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宴の夜に舞い降りる。  作者: 津森太壱。
【宴の夜に舞い降りる。】
15/29

14 : 偽りだらけの世界のなかで。5

イザヤ視点です。





『世界は嘘だらけなんだよ。真実なんて、どこにあるかわからない。だから、すべてを信じる必要はないんだ』


 誰かの言葉に、イザヤは耳を傾ける。閉じていた瞼をゆっくりと開けば、目の前にほんわかと微笑んだ青年がいた。


『それならなにを信じればいいかって? 簡単だよ。自分が決めたことは、信じないと。信念だね。こうと決めたら、それを貫く。たまに挫けるけど、それはそれで、人生だからね。気長に考えたらいい』


 青年は微笑みながら、足許に絡みついてくる子どもたちに話して聞かせ、強請れて一緒に遊んで笑って、また語りかける。ときには伝説を聞かせ、その真似ごとを身ぶり手ぶりでやって見せ、子どもたちを笑わせていた。


 温かな光景だなぁと、イザヤは眺めていた。

 それで気づいた。

 これは、夢だ。

 自分は眠って、夢を見ている。なんの夢かはわからない。目覚めたら忘れてしまいそうな、そんな夢だ。


『またおれと一緒に遊んでくれる? そう、ありがとう。またね』


 太陽が傾き、闇色に空が染まってくると、青年は遊んでいた子どもたちを帰し、全員の姿が見えなくなるまでばいばいと手を振り続けていた。


 すとん、と手のひらが落ちたとき、場面が変わる。


 青年の手には、片刃の双剣が握られていた。その瞳は、穏やかに微笑んでいたものから一変し、険しく、そして悲しそうに、それらを見つめていた。


『なんてことを……世界の調和を、たったひとりの人間が崩すなんて』


 子どもたちと笑い合っていた青年は、真っ赤に燃え上がる平原を見据え、今にも泣き出しそうなほど顔を歪める。

 よく見ると、青年が見据えているのは害獣の群れだった。

 共喰いまでし始めたほど数が膨れ上がった害獣に、イザヤは慄く。


 なんて数だ、なんて恐ろしさだ、なんて悲しい光景だ。


『穢れが、国を呑み込む……ああ駄目だ、駄目だよ。もう見ていられない。見たくない。見たくないんだよ、こんな世界』


 青年は双剣を握り直すと、駆け出して単身で害獣の群れに突っ込んでいく。やめろ、と思わず声を張り上げたけれども、イザヤの声に青年が振り向くことはない。


 ああ、これも夢なんだ。


 青年を引き留めようとした手は空振り、宙を彷徨う。

 イザヤがそうしているうちに、青年は害獣を一体ずつ確実に、恐ろしいほどの強さで倒していく。斬られた害獣から黒い泥のようなものが飛び散り、青年を黒く染めていった。


『こんな……こんな世界だから、嘘と偽りだらけになってしまったんだ』


 害獣に囲まれてもなお、青年は怯まない。悲しそうな瞳で害獣を見つめ、剣を握り、操り、倒していく。その腕に迷いはなく、確かな力で害獣を斬り、穢れを浴び、薄蒼の瞳に悲しみを深める。


 素直に泣けばいいのに、と思った。


 青年は、一帯の害獣をすべて斬り伏せると、がっくりと膝をついて天を仰ぐ。


『おれの世界を、壊さないで』


 青年は泣かない。

 けれども、その心は泣いていた。

 悲しくて、寂しくて、切なくて。

 どうすればそれらが消えてなくなるのか、懸命に考えている。


 その想いが、伝わってきた。


『偽りだらけの世界のなかで……ユキさまだけが、おれの世界なんだ』


 恋しい、いとしい、失いたくない。

 笑っていてほしい、笑いかけてほしい、泣かないでほしい。


 そんな想いが、イザヤの胸を締めつける。


『奪わないで……っ』


 青年は双剣を地面に突き刺し、項垂れる。

 溢れた感情に、イザヤのほうが泣きたくなった。泣いて楽になりたかった。


 けれども。


 泣いてもどうにもならないと、わかっていた。

 だから青年は泣かない。

 イザヤも泣かない。

 泣くのは、救いがあったあとでも、できることだ。


『神よ……偉大なる天上の王、聖王よ……疲弊するわがいとしき大地を、いとしき世界を、優しき慈雨のなかに閉じ込めてくれ』


 青年は乞う。

 温かく、優しく、穏やかな雨を。

 それは心が流す涙の代わりなのか、それとも世界の涙なのか。

 すべてを洗い流す、天上の涙なのか。


『天上の王よ……っ』


 青年がいっそう強く、願ったとき。

 ぽつり、ぽつりと。

 青年の上に、ゆっくりと水滴が落ちた。







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