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Q極的アンバランス  作者: 七瀬 零
第一話
2/5

星に射抜かれた男[1]

「…ああ…今日も(だる)いなぁ」

明星(あけぼし)(さとる)はストレスで重くなっている頭をやんわりと持ち上げる。

今し方起床したばかりだが、時刻は午後3時を過ぎている。

遅すぎるとか最早そういう次元ではない。

しかし、仕事の夜勤明けというわけでも、ましてや学校が休みというわけでもない、そもそも彼は今現在、齢21歳だ。



ではなぜこんな昼間から寝過ごしているのか?


……まぁ、簡単にいうとニートなのである。



正直言って仕事をする気が全然湧かない。

全くと言っていいほど湧かない。

だから、こうして社会人の皆さんが懸命に働いている中、誰に見せるにしても恥ずかしい怠惰な姿を誰にも見られる心配のない自室の中で野晒しにしているわけなのだが。


そりゃあ、「自分自身の力で生きていくべきだ」なんて世間の言う事はもっともだ。

自分だってそう思う。


でも、結局のところ。


そう言う人たちは、ただ自分のような者を非難しているだけで、“一緒に働こう“だなんて手を差し伸べたり助け船を出してくれるわけじゃない。


働け働けと急かす割には、面接だの知識だの、選ばれた者しか働けない決まりになっている。


ニートである自分はともかく、働く意志があってそのために頑張っているフリーターの人達に対しても嘲笑を飛ばすのだから嫌気がさして自分のような人間が量産されるに決まってる。


まぁ、その機会を逃してしまったが故にこうなっているのだから自業自得ではある。


働く意志はないが、見かけだけの反省は一人前の悟は、サラッと二度寝しようとした。


「ちょっと!聞こえてるの!?」

さっきから聞こえていたけど喧しくてずっと無視していた怒号の主がバッと勢いよく部屋の扉を開けて入って来た。


「聞こえてるよ、買い物行けばいいんでしょ。……はぁ」

「はぁ、はこっちの台詞なんですけど!っていうか台詞じゃなくてただの溜め息だし!」


雷雨のように怒鳴り散らしている割に的確なツッコミを披露してくれるこの女性は明星優華。

悟の立派な姉であり、働く意志のない不遜な弟に代わって明星家の生計を支えるために奮闘している生真面目な人。

年齢は24歳。

社会人としてはまだ若い方だ。


元々は大学生であり学生の頃からまだまだ勉学や友達との交流に多大な時間を使えたはずなのだが、彼女はある理由から途中で大学を自主退学し仕事に注力することにした。


…否、優先しなければならなくなってしまった。


悟と優華の両親は数年前に交通事故で他界してしまった。

そのため生活費は勿論、水道代や光熱費、家のローンなど、必要経費を稼ぐためには最早2人揃って働く以外に生活する術がない状態に陥ってしまっていた。


にもかかわらず、あろうことかこの愚弟は両親が亡くなったことでスランプに陥り、働く意志を無くしてしまったのだ。

もうどこまで落ちぶれるのかというレベルまで来ている。

気持ちは分かるがそこは姉と力を合わせて乗り越えるべきだろう、と恐らく誰もが思うだろう。


特に、一番そう思っているのが他でもない姉なのだから悟さんは早々にやる気を出して欲しいところだ。


しかし、我らが姉さん…お姉様は寛大なお方ということもあり、まずは就職よりも家事手伝いをさせることでやる気をつけさせていこうという策を提案し、今のように買い物などの家事手伝いを頼み込んでいる。


