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宴の夜に舞い降りる。  作者: 津森太壱。
【宴の夜に舞い降りる。】
16/29

15 : ゆめにみた。1

*R指定っぽい……ので、ご注意ください。






 まともに眠っているイザヤを見るのは初めてだった。声をかけたり、ほんの僅かな物音でもすぐに起きていたから、なにをしても起きないイザヤというのは初めてだ。


「本気で眠っているわ……」


 頬を抓っても、近くで会話を交わしていても、イザヤは身動ぎ一つせず、ヒョウジュの膝を枕にして眠り続けている。

 額に滲んでいる汗を拭ってやって、それで気づいたことだった。

 すぴすぴと、可愛らしい寝息が聞こえたから。


「珍しいことなのですか?」

「ええ。わたしのそばでは眠るけれど、熟睡しているわけではないのよ。少しでも音がすると、すぐに目を開けていたわ」

「……珍しいですね」


 アビは好奇な視線でイザヤを眺めたあと、水を取り替えてきますと、部屋を出て行く。

 アビを見送ってから、少しだけ痺れてきた膝をどうしようかと考え、しかしイザヤと離れたくなくて、ヒョウジュはじっとその寝顔を見つめ続ける。

 苦しそうに見えるのは、高熱のせいだろう。まるで自分を護るかのように身体を丸めているのも、傷が痛むせいに違いない。イザヤはいつも傷だらけで怪我だらけだ。痛まない部位のほうが少ないだろう。

 穢れに侵されているわけではなさそうだけれども、とヒョウジュはイザヤの頭を撫でながら、ふと、頬を伝ったものを見た。


「……泣いているの?」


 夢でも見ているのだろうか。

 悲しい夢を。

 怖い夢を。

 悪い夢を。


「だいじょうぶ……だいじょうぶよ、イザヤ。わたしがいるわ」


 頬を伝った涙をそっと拭った、そのときだった。


「おれのせかいは……」


 呟きながら、イザヤが目を開けた。


「イザヤ?」


 だいじょうぶかと、その顔を覗き込めば、ぼんやりとヒョウジュを見つめたイザヤがふんわりと微笑んだ。


「ひよ」


 とたんに、胸がきゅっとなる。

 切ない想いに、ヒョウジュも微笑んだ。


「まだ痛い? 薬、飲む?」

「ひよがいるから、いい」


 相変わらずの痩せ我慢には、苦笑がこぼれる。食事に薬を混ぜておいたほうがよさそうだ。


「夢……見てた」

「ゆめ?」


 ぴったりとヒョウジュにくっついてきたイザヤは、ぽつり、ぽつりと、眠りながら見ていた夢のことを聞かせてくれる。大雑把な説明ではあったが、それは確実に、イザヤがイザヨイと呼ばれていた頃の記憶で、現実にあったことだとすぐにわかった。


「黒に近い赤髪って、リョクリョウ国にはいねぇよな……誰だったんだろ」

「黒に近い赤髪の部族なら、もう滅んでしまったわ。コウガ族というの」

「こうがぞく?」

「身体能力の高い部族で、彼らの特徴がそうだった。けれどとても短命な部族で、害獣被害が多かった時代に滅んでしまったの。彼らの能力は重宝されていたけれど、寿命には勝てなくて、害獣の数も多かったから。二十年くらい前のことね」

「ふぅん……なんで、そんな奴の夢なんて、見たのかな」


 それは、イザヨイがコウガ族であったからだ。コウガ族の、最後の生き残りだったからだ。

 コウガ族の混血なら今でも子孫はいるが、純血のコウガ族はイザヨイで最後だった。イザヨイが生きていた時代でも、その特徴的な黒に近い赤髪は珍しがられていたと聞く。またイザヨイ自身、自分以外のコウガ族を見たことがないと、言っていたらしい。

