表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狭間で俺が出会ったのは、妖精だった  作者: 紫羅乃もか
第6章 機械仕掛けの記憶と罪
100/120

風の幻獣

 風を裂き翔ける幻獣の背に揺られながら、一行は言葉少なに空を渡っていた。

 風都アウライアでの戦いを終えたばかりの彼らにとって、旅の終わりが近づくにつれ、胸の内には様々な思いが交錯していた。


 空は深く澄み、群青から藍へと、静かに色を変えていく。

 遠くでは星々が瞬きはじめ、雲海の下には、小さく瞬く光の群れが姿を現す。


 それは、懐かしき街──ネイトエール。

 まるで夢の中の灯火のように、その光は、帰還を告げる希望のように一行を迎えていた。


 幻獣が翼をたたみ、雲をなめるように滑空する。

 風が和らぎ、耳に届くのは羽ばたきと風のささやきだけ。

 やがて、柔らかな風が頬を撫で、彼らは静かに、夜の大地へと舞い降りた。


「ありがとな」


 ローレが幻獣の首元にそっと手を伸ばし、柔らかな毛並みに触れる。

 その声は、どこか名残惜しげで、それでも温かかった。

 彼はしばらくそのまま、言葉のいらない感謝を指先に込めるように、静かに撫で続けていた。


 やがて、幻獣はゆるやかに頭をもたげると、もう一度だけ一行の方を振り返った。

 琥珀の瞳が、何かを語るように静かに瞬く。


 そして──翼が大きく広がる。

 その羽ばたきは風を巻き、草を揺らし、夜気に光の粒を散らした。

 静かに、けれど確かに、幻獣は再び空へと舞い上がる。


 月と星の間を滑るように、悠然と空を渡っていくその姿は、まるで夢そのものだった。

 誰も言葉を発しなかった。ただ、目で追うだけだった。


 やがて、幻獣は光の彼方へと溶けるように姿を消す。

 残されたのは、わずかに揺れる草と、澄んだ空の静寂だけ。


 凛と澄んだ夜気の中には──「終わり」と「始まり」、そのふたつの気配が確かにあった。


 ***


 ネイトエールの騎士団本部に到着した一行は、まずはそれぞれの部屋へと一時的に解散することに。

 その中で、ホクトは蓮に小さく声をかけた。


「明朝、会議を開く。……皆に伝えておいてくれ」


「わかった」


 蓮が頷いたその横で、ローレが足を止めた。

 その視線の先に、ホクトが立っている。


 夜の静寂の中、二人はしばし言葉を交わさず向き合っていた。

 やがて、ローレが微かに口元を緩める。


「……まさかこうして、またお前と再会するとはな」


「それはこちらの台詞だ。風都アウライアにお前がいたとは、驚いたよ」


 ホクトは静かな声音でそう返す。

 だが、その視線の奥には言葉にしがたい感情が揺れていた。


「ホクト……お前は姿も、何も変わらないな」


「……ああ、それならお前もな、ローレ。これが“悪魔の血”ってやつだろうな。時間に縛られず、老いることもない。代わりに、何か大事なものを失っていくのかもしれないけどな」


 ホクトの口元に自嘲めいた笑みが浮かぶ。

 ローレは答えず、ただほんのわずかに視線を伏せた。


 蓮は、二人の間に言葉を挟むことはしなかった。

 ただ、静かにその場を離れ、廊下を歩き出す。


 そして足を止めた先──そこは、タオの部屋の前だった。

 廊下には夜の静けさが満ちていて、足音すら遠慮がちに響く。


「タオ、いるか?」

 軽く扉をノックしても、返事はない。


(……留守か?)


