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狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第6章 機械仕掛けの記憶と罪
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化け物の戦い 前編

 ミネルの一閃は、黒い霧の奔流と激突した。

 金属が空を裂く音と共に、衝撃波が炸裂する。


「ぐっ……!」


 亜矢翔が片膝をつく。

 だが、その顔に浮かんだのは痛みではない――歓喜だった。


「やっぱり……君は進化している。記録よりも遥かに、美しい……!」


 彼の背後で“影”がうごめく。

 それは人の形を模した腕や尾のように分岐し、次々とミネルへと襲いかかる。


「はっ!」


 ミネルは地を蹴る。

 高速で横へ跳躍し、三つの影を剣で斬り払う。


「これが……千尋の“今”なのか……!」


 その声には、かつての仲間としての痛みと、

 どうしようもない執着が絡み合っていた。


「あなたは、変わらなかった。

 私たちの研究を、歪んだまま――独りよがりの理想で続けている」


 ミネルの声は鋭く、冷たい。


「私は、もうあなたを“追う者”ではない。

 過去は切り捨てた。私は“いま”を生きる」


 その言葉と共に、彼女の剣が一閃する。

 剣筋に纏った魔力が影を裂き、亜矢翔の肩に切り傷を刻む。


「がっ……!」


 血飛沫が霧に混じる。

 だが亜矢翔の目はなおも狂気に染まり、笑っていた。


「いいぞ……もっと見せてくれ、千尋ッ!! 君の“答え”を!」


「ミネル!!」


 叫んだのは蓮だった。


「援護する! 一人じゃ無理だ、こいつは……!」


「……ああ。助かる」


 ミネルが短く答える。

 だがその声は、どこか微かに揺れていた。腕の動きに、わずかな“ためらい”が混じる。


 蓮には、それが痛いほどわかった。


(やっぱり……ミネルにとって、あいつはただの敵じゃない)


 蓮が斬りかかるも、影が這い回って進路を阻む。

 黒い腕のようなものが地を這い、熱を持って侵食していく。


「チッ……なんて量だ……!」


 蓮が歯噛みしたそのとき、


「……く……!」


 スミレが膝をつく。

 彼女の周囲で、かすかに魔力の残滓が霧のように漂っていた。


「魔法が……反応しない。精霊も……逃げてる……」


 かつてのようには魔力が練れない。

 翼を失ったことで、精霊とのリンクが断たれかけている。

 だが、だからといって何もしないわけにはいかなかった。


 スミレは目を閉じ、集中する。


(視る……感じる……)


 “魔法”ではなく、“感覚”を研ぎ澄ませる。

 精霊のささやきの代わりに、歪みの震えを読み取る。


「蓮! 右から来るわ! 影が潜んでる!」


 スミレの叫びに反応し、蓮が即座に回避行動をとる。

 黒い影が、まるで罠のように地面から這い出してきた。


「助かった!」


 蓮の声がスミレに届く。


 そのとき、彼女の手のひらが淡く光った。

 魔法ではない。だが、わずかに流れる“風の揺らぎ”を感じる。


「……まだ、できる。少しなら……精霊の尾だけでも……」


 スミレは、小さな指先で魔力の糸を結び直す。

 戦えなくても、仲間を生かすことならできる。


 彼女の瞳に、覚悟が宿る。


 (私は、もう何も失わない!)


 一方、タオはすでに後方へ下がり、リリスを庇う位置にいた。


「こっちは任せろ……!」


 タオが叫ぶと、蓮は頷く。


「行くぞ!」


「了解」


 再び、剣が疾走する。

 今度はミネルと蓮、二人の斬撃が交差するようにして“影”を断ち、亜矢翔へと間合いを詰めていく。


 その背後で、スミレはなおも魔力の糸を手繰っていた。


「くっ……!」


 額から汗が垂れる。呼吸も浅くなっていく。

 そのとき――


「……シェリー」


 微かな声とともに、そっと誰かの手が重なる。

 見れば、リリスがタオの背から身を起こし、かろうじて手を伸ばしていた。


「……わたし……もう動けないけど……でも、あなたの中にある魔力……少しだけ、わかる」


「リリス……」


 スミレの瞳に、驚きと、かすかな光が宿る。

 二人の手のひらが触れ合い、指先に柔らかな風が吹いたような感覚。

 それは魔法というには小さな、

 けれど確かな“共鳴”だった。


「ありがとう……リリス……少しだけ……繋がったわ」


 スミレは再び目を閉じ、深く息を吸う。


「蓮、右後ろから影がくる! それと、左の地面、崩れるわ!」


 蓮が反応する。ぎりぎりのタイミングで跳び退き、剣で影を斬る。


「ナイス……!」


 その様子を見ていたタオが、剣を鞘に戻す。


「……わかった。俺がシェリーの“目”になる」


 タオはリリスを庇う位置に立ちながら、周囲を警戒する。


「シェリー、見えたものがあったら全部言え。

 判断は俺がする。お前が感じ取れるなら、それは“武器”だ」


 霧の中で、影の軌道を読み取るスミレ。

 彼女の指先に、再び微かな魔力が灯る。


(いける……今だけなら)


