俺たちが見ててもどうにもならねえ
雲の切間から、日光が差し込んできた。
三人の男が、タバコを片手に100m先のビルの屋上を見ている。
食品会社「鉄の素」支社、屋上の景色である。
さっきまで賑やかだった渡瀬の口数も減り、黙って100m先の、ビルの屋上の手すりに腰掛けてる裸足の女性を見ていた。
また後の扉が開いて、人間が入ってきた。
苗山、山口よりかは少し年上だが、背格好がこざっぱりとした、清潔で、穏やかそうな男性である。
苗山、山口、渡瀬が屋上にいるのを確認すると、彼もタバコに火をつけ、三人の元にやってきた。
「何してるの?」
声をかけられた三人が振り向くと、
「お疲れ様っす。あ、多田さん昨日はご馳走様でした」
と渡瀬が言った。
「いいのいいの。楽しかった?」
「はい」
「……どしたの?」
「あ、多田さん、それが……」
渡瀬が女性の方を指差そうとすると、隣の苗山がその手を引っ叩いて、自分が指差した。
「え?」
多田は、手すり越しに渡瀬の隣に立って、メガネをかけて苗山の指の先に視線を向けた。
「あら……あー。あれを見てたわけだ。三人で」
「そうなんですよかれこれ20分くらい」
苗山が答えた。
「お昼終わっちゃうじゃない」
そう言いながらも多田も女性を眺めながらタバコをふかしはじめた。
「あ、ねえところでさ、床田、ここにこなかった?」
「床田先輩すか? …… 俺は見てないっす」
渡瀬がそう言うと、苗山、山口も「……っす」と言いながら首を振った。
「そう、あ、そうだ苗山。明日誕生日だろ?」
「え、覚えててくれたんですか?」
苗山はここ20分で初めて人間らしい顔になった。
「覚えてた。僕明日非番だから、プレゼント机の上に置いておいたよ」
「えー。あざっす。なんかすいません」
苗山は手すりから離れた。
「え、苗山さん」
渡瀬が苗山を呼び止めた。
「……行っちゃうんすか?」
「だって……もうすぐ休憩終わるだろ」
「え……でも……え……」
渡瀬は、100m向こうの女性と苗山を交互に見た。
「アッチは俺たちが見ててもどうにもならねえっつうの」
「でも気にならないんすか?」
「気には……なるけどさ。そりゃ」
すると、また扉が開いた。先ほど現れた女性社員、床田である。
「あ」
床田は、屋上に多田がいる事を確認すると、
慌てて扉を閉めた。逃げ行ったようにも見える。
「あ! 床田!!」
多田は手すりから離れて、床田を追いかけて屋上を出ていった。
苗山は、なんとなく屋上を出て行くタイミングを逃し、2本目のタバコに火をつけ、
手すりにへばりついて、先ほどからずっと見ている100m先のビルの屋上を眺めた。