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第19話 名作と遺書と新たな被害者


名和さんの家。


 ユーチューブの動画作成で使うであろう機材や趣味の筋トレ道具や漫画やフィギュアなどが大量にある。


本棚には海外の戯曲やシナリオや日本で上映されていない映画や動画配信サイトでは見る事ができない映画やアニメのDVDやBDが敷き詰められている。


名和さんの家にない映画DVDはたぶん日本中を探してもないぐらいの網羅振り。いわば、マニアの中のマニア、トップマニア。


 俺と名和さんはパソコンが置かれているデスクの前に座った。デスクの横にはレターケースがある。


 名和さんはパソコンの側面にある差込口に根来先生から預かったUSBメモリーを差す。


 パソコンのデスクトップにUSBメモリーのアイコンが表示された。 


 名和さんはUSBメモリーのアイコンをダブルクリックした。すると、「パスコードを入力してください」と、パスコードを入力する画面が現れた。


「パスワード? 見れないじゃないですか」

 困ったぞ。どんなパスワードか分かるわけない。誕生日か。それとも、記念日か。いや、全く関係のないものなのか。


「安心しなさい。俺を誰だと思ってる」

「名和さんと思ってます」


 名和さん以外の誰でもないだろ。それ以外の選択肢はないと思うのだけど。


「普通に答えないでよ」

 名和さんは恥ずかしいのか顔が赤面している。


「じゃあ、どう答えればいいんですか」

「うーん、そう言われたら思いつかないな」


「でしょ」

「ごめんごめん。でも、パスワードについては任せて」


「パスワードを知っているんですか?」

「知らないけど、調べる事ができるんだよ」


「どうやってですか」

「見てたら分かるよ」


 名和さんはレターケースの2段目の引き出しから黒色の木製のUSBメモリーを取り出して、パソコンの側面の差込口に差した。

 

