なんだっけか。自分で言うのもなんだけど、(見た目は)美少女なんだよね。くどい様だが、いや、くどいけども、残念なことに僕は昨日と違う姿なんだ。となれば、だ。あの二人に僕は僕だとばれていないのではないか?きっとさっきの耳打ちはこうだったに違いない――『親分、ドアからこっち見てるガキがいますぜ、あっしがちょっと追っ払ってきやす』
わーお、どっちにしろなんか拘ることになっちゃいそうだ、じゃあ僕が取るべき行動はただ一つだ。
そっとしておこう。ここから立ち去るんだ。
しかし。そんなことはさせないよ、と言わんばかりの固い意志を秘めた表情で例のサングラスをかけた男が僕に近づいてきた。離れて見ていても長身でがっしりしていたその体は僕に近づくにつれてどんどん大きなものになっていく。そして僕の十センチ程度手前に来ると、男は左手に持ったしわくちゃな写真と僕の顔を比べ始めた。
やばいやばいよ、このままじゃ……!脳内で警鐘がグワングワン鳴る。
「海原優衣さんですね」
「うへ?」
しまった、素っ頓狂な声を出してしまった。しかし、どういうことだ?なんで僕が海原優衣だとわかったんだ?昨日とは全然違うのに!
そんな僕の混乱なんてどこ吹く風、動揺して冷や汗だらだらの僕の顔に、サングラスの男はごつい顔を近づけて、
「すいません、我々と来てください」
「え?あ、ちょっと!」
抵抗する暇もなく、僕はそのサングラスの大男に首根っこをつかまれて誘拐された。もとい、連れ去られた。
「手荒な真似をしたことについては謝らせてください、海原さん」
とサングラスをかけていないほうの男が言った。
「まったくですよ」
僕はまだ痛む首をさすりながら小声でぼそっと言った。
今僕は高級車の広い車内の後部座席にいる。首根っこをつかまれたまま連れ込まれたのである。
僕は窓の外の景色を眺めた。どうやらこの車はそんなに遠くに向かっているわけではなさそうだ。とりあえず安心した。
「じゃあ、私たちがあなたを連れ出した理由をとりあえず説明しますね。あ、私こういうものです」
サングラスをかけていないほう、車を運転してないほうの男が体を後ろによじって名刺を差し出してきた。
『世界非人協会 司法会刑事部警備課 名前 姓』
長方形の紙切れにはそうとだけで電話番号も住所も書いていなかった。
しかし、変わった名前だ。なんと読むのだろうか。
「なまえ……せい?何て読むんですか、この名前。すいません読めなくって」
失礼な質問だと思い僕は遠慮がちに聞いたが男のほうは全く気にした様子なく、
「ああ、それね。『めいぜん かばね』って読むんだよ。はは、変わってるだろう?」
変わっている。
そう言おうかと思ったが運転席のサングラスがちらちらと僕を睨んでくるので言えなかった。
「そうだ、あの、サングラスの彼の名前はなんていうのですか?」
「こいつ?こいつはね、『亜阿 亜衣雨』っていう可哀想な名前だよ」
てっきりサングラスが答えるのかと思ったが、名前が答えた。
「可哀想?」
「そう。こいつね小学、中学、高校って出席番号一番じゃなかった時がないんだって。まあ、『ああ あいう』なんていう名前に対抗できる名前なんてあるはずないからね」
そういうとククク、と愉快そうに笑った。病室では一言も喋らなかったから気難しい人なのかなと思っていたが、それはただの僕の想像で、実際はかなり愉快な人間のようだ。
「確かにちょっと可哀想ですね」
僕も名前につられて笑った。
するとまだ車の中では一言も発していない亜阿がややふて腐れたように、
「人の名前を可哀想なんて言わないでください」
と抗議した。
しかし声こそ怒った風だが、ミラーに映った彼の口元は緩んでいた。
どうやら、亜阿も見た目こそ怖いが根は優しい人間のようである。
「さて、と」
名前はそこで一度言葉を区切り、ふう、と軽く息を吐き出した。
「じゃあなんで君がいまこんな状況に置かれているのかをお話ししますね」
おお、それはありがたい。
「よろしくお願いします」