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人の愚かさ ――牛驥同皁――

 夏。補講日の下校前。

「さてさて助手くん。今回の件についてどう思うかね?」

「補講を受けるほど僕も浦川も馬鹿だってことはわか」

「ちっがうよ。ボクの愚かさなんて証明しなくていい」

「自分で証明してるんじゃん」

「…………」

 僕の的確な指摘に浦川はふてくされる。事実なんだから。

 まあ、ここの高校、頭いい人ばっかりだから仕方ないかもしれないけど。一般庶民の頭脳じゃ到底補講を受ける運命になるのかも。

 荷物をまとめて僕はもう帰る準備ができた。のに浦川はまだ終わってなければ準備しようとすらしてない。外は蒸し暑いからって出たくないだけで僕だけで帰ろうと思えば帰れるけど。

「で、今回の件って? 今朝あったニュース、なんて言うなら知らないからね。僕はニュース見ないし、世間の事件なんて興味ない。僕は好奇心旺盛な探偵じゃなければその助手でもないんだから。くだらないことなら付き合う気はないよ」

「君はボクの助手だ。それに、ニュースなんてものじゃないさ。もっと関わりの深い、そうボクらは当事者だったんだから。くだらなくなんてないさ。君も知ってるだろ? 夏休みに起きた事件、大野宮神社で起きた放火事件。忘れたなんて言わせないよ。君も当事者なんだから」

 そういえばあったな、そんなこと。起きた時、確かに浦川が興味津々になるだろうなとは思った。

「知ってるけど、付き合う気はないって言った」

「いいや、付き合ってもらうさ。探偵であるボクが興味を惹いたんだ。助手である君がその話に加わらないなんてことはあってはいけないよ」

 あっていいと思うんだけれど。

「単に火を使う屋台が誤って材木にでもついたんだろ?」

「はぁ。君は本当に『探偵部』の部員か? 情報収集がなってなさすぎる」

「べつに入ってないし。非公認部だし。それにまだそれ引きずってたの? ボクは入らないし作れないから」

 たぶん浦川が言ってる事件、なんのことかはっきりとわかってる。僕と浦川は当事者なんだから。

 訪れた夏祭りで起きた事件、放火事件。


 夏休み。夕暮れが目立つ家の外。

 夏も本番になって、外に出ればすぐに汗をかく。それは朝も昼も夕方も。

 僕は不真面目でもないから、休みに入ってからは一日中課題に取りかかってた。むしろ汗をすぐにかくくらい暑い外に出てなにかをする気なんてなれない。これは外に出ないための言い分でもあった。

 そんな僕の前に浦川からのメールが来た。春に連絡先を交換してから何度目かの連絡。いつもは世間で起きたここらへんでもない遥か向こうの事件現場を見に行こうだとか、馬鹿みたいなことにしか使ってこなかったけど、今回は違った。

 決まり文句の「やあやあ元気にしてるかい日向陽一くん」のあと、送られてきた文。

『夏祭りになんて行ってみないかい?』

 見たことない文面に少しの間日本語が理解できなかった。そしてやっと理解したときの一句が「は?」だった。

 嫌だよ外暑いし。課題してるし。きっと遠い場所なんだろ? 外暑いし。

 そうなんとか断ろうとしたら全部うまく返された。

『夕方くらいからは涼しくなるみたいだよ。それに君の家から近くだ。課題の気休めにでもぼくの要望に付き合ってみないかい?』

 僕は『課題の気休め』なんて言葉に迷いを見せた。夏休みに入ってからずっと寝て起きてごはん食べて課題をして寝ての繰り返しだった。

『今回だけだから』

 言いくるめられた結果、時間通りに浦川が僕のマンションに出向いてきた。インターホンが鳴れば虫よけスプレーを降って、準備した肩掛けカバンを持って玄関の扉を開けた。

「あっつ!」

 すかさず閉じる。

 全然涼しくないじゃんか! 誰だよ夕方から涼しくなるだなんて言った奴!

 家の中で冷房をつけてたから余計に暑く感じるのかもしれない。それでも日本特有の蒸し蒸しとした暑さが肌に伝わって不快極まりない。もう出たくない。僕はもう行かないからな。嘘ついた浦川が悪いんだ。

 鍵をかけてさっきまで冷房がついてひんやりとした部屋に駆け込む。はぁ……この涼しさが一番だ……。

 この涼しさがなくなる前にもう一度冷房をつけてしまおうとリモコンを手に取ったとき、

「…………」

 インターホンが鳴った。何度も何度も。

 僕は深く長い溜息を吐いた。うるっさいなぁ……。

 外には出たくない。けどこの休みの間ずっと家にいて体を動かしてないのは確かだ。たまには動かさないと休み明けの体育で地獄を見ることになる。……本当に、今回だけだから。

 玄関の扉を開けて放たれる蒸し暑さに、どこへ向けるもなく睨みつける。そして早いうちに暑さを我慢しながらエレベーターに駆け込んだ。エレベーターはまだ軽く冷房がついていて涼しい。

