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宴の夜に舞い降りる。  作者: 津森太壱。
【宴の夜に舞い降りる。】
18/29

17 : 大地を踏む。1





 朝食の時間、寝室を分けられたイザヤの許を訪れると、彼はすでに起きていた。寝台の端に腰かけて、どこか遠くを見るような双眸でヒョウジュを見る。

 その不思議な双眸にヒョウジュは軽く不安を覚えたが、すぐにふんわりといつものように微笑まれて、なんだかわけのわからない感情に胸を締めつけられた。


「ん、おはよ」

「……おはよう。まだ眠っていたほうがいいわ」

「もういいや。ずっと横になってんのも疲れるし、退屈だから」


 緩慢とした動作は、やはり高熱が続いていたことと、未だ塞がらない傷の影を引きずっている。油断しないようにと気を引き締めて、ヒョウジュはアビに朝食を運んできてくれるよう頼むと、イザヤのそばに歩み寄った。


「どうしても横になるのはいや?」

「やだ。つまんねぇもん」


 イザヤは、こと寝台で眠ることに関しては、頑固だ。怪我をしたときだけ身体を横にする場所だ、という認識しかないのではないかと、そう思うほどに拒絶する。


 眠ることが嫌いなのだろうか。

 眠ることはイザヤにとって、恐怖なのだろうか。

 戦うことを恐れ、怯えるのと同じくらいに。


 ヒョウジュはたまに、そう感じることがあった。


「怖いの?」

「え?」

「眠るのが、意識を手放すことが、恐ろしいの?」


 問うと、イザヤは珍しく、少しだけ動揺したように瞳を揺らし、唇を震わせながら笑った。


「な、なんの、ことだよ」


 あからさまとも言える動揺に、ヒョウジュはそっと息をつく。


「そう……怖いのね」


 どうして今まで気づけなかったのだろう。

 戦いに恐れ、怯え、震える手のひらを見てきたのに。

 怖いと素直に言うイザヤのそばに、誰よりも長くいたのに。


「なにをそんなに頑張るの」


 ヒョウジュは腹部にあった手のひらをぎゅっと握り、イザヤを見つめる。


「なにをそんなに……我慢するの」

「……ひよ、なに言って」

「イザヤはもうひとりではないわ」


 真っ直ぐ見つめたイザヤが、大きく目を見開く。


 ああ彼は。

 彼は、やはり孤独だったのだ。


「わたしにそばにいてとイザヤは言って、わたしもそばにいてと言ったわ。ずっと一緒にいたいと言ったわ」

「ひよ……」

「ひとりではないのよ、イザヤ」


 イザヤの恐れや怯えは、孤独だ。孤独を感じていたから、孤独を感じたくなくて、孤独になるまいとして「怖い」と口にし、必死に抗っていたのかもしれない。

 どうしてこんな簡単なことに、もっと早く気づかなかったのだろう。

 孤独は、ヒョウジュも抱えているものだというのに。


「……ひよ」


 ヒョウジュと同じようにじっと見つめてきていたイザヤが、両腕をヒョウジュに伸ばしてきた。


「ひよを、おれにくれるのか?」


 その問いかけは不思議で、ヒョウジュは首を傾げた。


「わたしはイザヤのそばにいたいと言ったわ」

「だから。ひよは、ひよをおれにくれるのか?」


 どういう意味だろう。

 解釈に困ったヒョウジュだったが、とりあえず頷いて、伸ばされている両腕に誘われて手のひらを添える。ぎゅっと握られた手のひらは、引っ張られることはなかった。


「ひよは、おれのなんだ……?」

「イザヤの?」


 会話が噛み合わない。

 そう思っているのはヒョウジュだけだったようで、次の瞬間、いきなり握っていた手のひらを引っ張られてヒョウジュは前のめりによろめいた。


「イザヤ……っ?」


 危うく転びかけたところを、イザヤの胸がしっかりと抱きとめてくれる。しかし、そのままイザヤが寝台に倒れたので、けっきょくその衝撃をヒョウジュは受けることとなった。幸いにも痛みはどこにも感じなかったが、問題はイザヤの身体である。


「イザヤ!」


 イザヤの怪我は腕や腹だけではない。細かいところでは背中や脇、肩にだってある。つまりは全身怪我だらけで、怪我のない部分のほうが少ないのだ。

 ヒョウジュは慌ててイザヤの上から退こうとして、だが胴に絡んだイザヤの腕が離れることはなかった。どうにかこうにかその腕から逃れると、寝息が聞こえてくる。


「……え?」


 見ると、イザヤが眠っていた。

 それは珍しくもない光景ではあるのだが、なにかが違う。


「……イザヤ?」


 呼びかけるが、もちろん眠ったイザヤが反応するわけもない。どうやら完全に眠っている。それを見るのはこれで二度めだ。

 しかし、なにかが違う。

 ヒョウジュは黙してじっと、イザヤの寝顔を見つめ続けた。


 どれくらい見続けていたのか、ヒョウジュのその真剣な解析が、小さな声に破られる。


「ひょ……ひょうじゅ」


 情けないほど弱々しく聞こえた声に、ふと顔を上げる。


「……、父上さま」


 数日ぶりの父王が、泣きそうな顔をしながら、呆れたようにため息をついている宰相と並んで、開けられた扉の前にいた。


「そ……そなたは、もう、その騎士と……」

「はい?」

「! は、早過ぎるであろう……っ」


 なんのことだか、さっぱりである。

 急に慌て始めた父王にヒョウジュは小首を傾げつつ、そういえば寝台に座り込んでいたと思い出してそこを降りると、眠っているイザヤに毛布をかぶせる。イザヤの怪我は油断ならないので、足許のほうに避けられている上掛けもかぶせて整えた。


「ヒョウジュ!」


 と、大きな声で父王に呼ばれたときは、静かにして、と唇に人差し指を当てた。


「やっと眠ってくれたのです。起こさないでください」


 軽く睨むと、それだけで、もともとヒョウジュには甘く弱い父王はぐっと押し黙った。







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