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狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
間章① グリンダと巨人の大地
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ヘカトンでの夜

 湯から上がった一行は、グラーズの案内で寝床へと向かうこととなった。


 巨人族の寝床は、人間たちの常識とはかけ離れていた。

 乾燥した岩をくり抜いたような大広間に、ふかふかの苔と草、動物の毛皮がたっぷり敷き詰められたベッドスペースがひとつ、どんと構えている。

 それは、まるで広場のような大きさで、人間であれば十人は寝られるだろう。


「さあ、ここが寝床だよ。ゆっくり休みな」


 そう言ったグラーズは、大きなあくびを一つして、壁際にどしんと座った。すぐに寝息が響いてくる。


「よし、明日には出発だからね。おやすみ〜」


 グリンダは大の字で、ベッドの真ん中に転がった。風呂上がりの彼女は、普段はまとめられている赤髪がすべて解かれ、ゆるやかに肩に落ちている。その姿は、いつもより少しだけ年上に見えた。


 問題は、その寝床に4人で寝るということだった。


 必然的に、グリンダを中心に「2人+1人」に分かれる配置になる。


「蓮は、どこで寝たい?」


 スミレが、少しだけ首をかしげて尋ねた。

 一方で、美穂もさりげなく蓮の様子をうかがっている。


「ふぇ……」


 情けない声が出た。

(これは、地雷が複数埋まった地形……)


 正直、心のなかではスミレの隣に行きたい。でもそれを言葉にすれば変な空気になる気がして仕方がない。


「お、俺はどこでも……!2人が先に寝やすいところ確保していいよ、うん……!」


 美穂とスミレは顔を見合わせた。そして、同時に違う方向を指さす。


「じゃあ私は右」

「わたしは左」


(……これ完全に詰んだだろ!!)


 蓮の頭がショートしそうになったその時、グリンダが立ち上がる。


「蓮、あたしが決めてあげよう。簡単な質問に答えるだけ!」


「は、はあ……?」


(頼れるのか頼れないのか分からない!)


 グリンダはにやりと笑って問いを投げる。


「たとえばさ。旅の途中、崖にぶら下がってる子猫がいたとする。助けようとしたら、自分も危ない。でも下には川が流れてる。さて、どうする?」


「え、ええと……」


「直感で!」


「……自分も落ちてもいいから、助ける……かな?」


 グリンダはパンッと手を叩いた。


「よし、その答えはスミレだ! 隣決定!」


「え、えぇぇぇぇっ!?」


 困惑する蓮の背中をグリンダがバシッと叩いた。


「いいから寝る!こっちは眠いんだよ!」


 おとなしく指示に従って、スミレの隣に寝転ぶ。

 毛皮の感触と、ほのかな草の匂い。そして隣から漂う、やさしい甘い香り。蓮は緊張で心臓がうるさい。


「し、失礼します……」


 スミレは微笑みながら、目を閉じたようだった。


 やがて、グリンダの豪快な寝息が響きはじめる。

 蓮も目を閉じてみるが、なかなか寝つけない。すると――


 モゾッ、と隣で気配がした。


 ちらりと目を向けると、スミレが寝返りを打ち、蓮の方を向いたまま、目をぱちぱちとさせている。視線が合った。


「っ……」


 スミレは少し驚いたように目を丸くし、やがて小声で言った。


「蓮も、眠れない?」


 蓮はこくりと頷く。


「……私もなの。なんだか、楽しくって」


 そう言って、彼女は仰向けに寝返りを打ち、夜空を見上げた。

 苔の香りがふわりと漂い、月光が差し込む。静かな夜だった。


「……綺麗ね。寝て起きたら、見れないもの」


 蓮は彼女の横顔を眺めた。

 月に照らされたその瞳は、星のようにきらめいて見える。


「……うん、綺麗だね」


 小さく微笑みながら、そう返した。


 少し離れたところでは、美穂が目を閉じていた。

 ……けれど、実はまだ眠ってはいない。


(聞こえたわよ……スミレのこと、綺麗って……)

 そう思いながら、美穂はそっと目を閉じ、聞かなかったフリをして、静かに眠りにつくのだった。


 ***


 翌朝。


 まぶしい太陽の光が岩の隙間から差し込み、蓮の瞼をじわじわと照らしていた。

 それと同時に、大地がわずかに揺れる感覚。


(地震……?)


 寝ぼけまなこで体を起こすと、足元にゴトゴトと何かが積まれていく音がした。


「おーい、起きろー!」


 グラーズだった。両肩にごっそりと工芸品を担ぎ、腕にも何かを抱え、まるで歩く土産屋のような姿になっている。


「お、おはようございます……って、え?」


「お土産だ!デールに渡すぶんもあるし、おまえらにも選ばせてやる。好きなもん持ってけ!」


 その勢いに圧倒されながらも、蓮たちは寝ぼけ眼で起き上がった。木彫りの置物やら、光沢のある鉱石の装飾品、分厚い革に手彫りを施した書物まで――グラーズが誇らしげに並べていく。


「っていうかこれ、どうやって持って帰るの!?」

 思わず蓮が声を上げた。


 だが、その心配を吹き飛ばすように、グラーズは自慢げに胸を張る。


「ふっふっふ、安心しろ!俺が送ってやる! ついでにデールの運搬も手伝わなきゃならんしな!」


 その言葉に、一行は思わず笑った。


 スミレはふわりと微笑みながら空を見上げる。美穂は革の手帳を手に取り、何かを記録している。グリンダはというと、片手にでかい木箱を抱えながら、早速どれを売るか算段していた。


「よーし、じゃあ行こうか!大地の風に乗って、一気に帰るぞ!」


 そう言って、グラーズが両手を広げると、蓮たちは再びその掌の上に乗せられる。大きな背中に風が吹き抜け、遠くに山々が霞んで見えた。


 巨人の大地・へカトン。

 その壮大な世界を背に、旅はひとつの区切りを迎える。


 だが、物語はまだ、終わらない。


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― 新着の感想 ―
程よいボリュームの外伝でした〜。 温泉回が含まれていた割にはラッキースケベ成分が少なめでしたねw (´ε`) 心に一息つける良いエピソードかと。 (*´ω`*)
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