 まだ着くな、まだ着くなと思っていればすぐ一階に着く。開いた扉から放たれる蒸し暑さに嫌悪を抱きながら、扉に挟まれる前にエレベーターから出る。

 浦川はエントランスにも通してないから外で待ってるはずだ。会ったら絶対怒鳴ってやる。

 この苛立ちを早く晴らしたいとばかりに、浦川が待つ場所へ。

 ……いた。シャツにキャップ、相変わらず白い肌だけが目立つ。

「うらか」

「待ってたよ助手くん!」

「全然外あつ」

「いやーね、君のことだから祭りに行ってくれないかと思ったんだけど、来てくれたんだね。ボクは嬉しいよ!」

「外全然暑いんだけど。なにが涼しくなるなの?」

「そう? 君は暑がりなんだね」

 この暑さを暑いと思わないほうがどうかしてるよ。どうせ浦川だってやせ我慢してるだけだ。内心暑いって思ってる。現にこめかみに汗筋作ってるし。

「あ、そうだ扇子あるんだ。使うかい?」

 なんで持ってんの。そう思いながらも受け取って仰ぐ。

「じゃあ早速向かおうか」

 夏祭りなんて何年ぶりなんだろ。ずっと行ってないや。ほんとにずっと。親の顔をまともに見れなくなった頃にはもう行ってなかった。もともと誰かと一緒に行動するってこともなかったけど。ずっと僕は一人でいた。これからもきっとずっと独り。

 浦川から借りてる扇子、なんだか自分だけに扇ぐのは申し訳なくて、浦川にも風が当たるようにした。なのにそんな風を浦川は「ほら涼しくなってきたろ?」なんて言うものだから殴ってやろうかと思った。

 祭り会場は僕の家からすぐ近くなんて言ってたけど、そこまで近くでもなかった。一駅分くらい。徒歩じゃなくても電車で行けばいいのにって思ったけど、どうやら路線が違うみたい。それに駅からも遠い。

「……浦川、泥棒になるよ」

「……君は急になにを言い出すんだい? 探偵の敵同様な存在に、ボクがなるわけがないだろう? ボクは名探偵なんだから」

「僕に嘘をついた。しかも二つ」

 言ったことを理解したのか笑い声を上げる。

「そんなことか。そうだよ、君には嘘をついた。三つ、四つ。それ以上に」

 ……ただ笑って、ごめんごめんなんて言ってくれたらよかったのに、求めてない返事を聞いてしまった。なに? 何個嘘ついてるだって?

「教えて。なにを嘘ついてるの」

 拳を上げて、人さし指が伸びる。

「そうだな、まず一つ、夕方から涼しくなること。二つ、君の家から会場が近いと言ったこと。三つ、補講の時に君から教えてほしいって言った問題、嘘の解き方を教えたこと」

「は?」

「四つ」

「ま、待って、もういい。もうそれ以上浦川がついた嘘を知っちゃいけない気がする」

「よくわかってるさすが助手だ」

 なに誇らしげに言ってんだよ。当たり前のように嘘つくな。

 あの浦川がついてる嘘だ。絶対とんでもないことを明かしてくるに違いない。僕はなにも知りたくない。

 いくつもの嘘をついた浦川の罰として、当ててあげてた風を浦川に当たらないようにする。

 春に会ったあの日以来、なんとなく距離を縮めていって、それでもどこか信頼できないところがあるなって思ってたけど、原因ってこういうことなんだな。今気づいたよ。

 屋台がちらほら見えてきたら浴衣姿の人間も増えてくる。僕は誘われたから来たけど、くだらないことに時間を潰す人もいるんだな。

「あ……りんご飴……。日向くんちょっといい?」

「いいよ、買ってきたら?」

 りんご飴好きなんだ。僕の返事を聞いたら早足で並びに言った。でもどこかソワソワしてる。りんご飴なんてそうそうに売り切れないだろうから心配なんてしなくていいだろうに。

 りんご飴に食べた跡を付けながら浦川が戻ってきた。どれだけ好きなんだろ。けど食べた跡を付けた浦川は嬉しそうだとか、幸せそうだとか、そんな顔はせずに安心しきったようなそんな顔をしていた。どれだけ売り切れるのが心配だったんだろ。

 浦川は黙々と道の隅で食べるから、僕は待つ。まだ屋台が見え始めたところで、中のほうまで入ってないのに。それにここの会場は広そうだし、りんご飴なんて他に安いところもあったと思うけどな。

 拳の一回り大きいくらいのりんご飴を半分くらい食べた浦川はふいになにかに気づいたように顔を上げて、僕と目が合う。

「あ、ごめん。おいしくて君のことを忘れてしまっていたよ。食べながら歩こうじゃないか」

 謝るとき素みたいだった。ときどき出る素顔。ほんと、なんで演技じみた言い方してるんだか。それだから初めてらしい友だちの僕からも信頼されないんだよ。

 なんとなく浦川の隣を歩いてたらなにかしたいものはあるかと聞いてくる。特にはないんだけどな。ただ浦川に連れられただけなんだから。

「そこら辺にあるのでいいんじゃない?」

「ならそこら辺にあるスマートボールをしようじゃないか」

 言われるがままお金を払ってボールを貰う。久々に触るなぁ。こんな子供みたいな遊び。

「ところで、なんでスマートボールなの?」

「子供みたいでいいじゃん」

 確かに、子供が遊ぶものだろうね。

「パチンコみたいでいいじゃん」

 それはわからない。

リーチになったものの、どこも揃わずに終わって小さい景品を貰う。

「次は?」

 パッと見たところに金魚すくいがあった。

「金魚すくいは?」

「すくっても殺してしまうからなぁ。ははっ」

 こわ。面白そうに笑う浦川から少し身を引く。

「なにが面白いの」

「だって『救った』のにその人の手で『殺される』んだよ? 面白いほかあるか」

 なにが面白いんだよ。前々から思ってたけどやっぱりサイコパス?

