第四羽 物書きたるもの物事の本質を理解すべし
私を鳳凰様と呼ぶのは【鳳凰システム開発株式会社】の竹中トモゾウ社長。
70年ぐらい前に私が拾った男の子です。
あの頃の日本は今と違って結構無茶苦茶で、私も【世話人】から無茶な仕事を頼まれることがありました。
荒天の日本海で密入国の監視をしていた時に、嵐の中で船体が真っ二つに折れて沈んでいく小型船を見つけまして。
船籍を確認しようと近づいたら、女の人が船の上から小さい男の子を私の方に差し出してきたんです。
私の仕事はあくまで監視。
見たことを報告するだけで、それ以上の事をしてはいけません。
人間に関わってはいけません。
正体を明かしてはいけません。
だけど、つい、その子をトリ足で受け取ってしまいました。
嵐の中であっというまに船はバラバラに。
女の人も荒波の中に消えました。
それを見て泣き叫ぶ男の子。
私はバケモノです。人間相手に情はありません。
助けた人間に後から命を狙われたことだってたくさんあります。
正体を見られた以上、海に捨てるべきと分かっていました。
でも、どうしても、できませんでした。
仕方ないので【世話人】のところに持ち帰りました。
ものすごく怒られました。
そして、戦争の火種となり得る存在だからと、その子を消そうとしたんですね。
先々代の方ですが、本当に恐ろしい人でした。
たから私は頼んだのです。
不死者に改造して逆光源氏として育成したいので、死体は譲ってくださいと。
そしたら【世話人】は、私が大人しく仕事するなら、この子を国で引き取って育てると言ってくれました。
可愛くて人外にするのは惜しかったので、育ててもらうことにしました。
日本人じゃなかったので、名前を後付けして里子に出されました。
タケ坊はすごく優秀な子でした。
大学卒業後は経済学者や官僚や政治家として大活躍しました。
政治や外交の最前線で、どんな窮地でも確実に突破口を開いてきた猛者と一部界隈では有名です。
【世話人】もタケ坊の活躍は認めてくれて、あの時消さないで良かったと言ってもらえた時は嬉しかったものです。
拾った時には4歳だったタケ坊も、今は70代半ばのエネルギッシュなおじいちゃん。第一線を引退後にあの会社を立ち上げて細々と仕事をしています。
でも、自分が鋼メンタルだからか、部下に無茶ぶりする癖があるようですね。
久しぶりに会えたついでに、【開発3課】の増員をお願いしておきました。
可愛いタケ坊ともあと十数年でお別れです。
その時に悔いなく逝けるように、私は仕事を頑張るのです。
………………
…………
……
翌日。タケ坊が増員として【開発3課】に配属してくれた人が来ました。
【サポート2課】から来たエース級の女性社員で、仕事と育児を両立するバリキャリのワーキングマザーです。
山崎さんも復活したので、午前中に3人で受注案件の問題点を確認しました。
お客様の現行の基幹システムは30年前に作られた年代物。
当時開発に携わった設計者は全員定年退職済み。
新システムの設計を巡り社内政治は泥沼。
現行システムの保守期限は来月末。
問題点しか見つかりません。
まぁ、それはそれとしてお昼休みです。
3人でテーブルを囲んでお弁当タイムです。
「まぁ、結構重い案件だ。キツイと思うが山尾さんもよろしく頼む」
配属された山尾さんが途方に暮れた顔をしています。
わかりますよー。既に炎上臭してますからねー。
「えーっと、仕事はがんばりたいのですが、子供2人の保育園と学童のお迎えがあるので残業ができないんですよ」
「そうか。それは仕事よりも子供を優先しないといけないな」
タケ坊が用意してくれた貴重な増員ですよ。
「山尾さんにも頑張ってもらわないと、炎上しちゃいますよ」
「鳥頭さん。女性のキャリアアップとか、それは本質への理解が足りない。物書きの心得。【物書きたるもの物事の本質を理解すべし】だ」
また出ました。物書きの心得。今度は何でしょう。
「人類の文明というのはな、子を産み育てる母親を守るための手段だ。だから、子供から母親を取り上げて社会のための労働力にするなんてのは本末転倒。女性は次世代の育成という職場のキャリアなんかよりも大事な仕事を抱えているものなんだ」
「いやいや、でも、この時代女性も働いてキャリアアップするのが常識ですよね」
「いつの時代も常識は支持者の多いデタラメだ。物書きを目指すならデタラメに惑わされずに本質を見抜く目が必要だ」
今その話をするオツムがデタラメです。
私は4桁生きてます。
だからなのか、たまに人の出すオーラが見えます。
山尾さんが今まさにオーラを出してます。
あれは
【子供達の別れ際の寂しそうな顔に耐えながらも姑に小言を言われながらも共働きとキャリアアップが常識と思って頑張ってきたけど本当は子供達を過ごす時間が欲しかった。正直両立はキツかったし夫も収入高いしこの仕事炎上確定だから、もう思い切って専業主婦になっちゃおうかなと思った時】
のオーラです。
「山崎さん。ランチョンミートください」
「おう。今日は鳥頭さんの分も持ってきたぞ」
その心掛けは評価できますが、タケ坊の会社を潰したら許しませんよ。
●オマケ解説●
【世話人】は心の中で叫んだ。「恐ろしいのはオマエや―!」
危険なトリ娘を大人しくさせるために、とっさにタケ坊を人質にしたという。
その後、鋼メンタルで義理堅いタケ坊は国のために大活躍。
【世話人】さんも得した気分。
そんなタケ坊こと竹中社長が用意してくれた増員は、山崎さんの余計な一言でなんだか不穏なオーラ。
言っていることはそんなに間違ってないかもしれないけど、それを言うタイミングがデタラメです。
まぁ、炎上プロジェクトから母子を守ったと言えば聞こえはいいかな。
だとしても責任は取らないとね。