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【完結】狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第1章 新たなる世界の始まり
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剣術

 蓮がティナに連れられて訓練をすることになったのは、朝食を食べ終わってから間もない時だった。


「ネイトエールに来てすぐなのにすみません。昨日、ホクト様から蓮の面倒を見るよう頼まれたんです。ほら、ホクト様は席を外されてるでしょう? その間の教育係が僕ってことです」


 石造りの床と天井に囲まれた訓練所。広い空間に足音が響き、まるで圧迫されるような空気の中で、ティナの声が続けて響く。


「ホクト様から出された蓮への課題の一つ目、騎士団員として剣術を学べ……」


 ティナはそう言うと、腰にかけた鞘から剣を抜いた。その手の動きに蓮は思わず目を奪われる。金属が光り、何もかもが真剣そのものであることを感じさせた。


「蓮は人間ですから、魔術や能力をお持ちではないでしょう? ですから、まずは自分の身を守るために剣の扱い方に慣れてもらいます」


「えっと、これって……」


 蓮は剣を見て少し動揺した。人間界では実戦用の剣を扱うことなどなかったし、剣を間近で見るのも初めてだった。思わず手が震える。


「怖いですか? 大丈夫です、ちゃんと使い方を教えますから」


 ティナは蓮を安心させるようにそう言うと、剣の柄を差し出す。その目は穏やかで、蓮にとっては少しホッとする瞬間でもあった。だが、心のどこかでその剣が持つ意味を理解することが怖かった。


 テンポよく進んでいくこの状況に、蓮は追いつくことができず頭を抱えた。


「ち、ちょっと待ってください! 訓練? 剣!? あの、俺、まだやるなんて一言も!」


 蓮のその言葉を聞いて、ティナの目付きが一瞬変わったような気がした。ティナは少し首を傾げてから、耳を垂らすと、分かりやすく悩んだ素振りを見せる。


「困りましたね、これじゃあ僕がホクト様に怒られてしまいます。最悪、ネイトを追い出されるかも……」


 ティナはチラチラ蓮の方を見ながら話を続ける。その目は真剣で、どこか焦っている様子が見て取れた。


「追い出されるのが僕だけだといいですが、もしかするとその被害は蓮やシェリーにまで及ぶかもしれません……ああ、困ったなあ」


 ティナのきゅるきゅるとした目が蓮の目を離さない。蓮はその目を見つめると、心の中で抗う力が弱まっていくのを感じた。


 この目は、ダメだ。


「わ、わかった! やります! やってみます!」


 蓮は仕方なく手汗で滲んだ片手をティナの前に出す。ティナはにっこりと笑って、その手のひらに剣を置いた。


「では、持ち方を教えますね。まずは利き手で柄を握って、重心を腰に……そうそう。剣は腕の力だけで振るものじゃないんです」


「えっと……。柄って、ここでいいのかな?」


 初めて持つ剣に少し緊張しながら、実際に手に持つ。思っていた以上に重たく、冷たい金属が手のひらにしっかりと伝わり、命の重みを感じる。どこかおろそかにできない感覚が、心の奥底で強く響いた。


 それにしても、姿勢はどう取ればいいのか、攻撃の間合いはどのくらいなのか。戸惑っていると、ティナがクスっと笑った。


「すみません、口で説明しても難しいですよね。僕がお手本を見せますから、蓮はそれを真似してみてください」


 ティナはそう言うと、腰のもう一本の剣を抜き、蓮に見せながら構えを取る。その動きは滑らかで、まるで体の一部のように剣が手に馴染んでいた。


「右手はこのように握ります」


「へぇ、なるほど」


 蓮はティナの真似をして、剣を握る。重さを感じながらも、なんとか構えを取った。


「そう、お上手です。次に、左手で柄の下の部分を添えて、体全体でバランスを取るように意識してみてください」


「こんな感じ?」


 蓮は言われた通り、左手で支えるように剣を握り直した。剣の持ち方が少しずつ自分のものになっていく感覚がする。


「はい、そうです。それが基本の構えになります。少し待っていてくださいね」


 ティナはその場を離れ、木の板でできた人形型の的を用意し始めた。首と頭、そして胸元が赤く塗られており、それを見て、蓮の心臓が少し早く打ち始めた。緊張がさらに高まる。


