第一羽 物書きたるもの仕事でも創造力を活用すべし
勤め先で暴行事件を起こして逮捕されてしまいました……。
拘置所で反省していたら【世話人】の方が迎えに来て引き取られ、【本部】で一晩お説教を受けた後で新しい【戸籍】を受け取って新住所に送られました。
人間と違って老化しない私は10年と同じ場所に留まれません。
だから、私みたいな怪異の世話をしてくれる【世話人】の力を借りて、定期的に名前も住処も変えてリセットしながら人間社会の中で生活しているのです。
今回も、暴行事件を起こさなくても近々リセットの予定でした。
前の職場は気に入っていたのですが、仕方ありません。
でも、やっぱりコンピューターは好きなので、今回もちょっとしたコネを頼りに同業の会社にパートとして雇ってもらいました。
【鳳凰システム開発株式会社】という、中規模のソフト屋さんです。
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……
【開発3課】総勢6名の中で仕事を始めて3日目の午後。
「おっ? 新入りか?」
別の課に居る大柄なオジサンが話しかけてきました。
「はい。3日前にパートで入社した【鳥頭ハル】です」
これが私の今回の名前。
ハルピュイアを本名として名乗るわけにはいかないので、戸籍名として日本人らしい名前を使うのです。
「俺は山崎タカシ。現世を謳歌する五十代の社内ニートだ。鳥頭さんえらく若く見えるが、学生か?」
堂々と社内で社内ニートを名乗るなんて変な人ですねー。
私は風貌が若い女性なので学生にも見えるかもしれませんが、実年齢は4桁超えですよ。
でも、それも明かせないので年齢も設定してます。
「学生じゃないですよー。崖っぷちの31歳です」
前の職場で31歳は崖っぷちと聞きました。
崖っぷちはトリにとっては最高の離陸地点です。
だから、31歳は縁起のいい年齢に違いないと思ってこの年齢にしました。
「うぉい。崖っぷちとか自分で言うな。対応に困る」
山崎さんはドン引きしているけど、ヒマそうだから仕事手伝ってもらいましょう。
「山崎さん。会議の議事録を頼まれたんですが、困っているので手伝ってください」
「いいけど、議事録の何で困ってるんだ?」
「AIツールで録音データから議事録作ったらこんなになっちゃって」
PCのモニタを山崎さんに向けます。
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・会議での合意事項はありません。
・会議での決定事項はありません。
・会議での有効な議論はありません。
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「あー、よくある。サラリーマンの会議なんてそんなもんだ」
いや、それはダメでしょ。
「こういう時には創造力を発揮するんだ。物書きを目指している俺が議事録の作り方を教えてやる」
「山崎さん作家になりたいんですか?」
「まぁそんなところだ。物書きの心構えを教えてやろう。【物書きたるもの仕事でも創造力を活用すべし】だ」
思いがけず仲間に出会ってしまいました。
せっかくだから議事録作成を通じて心構えを教えてもらいましょう。
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教えられたとおりに編集してみました。
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鈴木部長は宣言した。
如何なる無理があろうとも、この受注を逃してはならないと!
技術、工数、納期。これらの無理は開発担当者の乾坤一擲の精神力を以てすれば超越できる物であるという確信がある。
抜擢された大野、山西、高島の3名は戦意高揚し万難を排して会社の売上に貢献する義務を負った。
これは鉄壁の守りであり、我が社の売上は揺るがない物であるのだと。
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「山崎さん。コレ、議事録でしょうか。一体どういう創造力なんです?」
「これは【忖度】という創造力だ。議事録ってのは、会議参加者の中で一番上位の役職者が喜ぶように創作すると承認が得られやすいんだ」
あの会議。
鈴木部長がキャパ度外視で受注してきた新案件の担当者を決める会議だったのですが、実務の3人が今の仕事でいっぱいだから無理と主張して議論が平行線でした。
「本当に回覧に回していいんですか?」
「大丈夫だ。鈴木部長の承認を取れば議事録作成は完遂だ」
うーん。
なんか引っかかるけど、提出しちゃいましょう。
…………
パントリーでくつろいでいる山崎さんに議事録の成果報告です。
「山崎さん。議事録承認取れましたよー」
「そうだろう。そうだろう。これが【忖度】の力だ。サラリーマンとして生きるには重要な創造力だぞ」
「回覧している時に、大野さん、山西さん、高島さんから預かったものがあるので渡しておきますね」
「何だ。あの3人が俺にか?」
【退職願】×3
「いやいや、これは俺宛てじゃないだろ! 鈴木部長の所に出してくれ!」
「いえいえいえ、3人共山崎さんに渡してくれって言い残して帰りましたよ」
6人の開発部署でエンジニア3人辞めちゃってどうするんでしょうね。
山崎さん。創造力でなんとかしてくださいね。
●オマケ解説●
崖っぷちという地形がトリから見ればどうなのかは定かではないが、飛べない人間からすれば【行き止まり】に違いない。女性の31歳という年齢のニュアンスは多分そっちの意味かと。
議事録作成のAIツールは実在します。
音声の文字起こしを含めて結構優秀で便利です。
だけど、使うときは社内の情報部門の許可を取ってからですよ。ああいうのは運営会社に情報を抜かれているのが常ですからね。無償版なんて使ったら、社内の議論が情報流出リスクに晒されます。
別部署から遊びに来た社内ニートの悪気の無いOJTで開発3課はいきなり大ピンチに。鈴木部長が元凶な気もしないでもないけど、どうなることやら。
ひどい。ひどい。