第2章 分析と戦闘
理解した……理解した……。
いや、全然理解してない。
あのメールには「互いに戦えるよう強くなれ」と書いてあったけど、どうやって強くなれって言うんだよ。
他の基準は知らないが、ステータスが全部一桁ってことは、どう考えても俺は相当弱い。
仮にレベルが上がっても弱いままだろうし、そのうえレベル4までしか上がらないなら、結局ずっと弱いままじゃないか。
……普通にへこむんだが。
【耐性〖孤独耐性〗がレベル3から4に上昇しました】
いや、そんなに孤独感じてないけどな!?
なのに耐性が上がるってどういうことだよ。しかも、この耐性はもともと他のスキルよりレベル高かったはずなのに。意味わからん。
……やっぱり、俺が元ヒキコモリだったせいか?
まあいい。とりあえず毒無効を持っているのはありがたい。毒攻撃が効かないってことだろう。
血も神経もないわけだし、理屈としては合ってる。
それにしても、名前だけ見ても意味がわからないスキルがいくつかある。
……待てよ。あれに【鑑定】を使えないか?
【スキル〖ソウル・ヴェイン〗:Lv-】
【上位世界で作り出されたスキル。特定の個体がより高い領域へ到達できるよう補助するために創られた。対象の進化能力を大幅に引き上げ、魂によって定められた進化の限界を突破することを可能にする。】
おお……説明がそのまま頭に流れ込んできた。
なんかすごそうなことはわかるけど、正直ちゃんとは理解できてない。
でも「進化」って書いてあるよな……?
【進化。それはモンスターが最大レベルに到達したときに起こる現象であり、より高い段階へと至り、自らの種族そのものを変えることができるようになる。しかし、個体ごとに「どこまで進化できるか」という限界値が存在し、その限界に到達したモンスターは【限界到達】という称号を得て、それ以上の進化は行えなくなる。】
なるほど。
俺はその称号を持っていない。つまり、最大レベルにさえなれば進化できるってことか?
しかも、さっきのぶっ壊れスキルのおかげで、その限界すら超えられる……と。
だんだんRPGっぽくなってきたな。
こういうのは得意分野だ。情報さえ揃えば、いくらでも立ち回れる。
この世界のシステムが、俺のやってきたRPGに似てるなら──レベル上げの方法は簡単だ。モンスターを倒せばいい。
……問題は、この洞窟でモンスターなんて見つかるのかってことと、
見つかったとして、俺が確実に弱すぎるってことだ。
他人との比較はできないが、このステータスなら、誰かに軽く息を吹きかけられただけで砕け散ってもおかしくない。
まあ、その辺はあとで考えよう。
今は、さっきから気になっている称号を確認する。
【プレイヤー:Lv-】
【上位世界によって選ばれた一部の個体に与えられる称号。他のプレイヤーが接近した際、それを察知できるようになる。また、プレイヤーが困難を乗り越えられるよう、スキル【鑑定:Lv1】を付与する。】
あの「上位世界」ってやつは、間違いなく俺たちをここに放り込んだバグ神ゼロのことだろう。
12人を殺し合わせるために、こんな親切設計までしてくれているわけか。
別に同じ世界のやつと殺し合いたいわけじゃない。
でも、殺されそうになったら……全力で抵抗するしかない。
それはそれとして、この称号、かなり強いんじゃないか。
他のプレイヤーが近づくと事前にわかる。準備できるし、場合によっては逃げることもできる。
距離までわかれば完璧なんだが、そこまではさすがに無理か。
それに、この称号はあのぶっ壊れスキル──【鑑定:Lv1】までくれた。
あれは、ほとんどすべての情報を丸裸にできる最強クラスのスキルだ。
RPGの世界では、知識=勝利だ。
情報を持つ者が最後に勝つ。
そして今の説明で、二つのことが判明した。
一つ、称号は獲得時やレベルアップ時にスキルを与えることがある。
二つ、称号には常時発動する効果があり、それが持ち主を助けたり、逆に足を引っ張ったりする。
その前提で見ると、ひとつやたらと気になる称号がある。
【アンデッド:Lv1】
【アンデッド系モンスター、またはその派生種に与えられる称号。死した肉体に再び魂が宿った、その「歪んだ在り方」の重みを背負っている。称号レベルを上げることで、アンデッド特有の弱点の一部を打ち消すことができる。】
……やっぱり、さっきの仮説はほぼ確定ってことか。
にしても「苦しむ魂」とか書かれてるけど、俺は望んでここに来たわけじゃないからな?
