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はかない幸せ ――不知安楽――

 秋。小さな公園。

 平日の休校日なこともあってか、人は少ない。むしろいない。そんななか僕と浦川は公園にやってきた。

 ここは火気の使用が許されている公園。浦川の手にはさつまいも。

 そう、焼き芋をしようと言われた。

 初めからさつまいもを片手に焼き芋をしようと言われたわけじゃない。休校日だから僕は家でのんびりしようかなって思ってたのに、浦川が急に家に押しかけてきて「町で事件が起こらないか見に行こう!」とかくだらないことに付き合わされるはめになった。

 しかも浦川のその言葉の真意はわかってる。浦川の「事件が起こらないか見に行こう」っていう言葉は「事件が起こらないように防止しよう」じゃなくて「事件が起こった瞬間を目撃してその事件に関わろう」っていう意味なのはわかってる。

 そして乗り気でない僕の腕を無理やり引いて町を歩いてたら、なんと目の前で事件が! と言ってもおばあさんが持ってたビニール袋のひったくり。

 浦川は「なぁんだ」って言って取り返そうとする素振りも見せなかったから僕が奪い返した。そしたらおばあさんが「ありがとうね」って言いながらお礼にそのビニール袋を貰った。中にはさつまいも。

 おばあさん曰く、近所の人と立ち話ししてたら貰ったけど、あんまり好きじゃないからどうしようかと思ってたらしい。それならあのひったくりにあげたらよかったじゃん、って思ったけど奪い返したの僕だった。

 そんなこんなで貰ったさつまいもの入った袋を浦川がじーっと見て、今度は僕を見る。

「……なに。料理くらいならしてあげるけど」

「いや。料理なんてものじゃない。君を試そうと思うんだ。ついてきたまえ」

 浦川の隣を歩いて着いたのは、いた場所からそう遠くない小さな公園。火気使用可能な公園。

 目の前の公園に向けて浦川は言った。

「焼き芋をしよう!」

 公園内は誰もいない。

「……は? 馬鹿? いや馬鹿か」

「否定したまえ、ボクは馬鹿なんかじゃない!」

 夏に受けた補習のこと憶えてないのかな。

「で? さっき言ってた僕を試すっていうのと焼き芋はどうつながるわけ?」

「よくぞ聞いてくれた。そう、さつまいもから焼き芋にするためのサバイバル術を君はどれほど備えているのか、それを試そうと思ったわけだ。サバイバルの知識はいざとなったときに探偵には必要だからね」

「探偵でなくてもいいと思うけど」

 この公園は確かに火気使用が可能な公園だけど、わざわざ家から道具を持ってこないといけないの? ここから僕の家は遠いんだけど。浦川の家から取ってくるのかな。

「僕は道具取りに行かないからね」

「道具? そんなもの必要ないさ」

 え、もしかしてその袋の中に道具が揃って――

「この公園内で事を済ませるんだ」

「…………は?」

 公園内で事を済ませるってことは、焼き芋をするための道具をここから集めるってこと?

「やっぱり馬鹿じゃん」

「ボクは馬鹿ではない! さ、焼き芋に必要なものを集めてきたまえ」

 本当にする気じゃん。そもそも焼き芋に必要なものとかわかんないんだけど。やったことないし。

「焼き芋に必要な道具くらい教えてよ」

「知らないのかい? これだからお金持ちのボンボンは」

 悪かったね、知識のない一般人で。

「今から必要なものを言うから忘れないようにメモしたまえ」

 そう言われるけどメモ帳なんて持ってきてないから一文一句憶えるように集中する。

「助手くん? メモは?」

「持ってきてるわけないでしょ。集中切れるから早く言って」

「仕方がない」

 指を順に立てる。

「紙。枯れた葉。枝。アルミホイル。火バサミがあれば」

「ひ、火バサミ? あるわけないだろ」

「火バサミでなくともトングのような火の中に突っ込んで持てたらいいんだ。その五つを集めてきたまえ。その間にボクは石でファイヤーピットを作っておく」

 ファイヤーピットを作る……? 公園に? 法律的に大丈夫か不安になってきた。

 本当にこの公園内で事を済ませるように浦川がしゃがんでは石を集めだす。ここまで本格的にサバイバルをしようとする浦川が怖い。

「はぁ……」

 またくだらないことに付き合わされる。けど……。

 焼き芋の味を想像して喉を鳴らす。

 焼き芋は食べたい。

 公園は小さくて遊具も滑り台と砂場しかない。公園があまり使われていないのかごみ箱もあんまり溜まってない。自販機も一応あるけど、草にのまれて使われてる様子はない。

 まず手に入れやすいものから探そう。枯れた葉と枝。

 いくら小さな公園と言っても一本くらい木は生えてる。実際にもう裸寸前の木が公園の一番奥で生えてる。そしてその周りには色をなくした葉が転がってる。それを手で触って枯れているかを確認しながら落ちていたポテチの袋に入れている。

 ときどき虫がひっついてたりしたからそれを持って浦川に「これ枯れてるかな」って確認させるために渡して驚かせたら面白かった。

 ポテチの袋が半分になったら今度は枝を探す。と言っても唯一のこの木の枝が早々に落ちてるわけもなくていきなり詰む。枯れ葉はいくらでもあるんだけど。やっぱり枝くらいは燃えやすいものとして必要だよなぁ。

 木の周りをあちこち探していたらパキッと足元で鳴る。確実にか細い枝が折れた音。足を上げてみれば確かに細い枝があった。でもどこから?

 枯れ葉を落としてる木の色とは少し違う。つまりこの木から落ちた枝じゃない。顔を上げて今いる場所を確認すると、僕のそばに生垣が無造作に生えていた。そしてその下にはいくつもの枝が落ちていた。無理だと思っても諦めないことが大事だってね。よくわかったよ。

 枝を拾って、枯れ葉と一緒に入れる。

 よし、これで枯れ葉と枝はクリア。

 たまたま通りがかったおじいさんが僕を見て「ゴミ拾いとは感心じゃ」と言い残して姿を消した。罪悪感が少し残る。

 次は紙。紙ならきっとゴミ箱をあされば出て……ゴミ箱をあさる……?

