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狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第6章 機械仕掛けの記憶と罪
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化け物の戦い 後編

 暴風が大地を削り、裂けた地面の奥底から黒い霧が噴き上がる。

 その中心で、ローレはもはや人とは呼べない影と化していた。

 剣を握る蓮の手が震える。歯を食いしばっても、足が前に出ない。


 ――どうする。

 このままじゃ、誰も生き残れない。


「蓮、行くぞ!」


 タオの声が飛ぶ。

 蓮は歯を食いしばり、視界が滲む中でローレを見上げた。

 止めなきゃ……でも、俺じゃ……!

 どうすればいい……っ!


 その時だった。


 ――()()()()()()

 違う、震えではなかった。


 それは共鳴だった。


 風が止み、霧の中に――淡い、光。

 ――音もなく舞い降りる羽衣のような、光。


「……!」


 蓮の背に、柔らかな光が降り注いだ。


「下がって」


 凛とした、どこか懐かしい声が降ってきた。

 その声と共に、美穂が現れる。

 白銀の外套が風をはらみ、長い水色の髪がゆるやかに舞う。

 その瞳には、確かな決意の光。


「歪みを感じたの。……ローレの、叫びが聞こえた」


 蓮は、呆然と呟いた。


「……美穂……!」


 美穂は微笑まず、静かに言った。


「私の血は……人と妖精の交わり。だから“狭間”の歪みにも、まっすぐ応えられる」


 そして、ローレの暴走を見据え、ゆっくりと両手を掲げる。


「この暴走を止めるには、私の光で封じるしかない」


 美穂の足元に、六つの光の環が現れる。


「――《照光結界:六方晶陣ルミナ・ヘキサグラム》」


 六枚の魔法陣が展開され、天と地を結ぶ光が走る。

 その光はローレを包みながらも、倒れているホクトの方へもわずかに伸び――傷口から滲む血を、静かに止めていく。


「……まだ動けるはず。あとは、時間を稼ぐだけ」


 美穂の声に、蓮が頷いた。

 タオはローレの突進を受け流し、ミネルは魔弾で黒い羽根を撃ち落とす。

 結界は六方からの支えで安定し、じわじわと暴走の力を削っていく。


 その時、スミレが視線を走らせた。

 ――ホクトが、このままじゃまた巻き込まれる。

 彼を守るには……この封印を完成させるしかない。


「待って! 私も!」


 かすかな風が吹き、美穂の結界に重なるように優しい力が注がれる。

 美穂はわずかに微笑んだ。


「……ありがとう、スミレ」


 結界の光が強く脈打ち、ローレの瞳が一瞬、青を取り戻す。

 ミネルがその一瞬を見逃さず、蓮が再び立ち上がる。


「……今だ!」


 ふたりの行動が連動し、最後の封印が完成する――

 結界の中央で、ローレが膝をつく。


 美穂の瞳が、微かに揺れる。


「ホクト――殺って」


 感情を排したような、静かな声。

 だが、そこに込められたのは確かな覚悟だった。


 だが、それを聞いた瞬間――

 ホクトは、静かに立ち上がった。


 深く裂かれた腹から、濃い血が滴り落ちる。

 地面に染みていくそれは、まるで罪が染みついた過去を塗り替えるようだった。


「父さん! 」


 蓮の叫びも、スミレの伸ばした手も――彼の背中を止めることはできなかった。


 ゆっくりと、確かに、ホクトは結界の中を進む。


 そこには、かつて“親友”だったものがいた。

 翼を裂き、瞳を濁らせ、ただ暴力の化身として咆哮する影。


 ホクトは、その姿を真正面から見つめた。


 風が吹き荒れる。

 音がすべてをかき消していく。

 だが、彼の耳には、何も聞こえていなかった。


「……ローレ」


