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宴の夜に舞い降りる。  作者: 津森太壱。
【宴の夜に舞い降りる。】
24/29

23 : 宴の夜に舞い降りる。1

*視点が視点なだけに、会話だらけになっています。

 視点が誰かは文末にて。





「おれが困っているとき、助けてくれるのではなかったのか」


 と言ったのは、皇帝だった。

 いや、皇弟だった。


「困ってんの?」


 問うたのは、イザヤだった。


「もう終わった」

「じゃ、いいじゃん」

「……軽いな」

「だって、べつに助ける必要なかっただろ? あんた、今めちゃくちゃ幸せそうだし」

「まあ……幸せではあるが」

「おれも幸せ」


 にか、とイザヤは笑い、皇弟の苦笑を誘う。


「にしても、あんた、皇弟だったんだな? ちらっと見たけど、あんた、皇帝にすっげぇ似てた。兄弟いたんだ?」

「病に臥せっていたから、おれがしばらく玉座を預かっていた。おまえが言うように、おれと兄上はよく似ているからな。入れ替わっていても、気づかれない」

「双子?」

「いや。二つ、兄と歳が離れている」

「あんた今いくつだよ」

「二十七だが?」

「え、マジ? おれのほうが歳上だったの? おれ、あんたの兄ちゃんと同じ歳だよ」

「二十九? おれのほうが歳下だったのか」

「なんっだよ、その意外そうな顔は!」

「いやべつに」

「悪かったな、ばかっぽい顔で!」

「そうは言ってない」


 久しぶりに逢ったというのに、つい昨日別れたばかりのようにふたりの会話は弾む。旧友なのでは、とちらりと思うが、イザヤと皇弟はたったの二度、逢って僅かな話をしただけの仲だ。


「え? じゃあなにか? あんとき、あんた十八だったわけ? おれが二十歳で?」

「そうなるな」

「……凹む、マジ凹む」

「はあ?」

「おれ、すっげえガキだった……」

「おれもガキだったが」

「そのあんたより、めちゃガキだったんだよ!」

「今とさして変わらないぞ」

「うわ凹んだ! おれ凹むわそれ!」


 頭を抱えて蹲ったイザヤに、皇弟はきょとんと目を丸くする。イザヤが問題にしたことを、まったく理解していない顔だ。


「おいサリヴァン、もうちょっとガキになれよ! おれが可哀想だろっ? おれ可哀想な子だよっ?」

「具体的に言うと?」

「うわ凹む!」


 イザヤが大袈裟な身振り手振りで転げ回り始めると、かまわないほうがいいらしいと皇弟は覚ったらしく、卓に用意されているお茶のところへと移動し、ひとり椅子に腰かけた。


「無視すんなよ!」

「あ? ああ悪い。どこを突っ込めばいいのかわからなくて」

「無視しないでくれたらそれでいいよっ?」

「難しいな……」

「簡単だよ!」

「咽喉乾かないか?」

「あ、いただきます」


 転がった反動を生かして飛び起きたイザヤは、皇弟の向かいの椅子に腰かけ、もう冷めてしまったお茶に手を述べた。イザヤの素早い変わりように、皇弟は苦笑している。


「あのときはわからなかったが、けっこう騒がしい奴だったんだな」

「あー、あんときなぁ、ひよの一大事で頭いっぱいだったからなぁ。怪我もひどかったし」


 もうほとんど指先には感覚がない、とイザヤは苦笑しながら右の手のひらをぶらぶらさせる。


「おまえも、動かないのか」

「いや、動くには動く。感覚が遠いだけ。って、おまえもって、あんたも?」

「おれは腕が全体的に……まあ、昔からだが」

「剣握れねぇの?」

「ああ」

「……そっか。おれは両手つかえるから、そんな不自由もねぇけど」

「おれもべつに不自由はしていない」


 左手ですべてできる、と言った皇弟は、そういえばずっと、動かしているのは左だけだ。右はほとんど動かしていない。


「そういやさ、あんた、昔から髪、白かったか?」

「自然とこうなった」

「ふぅん……まあ、おれも気づいたら、目ぇ蒼くなってたんだけどさ。髪も、ちっと色が変わった」

「コウガ族、だったか」

「らしいな、この特徴を持つ種族は」

「らしい?」

「おれ、自分が誰から産まれたのかとか、知らねぇもん」

「両親を知らないのか」

「そ。おれを拾って育ててくれたのは、ばあちゃんとじいちゃんよ。そのふたりも、知らねぇらしい」

「……そうか。おれも、母親の顔は知らないな」

「へ? そうなの?」

「別々に暮らしていた。そもそも、いることすら知らなかったからな」

「あー……訊き難いんだけど」

「ん? ああ、亡くなっている」

「てことは、やっぱ正妃?」

「知っているのか」

「歴史の本は、少し前にひよに読ませられて」


 少しだけ空気が重くなった。だが、皇弟のほうがまったく気にした様子がなく、イザヤひとりだけ申し訳なさそうにしている。しかしそれも数秒ばかりで、なにかを思い出すと、ぱんっ、と両手を合わせて叩いた。


