交易都市テルヴァン 前編
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交易都市・テルヴァンは、東西の文化が交錯する賑やかな場所だった。広大な市場には色とりどりの布地が風に揺れ、香辛料や珍しい果物の香りが鼻をつく。
高い塔が街の中央に聳え、石造りの建物が並ぶ街並みは歴史を感じさせる。しかし、所々に新しい建物も見え、近代化の波が押し寄せているのがうかがえる。
商人たちの声が飛び交い、行き交う人々は皆、急ぎ足で目的地に向かっている。馬車や荷物を積んだキャラバンが道を占拠し、駆け足で過ぎる姿も見受けられる。空は薄曇りだが、時折陽光が雲間から漏れ、街全体を優しく照らしている。
蓮は、都市の入り口に立つと、目の前に広がる景色に圧倒された。長い旅路の疲れが一瞬で和らぐほど、賑やかで活気に満ちたこの場所には、どこか心が躍るような魅力があった。
「すごい、ここがテルヴァン! ネイトエールの市場よりずっと大きくて広いですね」
足を踏み入れると、街の喧騒に混じり、遠くから聞こえてくる音楽や話し声が、まるで歓迎のように感じられた。
「そりゃあそうさ、ここらじゃ一番大きい交易都市だからね」
グリンダの声が遠くに感じるほど、街の音が賑やかだった。
活気に満ちた空気が胸を膨らませ、蓮は思わずその場で息を呑んだ。
「蓮、着いてすぐで悪いけど、ちょっと付き合っておくれよ」
グリンダの声が再び響き、蓮はふっと我に返った。気づけば、グリンダが自分の腕を引いて歩き出していた。彼女の手が強く腕に触れた感触が、蓮の心を少しだけ乱す。街の音がどんどんと遠ざかっていくような気がしたが、グリンダの歩みは止まらなかった。
彼女は慣れたように市場の隙間をすり抜け、蓮をそのまま連れて行く。
人々の声や足音が背後で響く中、グリンダはどんどん先を行き、蓮はその後を追った。歩くにつれて、道はだんだんと込み入ってきて、まるでどこか秘密の場所に導かれているような感覚になった。
商人の声も、かつての賑やかさを失い、ひっそりとした道に差し掛かる。あたりの空気は一転して静けさを帯び、思わず蓮は息を潜めた。
やがて、グリンダが歩みを止めた。目の前には、立派な天幕があり、その下にはたくさんの武器や瓶が置かれていた武器の刃先は錆びついていないが、どこか無骨で、使い込まれた跡が感じられる。瓶には不気味な色の液体が入っており、その色合いが微妙に光を反射して、見る者に不安を与える。
蓮はその液体が何を意味しているのかすぐには分からなかったが、直感的にそれが安全でないことを感じ取った。
しかし、商人らしき人物は見当たらない。空気が少し冷たく、日陰に入るとひんやりとした感覚が身を包んだ。
「おーい、デール! いるんだろー!」
グリンダが声を上げると、その声が市場の喧騒に混じり、まるで街の静けさを一気に破るようだった。その瞬間、天幕の奥からドスの効いた足音が聞こえ、やがて横に大きいガタイの良い男が現れた。
彼は一歩一歩、地面をしっかりと踏みしめて歩いてくる。その姿からは強さと頼もしさが滲み出ている。
「よお、待ってたぞグリンダ」
大きな肩幅、ずんぐりとした体格、太い腕とがっしりとした胸板。ドワーフ族の男、デールだ。
低く、どこか大地のように重厚な彼の声が響いた。その声は、まるで風が岩を削るような力強さがあり、言葉の一つひとつに重みが感じられる。
グリンダは声を聞くと、思わずにっこりと笑いながらデールのもとへ歩み寄った。彼女の顔に浮かぶ笑みには、長い付き合いの中で培われた信頼と友情がにじみ出ている。
一方、蓮は、初めて訪れたこの大きな市場、街の喧騒、そしてドワーフの男とのやり取りに、心臓がうるさく鳴っていた。どこか馴染みのない環境に少し緊張しつつも、その冒険的な興奮が次第に膨らんでいくのを感じていた。
「ほら、あんたが欲しがってた烏を持ってきたよ。これで物を作れそうかい?」
グリンダは大きな皮の袋をデールに渡した。その袋の中には、今朝捕まえたばかりの烏が入っている。デールはそれを受け取ると、そのゴツゴツとした大きな手で袋を軽く掴んだ。その手のひらには力強さとともに、長年の仕事に磨かれた温かみが感じられた。
「おお、助かるよ。早速使わせてもらおう」
デールの顔には、嬉しさを滲ませた笑みが広がる。彼は、鼻の下をくすぐるように大きな丸い鼻をピクピクさせ、楽しそうに言った。口元に浮かぶ笑みは、彼の硬派な外見とは裏腹に、温かみを帯びている。
「それじゃあ、グリンダは店番を頼むよ」
デールは無造作に手を振りながら言うと、再び重い足取りで奥の作業場に向かって歩き始めた。その足音が、店の中に響き渡る。その背中には、力強い決意が漂っていた。彼は目の前にある仕事を終わらせ、また新たな仕事に取り掛かろうとしている。
突然、デールが立ち止まり、ふと後ろを振り返る。すると、蓮の方を見て、一瞬の間を置いてから言った。
「そういや、あんたの名前を聞いてなかったな」
蓮はその言葉にハッとして顔を上げ、少し慌てながら答えた。
「蓮です! グリンダさんには昨晩助けてもらって……」
デールはそれを聞くと、ゆっくりと頷きながら、長い髭を撫でる。彼の手のひらが髭を触れると、まるで長年の習慣のように、手のひらが自然と動く。その動作には、どこか余裕が感じられた。
「そうか、蓮! よろしくなあ!」
デールの声には、歓迎と温かい気持ちが込められていた。彼の顔に浮かぶ笑みは、真心からのものだと感じさせた。初対面の蓮にも、どこか心を開いて接しているのが伝わる。
そのとき、グリンダが何かを思い出したように目を見開き、急に声を上げた。
「そうそう! デール、蓮に馬車を出してやってよ。ネイトエールに行かなきゃならないみたいで」
デールは一瞬、眉をひそめて考えるような素振りを見せたが、すぐに軽く頷いた。
「そりゃあ勿論。薬を作り終えたら送ってやろう」
言葉には、少しだけ余裕が感じられ、どこか「それくらいは当然だろう」というような態度が見て取れる。デールはその後、蓮の方を見て、にやりと笑いながら言った。
「蓮、お前も一緒に中へ入れ。いいもん見せてやる!」
その声は、穏やかでありながら、どこか頼りにされているような、暖かな響きを持っていた。デールの言葉には、仲間への深い気遣いや、自分の持っている知識や技術を惜しみなく共有したいという意欲が見て取れる。彼の強さ、誠実さ、そしてどこかで積み上げてきた自信が、自然とその言葉に込められていた。
その言葉を受けて、蓮はほんの少し驚きながらも、心の中に温かな感情が湧き上がるのを感じた。
デールの態度や言葉には、何の気負いもないが、彼の存在そのものが周囲に安心感を与えているような気がする。まるで荒れた海を航海する船が、強い帆と確かな舵で進んでいるかのように、デールの存在には不安や恐れを感じさせない力強さがあった。
「はい、おじゃまします」
蓮は少し胸が温かくなるのを感じながら、デールを見上げた。彼が言う「いいもん見せてやる」という言葉には、どこか少年のような好奇心が込められていて、その背中を追いたくなる衝動に駆られる。
そして、ふと、この先何が待っているのか、少しだけ興味が湧いてきていた。