「あ、あれしようよ射的」

 射的か。射的は確かに子供心をくすぶる。

 少し並んでお金を払う。貰った弾は五発。

「射的は得意?」

 そう銃口に弾を詰めながら浦川に向いたら銃口がこっちを向いていた。

「…………」

「バーン」

「…………」

 弾を詰めれた銃口そ浦川に向けて引き金を引く。

「いたっ!」

「そこのにーちゃん人に向けないよー」

 銃口を人に向けたくせに浦川はそこまで上手くなくて、一つも倒せてなかった。

「そんな程度で銃口向けないでほしいよね」

「君がうますぎるんだ。ボクが普通なんだ。それに、探偵は頭脳や判断力が強みであって、そんな探偵を守るのが君である助手。だからボクが拳銃使いに疎くても構わないということだ」

「あっそ」

 ここまで来てなんとなく浦川が僕のことをからかってきているのはわかった。だからからかえないものを提案しよう。からかえないもの……。

「浦川、スーパーボールすくいしない?」

「子供だねぇ」

「……チッ」

「え、今舌打ちした? 日向くん?」

 なんでもからかってくる。

 スーパーボールすくい、これも浦川はうまくなかった。それでも店の人が一つスーパーボールをあげる。

「よかったね」

 そう言ったものの、浦川はすぐに近くにいた子供にあげた。せっかく取ったのにあげるんだ。でもこれも大人としてねみたいなこと言うのかも。

「優しんだね」

「まあね。あんな小さな子だ。あの子はそのうち喉を詰まらせてるよ」

「おいっ」

 浦川を軽く殴ってさっき渡してた子供に返してもらった。そしてそれを浦川の口の中に入れようとする。

「な、なにをするんだね! のどに詰まらせちゃうだろう!」

「今さっきあの子にさせようとしてたことだろ」

 抗う浦川に懲りずに口の中に入れようとしてる間に、スーパーボールがどこかに飛んでいってしまう。あーあ。せっかく食べさせてあげようとしてたのに。

「次起きる殺人はきっと、君が犯人だね」

「言ってる意味がわからないね」

 スーパーボールすくいもなんなりとからかわれてしまった。なら……ならヨーヨーならきっと!

 そうして誘う。

「いいセンスしているね」

「そうかな」

 からかわれないように選んだだけだけど。

 お金を払ったあと、浦川は珍しく真剣にやり始める。そんな浦川を横目に、僕も少し真剣にやる。

 ヨーヨーすくいは、もちろん得意不得意があるだろうけど、それでも水に濡れて破れやすい紙を釣りこよりにしてるんだから、得意不得意が関係なくなったりもする。

 そして本気でしている間にこよりが切れた。浦川は終わっているらしく、片手にヨーヨーを持ちながら待ってくれてた。

「ごめんね待たせたみたいで」

「いいよ。ちょっと来て」

 唐突な誘いにわけもわからず、引かれるがままついていけばひとけが少ないところ。特になにかがあるわけじゃない。

「こんなところまで連れてきて、なんのつもり?」

「こういうつもり」

 どういうことかと問う前に答えが返ってきた。

 浦川が手に持っていたヨーヨーを大きく降って、僕に向けて飛ばす。見事に僕の反射神経が反応して避けられた。投げられたヨーヨーは地面に落ちては割れる。

「……浦川……」

「なぁに?」

 すごく楽しげにニヤニヤしてる。

 僕の片手にはヨーヨーがある。

 僕も浦川と同じくらいニヤニヤしながら投げつけてやった。……くそ、外れた。でもすごいビビってたみたいだ。満足満足。浦川は不服そうに顔を曲げる。

「君ってやつは……」

 今度はなにをするかと聞けば、すぐに答えが返ってきた。お化け屋敷だと。浦川がそんなのに興味があるとは思わなくて少し関心を持つ。

「自称探偵なのに幽霊とか信じるわけ?」

「信じるわけないさ。探偵なんだから。そんなことを言う君は、信じてるのかい? それともそんなことを言うにはお化け屋敷が怖いんだ?」

「いや? 怖くなんてない。ただ浦川が怖がりなのかと思っただけ」

 順番が来たら早速入る。久々に触る入るな、こんな子供の遊び場みたいなところ……。ちょっと心臓がうるさい……。

「なに? 日向くんはこわ」

「怖くないから……べつに……っ……」

 口を閉じたあと、お化けが脅かしてくる。喋ってる間に脅かしてこなくてよかった。口を開けてた時に脅かしに来てたら、確実に声を出してた……。

 浦川はやけに静かで、本当に横にいるかも疑うくらい。それで、本当に横にいるのか怪しく思って横を向いた。けどいなかった。

「浦川?」

 もしかしてはぐれた? 暗闇だから仕方がないかもしれないけど、そんな子供みたいな……。

 来た道を見てもいない。それかもう先に行ったのか? 諦めて行こうとすれば隅のほうから黒い影が出てきて、

「ばぁ!」

「うわっ!」

「はははっ! 日向くんは怖がりなんだねぇ」

 殴ってやろうかと思った。

 それ以降も何度も脅かしに来てたけど、ある程度は慣れて、驚くこともなくなった。そのことに関しては浦川がちょっとつまんなそうにしてた。

「驚く側が驚かさないでよ」

「まあまあ」

 くだらないことをするんだから。

 お化け屋敷に出たあと、やりたいものを言わずに歩き出す。なにかやりたいものがあるみたいだけど。

 着いたのは輪投げ。

「お化け屋敷に首吊りの人形があったろ?」

「あったね」

「それを見てね」

 ちょっと言ってる意味がわかんない。なんで首吊りと輪投げがつながったの?

