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宴の夜に舞い降りる。  作者: 津森太壱。
【宴の夜に舞い降りる。】
13/29

12 : 偽りだらけの世界のなかで。3

*R指定っぽい……かもしれませんので、ご注意ください。


イザヤ視点です。





 ヒョウジュの隣で眠っていたけれども、どうしても腕の痛みが引かなくて、それで起きた。

 ぐるぐると包帯に巻かれている腕は、見たところ血も滲んでいない。気のせいだと思い直してまた眠ってみるけれども、やはりじくじくという痛みで目が覚める。


「……骨にいってたからな」


 ざっくりと剣で斬られた腕は、指を動かせることすら奇跡だと、治療してくれた医師が言っていた。それでも、ちょっとした衝撃を加えると動かなくなるかもしれないから、直ったら指の運動をさせたほうがいいという助言をもらっている。


 ヒョウジュに、どうして剣の傷があるの、と訊かれた。

 皇城に侵入したとき、出逢い頭に騎士に斬られたと素直に答えたら、ヒョウジュは真っ蒼になって唇を震わせた。

 その色っぽさに誘惑されて唇を掠め取ったら、赤くなる前に怒られたけれども。


 だから、怪我をしている今だと怒られるから、ヒョウジュが眠ってからこっそり、色っぽい唇を舐めた。ついでに色んなところを舐めて、ひっそりと印をつけてみる。

 ヒョウジュの白い肌に、その赤いものは目立った。


 満足して眺めていたら、もっと誘惑されて。

 胸許の服を引っ張って、肌着をずらして、白い肌をじっと見つめた。


「おいしそう……」


 舐めたいし、吸いたいし、触りたいし。

 色っぽい顔はもっと見てみたいし。


「……どうしようか」


 本気で迷って、しばらく見つめながら考え込む。

 とりあえず舐めって吸って、印をつけておこうか。触った、ことにはなると思うけれども、そこまでにしておこうか。

 痛む腕を庇いながら身を屈めて、ぺろりとまろみを舐める。ちゅっと口づけて、舐めたところを吸う。


「ん……っ」


 ふるりと震えたヒョウジュににんまりと笑って、起きないことに気をよくして違う場所も舐めて吸った。


 数度繰り返して、ふふん、と満足する。

 いっぱい印がついた。


「んー……もうちょっと?」


 まだ白いところがたくさんある。そう思うともっとたくさん印をつけたくなるものだ。


「やめろ変態」


 と、頭をゴンと叩かれて、挫折した。


「なにすんだ、ギル」


 人型のギルが寝台の脇にいて、同じ顔を引き攣らせながら仁王立ちしていた。


「ひよの意識ないじゃないか。なにやってるんだ、イーサ」

「いいだろ、べつに……起きてるときだと舐めさせてくんねぇし」

「イーサは怪我人だろ。当たり前だろ」

「ひよはおれのだ」

「だからって眠っているときにやるな」


 ごん、とまた叩かれた。


「なにすんだ。邪魔すんな。もっと舐めらせろ」

「だからやめろ」


 ごん、と三度めに叩かれたときは、さすがに痛む腕に響いて、声もなく腕を抱えて身を丸めた。


「痛むくせにひよに手ぇ出すからだ」

「おまえが殴らなけりゃいいだけのことだろ、あほ」

「あとでひよに怒られるぞ」

「……、あ」

「は? 気づかなかったとか言うつもりか? どれだけバカになったんだ、イーサ?」


 うっかり忘れていた。舐めたくて吸いたくて触りたくて、それだけだったから、起きたあとのヒョウジュの反応なんて考えてなかった。


「……怒る、かな」

「怒るだろうな」

「ひよはおれのだ」

「イーサは?」

「おれは……ひよのだよ」

「怒られるしかないな」

「なんでそうなる」


 怒られることが確定なんて、どういうことだ。

 ヒョウジュはイザヤのもので、イザヤはヒョウジュのものなのに。


「ひよに言うことがあるんだろ。伝えたのか?」

「……まだ」

「言うこと言ってからにしろよ、イーサ」

「う……」


 確かに、ギルの言うとおりだ。

 ヒョウジュがこの手に、当たり前のようにそばにいたときと同じように、戻って来てくれたから、それが嬉しくてまだ言っていない。