「誰がそんなことするか」

「陽一くん? 腕でも見つかったかい?」

 こわ。さらっとそんなこと言わないでよ。

「見つかってないから。それより紙、ゴミ箱をあされば出てくるだろうけど、僕しないからね? あんな汚いの、触らないから」

 浦川は一度きょとんとしてわざとらしく表情を悲しませる。

「紙、探さないんだね……。せっかくボクはここまでファイヤーピットを作ったのに、そうなんだね」

 浦川はさっきまで向けてたほうに目を移す。確かにそこには石が積み上がってる。しかももうほぼ完成。

「……そこまで言うなら浦川がゴミ箱あさってきてよ」

「嫌だよ。汚い」

 殴ってやろうかな。

「僕だって汚いの触りたくないし」

「じゃあここは公平に」

 浦川は拳を作る。やるってことか。殴りあって負けたほうが、

「じゃんけんで」

 ……そ。

 僕も拳を作った。

「じゃーんけーんぽん」

「……チッ」

「君の負けだ。よろしく頼んだよ」

「……憶えてろよ」

「なにか言ったかい?」

 ゴミ箱の前に立って蓋を開ける。と、すぐに臭いニオイが漂ってきて閉じる。本当にここをあされって言うの? 浦川に目を移してもファイヤーピット作りに集中してて気づく様子もない。

「はぁー」

 早く探して終わろう。

 大きく息を吸って止める。ゴミ箱の蓋を開けて手を突っ込んだ。

「……見ろよ! ゴミ箱に手突っ込んでる! ホームレスだ!」

 小さな子供の声。うるさいなぁ。好きでやってないよ。

 しばらくあさっていると、あった。紙、新聞紙だ。

 よし……これで紙は手に入れた。しわくちゃになってるけど、大きさも十分だと思う。すぐにゴミ箱の蓋を閉じた。

「……ぷはっ……はっ……」

 すぐに見つけられなくて窒息死しそうだった。

 枯れ葉と枝を入れたポテチの袋と一緒に置く。

 ゴミ箱をあさった手をどうしようかと悩んでると、ふと浦川に目を移す。口が緩まる。

 静かに浦川の後ろに歩み寄って、手を浦川の服に付ける、算段だった。でもその前に浦川が、

「君、なにをしようと言うんだい? 紙は見つかったかい? いやこんなことをしようと考えるのなら見つかったんだね」

 図星をつかれたあと、浦川が振り向く。後頭部に目が付いてるみたい。気持ちわるっ。

「……あそこに置いてる。で、この手、服に付けてほしい?」

「そんなわけあるか。あそこに水道があるからあそこで洗いたまえ。せっけんはないけれど、汚れくらいは落とせる」

「…………」

 本当にいつか仕返ししてやる。

 手の見える汚れを落としたあと、次のものを探す。けど、次はアルミホイルか火バサミ。どっちもこの公園内にあるわけない。

 アルミホイルは運良くもしかしたらゴミ箱に入ってるかもだけど、なにに使われたものかもわからないし、第一もう一回あの中に手を突っ込みたくない。今回ばかりはこの公園内で全てをやろうとした浦川……馬鹿のせいにしよう。

「浦川、アルミホイルないよ。てかよくこんなところにあると思ったよね」

「ん? ボクは一度でもここにあるとは思ってなかったよ?」

 は?

「じゃあなんで」

「ないことをわかっていたから代用として使えるものを使おうと思ってたのさ。君が探しだしたあと、ないと君が理解したらボクに言うと思ってね。言うまでは放置しておこうかなって」

 なんか、腹立つ。すごく腹が立つ。

 右手に拳を作った。

「一回顔貸してくれない? ちょっと殴りたい」

「……ひ、日向くんが怖いことを言ってる……」

 浦川が腕を抱いてわざとらしく震える。お互い様だと思うけど?

「……とにかく、アルミホイルと火バサミ、どうするの」

「策はある」

 そう言って、浦川は立ち上がってズボンのポケットに手を突っ込む。出てきたのは折り畳み財布。その中に代用として使えるものはないと思うけど。

「五百円もあれば足りるかな?」

 差し出してきたのは五百円玉。これでその代用できるものを買ってこいって? でもこれだけでなにが買える?

「これでそこの自販機にある缶ジュースを買ってきたまえ。大きいものを五つほど。そうだな、できればボクはオレンジジュースが飲みたい」

「缶ジュースでどうするの」

「理由は問わないでくれたまえ。見たほうが早いからね」

 なにもかも理解しきってるようなそんな浦川の態度には腹に来たけど、それでも焼き芋は食べたいから缶ジュースを買う。浦川はオレンジジュースが飲みたいとか言ってたけど、大きいサイズの缶でオレンジジュースはなかった。いやそもそもこの自販機にオレンジジュースは売ってない。

 落とさないようにしながら浦川のもとへ行って、キンキンに冷えたその缶ジュースを後ろから浦川のほっぺに付けた。けど、酷く驚くことはせずに、むしろ「やっぱりね」ってわかりきってたように言う。見ればほっぺに手が置かれてた。

「…………」

 さっきから浦川の言動に腹が立って仕方がない。本当に一発、いや二発殴らせてくれないかな。

「で、これは? どうするの」

「中身を全部飲んでくれたまえ」

「はぁ? 無理だよ。焼き芋食べる前に腹ちゃぽちゃぽになって食べられなくなる」

「冗談さ。本気にするなんて、日向くんも子供なんだね」

「…………」

 手に持つ中身の入った空き缶を浦川に投げつける、素振りをしたらとてもビビってて僕は満足した。

 五本のうち、二本は僕と浦川で中身を空にしたけど、残りの三本は浦川が持ってきてた空になった水筒に移して空にした。

 そして空になった空き缶を水道で綺麗にしたあと、浦川がサバイバルナイフを空き缶の上の部分にぶっ刺して周りを切っていく。

「なんでそんなの持ってるの」

「探偵というのはいつなんどきたりとも狙われる身だからね。護身用として持っているのさ。ボクの助手である君も、護身用として拳銃くらいは身に着けていたほうがいいんじゃない?」

「普通に銃刀法違反だし、拳銃なんて物騒なもの持たないよ。誤発弾で浦川の脳天ぶち抜いちゃってもいいの?」

 すぐに返事はなく、妙に真剣な顔してる。

「……やり残したことがなければいいんじゃない?」

 真剣な顔するなんて、浦川らしくないし、面白くない。

 アルミホイルは浦川が加工した空き缶、タコさんウインナーみたいな形をした空き缶四つで代用。残り一つの空き缶を解体して長方形にして無理やりに火バサミの代用、トングみたいな形にした。絶対火バサミの代わりにはならない。

「さてと。道具も揃ったことだし、火をつけよう。と言ってもここには落ち葉がたくさん転がっている。引火したら危ない。焚き火の燃料にもなるし、君、少し拾おうか」

 なんで僕。

 二回目の落ち葉拾いが終わったら火をつけようと言い出す。

 僕は傍で火がつくのを待っていた。けど浦川は一向に火をつけようとしない。むしろなにもしてない。

「……火、つけないの。てかライター持ってるの?」

「はぁ、やっと気づいたか。そうだ。今ボクらはライターを持っていない」

「……はぁ? じゃあどうやって火つけるの。ここまでやったんだから絶対にやり切るからね。あ、でも僕は店まで買いに行かないから」

「ボクも行かないさ」

「はあ?」

 じゃあどうやって火をつけるんだよ。

「この公園に来たときに言っただろう? 君を試すって」

「サバイバル術とかなんとか言ってたね。……まさか」

「そう。これも一種の試練だ。火を欲しているボクら。けどライターはない。それをどう乗り越えるかっていうね」

 なるほどね。

 くだんな。

 浦川の肩に肘を食い込ませて痛がらせて満足したあと、火をどうつけるか考える。前提として、浦川が僕をこうして試そうとしてる点、この公園内にあるもので火はつけられると確信してそう。言い換えるとこの公園の中で火をつけられる。

 サバイバル術で火をつける、って聞いたら木をこすって摩擦で、なんてものが思い浮かぶけど、あれをするの?