 そんな答えを出すかのように、貰った輪を僕の頭に押し付けてくる。

「……ねえ浦川。なにしてるの」

「入んないか」

「……はぁ」

 くっだんない。

 ときどき食べ物、カステラだとか、かき氷だとか、焼きそばだとかを食べながらも、浦川に毎度からかわれながら屋台を楽しむ。いや楽しんでるのは僕をからかってる浦川だけかもしれないけれど。

 それにしても、浦川は甘いものが好きみたいだ。甘いものが売ってる屋台を見るたびに買っては食べてる。僕はそこまで好きじゃないから食べなかったけど。

 もうずいぶんと蒸し暑さに浸された。そろそろ歩き疲れてきた。この時間になっても暑いし。

「まだ遊ぶの? もう終わらない?」

「終わらないよ。次行くところがメインディッシュなんだからさ」

 メインディッシュってことは少なくともまだこのあともあるってことだよな……。

 どこかに向かう浦川を後ろからついていく。時計が立ってたからちらりと見ると時刻は七時半前。こんなにも時間が経ってたんだ。

 楽しいと時間はすぐ経つ、だなんて迷信を聞いたことがあったけど、本当なのかもしれない。これまでの数時間、確かに僕は浦川といて楽しかったと思えた。

 浦川が向かう先はわからない。でも、明らかに境内を出た。しかも僕らと向かう先と同じ人はいくらでもいる。屋台が目的じゃないのはわかった。僕らが通る横でも屋台がいくつも開かれているけど。

 そして着いた先。屋台は相変わらず後ろのほうで光を灯してる。前には大きな川があった。レジャーシートも敷かれているところもある。ほとんど人で埋まってるけど。

「ここまで来たらわかったかい?」

「まあね」

 夏祭りで屋台以外に目的があるんなら、それは花火のほかない。

 そこら中人であふれかえってる。様子を見るに、もうそろそろ始まるんだろう。

 それなのにも関わらず、浦川は近くにあったわたあめの屋台を見つけては買ってくるだなんて、それで行ってしまった。本当に甘いもの好きなんだな。

 わたあめを買って満足そうな顔をして帰ってきた浦川。思えば今日の浦川、見たことない表情をたくさん見た。普段演技じみたりサイコパスなところがある浦川も、感情のある一人の人間なんだな。

 花火が打ち上げられるのも残りわずか。そんなとき、

「……なんだろ」

 後ろの屋台が並ぶところが騒がしくなった。試しに振り向いてみれば、

「えっ」

「…………」

 炎があった。人込みでどこについてるのかはわからないけど炎が上がってる。

「ねえ浦川、あれってなにかのパフォーマンス、じゃないよね」

「…………」

「浦川?」

 返事がなくて浦川に目を向けると、ぐっと服を握って燃える炎に釘付けになっていた。

「……日向陽一」

「……なに」

 どこかいつもと雰囲気が違う浦川に少し弱気になる。いつもサイコパスみたいなくだらないこと言ってるけど、これは違う。本当に誰かを殺しそうな目をしてる。

「……う、浦川……? どうしたの」

 こんな浦川は見たことがなくて、どうしたらいいのかわからない。

「……いや、なんにもないさ。……ただ炎が綺麗で見惚れてしまっていた」

 いつもの浦川に戻った。なんだったんだろ、さっきの。それか僕の思い込みか?

「事件の香りがするね。助手くん、ボクら探偵の出番だ。行くよ」

「え、いやここは探偵の出番じゃなくてっておいっ」

 浦川は僕の手を引いて野次馬の中へと駆け込んでいった。

 炎は屋台の隅に置かれているゴミ袋についている。けどこれくらいならかき氷の氷をぶっこめば消せそう。そう思考するも、突如と炎が大きくなった。べつに風が吹いていたわけじゃない。

「なんで急に……」

「誰かが油を注いでた」

「えっ、それ放火じゃん。警察呼ばないと」

「いーや。警察なんて要らない。ボクら探偵だけでこの事件を解決させ」

「できるわけないから」

 素直に警察を呼ぶ。人生で初めて呼んだ。住所、きちんとあってたかな。

 僕が呼んだ警察は誰かが呼んだ消防が来て、火が鎮火されたあとに遅れて来た。

 そこら辺の人に事情聴取をしている。聴取に捕まったら面倒臭くなるだろうなぁ。そう思って僕は、

「浦川ごめん、急用できちゃった」

「え?」

「僕帰るから」

「あ、ちょっとここからがボクらの出番――」

 ここが祭り会場でよかった。人込みに紛れ込めばすぐに浦川を振り払えた。面倒事はごめんだ。


「で、浦川はなにがどう気になるの。確かあれ、放火の犯人は捕まったはずだよ」

 浦川が見た「油を注ぐ手」は確かにあって、その場で抑えられたらしい。

「ボクは犯人の動機を知りたいんだ。状況証拠だけじゃ、犯人を捕まえるとき少し弱いだろ?」

「もう捕まってるんだけど」

 浦川は一つコホンと咳払いをする。

「とにかく動機! これからの探偵活動の練習にもなるんだから付き合いたまえ助手!」

「はぁー」

 くだらない……。

 鞄を机に置いて浦川の向かいに座り直す。

「君、ボクは犯人の動機を知りたい。なら助手である君がするべきこと、なにかわかるだろう?」

「情報をまとめる、だろ」

「さすがボクの助手だ。さ、早速まとめたまえ」

 なんでそんなに上から目線なの。僕はいつでも放棄できるけれど?