 念のため、もう一度。今度は少し強めに。

「おーい、タオ! 戻ったぞー! ……お──い!」


 すると、部屋の奥からバタバタと足音が聞こえてきた。

 慌てたような、その音。

 数秒後、扉が勢いよく開いた。


「ったく、誰だよこんな時間に──って……蓮!? 無事だったのか!」


 現れたタオは、なぜか上半身裸。

 ズボンは中途半端に引き上げられていて、チャックも少し開いている。

 見るからに、ついさっき慌てて身支度した風だった。


 蓮は一瞬絶句し、それから眉をひそめて言った。

「……ああ、さっき帰ったところだ。それよりお前、なんだその格好」


 その直後。

 部屋の奥から、明らかに女の声が響いた。


「タオー? 平気? 誰だったー?」


 甲高くて、少し甘ったるい響き。

 その声に、蓮の耳がピクリと動いた。

 聞き間違えるはずがない。あれは──リリスの声だ。


「……あー────!!」


 タオが反射的に扉をバタンと閉め、蓮の前に立ち塞がった。


「お、おかえり蓮。本当にお前が無事でよかったよ!」


 明らかに取り繕った口調で、タオは笑いながら蓮の肩を叩く。

 が、蓮の堪忍袋はとうに限界を超えていた。


「……タオ、てっめぇ!」

 蓮の怒声が廊下に響く。

「俺たちが風都アウライアで命懸けで戦ってる時に、お前はリリスとイチャついてたってのか!!」


「ま、まあまあまあ! 落ち着けって!」


 タオは苦笑いを浮かべながら、気まずそうに耳をかいた。

 その態度がまた火に油を注ぐ。


(こいつという男は……)


 そんな空気を切り裂くように、足音が近づいてきた。


「蓮! 無事だったのね!」


 振り返ると、そこには美穂がいた。

 夜の廊下でも凛とした雰囲気は変わらず、蓮の姿を見つけて駆け寄ってくる。


「美穂! 聞いてくれよ、このタオのやつが──」


「アアアアア──!!!」


 タオがあらん限りの声で割って入った。


「美穂!? なんでこんなところに……!」


 美穂の視線が、タオの姿を上から下へと静かに流れる。

 そして冷たい目で一言。


「……どうしたは、こっちのセリフ。廊下でその格好、どうにかした方がいいよ」


 タオは顔を真っ赤にして、そっと目を逸らした。

 蓮は咳払いして話を戻す。


「風都アウライアの件でな。明日の早朝に会議を開くことになった。みんなに伝えるよう頼まれたんだ」


「わかった。みんなは無事なの?」


 美穂の問いに、蓮は一瞬だけ視線を落とす。

 そして口元をかすかに歪めて、言った。


「……ああ。でも……スミレの翼は……」


 その続きを言葉にできなかった。

 美穂も、タオも、それだけで察した。

 その沈黙の温度を破ったのは、美穂だった。


「……大変だったね。それなら、蓮。今すぐスミレのところに行った方がいいんじゃない?」


「……ああ、でも。スミレなら今、自室で休んでる。少しだけ一人になりたいって言ってたし──」


「馬鹿ね。そんなわけないでしょう。今すぐ行ってあげて」


 美穂は少し怒ったような声でそう言い、蓮の背中を押した。

 その勢いに押されて、蓮は思わず前につんのめる。けれど──


「……確かに美穂の言う通りだよな……スミレが、待ってる……それに俺は……」


 続けようとして、口をつぐんだ。その足はもう止まらなかった。


「行ってくる!」


 慌てて、でもどこか決意の滲んだ声とともに、蓮は駆け出していった。

 そんな蓮の背中を見送りながら、タオがふと口を開いた。


「お前も馬鹿だな。素直に助言なんかするから、報われねえんだよ」


 美穂は何も返さない。

 ただ、ふんっと鼻を鳴らすようにしてそっぽを向き、こう呟いた。


「……上裸でズボンのチャック開けてるあなたに言われたくない」


 それはまるで、完璧なトドメの一撃だった。


上裸でズボンのチャックを開けているタオとリリスのお話を、短編「狼男が恋に落ちたのは、可愛すぎる兎の幼なじみでした」で投稿しました。気になる方はぜひ見てくださいね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