休憩終わっちゃう
鉄の素支社ビル屋上、手すりに張り付いている苗山と山口。
その視線の100mほど先にいる、違うビルの屋上の手すりに座ってじっと下を見ている女性。
ものが動かない時間が実に、苗山の同僚山口が屋上に現れてから10分が経とうとしていた。
二人の後ろの扉がまた開く。
現れたのは、苗山、山口の後輩社員、渡瀬だ。
渡瀬は苗山、山口が屋上にいる事を確認すると、二人の元まで行き、タバコに火をつけた。
「お疲れっす」
話しかけられた苗山、山口が、一瞬、渡瀬を見ると、
「「おう」」
と言い返し、再び視線を元に戻した。
「……なんすか? この世の終わりですか?」
「なんで?」
「いや……なんか二人揃って黙ってるんで」
「うん」
心ここに在らずの苗山、山口がそれぞれ渡瀬に、片手間の返事を返す。
「えっと……あ、そうだ。山口さん、昨日の飲み会のタクシー代、ありがとうございます」
渡瀬が、財布から紙幣を取り出して山口に渡そうとすると……
「あ? おう」
と言って、山口は紙幣を受け取る。
「え、本当になんですか? 何かあったんですか?」
しつこく渡瀬に問いただされ、苗山はめんどくさそうに、100m先のビルを指差した。
「え?」
渡瀬が、苗山の隣に立ち、苗山の指の先に視線を送る。
「え…… ちょっと! 何やってんすか二人とも!!」
渡瀬は慌ててスマートフォンを取り出した。それを見た山口が……
「何やってんだよ」
「何って! ケーサツっすよ! 事件でしょこれは!!」
「『まだ』事件じゃねえんだよ! っつーかこのくだりは、もうやったんだわ俺が」
「なんすか『もうやった』って」
「事件じゃなかったらどうすんだって、そういう話。暇じゃ無いんだよ警察も」
二人のやりとりが面倒臭くなった苗山が答えた。
「じゃあなんすか? 彼女が飛び降りたら、初めてどうにかできるって事ですか!?」
「お前どうする気だよ」
苗山に聞かれた渡瀬は、手すりから身を乗り出して、
「おーーーい!!!」
と叫んだ。もちろん、都会の100m先には届かない。
「ばか!! やめろ!!」
苗山は渡瀬の頭をはたいた。
「いて! なんでですか! 止めないと!」
「できたらやってるっつの」
「できないから、ただ見てるわけですか!?」
「そうだよ」
苗山は面倒臭そうに答えた。
「俺、ちょっとあそこまで走ってきます」
「ばか!! 違う会社だぞ!?」
「だったらそこの社員さんに伝えるんすよ! 屋上で女性が飛び降りようとしてるって!」
「それはお前……」
山口が冷静に答えた
「休憩終わっちゃうだろうが」
「えー……」
渡瀬は山口の答えに悶々としながらも、
走り出しはせず、また苗山の隣の柱に張り付いた。
「なんか、動画見てるのと同じっすね。
見えてるのに何もできないって……」
渡瀬がそう言うと、また苗山が面倒臭そうに答えた。
「そのくだりも、もう俺がやったんだよ」