 それか単にサバイバル云々じゃなくて、マッチだとかライターがこの公園に落ちているのを浦川が知ってるっていう説もあるけど、さっき歩き回った限り落ちてはないし、

「……急になんだい? ライターは持ってないよ?」

「……なんで虫眼鏡あるの」

「探偵には必須アイテムだからね」

 そういえばそんなキャラだった。

 浦川の服のポケットとかを調べたけど、やっぱりライターとかは持ってない。虫眼鏡は入ってたけど。

 次に思い浮かぶのは物理学、化学を使った火の起こし方。物理学で言ったらさっきの摩擦もそうだし、火打ち石とかでも火はつけられる。化学だと電池、乾電池とか。

 ……いやここに乾電池があるわけないか。あれば乾電池のプラスとマイナスを一枚のアルミホイルで直接つなげれば、短絡、つまりショートさせて火がつけられるんだけど。火打ち石、言い換えて鋼もこんな平凡な公園で見つかるわけもない。

 となればやっぱり摩擦、しかも木で火をおこすやり方しかないかな。けどものは試し。面倒だけどやってみよ。

「…………」

 いや木材なんてあるわけないじゃん、こんなところに。

 この公園内だけで木が欲しいとなれば木を切ってちょっといただくってことになる。公園はだいたい市とか国が管理してる。そんな木を勝手に切ったら絶対駄目に決まってる。

「……ねえ。ほんとに店で買わないの?」

「そうとも。君の力を試しているのだからね」

「僕はべつに試してもらわなくていいから買ってきていい? もう火のつけ方思い浮かばないし」

 浦川は余裕そうに立ち上がって、楽しそうに微笑む。

「浮かばないんだ? ふーん。あるのだけれど、まあいい。君が思いついた火の起こし方を聞こうじゃないか。それによっては考えてあげなくもない」

 本当に余裕そう。それにやっぱり浦川は確信してるんだ。この公園内だけで火をつけられるっていうことを。僕は浦川の持ってる答えにたどり着けてないってわけだ。馬鹿のくせに、悔しい。

「……座らない?」

 ベンチに移動して僕が考えた火の起こし方を浦川に伝える。

「一つ目は木と棒の摩擦を使ったきりもみ式。二つ目は火打ち石。三つ目は乾電池とアルミホイル。考えたのはこれくらい。でもどれもこんな平凡な公園にあるわけない。それに浦川はこの公園内だけで火をつけることができるって確信してるんでしょ? 言い換えれば乾電池とか、火打ち石の材料になる鋼だとかを、運なんかで見つけたりするつもりもない。それらはこの公園内にないことを確信してる。あったとしてもそれは想定外なだけで浦川が持つ答えとは違う」

「ふーん、君にしては考えてるんだね。面白い推理だ」

「……一応、君の助手だからね」

 少し照れてそんなことを言えば、浦川は驚いてみせて、僕を物珍しそうに見る。

「助手であることを認めるだなんて、さては君、日向陽一に変装した何者か、だったりはしないかい? 本物を返したまえ」

「残念ながら目の前にいるのが本物の日向陽一だよ」

「なんだ、残念」

 それが事実であることをわかりきってたように顔を変えない。

 僕の考え兼推理を面白いって思ったのなら、店に買いに行ってくれるかと思ってたけど、全然買いに行こうとはしてない。むしろ立とうともしてない。

「店には買いに行かないの?」

「店? なんでだい?」

「僕の考えた火の起こし方によっては考えるって言ったじゃん」

「……あぁ、それは店に買いに行くかを考えるというものじゃない。ボクの答えに導けるようなヒントを出すか考えるというものだ。君はボクがこの公園内で火をつけられると確信しているようだしね。……確かに君の考えは面白かった。乾電池のことも知っていたなんてね」

「まあ、あれは漫画で読んだことあって」

「ん、それはつまりずるじゃないか! やっぱりやめよう。君にヒントを与えるのは」

「え?」

 本当にヒントを与える気がないのか、そそくさとベンチから立ち上がっては木の傍に行ってしまった。

 どうしよう。ヒント貰えなくなった。でも他に火を起こすやり方があるの? でも浦川が確信してるんだ。この公園内にあるものだけで火を起こせるって。

「うーん……」

 正直、僕と浦川はそこまで頭のでき方は違わないはず。それでも探偵気取ってるわりには浦川のほうが知識とか推理力、観察力、洞察力があったりするのも確か。悔しいけど、ただ探偵を憧れてるだけじゃない。浦川は探偵みたいな存在であることは否定できない。

 ……いやでも夏休みに補習受けてたじゃん。じゃあ僕と揃って馬鹿か。

 もしそういう浦川が持つ探偵にちなんだ能力ありきの今回の火の起こし方まで導くとしたら僕には無理だ。僕は浦川ほど能力は持ってない。本当に実力がある、浦川には。

 もうしばらく考えてみるけど、僕も僕でそこまで頭がいいわけじゃないから思いつかない。物理学、化学だとかの科学を主にして考えてみるけど思いつかない。

 もう、降参して浦川に聞こうかな。焼き芋も食べたいし。

 迷ってる間の目のやり場を浦川にする。……なにしてるんだ。

 枯れ葉と虫眼鏡を片手ずつ持って、枯れ葉を観察してる。しかも枯れ葉を太陽に向けて透かしてるみたい。

 でもひょいと枯れ葉をどかせば、虫眼鏡越しに太陽と直線だ。危ない。

 近づいてとりあえず虫眼鏡に手を被せて太陽を遮る。

「危ないよ、それ。虫眼鏡で太陽見ちゃ駄目って理科でやらなかった?」

「さあね。ボクは君に馬鹿って言われたからね」

 言ったけど。馬鹿なんだもん。

 でも思えばなんで虫眼鏡で太陽を見ちゃ駄目なんだっけ。虫眼鏡は凸レンズに光を通すと屈折して光を集める性質を利用してる。つまり虫眼鏡は光を集めるんだ。そんな光を集められるレンズで太陽なんて眩しいものを見たら目を痛めては最悪失明することもある。だから太陽を虫眼鏡で見ちゃいけないんだ。

 ……光を集めるんだ。

 パッと顔を上げる。浦川はにまりと笑った。

「やっとわかったんだね」

「素直に教えてくれたっていいじゃん」

 そうだ、虫眼鏡は光を集める。集められた光、日光は高温になって熱を帯び、可燃物に光を当て続けたらいずれ火になって燃える。それを利用して今回の火おこしに使えば、火をつけられる。