 ヒョウジュが好きだ。

 という、言葉を。


「はぁぁ……だめだ。ひよのそばなのに眠れなくなっちまった」

「だろうな」


 寝台を離れて、布団をヒョウジュにかけ直すと、とぼとぼと長椅子のほうに移動する。どっさりと転がってから、長くため息をついた。


「せっかくひよが無防備なのに……もっと舐めてぇなぁ」

「言うこと言ってからにしろ」

「おまえ、獣のくせに、なんで人間の理性に味方するんだよ」

「人間は万年発情期だ。その知識はある」

「身も蓋もないな、おい……」

「違うか?」


 そのとおりだよ、顔を引き攣らせつつ、ギルがどこからか持ってきてくれた毛布に身体を埋める。

 ヒョウジュがそばにいてくれるなら眠れるけれども、今日はちょっと、もう眠れそうにない。


「腕、痛ぇなぁー……」


 ヒョウジュに触れていられたら、この痛みも消えるだろうか。

 ヒョウジュはいつも痛いところを治してくれる。癒してくれる。だからどこかが痛むと、ヒョウジュのそばにいれば治った。

 今回は、どうしても痛むけれども。


「相変わらず痛そうに見えないんだが……頭はだいじょうぶか?」

「ひよを抱きたくてしょうがねえ」

「もう少し殴っておけばよかったか……」


 真面目に言うギルに、ははっと笑う。


「殴るなら、気絶させてくれ。痛くて眠れねぇんだ」


 毛布のぬくみを頬に感じながら、はあ、と息を吐き出す。その熱さに、ギルの言うとおり頭が危なくなってきたかもしれないと思った。こうして理性が働いているうちにヒョウジュのそばを離れていないと、なにをするかわからない。

 そんな自分に、イザヤはくすりと笑った。


「なんだ?」

「いや……おれも、男だったんだなぁと思って」

「……今まで女だったのか」

「いや違ぇよ」


 なにか衝撃を受けたような反応をしてくれたギルに、あほかと突っ込んでおいて、また笑う。


「ひよが、好きだ」

「ああ」

「すごく、好きだ」

「見ていればわかる」

「ひよがおれ以外のものにならなくて、よかった」

「そうだな」

「おれ、ひよの家族になりてえ」

「……おれはイーサとひよがふたり一緒にいる姿が、すごく好きだぞ」

「そこにおまえの家族もいたら、最高だな」


 以前なら家族に、夢なんて持たなかった。祖父母がいればそれでよかった。それだけで満足していた。それ以外を望みもしなかった。


 けれども、今は違う。


 ヒョウジュが自分以外の誰かのところへ嫁ぐと、聞いたその瞬間に襲われた恐怖。

 自分以外の男の腕にいるヒョウジュを想像して、息が止まった。手足の感覚が薄れた。目の前が、真っ暗になって、真っ白になった。

 呼吸を思い出してから知ったのは、自分が恐ろしいほどヒョウジュに囚われているという、想いだった。


 今も、それは変わらない。


 ヒョウジュを娶るつもりはないと言ったあの皇帝の言葉を、未だ消化しきれていないのは、狂いそうなほどヒョウジュをいとしく想う己れを御し切れないからだ。


 だから、考える。

 どうすればヒョウジュを、誰にも奪われずに済むのかを。


「なあ、ギル」

「ん?」


 いつのまにか黒犬の姿に戻ったギルを、そばに寄せて長椅子に乗せる。寄りかかって枕にすると、ふわふわとした黒毛に頬をくすぐられた。


「この世界でも、純潔は重んじられるのか?」

「まあ……たぶんな」

「そうか……なら、いいかな」

「? なにを考えている」

「おまえが怒ることを」

「なんだそれ」


 決めた。

 そうしよう。

 だってヒョウジュは自分のものだ。もう誰にも渡せない。

 熱のせいで考えが危うい自覚はあるが、そんな今でなければそれもできない。

 だから許してもらおう。


 ごろりと反対側に転がって、寝台で眠るヒョウジュを見つめる。


「好きだよ、ひよ」


 にっこりと笑うと、イザヤはふわふわする頭で、ヒョウジュが目覚めるその時間までしっかりと眺め続けた。







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