 鞄から白紙の紙とシャーペンを浦川の机に取り出して握る。

 まず起きた日。……いつだっけ。まあいいか。曜日は正直関係ないと思う。

『日付──七月』

「日にちは?」

「要らないでしょ。憶えてないし」

「あの日は七月二十八日。これくらいなら常識だよ助手くん。探偵の助手であろう君が日付を把握していないだなんて」

「べつにいいでしょ、助手じゃないんだから」

 で、次は……犯行時刻。時刻なんて見てなかったからわかんないや。時刻は不明、と。

「不明なことあるか。時刻は花火が上る前。花火は七時半頃に上がる予定だっただろう? つまり七時半前。これくらい時刻を確認していなくとも推測でわかるだろう? 助手として未熟な君だから仕方がないかもしれないけれども」

 悪かったね、未熟な助手で。

 時刻の次は、現場。現場は大野宮神社川辺近くのあるからあげの屋台でゴミ袋に引火。そして逮捕された男性が油を注いでいた、と。

「……で、浦川は……なにがしたいんだっけ」

「犯人の動機さ。犯人がなぜあんなことをしたのかっていうね」

『Q、なぜ犯人は放火したのか?』

 その下に二重線を引いて目立たせる。

 これで一旦はいいかな。

「他に書きたいことはある?」

「ない。……けどこれだと情報が不十分だ」

 確かに、これだとただの日記になる。

「やっぱりただ誤って火がついたんじゃないの」

「君だって知ってるだろう? 油を注ぐ手を。そして抑えられたらしい男を。あれには放火犯がいて、故意に火をつけたというなによりもの証拠だ」

 ……確かにそうか……。

 川辺の近くで放火。確実に故意してやったこと。その動機が知りたい……か。

「……あんまり気に食わないけど、現場、行く?」

 その言葉を待っていた、とでも言いたげににまりと口を曲げた浦川。ヘンなこと言わなければよかった。

「さすがボクの助手、日向陽一くんだ。今すぐ行こう、犯人の動機捜索へ!」


 いつかの日に来た場所、例の事件現場を目の前にする。

 騒動のことはなかったかのように跡形もない。強いて言うのなら、少し地面が焦げたようなそんな黒い跡があった。

「事件現場に来たけど」

「なにもないね」

 夏祭りがあったのは夏休み中。今は事件日から数週間過ぎた翌月。当時の様子なんてなんにも残っていなかった。いや残ってるはずがなかった。

 夏休みを堪能してるそこら辺の人も事件があったなんて知らなさそうに歩いている。

 これじゃ、教室にいた時と状況がなんにも変わりないじゃないか。

「どうするの浦川」

「……どうしたものか」

 予想外だったのか、珍しく真剣な顔になる。そんな浦川を見て、僕も珍しく真剣に考える。

 浦川はなんで犯人があんなことをしたのか、それを知りたがってる。春の時の「クッキー隠蔽事件」の時みたいに、事件を起こした犯人が知りたいわけじゃない。犯人の思考を知りたいんだ。

 ……だとしても、知りたいものが違ったとしても、集めるべき情報はいつだって変わらないはずだ。

 なら僕が、僕らが、今必要とする情報、探せば出てきそうな情報。……犯人の情報だ。

 浦川を川辺のベンチに誘い出して座る。

「犯人の情報について調べてみる」

「……君が珍しくボクに付き合ってくれている。なにかいいことでもあったかい?」

「あればよかったけどね。ただ、浦川が真剣そうだったからだよ……悪い?」

 浦川が素っぽい表情で目を丸くさせる。でもすぐに口元を緩めて、

「ならボクは現場検証と聞き込みをしてこようかな。本当は助手である君とともに行動をしたいけれど、いち早く解決させるためには分担したほうが早い。じゃ」

 軽く手を上げて行ってしまう。

 なんでここまでして浦川の話に付き合っているのかはわからない。なんとなくそうしたかった。今でもなんとなく信頼できない浦川だけど、心では浦川を信頼したいと思ってるのかも。

 犯人の情報を得るためにまず、夏祭りでの放火のことについて調べる。

『この近く 最近 放火』

 ニュースは出てるみたいだ。見てみよう。

『先日、大野宮神社での祭りで、屋台横に設置していたゴミ箱に放火したとして逮捕されたのは、放火した現場で屋台業を営んでいた│まさかず容疑者で、警備員によって現行犯逮捕されました。

 土井容疑者は容疑を一部否認しており、警察は調査を進めているとのことです』

 はっきりとした情報がなに一つない。犯人が男で、どこかで屋台を出していた店主で放火はしてないて言ってるっていうことくらいしか……。いや、屋台の店主が犯人って、すごく大事なことじゃん。

