やさしいカイラ
お伽話風の小話です。ジャンルに迷いましたが…間違ってたらすみません。
ざまぁ?になるのかな?
むかしむかしあるところに、カイラという女の子がいました。
カイラは伯爵家の娘で、賢く善良な女の子でした。
カイラは領地が見渡せる丘の上のお屋敷で、優しい両親と一緒に暮らしていました。その屋敷にはもう一人、一緒に暮らす従姉妹がいました。名前をステラと言います。
カイラとステラのお父さまはふたごの兄弟で、とてもそっくりな顔をしていました。二人もそれぞれの父親にとてもよく似ていたので、カイラとステラもまるで双子のようにそっくりでした。
どうして二人が同じ屋敷で暮らしているかというと、ステラの両親がステラがまだ小さい時に事故に遭い亡くなってしまったので、ひとりぼっちで残されたステラをふびんに思ったカイラのお父さまが、後見人となって屋敷に引き取ったからでした。それはカイラとステラが5歳になる冬のことでした。
さいあいの両親を一度に亡くしたステラは、お屋敷に引き取られてからも寂しさからか、えんえんと泣いていることが多く、かわいそうに思ったカイラはステラにこう言ったのでした、
「かわいそうなステラ。私にしてほしいことや、ほしいものがあったらなんでもいってちょうだいね」
「なんでも?」
「ええ、なんでもよ」
そんなカイラの親切に慰められたステラは、その日からみるみるうちに元気を取り戻して行ったのでした。
お屋敷の南側にある日当たりのいいお部屋。
コットンをたっぷり使って新しく設えたドレス。
ぴかぴかに磨かれた新しい靴。
おばあさまから譲られたクリスタルのネックレス。
コックが腕によりをかけて作ったスイーツ。
ステラはカイラのためにと用意されたありとあらゆるものをほしいと言い、カイラはそのすべてを快く譲ってやるのでした。
「ステラにはステラのためのものを用意してあげるから、カイラが譲ってやることはないんだよ」
カイラのお父さまとお母さまはそう言いましたが、カイラは優しく首を横に振ったのでした。
「いいのよ。だってステラはかわいそうな子だもの。私にあげられるものは何をあげたってかまわないの」
そうして伯爵家で用意されるいちばん特上のものをすべてもらい受けるようになったステラは、まるで自分こそがこの伯爵家のいちばんの娘のようにふるまうようになりました。
「カイラのものはぜ~んぶ私のもの。そうよね? だってなんでもくれるって言ったものね」
「ええ、いいわよステラ。あなたがほしいのなら」
そうして日々は過ぎていき、カイラとステラが15歳の可憐な娘さんになったとき、カイラにお見合いの話がやってきました。
相手は隣の国からやって来た大きな貿易商の跡取りで、カイラのお父さまが昔から“こい”にされていた取引先の息子さんでした。
お見合い相手の彼は、背がうんと高くきらきらしいお顔立ちでカイラがこれまで見てきた誰よりも美しい男の人でした。
彼が婚約のご挨拶をしに初めて屋敷を訪れてきたとき、カイラは思わず淑女の礼も忘れぽかんと見上げてしまったほどでした。
彼は紳士らしく優しい笑顔を浮かべ、隣の国でしか咲かない貴重な青いバラをお土産に差し出してくれました。婚約は家と家の契約ですから、詳しい話は応接室でお父さまと二人で話すことになったので、カイラが彼と顔を合わせたのはそのほんの少しの時間だけでしたが、15歳になったばかりのうら若き乙女はその一時だけでも、心をときめかさずにはいられませんでした。
それは決してカイラだけではなく、ステラも同じ気持ちでした。
話がまとまり、婚約の契約を交わして彼が帰路についた後、ステラはカイラと、カイラの両親の前でいやいやとかぶりを振って訴えました。
「お願いお願い!! 彼との婚約を譲ってちょうだいカイラ! あなただけあんなに素敵な人と結婚するなんてずるいわ!」
「それは無理よ、ステラ。婚約は家と家の決め事なのよ。ドレスや靴のようにはいどうぞ、とは言えないわ」
「そうだよステラ。君にも良い縁談をおじさんが探してあげただろう」
「私の縁談なんて、田舎の商人が相手だったじゃない! 私は彼がいいの! カイラの嘘つき、なんでもくれると言ったのに!」
淑女の「し」の字も忘れたように泣きわめくステラを前に、カイラたちはなすすべもなく困ったように顔を見合わせます。
「困ったな、彼とは我が伯爵家の令嬢との婚約という約束をしているんだ。カイラじゃないとだめなんだよ」
「伯爵家の令嬢なら私でもいいでしょう、おじさま。私だって伯爵家の血を引いているのだから!」
「でも君の身分は平民だろう」