「歴史で思い出した」


 歴史で思い出すとは珍しいことだ。イザヤは本を読まない。強制的に読ませられてはいるが、自ら進んで本を読もうとする奴ではないのだ。ゆえに、歴史にはまったく興味がなく、強制されて監視がついて、初めて目にする。


「皇の剣っていう一族、まだいんの?」

「……メルエイラ家のことか?」

「そう、そのメなんとか家」

「メルエイラだ。メしか言えないってなんだそれ」

「すっげえ強いって、本に書いてあったんだけどさ。どんくらい強いのかなって。あと、片刃の剣士だって書いてあったからさ」

「なんの歴史書を読んだんだ……確かにメルエイラは強いし、剣は片刃を主流にしている。だが、もう皇の剣とは呼ばれていない」

「じゃあもういねぇの?」

「なんで気にする」

「おれも片刃の剣士だから。ちょっと、剣を見せてもらいたくて」

「……呼ぶか?」

「おう呼んでく……、えっ? 呼べんのっ?」

「というか、さっき逢ったと思うが」

「逢ったのかよ、おれっ?」


 自らに逢ったかどうかを問うイザヤの姿に、さすがに皇弟も噴き出して笑った。


「やたらと笑う騎士がいただろう」

「あんたの周りは無暗に笑う奴が多い」

「ラクは違う」

「じゃあ……え、もしかしてあのブラックな笑み浮かべてた兄ちゃんとか、言わねぇよな?」

「ぶらっく?」

「黒いって意味。薄い紫色の目ぇした兄ちゃん」

「黒いというのは当たっているな……そうか、イーサが片刃の剣を腰に下げていたから、ツァインは笑っていたのか」

「え?」

「ツァイン・メルエイラ。メルエイラ家の当主だ」

「あのブラックな兄ちゃんが! うわ……ちょっとやかも」

「強いぞ、確かに。天恵者だしな」

「おまけに天恵者かよ。ああでも、剣は見せて欲しいなぁ……エンバルで腕のいい鍛冶師、紹介して欲しいし」

「ああ、片刃の剣を打てる鍛冶師はここでは少ないからな」

「サリヴァンは知らねえ?」

「ひとり知っている。だが場所までは……ツァインに訊いたほうが早いな」


 ちょっと待て、と言った皇弟が椅子を離れようとしたが、イザヤは「いやいやいや」と首を左右に振り、皇弟を呼び留めた。黒い笑みを浮かべていた騎士は怖いらしい。


「おれの剣見て笑ってたなら、すっげ怖い!」

「……手合わせくらいしないと教えてくれないだろうな」

「やだ! おれ弱いもん!」

「なら……ツェイに訊いてみるか」

「つぇい? 誰それ」

「妻だ。妻もメルエイラの剣士なんだ」

「女の子なのに剣士っ?」

「強いぞ」

「おれ男の子なのに……」


 しょぼん、と凹んだイザヤは、いい歳の男なのだが、皇弟は気持ちがわかるのか遠い目をして唇を歪めていた。


「おれは体力皆無とよく言われるんだがな……」

「あ、うん、そう見える。おれより弱そう。てか、弱いだろ、あははは」


 弱いと決めつけられた皇弟は、目を据わらせた。


「ラク、ツァインを呼んでこい」

「うわちょおっ? 待てまて待て! 黒い兄ちゃんは怖いって! つかどこに侍従の兄ちゃんがいるんだよっ?」

「呼べばくる」

「ああ! そうだった、あの侍従の兄ちゃん変な天恵者だった!」

「ラ」

「呼ぶな!」


 頼むから呼ばないでくれ、と反対側にいる皇弟に伸びたイザヤの、なんと恰好の悪い姿か。


 ぶはっ、とついに耐えきれず笑った。


「ギル! おまえもうさっきからなんだよ! 寝てたんじゃねぇのかよ!」

「ぶふっ……う、悪い。だってイーサ、うるさいし恰好悪いし間抜けだし、ばかだし」

「うるさい!」


 眠れたものではない。実に十年近い再会、おまけにそれが偶然だったせいか、珍しくイザヤが興奮気味で、ぎゃんぎゃん煩いのだ。仲のいい友だちも少ないイザヤだから、もしかしたら歳の近い皇弟には友情を感じていて、いやもしかしなくても友情を感じていて、再会がたまらなくなったのだろう。

 大声を出すイザヤなど、師匠であるシスイ以外を相手に、初めてだ。


 今日はいいものを見た。

 きっとイザヤも、今日はいい日だと思っているに違いない。


 あれから九年が経った。

 あと少しで十年になる。







ギル視点でした。

読んでくださりありがとうございます。


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