「では、早速やってみましょうか。まずは胸元に向かって一太刀、斬りかかってみてください」


 蓮はティナに言われるまま、剣を的に向けて構えた。震える手をしっかりと握り直し、思い切って振り下ろす────。


「っ……!」


 ────風を切る音が鳴った。だが、蓮の剣は的の肩をかすっただけだった。


「そんな、胸を狙ったはずなのに!」


 ゲームの中での戦いとは違い、実際に剣を振るうのはこうも難しいのだ。心の中で、「どうして上手くいかないんだろう」という焦りが湧いてきた。


「最初はそんなものですよ。少しずつ慣れていってください」


「わかった……」


 ティナは優しく言ったが、その言葉の重みが蓮には深く響いた。


「剣を構える時に視線と動きが一致しなければ、その瞬間に命を落とすことになります。自分の直感を信じて、一瞬にして重心と意識を合わせるんです」


 ティナはそう言って剣を構える───。


「こんなふうに───っ」


 ────金属の衝突音が二度響いた。次の瞬間、的の赤い部分が斬り裂かれ、倒れた。ティナはにっこりと笑っていた。蓮はただ口を開けてその光景を見つめるしかできなかった。それはあまりにも一瞬の出来事であり、蓮はその速さにただ驚くばかりだった。


「こう見えて僕、剣は得意なんです。普段は短剣派ですけどね。兎の瞬発力のおかげですかね?」


 ティナの頭から生える長い耳が、嬉しそうに揺れた。蓮はその光景を見て、少しだけほっとした。


「俺にも、こんな速さで斬れるようになるのでしょうか」


「できます。蓮ならきっと」


 ───と突然、ティナの耳がピクリと上に上がる。彼の視線が鋭くなり、表情が引き締まる。


「すみません、どうやら時間のようです」


「え……? 時間って、なんの?」


「今タオから連絡があったのですが、サタンの撃退に参戦することになりました。できれば争いなどしたくはないんですけどね」


 ティナは困ったように笑う。


「え、連絡って? いつどうやってしたの?」


 蓮の頭に、沢山のクエスチョンマークが浮かんだ。

 ティナは一度「うーん」と悩んだ後、思い付いたように一言、


「テレパシーみたいなものです」


 と肩をすくめた。蓮はすぐに納得できなかったが、ティナの言葉を聞いて、少し考え込んだ。ここは架空界であり、ティナも架空の存在である。おそらく、魔法か何かを使ってタオとテレパシーを送りあったに違いないと蓮は思った。


「それじゃあ、蓮も訓練頑張ってくださいね。()()()()()()()()()()()()()()


「なっ……別にそんなこと一言もっ……!」


 ティナは蓮に聞く耳をもたず、そそくさと部屋を出ていってしまった。彼の耳がぴんと立っているのが、蓮にはなんだか意地悪に見えた。


「なんなんだよ……もう……」


 蓮は口を尖らせながら、再び剣を構えた──直感を、信じて。


 目を閉じ、心を落ち着ける。今度こそうまくいくはずだ。自分の力で的を斬り、まっすぐ中心に当てる。その瞬間を想像しながら、蓮はゆっくりと息を吸って吐いた。そして、再び剣を振る──。


 ザシュッ! 


 鋭い音と共に剣が空を切る。しかし、蓮の体は反動に負けてバランスを崩し、そのまま尻もちをついてしまった。


「うわっ……!」


 慌てて手をついて体を支えると、剣の刃は的を大きく外れ、床をわずかに削っていた。


「ちょっと……どうなってるんだよ、俺……」


 蓮はしばらく動けずに、手のひらで顔を覆った。こんなに簡単にできると思った自分が恥ずかしくて、どうしようもなく情けない気持ちが胸に広がる。

 それでも、何かを掴むために、もう一度剣を握り直すのだった。

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― 新着の感想 ―
剣を振るだけでも難しいですよね。 次の日は筋肉痛になりそうw テレパシーの魔法は便利そうですし、習得できるのなら目指したいところですね〜。
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