「死体に戻った魂」って、なんか嫌な言い方だな……。
【肉体泥棒:Lv-】
【生者・死者を問わず、他者の肉体へ侵入し、それを乗っ取った魂、もしくは存在に与えられる称号。すべてのアンデッドは、この称号を持つ。悪意ある魂、あるいはその派生が、無理やり死体に押し込められ、肉体を動かしている証でもある。】
……なるほどな。
なんとなく予想はしていたが、これで完全に確信した。
この骸骨は、ずっと昔にこの洞窟で死んだ誰かの身体だ。
装備の一部は残っているが、肉はとうの昔に腐り落ちたのだろう。
どれくらい前かはわからないが……感覚的には、百年近く経っていてもおかしくない。
さっきのよくわからない文字が書かれた紙切れは、きっと「誰かが見つけたときのための」遺言だったのかもしれない。
俺は両手を合わせて、軽く頭を下げた。
「勝手に身体を使って悪い。しばらく借りるから、我慢してくれ。」
【この称号は、進化先の候補にも影響を与える。】
え? ってことは……
将来、ガチで他人の身体を乗っ取るようなヤバい存在に進化する可能性があるってことか?
耳から侵入する寄生スライムとか、そういう方向はマジでやめてほしいんだが……。
……まあ、とりあえず確認すべきところは一通り見終わった。
耐性系は名前を見れば何となくわかるし、称号やスキルも一通り確認できた。
【再生:Lv1】【回避:Lv1】【骨の身体:Lv-】はまだ説明を見ていないけど、だいたい想像はつく。
今はまず、この洞窟から出る方法を探さないと。
床に落ちていたボロ布の中からズボンっぽいものを拾い、脚に通す。
いくら中身が骨だけとはいえ、全裸で歩き回るのはさすがに抵抗がある。
……が、骨だけの脚には全くフィットせず、ずり落ちてくる。
仕方ないので布の端を腰骨にぐるぐる巻きつけて固定した。
あまり役に立ちそうには見えないが、折れた剣も拾って腰に括りつける。
いざというとき、少しでもダメージを与えられるかもしれない。
さて、問題はここからだ。どっちへ行くか。
洞窟は暗いが、なぜか俺にはそれなりによく見える。
視界の限界を超えて、一直線に通路が続いている。
つまり、行き先は前か後ろの二択だ。
この身体の持ち主がどちらから来たのかもわからない。
どっちも同じくらい怪しい。
元の持ち主が飢えで死んだのなら、どちらへ進んでも問題はない。
俺は空腹も喉の渇きも感じないし、この身体が壊れない限りは動けるはずだ。
だが、何かに襲われて、逃げ延びた先で力尽きたのだとしたら──
どちらか一方の先には、その「何か」がいる可能性が高い。
RPG経験は豊富だが、「どちらへ行くべきか」を教えてくれるわけじゃない。
……もういい。ここで立ち止まっていても、何も始まらない。
目覚めた地点を基準に、俺は右のほうへ進むことにした。
もしその先に何かいたら、そのときは戦って追い出すだけだ。
少しだけ躊躇してから、一歩目を踏み出す。
続けて二歩、三歩……やがて、迷いのない足取りで真っ直ぐ進み始めた。
こういう一本道は、基本、通路の真ん中を歩くのがセオリーだ。
壁際を歩くと、不意打ちを受けやすい。
歩いて、歩いて、さらに歩く。
光がないせいで時間感覚は当てにならないが、それでも体感では一時間近く進み続けた気がする。
それなのに風景はずっと同じ。
暗い一本道が続くだけだ。
……この洞窟、どれだけ長いんだよ。
俺は壁にもたれ、その場に座り込んだ。
空腹も疲れも感じないはずなのに、精神だけが妙に消耗している。
「引き返して、もう一方の道を試すべきか……?」
そう考えると、今まで歩いてきた時間がまるごと無駄になる気がして、余計に気が滅入る。
飢え死にも渇き死にもない。
この身体は、何もなくても動き続けられる。