すると、デスクトップの背景がゴットファーザーになった。

 あー名和さんって本当にゴットファーザー好きだよな。


 名和さんは再び、根来先生から預かったUSBメモリーのアイコンをダブルクリックした。パスコード入力画面が表示される。


 名和さんがマウスを操作していないのにパスコードが入力されていく。ハッカーが主人公の映画やドラマみたいに。


 数秒もしないうちにロックが外れた。画面にはUSBメモリーの中に入っているファイルが表示されている。ファイル名は「茜・1」や「真夜中」などと書かれている。


「中身見ようか」

 名和さんは何もなかったかのように普段と変わらないトーンで言った。


「えーっと、ちょっと待ってください。どう言う事ですか。これ」


 頭がちょっと追いつかない。映画やドラマの世界なら分かる。でも、現実でフィクションみたいな事をされると状況を汲み取る事ができない。


「これは俺が趣味で作ったパスワード解除ソフトだよ」

「名和さんが作ったパスワード解除ソフト? 趣味で作れるものなんですか?」


 何人か集まって作るものなんじゃないのか。それも国家レベルの機密案件とかハッキングできる技術を持っているハッカー達で。


「趣味で作ったもん」

 趣味の範疇を軽く凌駕していると思いますよ。名和さんってもしかして天才なのか。いや、天才なのだろう。 


「そ、そうですか。悪用しちゃ駄目ですよ」

 悪用したら簡単に恐ろしい金額を稼げるぞ。  


「そんな事しないよ。お金は正しい事で稼がないと」

「で、ですよね」


 いい人でよかった。ホッとした。まぁ、そうだよな。悪い人だったらずっと付き合ってきてないし。周りからも慕われないだろう。


「じゃあ、中身見てみようか」

「はい。見ましょう」


 衝撃的な事を目の当たりにしたせいで本来の目的を忘れていた。USBメモリーの中の情報を確認しないと。


 名和さんは「茜・1」のファイルをクリックした。

「お、おい」


「これって。いや、そんな事あるんですか」


 俺と名和さんは画面に表示された「茜」のファイルの中身に衝撃を受けた。


ファイルの中身は「事件収集家・蒐田茜一」の脚本データだった。「事件収集家・蒐田茜一」と言えば、勅使川さんの作品のはず。でも、7年前にはまだ放送されていなかった。


「7年前にはまだ放送されていなかったよね」

「はい。3年前に始まった作品なはずです」


「ちょっと待って。調べるから」と、名和さんはスマホを操作する。 


「どうでした?」

 名和さんの指が止まり、「たしかに3年前だ」と言った。 


「勅使川さんが自分の名前で亀沢さんの作品を発表したって事になりますよね」

「盗作だよね」


 これが事実なら世間を揺るがす大ニュースだぞ。売れっ子作家の正体は後輩作家の作品を盗んだ盗作作家だったなんて。


「この真夜中のファイルを見てもいいですか」

「わかった。これだね」


 名和さんは「真夜中」のファイルをクリックした。

 パソコンの画面には「真夜中の太陽」の脚本データが表示された。


「……名和さん、これも盗作です」

「俺は知らないぞ。この作品」


「靴川さんの代わりに受けたオーディションの作品がこれなんです」

「……そうなんだ。他のもの見てみるか」


 俺達はファイルを一つ一つ調べ始めた。


 なんと言うか、パンドラの箱の中身を見ているような感じがする。でも、希望は残らないだろう。絶望がさらに絶望を誇大化させるだけだろうから。


 ――1時間程が経った。


 最後の「明星宵」のファイル以外を全て確認した。ファイルの中身は脚本や小説のデータで勅使川さんが自分の名前で発表したものばかりだった。


「決定だね。勅使川さん、いや、勅使川は盗作作家だった」

 名和さんがさん付けせずに呼び捨てにすると言う事はかなり激怒しているのだろう。


「……ですね。酷すぎる」

 後輩の才能で天下を取りあの偉そうな態度を取れるなんて人じゃない。


 人の皮を被った悪魔だ。


「惨い。でも、亀沢さんは何で声を上げないんだろうか」

「そうですよね。声を上げる手段は色々あるはずなのに」


 行方不明で生きているのなら声を上げることは出来るだろう。声を上げれないと言う事はもしかして。いや、そんな事考えたくない。


「もしかして……いや」

 名和さんは口を噤んだ。


「名和さん。俺も同じ事を考えました」

「……さと君もかい」 


「はい。亀沢夕乃さんは行方不明ではなく亡くなっている」


 そうじゃないと、勅使川さんがここまで他人の作品を遠慮もなく自分の作品として発表できないはず。でも、それは勅使川さんが亀沢さんが亡くなっている事を知っていると言う事。


「そして、勅使川はその事実を知っている」

「俺もそう思います」


「本人にあって話を聞かないとね」

「そうですね。でも、家の場所知ってるんですか?」


「……知らない」

 名和さんは熱くなりすぎて大事な事を忘れていたようだ。


「ですよね。その事は後にして。この最後のファイルを見ませんか」

「……そうだね。見よう」


 名和さんは「明星宵」と書かれたファイルを開いた。


『宵へ。貴方が死んだとは思っていません。どこかで生きているはずだと思っています。けど、ごめんなさい。生きていても貴方とはもう会えません。

貴方の顔を見ると、罪悪感で押しつぶされそうになると思うんです。あいつらに汚された心と身体では貴方には会えない。貴方が愛してくれた私じゃないから。わがままでごめんなさい。最後に伝えたい事を書かせてもらいます。どうか、私を忘れてください。貴方には才能がある。貴方の芝居は日本中、いや、世界中の人達を虜にする事ができる。必ずよ。貴方と出会えて本当に良かった。私の無色だった人生に彩りをつけてくれた。ありがとう。そして、世界中の誰よりも貴方の事を明星宵の事を愛しています。さようなら。亀沢夕乃』と、画面にメッセージが表示された。