「貸してくれるんだよね」

「もちろん。この公園内でできると君が確信したんだからね」

 火の起こし方を解決できたら、やっと焼き芋の準備をする。と言っても僕はやり方を知らないから浦川に教えてもらいながらする。ここで浦川が「それもサバイバル術の一環だよ」とか言って教えてくれなかったら顔面に拳を食い込ませてた。

「そうだね、まずこのさつまいも、水で土とかを流そうか」

 僕がやることが当然かのように袋を渡してくるから、去り際に「これ全部僕が食べるからね」って言ったらついてきた。

 土を流したらゴミ箱で見つけてきた新聞紙で包んで、どこかから出てきた手を広げたくらいのバケツに水を張ってそこにくぐらせて軽く絞る。

「てかこのバケツは? もしかして盗んで」

「探偵がそんなことするわけないだろう? 事件ならまだしも」

 事件だったらするんだ。

「これ、よく見たまえ。砂場で幼児が使うものだとは思わないかい?」

 確かに。カラフルなところだとか、やたら丸いところとか。

「……やっぱり盗んでるじゃん」

「盗んでない! 砂場に放置されていたんだ! この公園に人はいない、そうだろう? 誰かの忘れ物だ」

「だから、忘れ物を勝手に使ってるからぬすん」

「いいから手を動かしたまえ!」

 最後のさつまいもの下準備が終わったらアルミホイルの代わりになる空き缶を使う。使うと言っても四つあるうち二つを使う。

 タコさんウインナーみたいな形にした空き缶の中に下準備したさつまいもを入れて、もう一つの空き缶でタコの足みたいな部分を交互に組み合わせてさつまいもを覆う。この状態で火に入れるらしい。

「ほんとにこれでいいの?」

「ボクが独り占めしてもいいんだよ?」

「……わかった。けどこれ空き缶二つでさつまいも一つ分なんでしょ? ならもう一つ分くらい作ったほうが効率良くない?さつまいも、六本はあるよ」

「……それは思ったけれど、ボクの財布がもう空になってしまってね」

 浦川の小遣いの額、小学生?

「それか金持ちボンボンの君が出してくれるかい?」

「べつに五百円も出してくれたんだから異議はないけど、ボクはそんなにお金持ってないからボンボンって言うのやめてくれない?」

「……気が向いたらね」

 なにか意味を込めたように言った言葉のあと、さ、気を取り直してって続けて、

「次は火をつけようじゃないか。もちろん君がつけてくれるよね」

 さっきの言い草が気になるけど、浦川のことだ。どうせろくな意味も込もってない。またサイコなこと言うに決まってる。だからほうっておけばいい。

「もちろん」


 さつまいもが焼き芋になるまでベンチで座って待ってる。浦川曰く十五分くらいこうしてるらしい。

 おり火、炎の上がらない、低温の状態でさつまいもを上に並べてて、炎の揺らめく姿も見れずに少しって言うよりかなり暇。浦川も暇そうに煙を見てる。

「なにかないの」

「なにかとは?」

「……暇じゃない?」

「暇だね」

 それを言ってるのに。

「しりとりでもする?」

「いいね。じゃあボクから。うどん」

 わざとなのか、本気なのか。でもにまりとさせたその笑い顔でどっちかなのかはよくわかる。

「……ならそっちがなにか出してよ」

 初っ端からしりとりを終わらせるくらいなんだったら。

「ボクはこのままでいいけれど? まあ仕方ない。ならあそこにいる幼児と一緒に遊んできたらどうだい?」

 さつまいもを焼き始めてすぐくらいに公園に遊びに来た親子。母親は若くて、子供も相応に幼い。

「ただの不審者になるからやめとくよ」

「君は幼気な顔だから、案外一緒に遊んでくれるかもしれないよ? 小学生だなんて思われてね」

「君も僕と同じくらい幼い顔してると思うけど?」

「互いに童顔童貞だってね」

「……当たり前でしょ」

 急に下の話を持ち出さないでくれないかな。

 暇にその幼児を見てたら目が合った。そして浦川とは真反対の純粋で明るい笑顔を見せられて微笑む。かわいい。

「おや?」

 そんなことを思ってたらその幼児が来た。せっせとその短く弱い足で走ってくる。

「浦川、少しの間絶対に口開けないでよね」

「なぜだい?」

 幼児がここまでたどり着いたら、母親が駄目でしょーと優しく注意するけど、僕らが危なそうな奴だとは思わなかったのか、すみませんねと言われた。

「これ!」

 元気に見せてくれたのはおもちゃの船。

「あげる!」

 絶やさない笑顔のまま、そう言う。母親に目を向けても笑顔でニコニコしてて助け舟はくれないみたい。

「……貰っていいの?」

「うん! ふね! あそぶ!」

 指差す先は防火用に置いてあるおもちゃのバケツ。中に水が入ってるから船のおもちゃで遊ぶ背の高い子供だと思ったのかな。

 僕らはそれで遊ぶような歳でもないから要らないよと言おうと思ったら、

「そうかいそうかい! 楽しいものね! 大事にするね」

 そう言って浦川が横から受け取ってしまった。

「あの、いいんですか?」

 母親に向けて言うと、

「あげると言ったのなら要らないのかもしれないです。この子船とかよりは車のほうが好きみたいで、あ……では」

 幼児はたったと走っていくと、母親も後ろをついて、話の途中でもいってしまう。

 せっかく暇を潰せると思ったのに。でもかわいかったな。

 浦川は貰った船をぐるぐる回して見てる。

「残念。漁船かな」

「だいたいそういうおもちゃって漁船じゃない? 逆になにを期待してたの?」

「……客船とか」

 浦川は立ち上がって水を張ったおもちゃのバケツに船を浮かばせた。でも浮くような構造はしてないらしい。すぐに沈んでしまう。

「……沈んだね」

 僕に振り返って、いつものサイコみたいな顔してにまりと笑う。でも今回はちょっと悲しそうだったかもしれない。

「……きっと全てを。いつか」

 次第によくわからないことを言う。けどどうせ聞いてもはぐらかされるだけ。そこまで気にならないし。

 暇だ。さっきの親子も公園を出ていってしまったし。

「そろそろ十分かな?」

 そういえば十五分くらい経ったらひっくり返すんだっけね。浦川が火バサミに催した分解した空き缶で非力に転がしてひっくり返す。

 そして暇になる。

「……なにかないの」

「なにもないよ」

 なにもないか。

 いっそのことベンチに寝転んで昼寝でもしてやろうかなって思ったけど、たぶんそれ寝過ごしたら浦川は僕の分まで食べるからやらない。

「ねえ、ほんとになにもない? 暇すぎるんだけど」

「君は辛抱のできも顔と同じだね」

 子供って言うな。

「実際暇じゃん。どうしたら残りの十五分くらいをなにもせずに過ごせる?」

「仕方がないなぁ。ボクが問題を出してあげよう。君にピッタリな、ね」

 僕にピッタリな問題?