ステラのお父さま、つまりカイラのお父さまの双子の弟は、ある時運命的に出会った平民の恋人と添い遂げるために貴族をやめて市井にくだっていたのでした。「きせんけっこん」というものです。この国の法律では身分の違う者同士の婚姻も認められてはいますが、平民が貴族にあがることはできず、必ず貴族が市井にくだらないといけないのです。そして一度貴族をやめた人は、その子どももすべて身分は平民となり、貴族に戻ることは許されません。
どれだけカイラが優しくすべてのものを譲ってあげられても、こればかりはどうしようもできません。ステラの目にはみるみるうちに涙がたまっていきました。
「ひどい、ひどいわ。あたしとカイラの何が違うというの? 年も背も、顔だって同じなのに。カイラは素敵な彼と結婚出来て私はできないなんて!」
しくしくと泣き続けるステラを見て、カイラの心もひどく痛みます。
こんなことは許されない、と思っていても、賢く善良なカイラは従姉妹の悲しみを放ってはおけませんでした。
「わかったわ、ステラ。そこまで言うなら、『カイラ』をあなたに譲ってあげる」
「え…?」
「カイラ! 何を言い出すんだ!」
突飛なことを言い出したカイラを両親は慌てて止めようとします。それに構わずカイラはステラの手を取って優しく言いました。
「ステラの言う通り、私とあなたは年も背も顔もおんなじだもの、入れ替わってもきっとわからないわ。彼とは今日初めて会ったのだし、ほんの少ししかお話もしてないわ。きっと大丈夫。明日からあなたが『カイラ』になって私が『ステラ』になるの。いい考えでしょう?」
「カイラ…! いえ、今日からあたしが『カイラ』ね、ありがとうあなたならきっとそう言ってくれると思ってたわ、『ステラ』!」
涙をすっかり吹き飛ばして、満面の笑顔を浮かべたステラがカイラに抱き着きます。二人で抱き合ってくるくると回っていると、本当にどちらがどちらなのかわからなくなってしまいそうでした。
「あなた、どうしましょう…」
「カイラ、ステラ…。本当にそれでいいのかい? 覚悟はできているのだね?」
「私はいいわ。『カイラ』、あなたは?」
「『ステラ』、あたしもいいに決まってる!」
決心の決まった二人の娘の目を見て、伯爵は仕方がないと言うように溜息をつきました。
「そこまで言うなら、そうしよう。『ステラ』と『カイラ』」
そうして決まった入れ替わりを知るものは、本人たちと屋敷にいるほんの数人の使用人だけでした。
10年間も同じ屋敷で同じ教育を受けてきた二人の入れ替わりはとてもスムーズで、入れ替わりの事実を知らないものたちは少しの疑問も抱きませんでした。
そうしてついに『カイラ』が隣の国へ嫁ぐ日がやってきました。
初めて挨拶に来たとき以来となる彼とともに白い婚礼服に身を包んだ『カイラ』は、教会でささやかな儀式を終えるとすぐ隣の国へ行くことになっていました。
彼の持つ大きな商船の前で、『ステラ』と『カイラ』は最後のお別れをします。
「今までたくさんのものを譲ってくれて本当にありがとう、『ステラ』。これまでずっとあなたのことをうらやんであれもこれも取ってしまってごめんなさい、素敵な旦那様まで…。でもどうしてもうらやましかったの」
「いいのよ『カイラ』。かわいそうなあなたのためだったんだもの。これくらいどうってことないわ」
「ありがとう、あたし幸せになるわ。あなたの分まで!」
にっこり笑った『カイラ』は最後にぎゅっと『ステラ』を抱きしめて、彼の腕をとって一緒に船に乗り込み、隣の国へ旅立っていきました。きっともう、二度とこの国に戻ってくることはないでしょう。
ステラは最後まで気がつきませんでした。伯爵家の令嬢である、貴族の娘である『カイラ』の婚約相手が貿易商の『平民』であることに。
実は伯爵家はもうずっとたくさんの借金を抱えていて、いよいよ首が回らなくなっていたのでした。もうどうにもできないとなった時に、取引先の貿易商から借金を肩代わりするから、その対価として娘を嫁がせろという契約を持ち掛けられていました。
隣の国は一夫多妻が認められた国で、結婚の話を持ち掛けてきた彼にはもう4人の奥さんがいましたが、もう一人若い妻を探していたというのです。
伯爵はずっと「かわいい娘を差し出すなんてとんでもない」と断っていたのですが、カイラも貴族の娘としての“きょうじ”で、家のためにその話を受け入れようと覚悟を決めていたのでした。
それがどうしたことでしょう。ステラが自分こそがその役目を引き受けると言い出したではありませんか。しかも止めたにもかかわらず「どうしても」とごねて、せっかくカイラのお父さまが見つけてきた、田舎だけど穏やかで心優しい国内の商人のたった一人の妻になれる縁談を否定してまで!
そこまで言われては、賢く善良なカイラは従姉妹のために役目を譲るしかありません。
もうすっかり水平線の向こうで小さくなった船を見つめて、『ステラ』は小さく微笑みました。
「さようなら『カイラ』。本当にかわいそうな子」