 すかさずメモを取る。

『犯人は屋台を出していた』

 犯人から得られる情報はもうなにもなさそうだ。いくら調べても同じようなニュースしかない。

 けどいい。いい収穫ができた。屋台の店主っていうことは、あの日に出てたどこかの屋台にその犯人がいたって言うことだ。その屋台を調べたら真相に近づけるかもしれない。

 けどあの大きな会場で、どんなふうに屋台が並んで、どこにその犯人の屋台があったかだなんてわかるはずもない。写真とか動画があればいいのに。……逆に考えたら写真とか動画があればある程度の屋台の並びは把握できるんだ。

 新しく紙を取り出して、スマホで会場の地図を調べて紙に書く。神社と言っても欲しい情報は屋台の配置。境内がどこまでだとかは必要ない。それに屋台は人が通る道に出る。

 花火が上がるところから本殿までは、川を下にしてそこから「土」みたいな形で道が出来てる。つまりその土みたいな道に屋台が並んでたはずだ。

 必要のある情報なのかはわからない。それでも今どきのSNSを使って、当時の様子を投稿してる写真とか動画を探しては屋台の配置図を埋めていった。放火があった周辺は特に埋められた。

 こんなところかな。

 ……けど屋台の配置図を埋めたところで、犯人が経営してた屋台がどれだかなんてわかるはずもなかった。

 手が止まって考え込む。どうしたら動機がわかるんだ……。

 頭を抱えて悩ませていたら浦川が帰ってきた。のんきそうに「行き詰まってるみたいだね」って。

「まあね。そっちは」

「ボクとしたことが、収穫はなし」

 ちょっとだけ浦川が、いい情報を持って帰ってくることを期待してたんだけど、そううまくいかないか。

 浦川は僕の隣に腰掛けて、書き出した地図と犯人の情報を見る。僕はもう諦めようかと背もたれに体を預けて、まだまだ暑い遠くの空を見ていた。

 ふいに浦川が口を開ける

「水から離れてる」

 水から離れてる……? なにが?

「どういうこと?」

「ほら、見たまえ」

 指差すのは僕が書いた屋台の配置図。

「ここが現場。で、トイレが現場から離れたここ。そして現場の屋台の周辺を見てみたまえ。全部『火を消せるもの』がない屋台ばかりだ」

 現場の周りの屋台。確かに『火を消せるもの』がない屋台しかない。金魚すくいだとか、かき氷だとか、そんな冷たさを想像できるものじゃなくて、温かい食べ物だとか、射的とかスマートボールみたいな、そんな遊ぶものばかりだ。現場の周りの屋台は。

 それにトイレからも離れている。つまり、

「……犯人は火をつけたかった。そして消してほしくなかった、っていうことだよね」

「さすがだ。きっとそういうことになる。犯人は火を消してほしくなかった」

 火を消せるもの、水から離れた場所に火をつけたのはもしかしたらたまたまなのかもしれない。それでも、人に紛れてこっそり火をつけたかったのならもっと花火が打ち上げられる近くでつけたらよかった。でも、地図で確認しても、花火が打ち上げられる場所とは少し離れてる。花火が打ち上げられる最短の屋台といえばかき氷。まるまる消火道具のある店だ。火を消してほしくなかったっていうのはいい線なのかもしれない。

「なら、なぜ火を消してほしくなかったのか」

 ……そうなるよな。なんだか行ったり来たりだ。

「犯人の動機……ね」

 諦めきれなくて、ただそう口にする。

 根本的に無理なのかもしれないなぁ……。

 動機とは、そうさせるように仕向けた原因。人の内面的なところを僕らはあぶりだそうとしてる。

 そもそも人の心を読むと同様のことをしようとしてるわけだ。できるわけがない。そんなできるわけがないことをなんで浦川はしたがるんだ? 単に動機が知りたい、じゃ僕は納得ができない。なら、浦川にとって都合のいいなにかがあったのか? 動機を知ることで、今後の探偵業(仮)に役立つとか……。

「っ……」

 思わず背中を浮かせる。そうか。そうだ。

 僕らは今当時の状況を理解して犯人の心理にたどり着こうとしてた。けどそんなことできないに等しい。それに、状況証拠と思しき情報ばかりを集めたって意味はないんだ。犯人がなんで火をつけたのかを知りたい。なら逆手を取って、犯人が火をつけたらどんな利益があるのか、それを考えたら答えが導き出せるかもしれない。

「なにか気づいたのかい?」

「あ、いやまだだけど、犯人が火をつけることで得られる利益はなにかを考えたら、動機がわかるんじゃないかなって」

「助手くんそれだ! ボクとしたことが、そんなことにも気づけなかったのか……。日向くんと会ってから、ずっと腕が落ちてきてる」

 しれっと僕のせいにしないでくれない?