「君、ウミガメのスープって知ってるかい? 別名水平思考クイズ」

「……いや? 知らない」

「そうかそうか。ならとても有名な問題、そして水平思考クイズがウミガメのスープと呼ばれるようになったその表題を君にやってもらおうか」

 なにか始まるらしい。

「この水平思考クイズは問題文をボクが読んだあとに、君が問いをボクに投げかけて、ボクは『はい』か『いいえ』もしくは『関係ない』で答える。そして得た情報をもとに推理してクイズの答えを求めるという遊び。このクイズは柔軟に考えることがポイント。なんとなくわかったかい?」

 なんとなく。けど少しわからない。

「わからなくてもやってみたらわかる。問題を出すよ」

 半ば強制的に問題を出される。

「ウミガメのスープ。

 ある男が、とある海の見えるレストランで『ウミガメのスープ』を注文した。しかし、その男はウミガメのスープを一口飲んで、シェフを呼んだ。『このスープを作ったのはあんただな! まずい!』なんてことは言わずに」

 絶対に今のふざけたな。

「『これは本当にウミガメのスープなんですか?』と聞くとシェフは『はい、ウミガメのスープで間違いありません』と答えた。

 男は会計を済ませて家に帰ったあと、自殺しました。なぜでしょう?」

 浦川はにまりと笑う。

「これが問題文」

「急展開すぎない?」

「そういう問題さ」

 ほんとかな。

「この問題文の問い、『なぜ自殺したのか』というのを君が答えるんだ。答えると言っても当てずっぽうで当たるような問題じゃあない。だから君がボクに質問をしてボクが『はい』か『いいえ』もしくは『関係ない』で答え、君が推理して問いに答えるというもの。

 さ、なにか質問したまえ」

 あんまり理解はできないけれど、とにかくなんで男が自殺したのかを推理して答えたらいいんだよね? そしてその答えを導くために質問をする、と。

「……あの途中で挟んだ『まずい!』とかは」

「……とかはなんだい?」

「それは本来の問題文に含まれるの?」

「いいえ?」

 まるで僕がおかしなことを聞いてるみたいに答えないでくれないかな。

 あの問題文を要約すると、レストランでウミガメのスープを飲んで、その飲んだウミガメのスープを本当にウミガメのスープなのかシェフに確認した。そして間違いはないと。そのあと男は自殺する。

 ここでの疑問点としてはなぜ自殺したかだけど、それを求める問題なんだった。なら他の疑問点。なんで男は、これは本当にウミガメのスープなのかとシェフに聞いたのか。

「そのウミガメのスープになにか問題はありましたか」

「いいえ」

 出されたウミガメのスープに問題はなかった、か。

 ならば、なぜウミガメのスープなのかと確認したのか。

 こういう動機を考えるのは以前にした。夏休みに浦川に連れ出された。そこで得た捜査の仕方は憶えてる。

 自分に置き換えるんだ。

 なぜ男は本当にウミガメのスープかと質問する必要があったのか。僕がそうシェフに質問する状況は……。

「男は以前にウミガメのスープを飲んだことがあって、以前に飲んだスープと今回飲んだスープはそれぞれ味が違った。なにか違う?」

「いいえ」

 やっぱり。

「なら……以前に飲んだスープとレストランで飲んだスープは作る場所が違った」

「はい」

 となれば……。

 仮にレストランAとレストランBでウミガメのスープを飲んだとしても味が違うのは確か。作る場所が違うから。けど、同じ名前なら作る場所が違っても多少の味の差は気にしないはず。同じような味だから。そしてウミガメのスープだと認識できる。

 けどその男はできなかった。つまりそれはレストランで飲んだウミガメのスープと以前に飲んだウミガメのスープの味は相当かけ離れていたということ。

 以前に飲んだ、仮にウミガメのスープとレストランで飲んだウミガメのスープは別物だったんだ。別物って言ったら語弊を生むか。味が相当かけ離れていたっていうことは、つまりそもそも()()()()()()()()()()()()()()可能性がある。

 ここまででわかったことをあの問題文に代入すると、ウミガメのスープ、いや仮に以前に飲んだ謎のスープを飲んだあと、レストランで本物のウミガメのスープの味を知って男は自殺した。

 次に解かなければならないのはなぜ自殺したのか。それにはきっと、その謎のスープが関係してる。

 そうだな、まずは謎のスープが作られた場所、そこを知れたらある程度絞れるかもしれない。

「男は、謎のスープ……以前に飲んだスープが作られた場所を知ってる?」

「はい」

「なにが入ってるかも?」

「はい」

 答えに近づいてきた気がする。

 男は本物のウミガメのスープの味を知って自殺したんだ。そしてこれまでの内容を踏まえて言い換えると、本当の味(イコール)知りたくないものを知ってしまい死んだと捉えることができる。

 そして男はどこで作られたスープなのか、中にはなにが入っているのか知っている。……なら男が謎のスープを作った?

「いいえ」

 違ったか。

 つまりはなにが入ってるか知ってるけど、自分では作ってない。そんな状況どうやったら出てくるんだ?

 けどいいや。状況は絞れた。

 普通、謎のスープの内容物、例えばフルーツだとかを飲んだあとに、本物のスープを飲んでも、ならあれはフルーツのスープだったのかって納得して終わるだけ。死んだりはしない。

 そこから考えると、その謎のスープが嫌な内容物だったと、そう考えるのが筋。例えば……そうだな、虫だとか、酷いものだと人の一部、だったりね。それくらいじゃなければ僕は自殺なんかしない。

「うーん」

 なぜ自殺したか。

 一度整理しよう。

 男は以前に飲んだ謎のスープとレストランで飲んだ本物のウミガメのスープを飲んだ。そして本物であることをレストランで知り、自殺した。それはつまりレストランでのスープが本物だとは思いたくなかった、言い換えると以前に飲んだ謎のスープを本物だと思っていた。そしてそれは嫌な内容物の入ったスープであると男は知っている。……ここの時系列は?

「男は……謎のスープ……男は作ってないんだから……」

「質問は『はい』か『いいえ』もしくは」

「わかってる。……以前に飲んだスープと内容物を知ったのはどっちが先……えぇっと」

「ふーん、そんなところまでわかったんだ。君にしては上出来だ。仕方がない。少しルール違反をしよう。

 男は君が定義づけるその謎のスープを飲んだあとに内容物を知った。これでいいかい?」

「……まあ」

 謎のスープを飲んだあとに内容物を知った、か。

 男は製造に関与していない。けどスープを飲んだあとに内容物を知った。……つまり飲んだ当時は謎のスープを「これはウミガメのスープ」だと教え込まれて飲んだんだ。そして、それはウミガメのスープじゃなかった。

 ウミガメのスープだと教え込まれて飲んだ謎のスープ。そしてそのスープには嫌な内容物が入っている。仮に人肉。虫が入ってた程度で僕は自殺なんかしない。だから人肉としよう。僕が人肉を口にしてたとすればそれは今すぐにでも嘔吐して今後を生きてはいけなくなる。

