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狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第2章 月光の兎と歩む道
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阻む刃とその心

第二章始まります!

初の15時更新お願いします!

 蓮が剣の訓練を始めてから一週間。

 早朝、ネイトエール城の訓練所から剣を打ち合わせる音が響いていた。

 そこには、汗を流しながら連続で剣を振る蓮の姿があった。的の木材は次々と切り裂かれ、蓮の剣がすさまじい速さで斬撃を繰り出していった。


「ふぅ……」


 蓮が一息つくと同時に、パチパチと拍手の音が背後から聞こえてくる。


「中々の腕前じゃないか。ティナが育てただけあるな」


 タバコを手に持ったホクトは、どうやら出先から戻ってきたばかりのようで、コートを羽織ったまま訓練所に入ってきた。


「ホクトさん、おかえりなさい」


 蓮の額から汗が滴り落ちる。

 ホクトは上着を脱ぐと、袖捲りをした。


「蓮、今日はお前に実戦を教えようと思ってな。これはお前の剣だ、抜いてみろ」


 ホクトは蓮に片手剣を渡した。蓮は言われた通りに鞘から剣を抜くと、その綺麗に磨かれた刃を見つめた。それは細身で、先端が鋭く尖った斬れ味のよさそうな刃であった。


「今からそれを使って稽古を行う」

「はい、よろしくお願いします」


 蓮がそう言うと、ホクトは鞘から自身の剣を抜き放った。そしてその刃を蓮に向けた。


「蓮、かかってこい」


 蓮はホクトのその一言に、目を点にさせた。蓮が持っている剣は、間違いなく本物の、人を斬ることができる剣だった。そしてそれは、ホクトが持っている剣も同じだ。

 仮に蓮がホクトと斬り合ったとして、その刃が少しでも体に当たったら───そう思うと蓮の体は鳥肌が立った。初めての稽古だというのに、最初から本物の剣を使うとは一体どういうつもりなのだろう。

 蓮は頭が真っ白になったが、ホクトの殺気を感じ、すぐにその状況を理解した。

 やるしかない。

 蓮は小さく震える手にギュッと力を入れると、刃をホクトに向けた。そして大きな声を出してホクトに襲いかかった。剣と剣は激しくぶつかり合い、火花を散らす───。


「───甘い」


 ホクトのその一言とほぼ同時に、蓮の身体は大きくふらつく。気づけば、蓮の両足は床についていた。ホクトの剣圧が、蓮を突き飛ばしたのだ。

 ホクトは刃の先を蓮の首元に当てると言った。


「相手が俺でなければ、お前はもう死んでいるぞ」


 今にも蓮を刺し殺しそうなホクトの目。

 ホクトは小さく舌打ちをすると、手に持っている剣を少し横に動かした。刃先は蓮の首を浅く切った。首からは真っ赤な血が滴り落ちる。

 蓮は恐ろしさのあまり息を呑んだ。

 傷の痛みなど感じないほど、今は怖くて仕方がなかった。そしてこの時、自分がどれほど命懸けなことをしているかが分かった。またそれが分かった時、今までにないくらいの緊張感が走る。ティナとの訓練とは訳が違うのだ。


「もう終わりか、蓮」

「まだです……」


 首からの出血は止まらず、ジンジンと傷んだ。それでも蓮は立ち上がると、一度深呼吸をした。深く、ゆっくりと───。

 そして再びホクトに刃を向けて襲いかかった。その度にホクトは蓮を突き飛ばした。その過程を何度も何度も繰り返した。蓮の傷はどんどんと増え、床や壁にはその血が染み付いていった。


「相手にならない。今日はもう終わりだ。傷を手当てしてもらってこい」


 ホクトは剣を鞘にしまった。そして傷だらけの蓮には目もくれず部屋を出ていこうとする───そこを見逃さなかった。

 蓮はホクトの背に刃を向けると、腕を大きく振り上げた───。


「ヴッ……!」


 蓮の体は気づくと宙を舞っていた。そしてその後、体全体に大きな衝撃が走った。ホクトを切ったはずの剣は、遠くの床へ飛ばされている。何が起きたのか、蓮には頭が追いつかなかった。