 情報をまとめた紙を奪って、『Q、なぜ犯人は放火したのか?』の下に矢印を書いて『Q、放火することによって犯人が利益になるものはなにか?』と追加で書く。

 放火することで得られる利益。もしかしたら利益なんてものじゃないかもしれない。もっと、正義感であふれたなにかかもしれない。それでも考えてみる。

 僕が花火が上がる日に、放火するとする。そのとき僕はなにを望んでる? 僕は……なにを望むんだろう。

 わからない。けどなにかヒントがあるはずだ。浦川が見てる紙、情報をまとめた紙を横目で見る。

『日付──七月二十八日

 時刻──七時半前

 現場──大野宮神社の川辺近くのあるからあげの屋台のゴミ袋に引火。

 ◎逮捕された男性が油を注いでいた』

 同じ状況で考えてみよう。七月のあっつい日に屋台を開く。花火が上がる時間まで屋台の店主をする。そして犯行時刻である七時半前に川辺の近くで放火。

 そうか。時刻、場所。この二つが重要になってくる。時刻は七時半前、そして放火場所は花火が上がる川辺の近く。

 時間と言い、場所と言い、犯人はきっと花火を中止にさせたかったんだ。

 そして予定通り花火は中止になって、後日打ち上げられることになった。

 ……でもそれだと、なんであの日だけ花火を中止にさせたかったんだ? 後日には花火は打ち上げられた。花火を中止にさせたいっていう理由なら、祭りが開催される両日とも放火する必要がある。もちろん捕まったからできなかったのかもしれないけど、それだともっと慎重に、捕まらないようにだってできたはずだ。

 花火を中止にさせたかったわけじゃないのか……?

 再び行き詰まる。けど、ここまでの推論を浦川に話した。

「ほう。花火を中止に、か。君にしてはいい考えだ。もし花火を中止にさせたかったのなら、中止にすることに意味があったはずだ。しかもあの日だけ適用される。なにか知ってるかい? あの日だけが特別なのは」

「さあね。けど絶対あの日だけを中止にさせたかったというわけでもないよ。たまたま捕まっただけで、明日もやる予定だったのかもしれないし」

「一里あるね」

 中止にさせたかった理由か……。この辺までくると、本当にもう犯人の心の中を読むなんてことになってくる。ここまで考えられたんだ。上出来じゃない? もういいんじゃない?

 そう口にしようとしたら浦川が先に口を開ける。

「人の心理を突くには、その人を知る必要がある」

 え?

「さ、助手くん。犯人について徹底的に調べ上げよう。もしかしたら決定的な情報が得られるかもしれない」

 やっぱり、それが一番の近道なんだろうな。

「ボクはもう一度聞き込みをしにいく」

「うん。なら僕も情報を洗い流してみるよ」

 再び浦川と別れる。

 今度こそなにか情報が得られて、犯人の真意がわかるかもしれない。

 スマホを片手に、座り直す。さっきは屋台について、配置を見ていたけれど、今度は犯人についてだ。ニュースは駄目。さっきので未公開の情報が得られる感じはしなかった。

 犯人の情報を得るには、犯人をよく知る人に聞いたほうがいい。なんて、できたら苦労はしないんだけど。

 あの人がどんな人だったのかわかる情報……。

 こういうとき、案外SNSを参考にしたら答えが導かれたりすると思う。さっきだってSNSを見て屋台の配置を確認したんだ。

 当時の動画があれば、犯人がどんなことをしようとしていただとか、なにを言っていただとかわかるかもしれないのに……。なんとなく使い慣れないSNSに触ってときどきヘンなハートマークを付けてしまう。

 当時の動画ないかなぁ。

 探していると、さっき別れたばっかりの浦川が息を切らせて戻ってきた。浦川の顔はどこか嬉しそうだった。

「どうしたの、そんなに息切らせて。なにか見つけた?」

「み……見つけたどころじゃ……ないよ! 超重要情報だよ……!」

 こんなに息を切らせた浦川は見たことがなくて、見てるこっちも息が苦しくなるから、とにかく息を整えるように言った。

「……で、なに? その超重要情報ってのは」

「犯人が言ってたことを知っている人がいたんだ!」

「言ってたこと?」

「そう! 犯人は油を注ぐ前に、こう言ってたらしいんだ。『環境汚染だ!』って」

 環境汚染……? 環境汚染だと犯人は言ったんだ……?

「つまり動機は」

「そう! 犯人は花火から出る煙やらなんやらを環境汚染だと叫んで、その花火を止めるために放火したんだ! なんて愚かなんだっ! ははははっ!」

 すごく満面に、誰かを見下すように大きく笑う。……サイコパスだ。

「愚か者! 愚者だ! ははははっ!」

 そこまで笑う必要もないと思うけれどね。

 犯人は花火から出る煙やらなんやらを環境汚染だと叫んで、それを止めるため、つまり花火を中止にさせるために放火をした。どちらも煙が出る。しかも人体に、環境に有毒な。自分で指摘しておいて、自分も同じことをする。愚かなほかない。

 けど、そこまで笑わなくていいでしょ。笑いすぎて噎せてるし。

「ケホッケホッははっ……はぁー……面白すぎるね。……君みたいだ」

 え? にまりと口を曲げて小さくしれっと言う。さらっと僕を愚者だと言わないでほしいんだけれどね。

 まあ、愚かであることは変わらないか。

 今回は確かに、犯人を見つけだすという目標じゃなくて、犯人の動機を探るっていうものだった。だから犯人を見つけて真相を暴く、だなんて豪快なことをはしなければ、それによって今回の件について誇らしいという気分になれるというわけでもない。

