プロローグ
私はコンピューターが好きです。
これは私の夢を叶えてくれる最高の発明です。
短い期間にすごい進歩しているところも好きです。
いろんな新しい技術が出るたびに、それを勉強するのも楽しいです。
そうやって勉強していたら今の仕事に出会いました。
ITシステム開発会社でソフトウェアテストの仕事をしています。
意外と長く続いていて、中途入社でもう9年になります。
今日の仕事はモジュールのホワイトボックスデバッグです。
事務所でパソコンに向かってキーボードでコード エディターを操作します。
ガチャ ガチャ ガチャ ガチャ
「てーす てす てす ちぇっくー てーす てす」
そして、プログラマの方が実装したソースコードから怪しい所を探します。
分岐条件の不等号とか配列の要素数と参照とか、そういうところからバグになりそうなコードを探して行番号をメモしていきます。
お気に入りの大きめのキーボードで仕事をしていたら、隣の課の課長さんが進捗確認に来ました。
「すごいな。もうこんなにチェックしたのか。聞いてはいたけど優秀だな」
「ありがとうございますー」
今は別プロジェクトの助っ人として隣の課の仕事しているのです。
違うチームのプログラマが書いたソースコードを見るのも、違った癖があるのが読み取れて楽しいです。
こうやって事務所でパソコンを前に普通に仕事をしていますが、実は私は人間ではありません。いろんな呼ばれ方をされてきましたが、自称名は怪鳥ハルピュイア。
ギリシャ神話で語り継がれている翼の腕と鳥の脚をもつ人型のバケモノです。
そんな私ですが、人間社会の中で普通に暮らしています。
翼は人間の両腕に近い形に変化させています。
トリ脚は靴だと言えば誰も気にしません。
トリ目な視力は遠視矯正用の眼鏡で矯正しました。
これでちゃんと社会生活ができるんです。
大好きなコンピュータに関わる仕事ができるのです。
何故そんなことをしているかというと、私は作家になりたいのです。
ずいぶん前になりますが、女友達が壮大な物語を執筆したのを見せてもらって私も書きたいと思うようになりました。
でも、元は翼の腕では【筆】を上手に扱うことはできなかったのです。
とても悲しかったです。
「えーっと、仕事が速いのはいいけど、机に並んでる大量のペンとかは何?」
「私、筆記用具にはこだわりがあるんですー」
時代が進むにつれて、【筆】よりも扱いやすい筆記用具が沢山実用化されました。紙の品質も上がりました。それでも私には難しかったのです。
だけど、人間はすばらしいものを創り出してくれました。
日本語入力ができるコンピューターです。
これこそが、私の長年の夢を叶えてくれる最高の筆記用具。
だから私はコンピューターが大好きです。
「そのチェックリスト……。お前さん、筆記用具こだわる割に字が下手だな」
「…………」
言い伝えではハルピュイアは獰猛な性格とされています。
あれは本当です。
人間社会の中で長く暮らしている私は滅多なことでは暴れません。
だけど、長年気にしていることを直球で言われると地が出ます。
細腕に見える私の腕。これは元は翼です。
羽ばたいて飛ぶぐらいの力があります。
ネコパンチすら見切れない人間に私の【拳】が見えるかな。
せーの。
パンチ パンチ パンチ パンチ
チョップ アッパー チョップ アッパー
ビンタ ビンタ ビンタ ビンタ ビンタ ビンタ ビンタ