「お前なかなか面白いな」


 ホクトは笑っていた。蓮はこの時、ようやく自分の状況を理解した。ホクトは蓮の体を投げたのだ。柔道でいうのなら、背負い投げといったところだろうか。

 蓮は体の痛みに耐えながら、その場で正座をした。


「まいりました」


 蓮は、今出せる全ての力を出しても、ホクトに一ミリも歯が立たなかった。


「いいか、もし剣を奪われたら素手で挑め。それでも無理なら、逃げろ」

「わかりました」


 蓮が頷くと、ホクトは再び剣を手渡した。蓮はそれを受け取ると、鞘にしまった。


「ほら、早く立て。シェリーがお前のことを待っているぞ。女を待たせるな」


 ホクトは扉の方を見てそう言った。

 蓮が咄嗟に振り返ると、そこにはスミレが立っていた。


「スミレ……? どうしてここに───」

「治療をするからに決まってるでしょう? ほら、早く行くわよ」


 スミレは蓮を引っ張ると、治療室へと向かっていった。

 治療室の扉を開けた瞬間、薬草の匂いや消毒液の香りが漂ってきた。スミレは棚からいくつかの薬瓶を取り出し、蓮を見つめながら優しく言った。


「服を脱いで、椅子に座ってちょうだい」


 蓮は言われるまま、ビリビリに破れた上半身の服を脱ぎ、傷だらけの体を晒すと、椅子に座った。腕や腹にはホクトの刃が刻んだ傷が無数に走り、そこからは血がダラダラと流れ落ちていた。肌の下に赤黒い筋が目立ち、傷口から滴る血は痛々しい。


「少ししみるけれど、我慢してね」


 スミレは蓮の目の前で消毒液と思われる液体を布切れに垂らし、それを慎重に蓮の傷口に当てた。その瞬間、ズキリと全身に鋭い痛みが走る。蓮は一瞬体が震えたが、顔を引き締め、じっと耐えた。痛みを堪える度に、どこか遠くを見つめるように、頭の中で過去のことを思い出していた。

 高校時代、怪我をした時に訪れた保健室のことを思い出す。そこには、若くて人気のある保健室の先生がいた。今ごろクラスメイトたちは元気に過ごしているだろうか。突然消えてしまった自分を心配しているだろうか。

 だが、それらの思いは現実とは無関係だと蓮は痛感していた。


「蓮、痛い?」


 スミレの声で蓮は現実に引き戻された。その瞬間、さらに痛みが増したような気がした。

 だが、蓮は口を結び、力を入れて耐えた。


「痛くないよ」


 どうせ「痛い」と言ったところで、スミレを余計に心配させるだけだ。蓮は痛みを飲み込み、足の指先まで力を入れて体を動かさぬようにしていた。


「後ろ向いて。背中も消毒するわ」


 スミレの言葉に従い、蓮は椅子をクルッと回して、背中を向けた。今度はスミレの手が背中に触れ、その手が慎重に傷を辿りながら確認していく。指先が触れるたび、蓮の背筋がピリリと反応した。その予測できない感覚に、わずかに胸が高鳴るのを感じた。


「こっちも酷い傷ね。ホクト様も本当、容赦がないわよね」


 スミレは蓮の背中にそっと手を当て、傷の一つ一つを丁寧に確認していった。彼女の手が滑らかに背中を撫でる度、蓮の心臓がわずかに高鳴るのが分かった。


「ごめん、くすぐったいわよね?」


「あっ……いや、大丈夫」


 蓮は顔を少し赤くして答え、話題をそらすために冷静を装って言った。


「なあ、スミレ。前言ってただろ、昔の記憶がないーーって。そのことを、ホクトさんの他に知っている人はいるの?」


 スミレは蓮の背中に手を当てたまま、冷静に答えた。


「知っているかは分からない。ネイトのみんなは、必要以上に他人に干渉しないの。何しろ、騎士団は命を狙われやすいから素性を明かさないことが多いのよ。ほら、シェリーっていう名前があるのもそのためね」


 スミレは軽くため息をつきながら話を続けた。


「タオやミネル、シェリーだってそう。それらの名前は全て、ネイトに入団した時にもらった()()()()()なの。だから私はみんなの本当の名前を知らないーーあ、ティナだけは別だったかしら。彼は自分の名前をそのまま使っているって言っていたかも」


 背中に消毒液を塗られ、ズキズキと痛む蓮は、その痛みを感じながらもスミレの話に耳を傾けた。


「まあ、蓮がみんなの前で私のことをスミレって呼ぶから、私のプライベートの名前はバレてしまったけどね」


 スミレがそう言って、手の動きを止めると、蓮は振り返るように椅子を回転させた。


「じゃあ本当は、ネイトにいる時はシェリー、外にいる時はスミレって呼んだ方がいいってこと?」


「ええ、そういうことになるけれどーーそもそも、騎士団としての名前を与えられた時点で本当の名前は捨てるべきなの。私は城下町に住むスミレではなく、騎士団としてのシェリーとして生きるべきなのよ」