彼女にとっては、“頼み込む”というより生活に必要な“義務”なので積極的にやってほしいのだが、それでもこの弟君はなかなか動こうとしない。


大分妥協されていることに気付いて差し上げろ。


「分かった……すぐ行くよ」

少々不満げに告げる悟。

「当然でしょ、バカ」

至極正論な返しをする優華。


それに対して一歩も引かない悟は

「昔は『悟』って名前で呼んでくれたのになぁ」

なんて舐めた口を聞く。

最近は名前という固有名詞すら呼んでくれなくなった。


「昔の話ね。今は違うから。こんなのが身内とか近所の人とか友達に笑われちゃうし。見た目だけはまだマシにしてあげてるけど」

当たり前だが相変わらず辛辣だ。


一応、悟は髪型や服装といった見た目だけならニートとは思われないよう外見を整えられている。

人目も憚られるほど見窄(みすぼ)らしい格好にはならないでほしいらしく、優華は悟に美容院や衣類のお金を出してくれているのだ。

それも、昨今のトレンドを押さえたオシャレな見た目になるようアドバイスまでくれている。

なのだが、自分の見た目にはあまり興味無いけど感謝すべきなのかもしれない、と悟は生意気にも思っている。

なんて弟だろう。


玄関へ移動し靴を履いている途中、後ろから優華にポイッと買い物袋を投げつけられ、片手でそれをキャッチする。

「今日はハンバーグにしようと思ってるから、この紙に書かれてるもの、買ってきて」

ついでに手のひらサイズの紙切れを渡される。

ひき肉、玉ねぎ、人参、ジャガイモなどが書かれている。

「ハンバーグに人参とかジャガイモって使わないだろ」

「スープも作ろうと思ってるから、それはその分の材料。パン粉はまだうちにあるから」


悟の疑問に優華は簡潔かつ補足説明も付け加えて答える。

こういう几帳面なところも姉の長所の一つである。


「ほら、早く行ってきて。……ホント、動き出すの遅いんだから」

はぁ、と先程悟がしたものよりも深い溜め息をついて優華は出来の悪い弟を送り出す。


「じゃ、いってきます」

「はい行ってらっしゃい……全く」

そっけない出立の言葉に、優華は日頃の不満を少々アクセントに付け加えて見送った。


この姉弟が仲良くなる日は果たして訪れるのだろうか。




―――――――――――――――――――――――――




やれやれ、と悟は肩を窄めながら歩道を歩く。

お堅い兄弟姉妹を持つ人はみんなこんな気苦労を背負って生活しているのかと考えながら、周りの風景を見渡す。


住宅街の向こうにあるビル群の隙間から、燦然と輝く太陽があいさつに来ている。


おはよう!……と言っても今はこんにちは、か!


そんな風に話しかけてきている気がする。

いつも通り、というか文字通り“陽気”なこって…。




明星姉弟の住んでいる家は住宅街にあり、最も近いスーパーマーケットは家から徒歩15分のところにある。


車は持っていないのかと疑問に思うだろうが、両親が亡くなった際少しでも生活費を浮かせるために売っぱらってしまった。

一応、優華は運転免許証を所有しているが車が無いので運転はしないし、悟の方はそもそも所有してすらいない。

仮に持っていたとしても優華はともかく悟本人に運転する気が全くないので証明書としてしか使われないだろう、ほぼ宝の持ち腐れ状態だ。


車はともかく自転車くらいならあるだろう、とも聞かれそうだが生憎2人は自転車に乗る機会は幼少期から殆ど無かった。

偶然か否か、姉弟揃って仲の良い友達はみな徒歩で行ける距離に住んでいた。

加えて、中学校や高校は近くの駅から電車で通っていたので自転車に乗る必要性すら無かったのだ。


悟が最後に自転車に乗ったのは小学生の時だろう。

その頃ですら、ちょっと離れた場所に住んでいる『友達の友達』の家に遊びに行くくらいの使い道しかなかった。


結局友人らも中学高校で疎遠になり、遊ぶどころか会うことすらなくなってしまった。


進学して新しくできた友達とも、お互いの家の距離が遠いので家に直接遊びに行く事はせず、妥協して駅近くのカラオケへ遊びに行ったり公園で駄弁ったりするくらいだった。


そんな彼らとの思い出も、所詮全てを覚えているわけでもない過去のものだし、今更彼らにあったところで無職である自分が鼻で笑われる気しかしない。




さっきから周りをキョロキョロ見渡していたが、割と頻繁に学生の姿を見かける。

ニートとはいえど、パジャマのまま外出しているわけではないので別にチラチラ見られては後ろ指を刺されているわけではない。

ただちょっと、気になっただけ。


「(…そうか、今はちょうど下校時間か)」


まるで学生服だけを取り扱ったファッションショーのように、様々な指定服を着た少年少女がそこかしこを歩いている。


自分にもこんな人生の時間があったはずなのにな、と悟は時代を股にかけた老人の如く過去を懐かしむ。

あの、いつもの如く世界を照らしている太陽にも、失われてほしくないと叫ぶ命が宿っていたとしたら、昔を懐かしんだりするのだろうか。


思い出したくもない苦い思い出、というわけではない。

この記憶のままあの頃に戻ったとしても、また楽しい思い出を作る事はできるのだろうか、と。

何でもないことのように、ただ振り返る。



何故こんなことを考えるのかは分からない。



―――でも。



それがちょっと。

ほんのちょっとだけど。

気持ちよかったりする。

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