 それでも、

「さーて、犯人の動機もわかったことだし、帰るとしよう、助手くん」

 なんだか浦川と過ごせてよかった。今の僕にはそう思える。

「そうだね。今度も僕の家に上がるの?」

「さあ。ボクの気分次第」


 今回の事件、称すなら『愚者│きょうかん事件』の犯人の動機を調べて、浦川を納得させることができた。

 今日もまた、真っ赤な夕暮れにいる。

「血みたいに真っ赤だ」

 浦川がそう言うくらいには真っ赤。

「それで、今日は僕のお世話になるわけ?」

「うん、そうしようかな。プリンも食べたいし」

 手に下げてる袋を上げて見せてくる。プリン以外にも入ってるのはわかる。僕は入り口の前で待ってたからなにを買ったのかは知らない。

「実は君の分もあるんだ。一緒に食べないかい?」

 ……浦川にしては気が利くじゃん。

「もちろん」

 家に上がらせて、冷房をすかさずつける。

「いやぁ、以前にも君の家に上がったけれど、やっぱり君の家は綺麗だねぇ。まるで人が住んでないみたいに」

「残念ながら僕は生きてるよ」

 冷房がリビング中に効き始めるまで、僕らは扇風機の風に当たって暑さをしのいでいた。それでも日本の夏は屋外は直射日光が痛いし、屋内だと籠って蒸し暑い。窓は開けてるけどなかなか籠るような蒸し暑さはなくならない。

 まだ扇風機の前にいたかったけれど、ここは僕の家でもある。一応家の主として浦川に水をもてなした。

「これはこれは、助手としての仕事ができているじゃないか」

「助手としてじゃなくて、ここの人間としてね。テレビもつけるね」

 この時間はアニメかニュースしかしてない。アニメは興味がないし、浦川がアニメを見そうな感じはしなかったからニュースのチャンネルにする。もとから同じチャンネルだったけど。

『次のニュースです。

 七月二十八日に大野宮神社での祭りで、ゴミ箱に放火したとして逮捕された土井容疑者は昨日犯行を認め、環境汚染だ、そのうち消される、などと叫んでいたことがわかりました。……続いては今話題の』

「…………」

「……ねえ浦川」

  このニュースって、昼間に僕らが追ってた真相を今言ったんだよね。……このニュースを早くに見れてたら、こんな空を茜色にさせるまで暑い外にいる必要もなかったのに。

「……意味がなかったね」

 ま、仕方がないか。いずれわかってたことなんだろうし。誰かを責めるものでもない。

 むしろ、時間が解決してくれるものを時間に逆らって探し出した僕らも犯人と同じように、愚かだったのかも。

「けれど、ボクらがやった行動はこれからの探偵業に役に立つさ、きっと。だから意味がないなんて言うんじゃない助手くん」

「君が言ったんだけれど? まあいいや。……それよりも、土井が言ってたらしい『そのうち消される』ってなんのことだと思う?」

「さあね。そのうち消される……つまり、時間が経てば消される装置かなにか計画でもあったんじゃない? 例えば空から雨が降るだとかね」

「あの日は一日中晴れの予報じゃなかった?」

「例えばの話さ。もしかしたらもっと大きな、そう、お金持ちとかならばヘリコプターを使って空から大量の水を降らせることだってできた。なにも運でなくていい。偶然を装って必然であればいいのだから。

 さーて涼しくなってきたことだし、ご褒美のプリンをいただこうじゃないか」

 まあ、探偵が言うならなんだっていいか。

 プリンを慎重に開け始める浦川の向かいに座り込む。と、浦川が皿は出ないのかい? って言うものだから持ってくる。そしてその皿の上にプリンを出す。ぷるぷるしてる。僕も皿に出せばぷるぷるする。

 浦川がスプーンでそれをすくって一口したとき、

「んー! 非常に美味だ!」

「……言い方ウザ」

「なにか言ったかい?」

「いや、なにも。どうぞ気にせず召し上がれ?」

 テレビで流れる動物の特集を観ながらプリンを頬張っていたとき、ふいに浦川が口に出す。

「今回の事件、そう『愚者叫喚事件』を四字熟語で表すならなにがいいと思う?」

「そんな決まりでもあるの?」

「ボクの中でね。事件ごとの感想を四字熟語でまとめているんだ」

 浦川もそんな馬鹿みたいなことするんだ。いや馬鹿と言っちゃ可哀想か。くだらないことって言おう。

 『愚者叫喚事件』を四字熟語で表したら、か。僕は、四字熟語は得意じゃないって前にも言った気がするんだけどなぁ。

「文句は言わないでよ。『愚痴無知』なんてどう?」

「ふーむ」

「文句は言わないでって言ったよ」

「文句は言ってないさ」

「不服はもらした」

 浦川にしては頑固だ。僕も同じか。

「文句じゃないじゃないか。よし、『│ぎゅうどうそう』にしよう」

「っておい!」

 会話がおかしくて僕がぷっと笑えば、浦川もわざとらしく笑いをあげた。

 愚者同士の愚かな笑い声を。

「ぼくの求めるもの、君の失われしもの」の二作目、「人の愚かさ ――牛驥同皁――」を投稿しました。

 あらすじで明かしているように春夏秋冬それぞれの謎である夏の謎のお話です。前作より日向と浦川の心が打ち明けている様子がうかがえたのではないかと思います。

 はたまた、作中の回想シーンであった浦川の様子がおかしかったことにはどんな裏があるのか……。


 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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