 静かに呼んだその声は、祈るようで、別れを告げるようで――

 どこまでも優しかった。


 遠い日々が脳裏をよぎる。

 剣を交え、笑い合い、背を預け、共に立っていた記憶。

 ローレの声、笑い方、怒鳴り声さえも……すべてが鮮明に蘇ってくる。


「……お前がいたから、俺はここまで来れた。

 剣を取れた。……背を向けずに済んだ」


 言葉を噛み締めるように、ひとつひとつ紡ぐ。


 ホクトは、ゆっくりと剣に手をかけた。


 その手は、微かに震えていた。

 だが、それを止める者はもう、いなかった。


 やがて――


 鞘から抜けた刃が、夜気を裂いて響く。

 冷たい光が、その身を包むように宿る。


「お前を……俺が、終わらせる」


 その声に、怒りも恨みもなかった。

 あるのはただ、深い敬意と、尽きることのない愛情だけだった。


 そして――


 ホクトの瞳が、静かに決意の色を宿す。


 一歩、踏み込む。


 剣が、振り下ろされた。


 瞬間、凍てついた空が一閃に裂け、斬撃がすべてを断ち切る。

 黒い羽根が、音もなく空へ舞い上がり、光に融けて消えていった。


 暴風が止む。

 歪んだ空が、静かに閉じていく。


 ローレは、何も言わず――ただ、崩れ落ちた。

 その顔は、ほんの一瞬、まるで夢を見た子どものように穏やかだった。


 ホクトは、剣を支えに、その場に膝をつく。


 重さを、静かに受け止めるように。

 その肩が、小さく、小さく震えた。


「……やっと……終わったな……」


 呟いた声は、吐息とともに大地へ落ちて、風にさらわれた。


 そして――

 彼の体が、静かに、静かに崩れ落ちた。


「父さんッ!!」


 蓮が駆け寄る。

 声が割れていた。目の奥が、焼けるように熱い。


 タオも、そのすぐ後ろを駆ける。


 ホクトの瞼は、もう開かれなかった。

 けれど、確かに微かに――口元が笑っていた。


「なんで……こんな時に、笑ってるんだよ……!」


 蓮が、その胸に手を置く。

 まだ、わずかに、温かい。


「生きろよ……俺みたいに……後悔するな……」


 震える声で、彼がそう告げたような気がした。


「……ホクト」


 タオが、その横に膝をつく。

 拳を握る。震えている。唇が、血を滲ませながら歯を食いしばっている。


「……許してねぇぞ。俺は、まだ……お前を、許してねぇ……!」


 だが、剣は振るえなかった。


「……なのに、何でだよ……何で、こんな……!」


 タオの剣が、地に落ちる。

 肩が揺れる。目を覆った髪の奥で、涙が止まらない。


 ホクトの死は、贖罪ではなかった。

 それは、彼らに未来を託すという選択だった。


 蓮も、タオも――その重さを背負った。


 静けさのなか、空から舞い降りた一枚の羽根が、

 地面に触れる前に、ふと光って消えた。


 そして誰もが、胸の中で確信していた。

 彼は、竜の血でも悪魔の血でもなく――自らの意思で、その一歩を踏みしめたのだと。



 誰も、声を出さなかった。いや、出せなかった。

 静けさが、降り積もるようにあたりを包み込んでいた。

 風も、音も、魔力さえも、今はどこか遠くへ消えてしまったかのように。


 その中で、スミレがゆっくりと目を閉じた。

 そっと胸に手をあて、静かに祈りの言葉を捧げる。

 花は咲かない。ただ、心の中に咲いたものがあった。


 美穂も、タオも、ミネルも――それに倣うように、目を閉じた。

 誰が言い出したわけでもなく。

 ただ自然に、それぞれの胸の内で、“別れ”を受け止めていた。


 やがて、蓮がゆっくりと立ち上がる。

 震える足で、それでも真っすぐに進む。


 地に伏した剣――ホクトの剣の前に、彼は立った。


「……父さん」


 ぽつりと呟いて、しゃがみ込む。


 手を伸ばし、その剣の柄に触れた瞬間――

 ひんやりとした金属の感触が、胸の奥まで突き刺さるようだった。