だからこそ、ここで永遠にさまよう未来が頭をよぎってしまう。
……
「いや、やめろやめろ。暗い方向に考えるな。」
歩く速度を上げれば、いつかどこかには辿り着く。
そう信じて立ち上がり、再び前を見据える。
その瞬間──
ズズ……ズズ……ッ。
何かが地面を這うような、嫌な音が奥のほうから響いてきた。
「……なんだ?」
反射的に、腰に括りつけていた折れた剣を抜き、前に突き出す。
ただの錆びた鉄の欠片だが、武器がないよりはマシだ。
闇の奥を凝視しながら、音の正体が近づいてくるのを待つ。
やがて、暗闇の中から「それ」が姿を現した。
俺は思わず言葉を失う。
ネットで見たことのある生き物だった。
「世界一ブサイクな動物」みたいなタイトルで紹介されていた、あの──
ネズミとモグラを足して、毛を全部むしり取ったような生き物。
だぶだぶに余った皮膚のせいで、四本足で歩く睾丸にしか見えないやつ。
ハダカデバネズミ。
ただし、サイズがおかしい。
動画で見たやつは手のひらサイズだったが、目の前の個体は何倍も大きい。
大型犬くらいはある。
黄色く巨大な歯は、まるで尖ったレンガの破片。
目は皮膚に埋もれてほとんど見えず、
指より長い爪が、床を引っかくたびにカリカリと音を立てている。
一瞬、息が止まった気がしたが──そもそも俺には呼吸という機能がない。
「こいつが……この身体の持ち主を殺したのか?」
そう考えかけて、すぐに否定する。
持ち主が死んでから、かなりの時間が経っている。
肉が完全に消え失せるほどの年月だ。
たぶん、ただのランダムエンカウントだ。
できれば、お互い無視して通り過ぎたいところだが……。
様子をうかがいながら、ゆっくりと横を抜けようとする。
「……うわ、近くで見ると本当にキモいなコイツ……。
いや、落ち着け。やり過ごせればそれで──」
約7メートルほどまで近づいた瞬間だった。
ハダカデバネズミ(らしき生物)が頭を持ち上げ、こちらを向いた。
ああ、そうだった。
モグラ系ってことは、視力はほぼ死んでる代わりに、振動とか気配には敏感なんだろう。
近づいたのが完全に裏目に出た。
距離を取っていれば気づかれなかったかもしれないのに。
奴は四本の巨大な歯を見せつけるように口を開き──
「グリィィィィ!!」
洞窟に響き渡る、耳障りな咆哮。
俺は大きく後ろへ跳び、折れた剣を構えた。
戦闘経験ゼロ、運動神経も壊滅的。
そんな俺が、よりによってこんな化け物と戦わされるのか。
……まあ、頭をぶち抜けばさすがに死ぬだろう。
ステータスも、そんなに高くないはず……
「念のため【鑑定】だ。」
—————————————
種族:トウペイラ・チョウル
状態:―
Nv:6/10
HP:11/11
MP:4/4
攻撃:10
防御:10
速度:6
魔力:2
ランク:E-
スキル:
【掘削:Lv3】【盲目:Lv-】【噛みつき:Lv2】【振動感知:Lv4】【弛緩肉体:Lv-】
耐性:
【酸素欠乏耐性:Lv5】【打撃耐性:Lv4】【斬撃耐性:Lv4】【噛みつき耐性:Lv4】
称号:
【長寿:Lv2】【縄張り意識:Lv5】【メス狩り:Lv-】【共食い:Lv7】【骨喰い:Lv-】
———————————————
「……は?」
なんだこのステータス。
完全に俺の上位互換じゃねえか。
今の俺が正面から戦ったら、一瞬で粉々にされる。
逃げるにしても、速度が1だけ向こうのほうが高い。
誤差かもしれないが、その1が生死を分ける可能性もある。
ただ、動きそのものは鈍そうだ。
すれ違いざまに抜けてしまえば、振り向くのに時間がかかるかもしれない。
背後から少しずつ削っていけば……
倒せる可能性もゼロではない。
……ただ、一つ気になるのは防御力だ。
俺の攻撃の4倍ある。
ちゃんとダメージが入るのか?
