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宴の夜に舞い降りる。  作者: 津森太壱。
【宴の夜に舞い降りる。】
17/29

16 : ゆめにみた。2

イザヤ視点です。





 戸惑うヒョウジュを押さえつけ、泣き叫ぶヒョウジュに己れを穿つ。


 こんな顔をさせたいわけじゃない。

 こんな悲しくなるようなことをしたいんじゃない。

 泣かせたいんじゃない。


 そう思うのに、身体がそう動いてくれない。言うことを聞いてくれない。


 どうして、どうして、どうして。


 苛立ちが募る。

 自分を殺したくなる。


 そうしているうちに、泣き叫んでいたヒョウジュの瞳から、光りが失われてしまった。


「ひよ……っ」


 違うんだ。

 こんなこと、したいんじゃない。

 もっと幸せを感じられる、そんなことをしたいんだ。


「び、びっくりさせるなよ、イーサ」

「……、へ?」


 聞こえたギルの声に、イザヤは幾度か瞬きをする。

 真っ暗な視界は、しかし端のほうが明るく、また己れは寝台に横になっていた。


「……、あれ?」


 ヒョウジュを組み敷いて、泣き叫ばせていた気がするのだが。

 どう見ても、そんな状況に自分はいない。


「どうした?」

「……ギル?」

「ああ。なんだ、寝ぼけてるのか?」


 首を動かし、明るいほうを見ると、人型となっているギルが寝台に腰かけ、蝋燭の明かりで本を読んでいた。


「……あれ?」


 どういうことだろう。

 首を傾げたら、自分と同じ顔をしているギルもまた、同じように首を傾げた。


「なんだよ?」

「え……ええ? ひよ、ひよは?」

「隣の部屋で眠ってる。イーサが無茶するから、侍女が怒って寝室を別にしたんだ」


 憶えてないのか、と訊かれて、さっきまでのことを鮮明に思い出す。


「お、おれ!」


 勢いよく寝台から半身を起こすと、ギルは大きく身体を揺らして驚いていた。


「だ、だから、びっくりさせるなよ! なんだよ、イーサ!」

「……おれ、ひよを」

「ひよがどうした。押し倒そうとして、侍女に殴られたばっかりだろ、イーサ」

「え……?」

「憶えてないのか?」


 怪訝そうにしたギルが、事細かに、それを教えてくれる。ヒョウジュを押し倒したのは、一度目を覚ましたときで、しかしそれをアビが殴って止めたとのことだ。

 それから三日が経過しているという。


「じゃあ、夢……?」

「は? 夢?」


 ヒョウジュに乱暴をして、泣かせていたのは、夢だということだ。

 ほっと、身体の力が抜ける。


「おい、イーサ?」


 ぱたりと寝台に倒れ込んで、長く息を吐き出した。

 ヒョウジュを泣かせていない。悲しませていない。

 よかったと、心から安堵した。


「……イーサ、頭だいじょうぶか?」

「だいじょぶじゃねえ」


 熱のせいでいかれている。その自覚がある。さすがにこれは不味いと、イザヤは頭を抱えた。


「やべえ、おれやべぇよ」

「……そう言えるなら、もうだいじょうぶだな」

「だいじょぶじゃねえって!」


 ヒョウジュを組み敷いて、無理やり抱こうとした。いや、抱いていた。そんな夢を、眠りながら見ていたのだ。

 さすがにやばい。


「ん、熱も下がってきたな。そろそろ痩せ我慢もできるだろ」


 イザヤの頭を無造作に撫でたギルが、そんな適当な診断を下す。それを払いのけて、イザヤはギルを睨んだ。


「もう我慢なんかきくかよっ」

「ん。いつものイーサだ」

「はあっ? 意味わかんねぇし!」

「怪我続きで、ちょっとどころかかなり頭おかしかったからな。それだけ元気ならもうだいじょうぶだろ」

「だから、だいじょぶじゃねえって言ってんだろ!」


 勝手に納得しているギルに、いくら「だいじょうぶじゃない」と言っても、けっきょく聞いてくれなかった。「いつものイーサだ」と、満足そうに頷かれて、意味がわからなくてイザヤが憤慨しても、ギルの態度は変わらない。