 ……男は、そんな状態だったんだ。

 人肉を食べるしかなかった。それしか食べ物がなかった。それはつまり、

「答えはわかった」

「なら答えを」

「けど一つだけ確認しておきたい。謎のスープを飲んだときに、男のほかに人はいた?」

 これで「はい」と言えば、

「……はい」

 口を緩ませて背伸びをする。

 浦川はもの面白そうに僕を見て口を曲げる。

「答え合わせはしなくていいのかい?」

「もうわかったからね」

「残念。君にそれは違うと言いたかったのに、正解だと言いざるを得ない答えに導けたらしいね。褒めようじゃないか」

「それはどうも。ていうか、初めの問題がこれって難しすぎない? もっと簡単なのなかったの?」

「いくらでも探せば出てくるけど、この問題をしないのは、家を買ったのに別荘に住むのと同じようなものさ」

 そういうものならいいか。面白かったし。

 もう一度背伸びをして時間を見る。まだ十分くらいある。

「でも次出すのならもっと簡単なのにしてよね。今ので頭使いすぎてもうなにも考えられないくらい疲弊してるから」

「それならば疲弊した君にとてもピッタリな、もっと簡単な問題を出そう。

 ある運航中の客船で火事が起きた。けど火は一時間もしないうちに消し止められた。なぜでしょう?」

「……海の上だからじゃないの?」

「正解」

「…………」

 簡単にしてとは言ったけど、簡単すぎない? それにこれじゃひっかけクイズのようなものだし。

「わざわざ運航中って言ったのは、陸から離れて消防車が来れない状況だっていうことを言いたかった。そう考えた人はならどうやって火を消そうかと考えると思うけど、逆に言えば運行中、つまり海の上にいて水はいくらでもある。消そうと思えばいくらでも消せたんじゃない?」

「そうとも。けど君にはもう少し奥まで深掘りしてほしかった。ボクはさっき正解とは言ったけれど、少し正解ではない。君が海の上だからと言ったけれど、海の上だからといって一時間以内に消せると思うかい?」

「……確かに」

 いくら海の上だからと言っても、消防ホースみたいに一定の量出し続けられない。例えば海の水をくんで火元に放る。そんなんじゃ一向に火事なんて消せない。

 ……いやでもいくら船だからって、消火器がないことないんじゃない? それに客船なんて人の命預かるような場所で防火設備がないなんて考えられない。

「……その客船には防火設備があってそれを使った」

「いいえ」

 ……質問の仕方が悪かった。これじゃ防火設備の有無を否定したのか、使用したことを否定したのかそれともどっちも否定したのかわかんない。

「客船には防火設備があった」

「はい」

「それを使った」

「いいえ」

 危なかった。迷宮入りするところだった。

 防火設備があったものの、使っていない……。

「本当に火事が消された?」

「はい」

 となれば、残るは……。

 水の張ったおもちゃのバケツに目を移す。なにも浮いていない。

「……客船は沈んだ」

「はい」

 少し背筋がゾクってして身震いする。久々に浦川のサイコパスを実感した。でもこれってネットから探した問題なんでしょ? べつに浦川が作ったわけじゃ――

「いいえ? ボクが作ったのさ。上出来だろう?」

 こんな問題作るなんて、本当に浦川って……。

「さあ。水平思考クイズは一度幕を閉じよう。焼き芋ができた頃だ」

 焼き芋を目の前にして明るく純粋そうに笑顔にする。

 どこまでが本当かわからない。


 焼き芋を火の中からすくい上げたら、そこらへんにあった少し大きめの葉っぱを軍手代わりに包んで持つ。もちろん全然熱くて浦川に放り投げてしまう。

「あつっ。なぜボクに投げつけてくるのかね?」

「葉っぱじゃ軍手代わりにならないからだよ」

 でも浦川は投げることなく持ってる。……ん、よく見たら葉っぱ二枚じゃない?

「……やっぱり浦川は信じられない。僕には一枚だけ渡してきたのに、自分は二枚使ってる」

「いやなら食べないことだね」

「食べるけどさ……」

 葉っぱとさらに服で包んで持って、なんとか焼き芋を割る。と、中からホクホクの甘いニオイが漂って顔が一気にとろける。まだ口にしてないのに。

 そんなおいしそうなニオイを出す焼き芋にかぶりついた。

「おいし……」

 口の中でとろける甘さとなめらかさに顔を曲げずにはいられない。

「……君のそんな表情見たことがないんだけれど。どこでそんな表情覚えてきたんだい?」

「べつに僕だってこんな顔するし。それに飼ってる犬が勝手に覚えた技みたいに言わないで?」

「実際君はボクの助手なんだから飼ってるようなものさ」

「……助手やめるね」

「……さ、さっきの言葉は取り消そう」

 それでよし。


 焼き芋を十分に楽しんだら鎮火する。浦川が名残惜しそうに見てた気がしたけど、炎が上がってるわけじゃないし。

 そういえば夏の『愚者叫喚事件』の時も炎をじっと見てたっけ?

「浦川は炎好きなの?」

 少しの沈黙があったあと、

「…………は」

 低く、心臓を突きそうなほど低かったその声でドキリとした。初めて浦川の口から出るその声も。

「ご、ごめん。べつにその……好きじゃなかったらいいんだけど」

「好きなわけないだろ」

 僕の声に被さりながら言われる。歯を食いしばってるように、怒りを抱いてるような顔をしている。なにかいけないこと言ったっけ……? 

「……ごめん」

 わけがわからず、でもその浦川の言動でなにかしてしまったんだろうって思って僕は謝る。と、浦川はハッとして一歩後ろに下がった。

 そしていつも通りの声、顔で、

「い、いや日向くん、べつに……ぼくはその……だから……」

 浦川も動揺してる……?

「えぇっと、なんにもない……さ。驚かせてしまってすまないね。探偵としての感情をね」

 次第によくわからない言い訳をする。

「ほ、ほら理にかなわない理由で犯罪をした人とかに向けたときに、そういう怖い口調は大切だろう? その練習さ」

 その言い訳も十分理にかなわないけれどね。

 とにかくわかった。浦川の前で「炎」だとか「火」は禁句だ。怒らせる。

 きちんと綺麗に片付けをして、公園をあとにする。僕はただ浦川の隣を歩いた。さっきの怒らせたことを気にしながら。

 ずっとだんまりな浦川の横顔をときどき見てたけど、いつ見てもいつもと同じ顔してた。けど、

「…………」

 どこかニセモノだった。

「……どこ向かってるの?」

 なんとなくソワソワして、僕はなんとなく口を開けた。

「……君の家さ。当然だろう? 君と時を共にした日はいつも行っていたじゃないか」

 あ、僕の家?

「浦川、あのさ、今日はちょっと駄目」

「探偵に口答えかい?」

「そういうのじゃなくて、今日は本当に駄目なの!」

 歩き続ける浦川の腕を(つか)んで止める。

「……君がそこまで嫌がる理由は知らないけれど、もう着いてしまったし、一旦上がらないかい?」

 え?