ステータス画面を思い返してみると──
攻撃の欄に、少し変な表記があった。
攻撃:3+2
さらに、さっきまではなかった項目が追加されている。
装備:古びた錆びた剣:F-
「……なるほど。
このボロ剣の攻撃力が、そのまま足されてるってわけか。」
今の状況的には、これでも十分ありがたい。
そう分析している間に、怪物が地面を強く叩きつけて威嚇してきた。
そして、そのまま突進してくる。
「グリアァァァ!!」
巨大な口を開き、俺ごと噛み砕こうとしてくる。
俺は剣を前に構え、膝を軽く曲げてタイミングを計った。
そして噛みつきが迫った瞬間、頭に片手を置いて踏み台にし──
そのまま上へ跳躍した。
……跳びすぎた。
洞窟の天井の半分ほどまで一気に飛び上がってしまう。
着地は、奴の背後、ほんの少し離れた場所。
振り向きざまに振るわれた太い尻尾を、身を屈めてかわし、
すれ違いざまに剣を薙いで切りつける。
「グリィ!?」
さらに、振り向こうとする身体に合わせて移動し、
横腹にもう二発斬撃を叩き込んだ。
「……いける。
この調子なら、いずれ削りきれる!」
そう確信しかけた瞬間──
奴は苛立ったように地面へ倒れ込み、そのまま巨大なローラーのように横転し始めた。
「っ──!」
迫る肉弾を避けるため、俺は壁を蹴って再び上へ跳ぶ。
トウペイラ・チョウルはそのまま壁に激突した。
数歩分距離を取り、もう一度状況を確認する。
「……は? マジかよ。」
再び【鑑定】を使用すると、奴のHPは9/11になっていた。
たった1しか減ってない。
さらに、自分のステータスも確認すると──
俺のHPは4/5になっている。
「なんでだ? 当たってないはずだろ……?」
さっきの攻撃は全部避けた。
もしかすっただけでも、あの攻撃力なら即死していてもおかしくない。
相手の攻撃は10。
俺の防御は1。
10倍の攻撃力差だ。
さっきの斬撃で、攻撃力は防御力の半分程度でも1ダメージしか通らなかった。
つまり、向こうの攻撃を食らったら、一撃で終わりだ。
「じゃあ、このダメージは何だ……?」
理由を探して骨の身体を見回すと、太ももの骨にヒビが入っていた。
「……まさか、さっき壁を蹴った衝撃か?」
防御力が低すぎて、ちょっと強めに蹴っただけで自傷ダメージが入る……?
「……クソみたいな脆さだな、この身体。」
ただ、一つだけ確信したこともある。
さっきのやり取りで分かったが、この身体はとにかく軽い。
そのおかげで、俺自身の運動神経が悪くても、変な機動で動き回ることができる。
「これは、さっきのスキルの効果か……?」
【骨の身体:Lv-】
【スケルトン特有の固有スキル。生者の肉体に必要なあらゆる状態異常・生理的欲求を無効化する。このスキルを所持している限り、使用者は空腹・渇き・痛み・性欲などを一切感じない。また、ステータス上の速度および機動力を40%上昇させる代わりに、打撃・水・日光に対する脆さが大きくなる。使用者が骨、もしくは部分的に骨で構成された種族以外へ進化した場合、このスキルは消失する。】
「速度40%アップ、ね……。
ってことは、表示上は6でも、実質7くらいってことか。」
軽い身体と合わせれば、機動力だけはそれなりに高い。
その代わり、さっきみたいな自傷ダメージも入りやすい。
「……まあいい。
さっきみたいに、慎重にやれば10分もあれば削り切れるはずだ。」
最悪、状況が悪くなったら逃げればいい。
さっきのやり取りで、俺とトウペイラ・チョウルの位置はすでに入れ替わっている。
このまま奥へ進むこともできる。
そう考えていた、そのとき──
ハダカデバネズミはゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。
……笑っているように見えた。
「なんで笑うんだよ……?」
不気味な違和感を覚えた瞬間、
通路のあちこちで壁がひび割れ始めた。
地面が鼓動するように揺れ、
いくつもの盛り上がりが生まれ、崩れ──穴になる。
そして、その穴から──
同じ姿の頭が、次々と這い出てきた。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ──合計五体。
「……は?」
鑑定してみると、どれもレベルもステータスも、さっきのやつと大差ない。
「いやいやいやいや、待て待て待て……。」
一体だけでも厳しい相手が、さらに五体追加。
合計六体。
「……どう考えても、勝てるわけねえだろ……。」
絶望、という言葉が、ようやく現実味を帯びて襲いかかってきた。