 怒鳴り過ぎて疲れてきた頃、腹部と腕に激痛が走った。


「いて…っ…てて」

「あ、まだ動かないほうがいいぞ。怪我の治り、ちょっと遅いらしい」


 あれから数日が経過しているのに、傷はまだ塞がっていないらしい。かなりひどい傷だったようだし、痛みで眠れそうになかった意識が、強制的に眠らせられていたくらいだ。そう簡単には治らないだろう。


 そういえば指の動きが鈍い。


「……ギル」

「うん?」

「指が……」

「……そうか」


 すべて言わなくても、ギルにそれは伝わった。

 ほっと息をついて、動きの鈍い右手を握ったり開いたりしてみる。左手の動きも鈍くなっているが、これは右手の分の力を使って疲れているだけか、或いは数日も剣を握らずにいるから鈍っているのだろう。


 ふと、このまま手が動かなくなれば、狩人で在り続けられなくなるのかもしれないと、思った。

 そうすれば、このどこから湧いてくるのかわからない激しい憎悪も、消え失せてくれるだろうかと思った。


 人間に憎悪を向けている自分に、苦笑がこぼれた。


「どうした」

「ん……いや、こんなに人間が嫌いで、憎いとか思ってるわりに、ひよとか、ばあちゃんとかじいちゃんとか、好きな自分がいて……おかしいなと思って」

「心を許してる人間を、殺したいとか思うのか」


 直接的なギルの言葉に、唇が歪む。


 いとしい人を殺したいだなんて、思わない。

 だのに、人間を憎く思う。

 どうしてこんなに人間が嫌いで、憎いのか、イザヤはわからない。

 ただ、失望している自覚はある。

 だから嫌いで、憎いのかもしれない。

 好きでいたいのに。

 好きになりたいのに。

 ヒョウジュや、祖父母と慕っているふたりのように、好きでありたいのに。


「おれは、たぶん、壊れてるんだ」


 ぎゅっと、拳を握る。力を込めると、傷がある右腕が痛んだ。


「人間を好きでいることに、疲れたのかもしんねぇな」

「……おれは、どうしてそこまでイーサが人間を護ろうとするのか、わからない。嫌いなら、護る必要なんてないだろ」

「諦められねぇんだ」

「人間を?」

「好きになりたいから」

「……無意味だな」


 イザヤの想いを、ギルはあっさりと切って捨てる。それはギルが人間ではなく魔という獣だから、というわけでなく、ギルの性格だ。


「そんなに、頑張る必要はないと思うんだけど」

「頑張る?」

「嫌いなら、嫌い。それでいいだろ。それ以上は、疲れるだけだ」


 今、イザヤがそうであるように。

 ギルは肩を竦めてそう言うと、イザヤが瞬きをしたその一時の間に、黒犬の姿に戻った。


「ほら、もう少し休め。熱は下がってきたけど、油断できないんだから」


 ぐいぐいと巨躯をイザヤに押しつけてきたギルは、寝台の中に潜ってくると、柔らかな黒毛をイザヤに提供してくれる。温かなぬくもりに、イザヤはすり寄った。


「眠れそうにねぇんだけど」

「なら、目だけでも閉じておけ。身体を動かすな」

「退屈だ」

「そうでもない。この城には……得体の知れない人間がいる」

「え……?」

「わりと近くに……でも気配が掴めない。ふらふら動いてる」


 危険人物がヒョウジュの近くにいる。

 そう思うと、ぞわりと全身が慄いた。


「害があるようには思えないけど……注意は必要だ。だから身体を休めて、いざというときに動けるようにしておけ」

「……ああ」


 やはり、ここから逃げたほうがよさそうだ。

 眠れなくなったイザヤは、だがその警戒に、身体を休めようとギルの言うとおり瞼を閉じた。







夢オチ……ゴメンナサイ。

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