 その言葉でパッと顔を上げたら見飽きたマンションが建っていた。

 また歩きだそうとする浦川。今度は腕を掴めずに透明な自動扉を開けてロビーに入ろうとする。そしてその扉の向こうに見慣れた顔があった。

「浦川!」

 今まで以上にすばやく足が動いて浦川の腕を引いて茂みに隠れる。

「なにす」

 うるさい浦川の口も塞ぐ。

 カッカッとヒールの音を鳴らして、出てきた女は、僕らがいることに気づくことなく通り過ぎていった。

 ドクドクドクドク。心臓がうるさい。知ってる顔なのに。

 姿が見えなくなったら浦川の口を開放する。

「いきなり口を塞ぐものだったからびっくりしたじゃないか。それで、あの女性は?」

 やっぱりわかるか。隠れた理由があの人が関わってるってこと。

「……僕の母親だよ」

「…………きみの」

 いつかのと低い声で言われて、あのときの声に重ねてまた鼓動が速くなる。けど、今度は虚しそうな顔をしてることがわかってホッとする。でもなんでそんなに虚しそうな顔してるんだ?

「君がボクを家に上げたがらなかったのは、君の母親がいたからだね?」

「……そう。けどもう行ったから、べつに上がってもいいよ」

 茂みから出て、浦川は「せっかくならお話しでもしたかったけれどね」と、当然かのように扉に入っていく。絶対に顔合わせなんてさせられない。

 浦川を傷つける。

 ――そこにごはん代置いてるから適当に買って食べてね――

 ――こんな時間にどこ行くの?――

 ――……仕事よ――

 ――そっか。夜からなんて珍しいね。いってらっしゃい――

「…………」

 ――なにお菓子作りなんてものにお金使ってんの! ちょっとぐらい家事の一つや二つ手伝ってくれたっていいでしょ? 全部あの子の面倒見てるの私なんだけど!――

 ――そんなこと言ったって、陽一も菓子作り楽しんでくれて――

 ――そんなくだらないことに金使うくらいならちょっとは給料上げなさいよ!――

 ――……そんなこと言うけど、陽一の学費どっから出てると思ってるんだ? ろくな仕事もしてないくせにどの口が言ってるんだ!――

 ――いたっ! ちょっと! なにすんのよ!――

 ――って! おいモノ投げんなって!――

「…………」

 ――ねえ。……ごはんのお金、もうなくなっ――

 ――知らないわよ。あなたの使い方が悪いんでしょ? 金がないならさっさと飢え死にでもすれば――

「…………」

 ――冷蔵庫なんにもなくて作れない――

 ――嫌ならお父さんのところに行けば?――

 ――場所知らない――

 ――こっちだって知りたくもない。ほんとさっさと家から出ていってくれないかなぁ。なんで料理なんてあの人と同じことするかなぁ。男が料理なんて気持ち悪くて食べられやしない――

「…………」

 ――まずい飯なんて作ってないでさっさと出ていって? 目障りなんだけど――

 ――……出ていけてるならもうとっくに出てってる。金あるんならそっちが出ていけばいいんじゃない――

 ――ここは私の家なんだけど! 目障りだからさっさと出ていけって!――

 ――危なっ、包丁振り回すなって! だ、誰か止めっ……――

 ――……はっ、自業自得じゃないの――

「…………」

「ひーなーた、よーいちくーん」

「わっ」

 浦川の顔面が目の前にあった。

「急に動かなくなるから銃で撃たれてもなお立ち続けるレアシーンを見れたのかと思ったよ。実際に撃たれたかのようにお腹を触っていたしね?」

 浦川のにまりと、いつもながらサイコパスを真似て笑う。でもそれが今度ばかりは楽しそうに笑ってるように見えた。

 目の前が歪む。

「……ひ、日向くん? どうしたの?」

 浦川の素の声、久しぶりに聞けたな。

 首を横に振る。

「……ううん、なんでもない。浦川の素の声……聞きたかっただけ」

 笑ってごまかす。浦川はハッとしていつも通りの演技じみた態度を取ると思った。でも少しして「そっか」とまるで僕を心配してるように言った。

「ははっ、浦川でも人のこと心配するんだね。サイコパスみたいにすぐ笑いそうだけど」

「……さぁね」

 肩をすくめて扉に入っていく、とすぐに戻ってきた。僕が来ないと開けられないんだから早く来てって。

 いつも通りエレベーターで上がって、いつも通り廊下を歩いて、いつも通り家の鍵を出した。けど目の前の扉が開くことにためらいを持つ。

 親はいない。さっき出ていくのを見た。確認したじゃん。

「……エレベーターに乗っているときもずっとここに来るまで、なにも声に出さなかったけれど、君、あの母親になにかあるのかい? あの母親を目にしてからずっと怯えているみたいだ」

「……さあ」

 なに家に入ることを怖がってるんだ。扉を開けた。

 それでもなかなか落ち着きを見せられなくて、浦川に水を出したきり動けなかった。

「……日向くん」

「…………」

 せっかく浦川が家に上がってるのに。なにか浦川にもてなすもの……。

「……ごはん、要る?」

「焼き芋で腹は満たされている。……このボクに気を遣っているのかい? いいから君は自分の心身を癒やしたまえ。ボクは君の部屋でもあさってやましいものがないか調査してくるからさ」

「…………」

 探してもないけど。

 浦川は一度僕をじっと見たものの、落ち着いてから行動したまえ、とだけ言って廊下に姿を消した。演技じみた言葉なくせに、声は素だった。

 浦川がいるからもてなすべきなんだろうけど、浦川もああ言ってくれた。少しだけ、少しだけここにいさせてもらお……。

 テーブルに伏せて目を(つぶ)った。


 遅い。

 あまりにも遅い。

 いくら心身を癒す時間を設けたとはいえ、少しくらい心配で顔を覗かせたりしてくれたっていいでしょ。

 カーテンの隙間から漏れる光はオレンジ色。軽く一時間は経ってたらしい。その間に僕は寝てしまってた。

 もう気分も晴れた。浦川を呼びに行こう。

 僕の部屋にやましいものだとかを探しに行くとか言ってたけど、ないんだから諦めて戻ってきなよ。そう部屋に入ってすぐにいる浦川に言おうと思った。けど浦川はもう探してはないみたい。ただメモ帳とボールペンを両手に、僕のベッドに座り込んで熟考してるみたいだった。そして浦川の傍には写真立てが寝かされてる。

「なにしてるの?」

 僕が部屋に入る音にも気づかないくらい考え込んでたらしい。本気でびっくりしてた。

「お、驚かさないでよ日向くん……」

「そっちが勝手に驚いたんじゃん。なに考えてたの?」

 そう聞いたあと、パッと寝かされる写真立てに目を移して「な、なんでもないさ」と言う。なんでもないことないだろうに。

 寝かされてる写真立てを覗き込む。これは……。

「どっからこんなもの出してきたの? やめてよね」

 まだ両親がまともな親だったときの写真。家族三人で客船に乗ったときの写真。もう、二度と味わえない幸せを閉じ込めた写真。

 ベッドに伏せて、それを見えなくする。もういっそのこと捨てようかな。

「あ、あれは……その、船……」

「あぁ、そうだよ、客船。小さいときにね。船好きなの? あの、なんだっけ、ウミガメのスープの二個目の問題のときにも客船が出てたけど。あれ浦川が考えた問題なんでしょ?」