 今リョクリョウ国で、イザヨイと同じ部族の純血を見かけることは、なくなっていた。


「おれになにか、訴えたかったのかな……なんもしてやれねぇんだけど」

「イザヤに、憶えていてほしかったのかもしれないわね」

「憶える?」

「世界は悲しいことばかりで、偽りだらけ……けれど、それだけではないということ、見つけて欲しいのかもしれないわ」


 ヒョウジュが聞いた話では、イザヨイの死に顔は安らかなものだったという。眠るようにして亡くなっていたと、史実にも残されている。

 だからきっと、イザヨイは後悔なく、命を削ったのだろう。

 だからこうして、イザヤとして転生ができたのだろう。

 イザヨイの死は、当時の国には大打撃であっただろうが、無駄なことではないのだ。彼が命をかけたからこそ、国は護られ、王族は護られ、民は護られた。

 イザヤに出逢えたことは幸福なことだと、ヒョウジュは思う。

 イザヨイがいてくれなかったら国は護られず、またヒョウジュがイザヤに出逢うことも、なかったのだから。


 膨らむ想いにほうっと息をつくと、身体を起こしたイザヤが体勢を変え、ヒョウジュに顔を近づけてきた。


「ひよ」

「なぁに?」


 熱に浮かされて潤んだイザヤの双眸が、じっとヒョウジュを見つめる。

 どうしたのだろうと、思ったその瞬間、ヒョウジュは押しつけられた強さに息を詰め瞠目した。


「んん……っ」


 唇を塞がれている。

 熱い体温を、唇に感じる。

 そう理解したときには、ぬるりと舌が、歯列を割って入ってきた。


「イ、ザヤ……っ」


 ボッと頬に熱が集中する。

 嬉しいけれども恥ずかしくて、幸せだけれども怖くて、胸がどきどきと煩いくらい跳ね上がった。

 その胸を、下から掬い上げられるように揉み込まれる。


「んぁむ……っ」


 胴を締め上げる衣装ではないせいで、護られていない胸はイザヤの手のひらの感触を直に受けてしまう。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 頭がそう混乱して、手足をバタつかせることもできず、ヒョウジュは小さな悲鳴を上げては唇を吸われた。


「ひ……よ」


 絡められ続けていた唇が離れたときには、もうヒョウジュは息も絶え絶えで、なにをされてそうなったのかもわからないほどぼんやりとしてしまっていた。


「ひよ……やわ、ら、かい」


 はふ、と微笑んだイザヤが、首筋に顔を埋めてきて耳後ろをくすぐる。びくっと震えて肩を竦めたヒョウジュだったが、やわやわと胸を弄られているせいで逃げることができず、むしろ徐々に力が抜けていって動けなかった。


「たべ、たい……ひよ、たべたい。いい?」

「イザ…っ…ヤ」

「これ、たべてい? やわらかくて、おいしそう。たべたい」


 すんすんと鼻を鳴らしたイザヤが、背中に腕を回して衣装の留め具を外そうとする。

 そうなって漸くハッと思考回路が再始動したヒョウジュは、イザヤがなにをしようとしているのかもやっと理解して、慌ててイザヤの胸を押し返して止めようとした。


「だめ、イザヤ…っ…怪我が」

「たべたい」

「イザヤっ」


 今は怪我の治癒を優先して欲しい。触れられて、いやなわけではないのだ。

 だからと思って止めようとしているのに、イザヤはどこにそんな力があるのか、ヒョウジュがもがいてもまったく動かない。そうこうしているうちに、背中の留め具は外され、現われた肩に噛みつかれた。


「イザヤ!」


 振り絞ったヒョウジュの声に、漸くイザヤがぴたりと動きを止め、潤んだ瞳でじっと見上げてくる。

 こんな状態なのに、好きだと思ってしまう、イザヤの優しい瞳。

 自分を欲してくれている、直情な眼差し。

 くらくらと眩暈がした。


「ひどい、怪我なの…っ…熱が、高いの…っ…だからお願い」


 ヒョウジュの切な願いに、イザヤはただじっと、見つめてくるだけだ。


 その顔が、幸せそうな微笑みに包まれたとき。


「たべさせて」


 願いもむなしく、ヒョウジュは再びイザヤに肩を噛まれた。







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