 スミレは細く呟く。


「蓮、ミネル!次で決めて!」


「え……?」


「“風”を乗せる。一瞬だけ、刃を運ぶ風を……もう、これ以上、誰かを失いたくないから!」


 その瞬間――


 スミレの手から放たれた魔力が、蓮とミネルの剣をかすかに包んだ。

 それは風の矢となって、剣を押し出す“力”になる。

 蓮の瞳が、瞬間、驚きに揺れる。


「……いまよ!」


 疾風のような一撃が亜矢翔へと迫る。

 ミネルの一閃と交差し、黒い影をまっすぐ切り裂いていく。


 世界が軋み、空間に深い亀裂が走る。


 ――戦場の空気が、確かに変わった。


 ミネルと蓮の一撃により、亜矢翔の身体は崩れ落ちる。

 その肩からは血が流れていた……はずだった。


 だが、蓮の鼻をかすめたのは血の匂いではない。


(……おかしい。手応えはあったのに、匂いが……薄い)


 地面に滴るのは、どす黒い“液体”。

 それはまるで血ではなく、“毒素”のように空気を汚していた。


「……これは……」


 スミレが眉をひそめ、言葉を飲む。

 ミネルは剣を下げたまま、わずかに目を細める。


「まだ……終わってない」


 その瞬間。

 地に伏したはずの男の身体が、ビクリと痙攣した。


「ち……ひろ……」


 かすれるような声。


 その手が、懐から何かを取り出す。

 紫に濁った液体の詰まった小さなガラス管。


「やめろ!!」


 ミネルが叫んだ。

 だが亜矢翔は、迷いなくそれを口に流し込む。



「……僕は……君の“記憶の中の千尋”に、なる……。

 君が願った“完全”を……僕が……叶えてみせる……」


 その呟きと共に、男の身体が崩れはじめる。


 骨が、皮膚が、肉がねじれ、溶け、張り裂けていく。

 黒い霧が皮膚から噴き出し、背中には異形の翼。

 爪は鉤爪のように伸び、頭部は仮面のような殻に覆われる。


 それは、かつて人間だったものの“なれの果て”。


「ひ……」


 蓮が思わず後退る。

 それはもう、「亜矢翔」という名の生物ではなかった。


「薬を使ったわ……!」


 スミレの震えた声が届いたその時。



『チヒロォォォォォオオオオオ――!!』



 それは絶叫というよりも、命令に近い。

 言葉ではなく、執念そのものが空間を揺らす。


 ミネルが剣を構え直す。

 その目に浮かぶのは、悲しみだった。


「ごめんなさい……亜矢翔。

 それでも私は、もう千尋じゃない。あなたの願いには、応えられない」


 異形の影が吠えた。


 ――と、その時だった。


「……下がれ」


 低く、鋭い声が霧を切り裂く。


 闇の向こうから姿を現したのは、一対の翼を広げた黒衣の少年――ローレだった。

 その赤い瞳は、獣のように怒りを宿し、まっすぐに亜矢翔を睨みつけている。


「ローレ!」


 蓮が声を上げた。

 その背後から、さらに一歩、重い足取りで現れる男の影。


「随分と暴れ回ってくれたな」


 赤髪で隻眼の竜人が構える。


「……お前のことは、絶対に殺すって決めてたんだ」


 ローレの声が震える。だが、迷いはない。


「俺の家族を殺したあの日から、ずっと、お前の首をこの手で絞めてやると……思っていた」


「……ああ」


 その隣に立つのはホクトだった。

 蓮が思わず息をのむほどの“圧”が、彼の身体から放たれている。


(……なんだ、この二人から感じる気配……)


 空間が、また軋み始める。

 亜矢翔の異形は、ローレの姿を認めてわずかに動いた。

 そして、声にならない嗤いが漏れる。


『……ああ。あの時の“カラス”か……まだ生きていたとはな』


「黙れよ、クズ」


 ローレの声が低く唸った。


「その口、今すぐ閉じてやる」


 ホクトが静かに目を閉じ、口を開く。


「ローレ。こいつはもう“人間”じゃない。……ここで、終わらせる」


 ローレも短く頷く。


「ああ。これは、俺たちの戦いだ」


 ホクトの背に、一対の蒼い翼が顕現する。

 鋭く、冷たく、空間を切り裂く双翼。


 彼の足元に、紋様が浮かび上がる。

 その光の中、ホクトが剣を抜いた。


「これより――裏切り者が、咎を断つ」


 次の瞬間。

 ホクトの剣と、ローレの黒翼が同時に動いた。

 亜矢翔の異形と、その二人が、空間の中央で激突する。

 霧が裂け、世界が震える。


 戦いは、まだ終わらない。


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