6 美沙都
奈多野駅での将棋倒し事故は全国ニュースになった。
当日行くはずだった新しい取引先には当然行けなかったが、営業の杉原が巻き込まれた「被害者」になったことでむしろ同情され、商談は一発成立した。
「いやあ、怪我の功名ってやつですよねぇ。」
美沙都はそんな杉原を冷ややかに眺めている。
杉原はヘラヘラ笑っているが、ミサイルアラームなんていうフェイクに引っ掛からなかったわたしは全て見ていたんだぞ。
あんたは折り重なって倒れた人の上に、最後にダイブしてそのメタボった体重を上乗せした「加害者」じゃないか。
まあ、そんなことあえて会社で言ったりはしないけどね。
そんなことより、美沙都にはもっと重大な問題が発生していた。
KURUMI☆ちゃんの公式SNSが、「N市ドームで公演するっていうフェイクが出回ってるから気をつけて」という注意喚起を始めたことだ。
え? なに? どういうこと?
N市ドームでのミュージカルはフェイクだってこと?
うそ!
だってもうチケット購入しちゃったよ?
スマホの中に、チケットNo. あるよ?
美沙都は大急ぎでN市ドームに問い合わせをしてみた。
メールが殺到してるらしく、いつまで待っても返事がこない。
ブクマしておいた『新世紀かぐや姫』のチケット購入サイトにアクセスしてみる。
そのアドレスのサイトは消滅していた。
うそだ。
うそだ!
うそだ!!
午後の仕事はほとんど手につかず、美沙都は途中で「体調が悪い」と言って早退した。
その足でN市ドームに向かう。
直接、確認しよう。
N市ドーム前には既に多くのファンらしき人たちが集まって騒いでいた。
警備員がそういう群衆を押さえて、一部では揉み合いも起こっている。
壁面のパブリックビューには、大きく次の文字だけが映し出されていた。
「被害にあわれた皆様にはまことにお気の毒に存じ上げます。
当ドームの公式サイトの「今後のスケジュール」ページに、『新世紀かぐや姫』の予定が掲載された事実はありません。
また、そのような偽サイトが存在した事実も確認されておりません。」
「ひどいよね。」
茫然と立ち尽くす美沙都に声をかけてきた人がいた。
まだ20歳くらいの学生っぽい服装の青年だ。
「フェイクサイトが出た時点で、企画会社とドームは警告を発するべきだったんだよ。そうすればここまで被害は広がらなかった。」
そうかもしれない・・・。
と美沙都はほぼ真っ白な頭の片隅で思う。
プレミアムチケットは高かった。
今月の給料、マイナスになっちゃってるもの・・・。
「僕たちは補償を求めて裁判をやろうと思ってる。チケット代だけじゃなくて、僕たちファンの心を傷つけた慰謝料も請求するつもりだ。そういうことがないと、大きな会社の危機意識は高まらないよ。またこんなことがあれば、所属してるアーティストだってかわいそうだ。」
美沙都は思う。
この人、若いけどしっかりしてるなぁ・・・。
わたしは茫然とすることしかできてなかったけど・・・・。
「弁護士に払う料金を最初にみんなで負担するけど。あなたも参加する?」