 重さは……変わらない。

 でも、まるで違うもののように感じた。

 手に取った剣は、まだ温もりを残していた。

 蓮は、ゆっくりと目を閉じる。


「……父さん。これが、父さん選んだ答えなら……俺も、前に進むよ」


 蓮はそれを背負うでも、掲げるでもなく――ただ、握りしめた。


 ――そのときだった。


「……ぅ、く……っ」


 呻き声が、静寂を裂いた。


 蓮が振り返ると、リリスが崩れかけていた。タオがすぐにその身体を支える。


「リリス!」


「……だめ……もう、限界が近い……“狭間”が……」


 リリスの声は、霞む意識の中で途切れがちだった。

 肌には細かな亀裂が走り、魔力の流れが不安定に脈打っている。狭間の“歪み”が、彼女の命を削っていた。


「っ、やばい……このままだと――」


 ミネルが空を仰ぐ。

 さっきまでの沈黙とは打って変わって、空気がじわじわと軋み始めていた。地面が波打ち、黒い風が草を逆なでる。


「ここも、長くはもたない。早く、外に出ないと……!」


 蓮が言いかけて、ふと気づいた。


 ホクトたちの亡骸が――もう、そこにない。


 黒い羽根がひとつ、地面に舞い落ち、そして淡く光って消えていく。

 それ以外の痕跡は、跡形もなかった。

 ホクトも、ローレも、亜矢翔も。

 血も、傷跡すら残さず、ただ“還った”ように。


「……消えた……」


 誰ともなく、美穂が呟いた。


「五大悪魔の血を持つ者の末路……この世界そのものが、彼らを受け入れ、閉じたのかもしれない」


 誰も、否定はしなかった。

 スミレが立ち上がる。ふらつきながらも、リリスのもとへ駆け寄る。


「……私が、癒やすから――」


「いい。俺が背負う」


 タオが静かに告げる。

 リリスをそっと背に担ぎ上げると、彼はぎゅっと歯を噛んだ。


「行こう。ここにいたら、リリスが……!」


 その言葉を遮るように、空が“揺れた”。


 大地の底から、低いうねりのような音が響く。

 そして――霧の向こうに、“何か”が見えた。


「……なに……あれ」


 スミレが声を漏らした。


 霧の帳の奥、ぼんやりと灯りが浮かんでいる。

 建物の影のようなものが、次第に輪郭を現していく。

 まるで、存在自体が“夢”から引き上げられてくるように。


 崩れた石畳。風にきしむ扉。ひっそりとたたずむ街灯の残光。


 町――だった。


 けれど、それが本当に“現実”の町なのか、誰にも分からなかった。


「……誰か、いる……?」


 蓮がぽつりと呟いたとき、遠くで、小さな灯がひとつ、瞬いた。

 やがて――ひとりの老婆が、ゆっくりと霧の中から現れる。

 長い灰色の髪をたばね、古びた衣をまとったその人は、確かに“人”だった。


 そして、彼らを見つめ、柔らかく笑う。


「……ずいぶん、久しい来客だね」


 その声は、どこか懐かしく、耳の奥に染み渡るようだった。


「ここは――“ラゼーラ”だよ」


 蓮たちは、互いに顔を見合わせる。


 それは、かつて文献の中でしか語られなかった“忘れられた町”。

 セラティスへ向かうための、唯一の近道――伝説の地の名だった。


「……ラゼーラ……!」


 美穂が、小さく呟く。


 再び静けさが戻る。

 けれど、その静けさはさっきまでとは違っていた。


 ――旅の続きが、始まろうとしていた。



第6章ありがとうございました。

次からいよいよ最終章になります(多分)

よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
ローレとホクトが……うっ……う…… 蓮が剣を受け継ぐ場面は本当に鳥肌です そして最後に現れた舞台ラゼーラ……! 第6章完結おめでとうございます! 最終章も、最後まで一緒に駆け抜けます……!!
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