「……そうなんだよ、ボクは船が好きでね」

「ならこれよりも、船だけ写ってる写真があるからそれを見なよ。こんなのよりも」

 幸せだったときのことを思いださない写真は普通に棚に立てかけてある。少し上にほこりを被った写真立てを浦川に渡した。

「……カッコイイ。こんな大きな客船に君が乗っていただなんて、ウラヤマシイ。ボクも連れて行ってほしかったよ」

「そのときに出会ってたらね。文句は過去に言って」

 もし浦川が過去の世界にいたのなら……無意識のうちに犯罪に巻き込まれてそう……。

 写真をまじまじと見飽きそうなほど見入ってる浦川の腹から、ぐぅーと鳴る。

「ふはは。なにか作るよ」

「わ、悪いね……。ボクとしたことが空腹度を調節できなかった」

「たぶん誰にもできないよ」

 ごはんをごちそうすることになったし、リビングに戻ろうと促せば浦川は立ち上がった。先に出てようと思ったら、後ろからパシャっと音が一回。スマホのカメラの撮影音。

 ぱっと振り向いてみたけど、そこにはもう浦川がいて、なにを撮ったのかもわからなかったから諦めてリビングに向かった。それに撮られてまずいような、やましいものなんてないし?

 なにを作ろうかな、ととりあえず野菜室を見る。冷蔵庫を見る。

「浦川、なに食べたい?」

「ボクは君の嫁になった憶えはないけれど、そうだなぁ、パスタが食べたい気分だ」

 途中のなに。

「アレルギーとかはなかったっけ?」

「ないとも。けど動物が駄目でね」

「じゃあ肉は入れないで」

「あー動物というのは羽毛などであって」

「わかったわかった」

 小馬鹿にしたときへの必死な対応に笑いをこぼしながら冷蔵庫をもう一度見る。

 カルボナーラを作ろうかな。

 パスタを茹でてる間にベーコンの代わりのウインナーを切っておこう。野菜も入れたほうがいいかと思ったけどそもそもあんまりなかったから諦めた。

 包丁を取り出して握る。

「…………」

 痛い……。もう塞がってるはずなのに。

「あぁ、もう!」

 全部全部親のせいだ! なにもかも! なんで今日に限って出くわすかなぁ!

「ひ、日向くん?」

「あ、いや、ごめん、なんでもないよ」

 もう忘れよう親に会ったことは。そもそももう、親がいたことさえも否定してしまえばいい。うん、そうだ。僕に親はいないんだ。

 ……親がいない……?

 ……そうだ。ぼくには親はいないんだ。


「うぅーん! 非常に美味だ!」

「またその言い方? おいしいんならいいけど」

「君もボクの様子ばかり見ずに食べたまえ。君が作った料理なんだからさ」

「なら遠慮なく、いただきまーす」

 久しぶりに食べるお手製のカルボナーラ。味は前よりもまろやかになった気がする。うん、おいしい。

「推理もできて、料理も作れる。君を契約書に同意させて本当の助手にしたいくらいだ」

「ただの雑用としか思ってなさそうなんだけど」

「そんなこと思ってなんかない。立派な助手さ!」

「ならいいけど」

 カチャカチャと食器を鳴らして完食する。浦川はまだ食べてる。っていうかソースを集めては食べてる。案外こういうところのろまっていうか几帳面っていうか。嬉しいけど。

「ふん。非常に美味だった。ありがとう。ごちそうさま」

「どういたしまして。じゃあ食器洗いよろしく」

「なっ! 卑怯だ! 勝手に振る舞っておいて、雑用を任せるだなんて!」

「はははっ、嘘だよ冗談。逆に来客に食器洗い任せるほうがおかしいでしょ」

 食器を重ねてシンクに持っていった。そして浦川がいることを忘れて洗いだす。けど少しだけだし、いいよね。

 暇に食器を洗っていれば、後ろから声がする。いつの間にか移動してたらしい。気づかなかった。

「本当に……」

 その続きがない言葉に疑問を抱く。

「なに?」

「……なんでもない。ところで、今回の件はなんと名付けるのがいいと考える?」

「名付けるってなにを?」

「名前をさ。ほら、春の時も夏の時のことも名付けたろう? 『クッキー隠蔽事件』や『愚者叫喚事件』と」

 確かにそんな事件名を名付けた。けどそれは事件があったからそう名付けたんでしょ? 今回は事件もなにも起きてない。ただただ平和に焼き芋しただけ。

「事件じゃないのに付けるの?」

「君が推理しただろう?」

 付けるときの条件そんなの? もっと明確にしてほしいけどね。まあいっか。

 今回の件の名前か。いやその前に。

「今回の件の定義は」

「焼き芋、水平思考クイズのこと」

「了解」

 ……ていうか、なんで僕が考えてるの?

 焼き芋ではサバイバル術、火のつけ方。水平思考クイズでは柔軟性を問われた。

「うーん。あっ、じゃあ」

「よし『芋づるの幸』にしよう」

「……ねえ浦川、今僕思いついたんだけど」

 てかなにその名前。

「知らないね。早いもの勝ちだ」

「意味わかんな」

 せっかく考えだせたのに。まあ提起したのは浦川だしいっか。

「四字熟語はいいの?」

「……あぁ、それはもう考えてある。『不知安楽』とね」

「……へぇ? なんで?」

「君」

 呼ばれるだけ呼ばれて続きがなくて浦川に向く。

「なに?」

 浦川は頭を指さして、

「ここを使いたまえ」

「…………うっざ!」

 今度こそは一発腹、いや、その頭に入れてやろうと思った。けど今は食器を洗ってて手が離せない。

 いやでも、食器を置けばいいだけか。泡を洗い流して濡れたまま、ニヤニヤと余裕ぶっこいて笑う浦川にパチンと、顔の前で手を叩いた。濡れたままの手で叩けばもちろん水が飛び散る。

「な、なにするんだね! 水が掛かったじゃないか」

「あんなこと言ったからだよ。あ、ついでに続きも洗ってよ」

 ゲラゲラと笑いながら僕は浦川をシンクの前に立たせた。困り顔の浦川だったけど、心から楽しそうだった。笑顔だった。ただの思い込みかもしれない。

 けどきっと、ずっと、過去の幸せを思いだすよりも今の幸せを感じたほうが幸せだ。

「ぼくの求めるもの、君の失われしもの」の三作目、「はかない夢―不知安楽―」を投稿しました。

 春夏秋冬の秋の謎でした。推理パートは書いてて楽しかったです。

 また春夏秋冬の謎の四分の三まで投稿しました。残り一作となっております。最後までどうぞ彼らの物語にお付き合いください。


 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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