 スミレは蓮に目を向けながら、きっぱりと言った。その目は真剣で、どこか寂しさを感じさせるものがあった。

 それからスミレは蓮の足に目を向け、少し驚いたように言った。


「それより、足も酷い傷じゃない。すぐに治療するわ」


 スミレは素早く蓮のズボンに手を伸ばす───。


「あ、いや、大丈夫!」


 蓮は反射的に立ち上がり、笑って誤魔化そうとしたが、すぐにスミレに押さえられた。


「ダメよ、こんな傷だらけなのに放っておけるわけないでしょう?」


「わ、わかったよ! 分かったから!」


 蓮は仕方なくベッドに座り込み、そして少し戸惑いながら言った。


「自分で脱ぐからちょっと待ってっ」


 蓮の心の中では、異性であるスミレに下半身を見られることへの抵抗感が湧いてきた。

 彼は目をそらしながら、躊躇いを見せつつも、ズボンを脱ぎ、ベッドに横たわった。

 蓮の足には予想以上に傷が多く、血が滲んでいた。しかし、その傷はすべて浅く、ホクトがどれほど手加減していたのかが分かる。


「もうちょっとだけ我慢してね」


 スミレは冷たく感じる指先を蓮の太ももに当てた。痛みというよりも、くすぐったい感覚に近いものがあり、蓮の体はピクンと反応した。


「ん……待ってスミレ、そこっ……くすぐったいっ……!」


 スミレの手が動く度に、蓮は過敏に反応し、治療がどこかエロチックに感じられてしまった。そんな感覚に蓮は戸惑いながらも、必死に耐えた。


「あまり動かないで、もう少しだから一ー」


「わかっ……た」


 蓮はスミレを見上げ、顔を赤くしながら答える。彼の目の前には、スミレの美しい顔があり、その美しさに改めて気づくこととなった。


 スミレの高い鼻、シャープな顔立ち、どこから見ても完璧な輪郭。彼女の存在は、どこまでも魅力的で、蓮はうっとりとその顔を眺めていた。

 蓮は今、こうしてスミレに惹かれている自分に驚いていた。これまで、自分から誰かに好意を寄せることはなかった。だが、スミレの持つ強い魅力が、まるで魔法のように蓮を引き寄せていた。


「終わったわよ、お疲れ様」


 スミレは一息つきながら、蓮の頭を優しく撫でた。


「だから、俺は犬じゃないってば」


 蓮は少し不満そうに口を尖らせたが、顔を赤くしながらも、相変わらず「嫌だ」とは言わなかった。


「なぁ、スミレ。一つ確認なんだけどさ。他のみんなにもこういう……今日みたいな治療をやってるの?」


「治療は私の役目だもの。当たり前よ」


 その返答は、蓮にとって予想外ではなかった。スミレが皆に分け隔てなく接していることも、治療のたびに優しく手を伸ばしていることも、知っていた。それでも、こうして言葉にされると、思っていた以上に胸に刺さった。


 ただの役目だと割り切るには、彼女の手の温もりはあまりに優しかった。無邪気に片づけを続けるスミレを見ながら、蓮は心の奥で押さえきれない感情がわき上がるのを感じていた。他の誰かにも、同じように触れて、同じように笑っているのだろうか。そう考えるだけで、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


「そっか」


 そう呟いた声は、自分でも驚くほど冷静だった。だが、吐き出した息の奥に、微かな寂しさが滲んでいた。目の前のスミレの笑顔が、ほんの少し、遠くに感じられた。


第二章突入!どうでしたか?もしかしてスミレって清楚ビッ……と言いかけないでくださいね。


読者様、いつも本当にありがとうございます!

感想や評価が励みになります。

どんな小さな内容でも構わないので「読んだよ〜」だけでも感想貰えると嬉しいです!

また0時に会いましょう!

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― 新着の感想 ―
ホクトは容赦ないですなぁ。 でも、それだけ真剣に鍛えようと考えているのでしょうね〜。 なるほど。全員が偽名だったんですか。 だとすると本名に謎が隠されている可能性もありそうですし、展開の予想が難しくて…
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