 俺と名和さんは言葉を失った。


 これは遺書で間違いない。亀沢さんはこの世にいない。そして、根来先生との約束は果たす事ができなくなってしまった。


 ――数分が経った。


 俺と名和さんは言葉を発せずにいた。言葉を口に出す前に整理しないといけない感情が多すぎたのだ。

「名和さん。あいつらって誰達でしょ」

 俺は重い口を開けた。


「あいつなら勅使川だと思ったんだけど、あいつらって事は複数人。劇団スノードロップの劇団員達じゃないかな。何人か分からないけど」


「ですよね。まだ殺人が続くか分からないですもんね」

「そうだね。それに汚された心と身体って」


「事件があったのは事実ですよね。でも、何個か思いついた事はありますけど、口にしたくないですね」


 すぐに思いついたのは強姦。けど、それが事実だとしたら劇団スノードロップの人達は犯罪を隠蔽している事になる。


自分達の為に1人の女性の全てを踏み躙っていると言う事だ。あってはならない。あってはいけない。


「……だよね。俺も何個か思いついたけど、そうだったら犯罪で許せない事だからね」

「はい。それに亀沢さんが亡くなっているとすればこの一連の事件を起こしている人は明星さんになる。でも、明星さんは亡くなっている」


「そう。そこなんだよね。お墓参りに行ったもんね」

「……でも、それじゃ、鶴倉さんが嘘ついている事になりますよね」


 鶴倉さんは亀沢さんを見たって言ってたもんな。


「だよね。やっぱり、行方不明の方なのか。ただ去っただけなのか。あーどっちなんだ」

 名和さんは頭を掻き毟っている。


「頭痛くなってきましたね」

 手に入れた情報のせいで余計に混乱してきた。想像出来る事が多すぎる。シンプルにする為に捨てる情報をどれにすればいいか分からない。


「どうしたものか」

「明星さんが生きていると仮定しますか」


「それが一番いいかもね。今ある情報から考えるとすると」

「ですよね」


 どれが正しい情報か分からない今は一番辻褄が合いそうなものを選ぶしかない。


「まずは明星さんと亀沢さんが在籍していた時に居た勅使川・殿岡さん・江藤さんと明星さんの幼馴染の鶴倉さんにそれぞれ話を聞かないと」


「話してくれますかね」

「分からない。でも、色んな手を使って聞き出すしかないだろ」


「ですね。じゃないと、殺人が続くかもしれないませんし」


 これで終わるとも思えない。だから、殺人を止める為にもどうにか話を聞きださないと。 


 ズボンのポケットのスマホが鳴った。


 俺はズボンのポケットからスマホを取り出して、画面を見る。


 画面には「結奈」の電話に応答するかしないかが表示されている。


 も、もしかして、兼元さんに脱走した事がばれたのか。このまま無視するべきか。いや、違う理由かもしれない。


「電話に出ないの?」

「す、すいません。出ます」と、応答をタッチした。そして、スマホを耳の近くにもって行き、「もしもし」と声を震わせながら言った。


「出るの遅くない?」

 スマホからは結奈の苛立った声が聞こえてくる。


「ごめん。申し訳ない」

「別にいいけどさ。勅使川さんって元劇団スノードロップだったよね」


「そうだけど。それがどうしたんだ?」

「ユーチューブで生配信始めてるんだけどあきらかにヤバイの」


「何がヤバイんだよ」

 ヤバイ理由を言えよ。昔から大事な事をちゃんと言わない。悪い癖だ。 


「見たら分かるじゃん。てか、見ろ」

「わ、わかった」 


 兄に対して命令形かよ。今度、説教してやらないと。でも、その口調になるだけ重大な事だよな。


「切るから」

「お、おう」


 電話が切れた。


「誰からだったの?」

「妹からです。すみません。勅使川さんのユーチューブの生配信を見ろと言われました」 


「勅使川の生配信だね。わかった」

 名和さんはユーチューブを開き、勅使川さんのチャンネルの生配信を画面に表示した。


「なんだよ、これ」

「冗談じゃないよな」


 画面には全身裸で口をテープで塞がれ手首と足首を紐で縛られた勅使川さんが海外の映画で出てくる処刑用の電気椅子みたいなものに座らされている。勅使川さんの上半身には「盗作作家」と赤く書かれている。


 おふざけではないよな。これって。それじゃ、もしかして、これは犯人が公開処刑をしようとしているのか。 


「犯人がネットで公開処刑するつもりなんじゃ」

「そうに違いない。それに奥を見てごらん。亀の置物が置かれている」


「た、たしかに」

 画面奥には木彫りの亀の置物が置かれていた。


「3・2.1……」

 合成された声が画面から聞こえてくる。これは犯人の声なのだろうか。 


 勅使川さんは涙を流しながら必死に暴れている。しかし、紐はびくともしない。


「0。さようなら」と、合成された声が言い切ると、椅子に電流が流れた。


 勅使川さんは電流を浴びて、全身痙攣を起こしている。

 これは間違いなく死ぬぞ。人間が耐えられるものじゃない。


 電流が流れ終わった。それと同時に勅使川さんの頭は下を向いた。

 ……死んだ。これで助かるわけない。


 画面が真っ暗になり、「配信は終了しました」と表示された。


「死にましたよね」


 画面越しだが人が本当に死ぬのを見てしまった。死ぬ前の顔が頭から離れない。心の傷になった。それもかなり大きな傷だ。かさぶたが出来ても傷跡が残って完全に治らないもの。


「あぁ、あれで助かるわけがない」

 名和さんは呆然とした顔をして答えた。


 冷静でいられるはずがない。今の配信を見て、冷

静でいられる人は人の生き死を当たり前のように見ている特殊な環境で生きている人か、人を何度も殺した事がある人殺ししかいないだろう。


「……名和さん。分かった事があります」

「分かった事?」


「犯人は勅使川さんが盗作していた事を知っている」

「そ、そうだな。上半身に盗作作家と書かれていた」


「僕ら以外に勅使川さんが盗作していたのを知っている人って可能性的に元劇団スノードロップの限られた人と明星さんぐらいじゃないですか」


「……そうだね。殿岡さんと江藤さんと……明星さんだけか」


「三人か。で、この中で人を殺すほどの動機があるのは明星さんだけだ。残り二人が危険じゃないですか」


 殺人犯役を何回も演じると気づく事がある。連続殺人を起こす犯人は同情してしまう程に辛い動機がある。


それがないと人を殺すと言う気持ちを突き動かすエネルギーが生まれない。快楽殺人犯は別だが。


 この三人の候補の中で同情されるほどの動機がある人と言えば明星さんしかいない。他の二人の人生にはそんな動機が生まれるほどの事はないだろう。


「危険だね。殿岡さんの連絡先は知らない。でも、江藤さんの連絡先と家の場所なら知ってるよ」

「じゃあ、江藤さんに連絡しながら家に向かいましょう」


 殺人を事前に防げるかもしれない。そのチャンスは今しかない。


「そう、そうだね」

 俺と名和さんは急いで立ち上がった。


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