14 : 偽りだらけの世界のなかで。5
イザヤ視点です。
『世界は嘘だらけなんだよ。真実なんて、どこにあるかわからない。だから、すべてを信じる必要はないんだ』
誰かの言葉に、イザヤは耳を傾ける。閉じていた瞼をゆっくりと開けば、目の前にほんわかと微笑んだ青年がいた。
『それならなにを信じればいいかって? 簡単だよ。自分が決めたことは、信じないと。信念だね。こうと決めたら、それを貫く。たまに挫けるけど、それはそれで、人生だからね。気長に考えたらいい』
青年は微笑みながら、足許に絡みついてくる子どもたちに話して聞かせ、強請れて一緒に遊んで笑って、また語りかける。ときには伝説を聞かせ、その真似ごとを身ぶり手ぶりでやって見せ、子どもたちを笑わせていた。
温かな光景だなぁと、イザヤは眺めていた。
それで気づいた。
これは、夢だ。
自分は眠って、夢を見ている。なんの夢かはわからない。目覚めたら忘れてしまいそうな、そんな夢だ。
『またおれと一緒に遊んでくれる? そう、ありがとう。またね』
太陽が傾き、闇色に空が染まってくると、青年は遊んでいた子どもたちを帰し、全員の姿が見えなくなるまでばいばいと手を振り続けていた。
すとん、と手のひらが落ちたとき、場面が変わる。
青年の手には、片刃の双剣が握られていた。その瞳は、穏やかに微笑んでいたものから一変し、険しく、そして悲しそうに、それらを見つめていた。
『なんてことを……世界の調和を、たったひとりの人間が崩すなんて』
子どもたちと笑い合っていた青年は、真っ赤に燃え上がる平原を見据え、今にも泣き出しそうなほど顔を歪める。
よく見ると、青年が見据えているのは害獣の群れだった。
共喰いまでし始めたほど数が膨れ上がった害獣に、イザヤは慄く。
なんて数だ、なんて恐ろしさだ、なんて悲しい光景だ。
『穢れが、国を呑み込む……ああ駄目だ、駄目だよ。もう見ていられない。見たくない。見たくないんだよ、こんな世界』
青年は双剣を握り直すと、駆け出して単身で害獣の群れに突っ込んでいく。やめろ、と思わず声を張り上げたけれども、イザヤの声に青年が振り向くことはない。
ああ、これも夢なんだ。
青年を引き留めようとした手は空振り、宙を彷徨う。
イザヤがそうしているうちに、青年は害獣を一体ずつ確実に、恐ろしいほどの強さで倒していく。斬られた害獣から黒い泥のようなものが飛び散り、青年を黒く染めていった。
『こんな……こんな世界だから、嘘と偽りだらけになってしまったんだ』
害獣に囲まれてもなお、青年は怯まない。悲しそうな瞳で害獣を見つめ、剣を握り、操り、倒していく。その腕に迷いはなく、確かな力で害獣を斬り、穢れを浴び、薄蒼の瞳に悲しみを深める。
素直に泣けばいいのに、と思った。
青年は、一帯の害獣をすべて斬り伏せると、がっくりと膝をついて天を仰ぐ。
『おれの世界を、壊さないで』
青年は泣かない。
けれども、その心は泣いていた。
悲しくて、寂しくて、切なくて。
どうすればそれらが消えてなくなるのか、懸命に考えている。
その想いが、伝わってきた。
『偽りだらけの世界のなかで……ユキさまだけが、おれの世界なんだ』
恋しい、いとしい、失いたくない。
笑っていてほしい、笑いかけてほしい、泣かないでほしい。
そんな想いが、イザヤの胸を締めつける。
『奪わないで……っ』
青年は双剣を地面に突き刺し、項垂れる。
溢れた感情に、イザヤのほうが泣きたくなった。泣いて楽になりたかった。
けれども。
泣いてもどうにもならないと、わかっていた。
だから青年は泣かない。
イザヤも泣かない。
泣くのは、救いがあったあとでも、できることだ。
『神よ……偉大なる天上の王、聖王よ……疲弊するわがいとしき大地を、いとしき世界を、優しき慈雨のなかに閉じ込めてくれ』
青年は乞う。
温かく、優しく、穏やかな雨を。
それは心が流す涙の代わりなのか、それとも世界の涙なのか。
すべてを洗い流す、天上の涙なのか。
『天上の王よ……っ』
青年がいっそう強く、願ったとき。
ぽつり、ぽつりと。
青年の上に、ゆっくりと水滴が落ちた。